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2:「呼吸だ」(斎藤孝著『呼吸入門』から)

呼吸をするのも苦しい暑さ。

「心頭滅却すれば火もまた涼し」というが、本当だろうか。

先に「呼吸だ」と題して書いた。その後も、呼吸について考えているようで(自分のことを書くのに、「考えているようで」は変だが、そう書くしかない感じが当方にはある)、書棚に眠っていた斎藤孝著『呼吸入門』を引っ張り出した。

呼吸入門 (角川文庫)

呼吸入門 (角川文庫)





斎藤孝は、教育関係の本を多くだしているが、身体論の良い解説者でもある。からだに係わる感覚的なことを理路整然と説明するのはむずかしいが、斎藤の手にかかると、たいへん分かりやすくなる。

先の更新「呼吸だ」において、「気」について触れた。斎藤の「気」に対する立場が上記書籍に記されている。なるほど、斎藤の身体論の解説が分かりやすいのは当然であると思う。要するに、曖昧模糊としたところには踏み込まないという態度、立場をとっているからだ。その点、次のようにある。

気というのは、感じるだけのもの。それ以上のものはないと私は考えます。 / それについて語り出すと、非常に曖昧模糊とした胡散臭いものになってしまいやすい。 / 呼吸に関しては、深い・浅い・速い・遅いというように、それぞれの状態の意味するところを明確に説明できます。 / 「あなたは浅い呼吸をしています。それが私には分かる」と言った時、当人にも周りにも一目瞭然で、そこには偽りもごまかしもない。 / ですが、「あなたから今気が出ています。あなたは感じないかもしれないけれど、私にはパワーが分かる」とか言われても、当人がそれを感じられない限り、その言葉に意味はありませんし、客観的に検証できません。 / 現代は、何とでも言えてしまうことを道具にして、人を騙したりすることがあまりにも多すぎる。無いものもあると言えてしまうし、あるものを無いと言えてしまう。私は、気が無いとは言いませんが、現時点では多くの人の共通認識とするだけの価値を見いだしてはいません。 / 私は身体を扱うに際して、こと透明性というものを守りたいと考えているので、「気」については語らないのです。(第6話 危険な呼吸法・安全な呼吸法)〉

斎藤の本を再読していたら、以前読み飛ばしていた部分に目が留まった。「岡田式呼吸静座法」である。最近読んだ、『昭和維新史との対話』の中で、農本主義者の橘孝三郎が実践没頭していた様子が示されていた。そこには、

〈鈴木:もともとすごいエリートなんですよね。戦前の最難関高旧制一校出身じゃなかったでしたか? / 保坂:一高卒業一週間前に退学しているんですけど、実は、大正4~5年頃、学生の間に流行っていた岡田式静座法に没頭していたんです。静座して瞑想すると啓示を受けるそうなんです。橘さんも啓示を受けたと言っている。それがきっかけで一高卒業一週間前に中退を決意しているんですね。「おまえは一高を卒業した後、帝大出て、役人になる人生を送るのか? そんな人生でいいのか? 土に帰れ」という啓示を受けたというんです。彼の実家は農業ではなく、小林屋という水戸藩の染物屋ですから、農業は全部、一から始めたんです。自ら周辺の土地を買って、朝から晩まで畑を耕していくわけです。そういう意味では、彼は実践の人でもあるんです。そうこうしているうちに、彼の評判を聞きつけて水戸中学や水戸高校の生徒が訪ねて来る。マスコミでも話題になって、「日向の武者小路実篤の新しき村、常陸の橘孝三郎の文化村」といって、当時の二大生活共同体運動として大正10年頃にさかんに取り上げられます。(第2章 五・一五事件と農本主義 p47)〉

と、あり、その静座法によって人生が大きく変わったようすが示されている。

昭和維新史との対話: 検証 五・一五事件から三島事件まで

昭和維新史との対話: 検証 五・一五事件から三島事件まで

  • 作者: 保阪 正康
  • 出版社/メーカー: 現代書館
  • 発売日: 2017/03/30
  • メディア: 単行本



橘孝三郎の経験した静坐による「神秘主義的回心」については、■350冊もあった小菅刑務所内の橘孝三郎文庫http://d.hatena.ne.jp/jyunku/touch/20161117 というブログ記事にも示されている。

また、岡田式静座法と賢治の催眠感受性http://www.ihatov.cc/blog/archives/2014/01/post_796.htmというブログ記事では、宮沢賢治の催眠感受性について触れている。

という具合に、どんどん踏み込んでいくと、呼吸から「気」、「啓示」、「神秘主義」など、曖昧模糊とした不思議な世界に踏み入ってしまいかねない。斎藤のいうように、誰もがはっきり共通の知識として認知できるところで、きっぱり分けて考えた方が無難であろう。

もっとも、我々を取り巻いている世界は、本来的実質的に不思議のカオス状態であり、それを理性やら感覚やらを動員して、知識の枠組みをつくり、ワカリヤスイ世界に再編して、その中に安住しようとしているのが人間である。物理学の最先端では、大真面目でワープの研究もなされていると聞くから、世界認識の最先端に挑もうとする研究者と現在知られている世界を分かりやすく説明する教育者とでは、世界に対するスタンスがちがい、斎藤の場合は、あくまでも教育者・解説者としての立場で語ろうとしているということなのだろう。


息の人間学―身体関係論〈2〉 (身体関係論 (2))

息の人間学―身体関係論〈2〉 (身体関係論 (2))

  • 作者: 斎藤 孝
  • 出版社/メーカー: 世織書房
  • 発売日: 2003/04
  • メディア: 単行本



身体感覚を取り戻す 腰・ハラ文化の再生 (NHKブックス)

身体感覚を取り戻す 腰・ハラ文化の再生 (NHKブックス)

  • 作者: 斎藤 孝
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2000/08/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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「加計ありき」「辺野古ありき」で押し進める政府・・・(〈風かたか 「標的の島」撮影記〉を読んで) [政治・雑感なぞ]

沖縄のことは少しは理解しているつもりでいた。普天間・辺野古の米軍基地問題についてだ。

ところが、今、下記書籍〈風かたか 「標的の島」撮影記〉を読んで、ハンマーで頭を殴られた気分でいる。


風かたか 「標的の島」撮影記

風かたか 「標的の島」撮影記




これまで当該ブログで「辺野古移設」と記してきた。大手メディアもそう表現してきたと思う。もっぱら、当方のモンダイ意識は、普天間基地の移設先となる辺野古の海を破壊するべきではないという環境への思いであった。ジュゴンの海をどうするのよという思いであった。

ところが、現実はそんな甘っちょろいものではないことが分かった。

政府が「辺野古移設」の理由にあげる「基地近隣住民の安全のため」は、口実に過ぎず、普天間の基地機能を辺野古に「移設」するとは、実質的により大規模な軍事基地を新たに造成することだ。(「2015年9月16日 沖縄と本土メディアの隔たり」 p54)には次のようにある。

〈政府はあくまで「普天間飛行場をどこかに移すだけの話だ」と国民全体を騙しつづけたいのだろうが、毎回書いているように辺野古の基地計画は「代わりの施設」という範疇にない。「普天間基地の危険をなんとかしようと思っただけなのに・・・」とうそぶいても、もう誰も騙されない。この軍港機能つきの複合軍事基地計画は日本の運命をも変えるのだ。沖縄だけでなく、どこに造っても、集団的自衛権の名のもとに日米の軍隊が使う出撃基地になってしまう。だから全国民が反対すべきだと私は思っている。だが、その恐ろしさを知る沖縄だけに、「お前のところに置く以外にない」と政府は迫る。〉 

しかも、そこにあるのは、沖縄住民への配慮ではなく、もっぱらオトモダチであるアメリカへの配慮である。日米軍事同盟をまっとうするために、誰かしら犠牲にならねばならない。仮想敵である国々(中国等)から日本本土そしてアメリカを守るには、沖縄の島々(その住民)がまず犠牲となる必要がある・・・。

それは、太平洋戦争で唯一地上戦の舞台となって多くの犠牲者を出した沖縄の人々にとって、今度は中国相手に日本本土を守る防波堤になれというに等しい。

〈日本列島と南西諸島を防波堤として中国を軍事的に封じ込めるアメリカの戦略「エアシーバトル構想」〉についてご存知だろうか? 当方は、本書ではじめて知った。そのことを、政府は、国民にきちんと知らせてきたのだろうか。知らせようとしてきたのだろうか。それによって、事実上、最終的に守られるのは、日本国民ではなく、オトモダチであるアメリカである。そして、最初に、敵の標的にされ戦場となるのは、まず基地のある沖縄であり日本本土である。

今、防衛省の日報隠蔽が騒がれているが、隠蔽以前の問題である。知らされるべきことすら、知らされずにいる現状を何と評したらいいのだろう。ウソに、知らせるべきことを知らせないことも含まれるなら、立派に国民を欺いてきたと言えよう。

佐藤優の最も尊敬する外交官・吉野文六が「沖縄密約」を認めた、その理由 http://bookend.blog.so-net.ne.jp/archive/c2305197846-1


新たな獣医学部新設の認可が不公正な仕方で行われ、当初から決まっていたことを評して〈加計学園ありき〉と言われるが、辺野古も同様である。オトモダチのために、最初から辺野古は身売りされることに決まっていた。〈辺野古ありき〉であった。そのことが、つぎのように記される。

〈しかし、まもなく撤去可能なフロート、型施設をどこに置くのかという話が始まり、沖合い埋め立て案に変わり、北部のどこにするのかという予定地探しの報道に移行する。これさえ本当に一から探していなかったことは、あとからわかる。 / 浮かんでは消える候補地はあった。しかし、いま考えれば全部ダミーにすぎなかった。96年末の日米合意の直後、米軍の幹部が「1966年に辺野古に計画されたプランが有効だ」とメールでやりとりしていたこともスクープしたことがあるが、実際に辺野古以外の場所が真剣に検討された痕跡はない。〉(「20年間、果たせない約束」p159,160)


この本は、強烈である。沖縄の現場に居合わせることのなかった人に現場を、時を共にすることのなかった人に歴史的経緯を、基地問題を一地方の問題ではなく、自分の問題であることをしっかり教えてくれる。

そして、政府の国民への向かい方も分かる。


映画『標的の島 風(かじ)かたか』公式サイト
http://hyotekinoshima.com/introduction/

この砦が、最後の希望──なぜ私たちは闘うのか?
『標的の島 風(かじ)かたか』三上知恵監督インタビュー
http://rooftop.cc/interview/170227154049.php

『標的の島 風かたか』三上智恵監督インタビュー(前編) 宮古島、石垣島が米中戦争の捨て石にされる!『標的の島 風かたか』監督が語る南西諸島自衛隊配備の本質
http://lite-ra.com/2017/03/post-3020.html
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山岡鉄舟と「気」(本日は山岡鉄舟の亡くなった日) [健康関連]

本日7月19日は、山岡鉄舟の亡くなった日。

明治21(1888)年というから、130年ほど前になる。暑い時期である。うちわを片手に、結跏趺坐して逝ったという。その絵が、全生庵に残っている。

山岡鉄舟先生臨終の図
http://www5d.biglobe.ne.jp/~mutoryu/page1/siryo/shoga.htm

鉄舟のことで興味深い話がある。高田明和さんの著書、それはたぶん、〈「病は気から」の科学〉という講談社ブルーバックスだったと思う。のちに、「講談社プラスアルファ文庫」に入った。





「病は気から」と言うが、そこでいう「気」は、気持ち、感情を意味して、悲嘆や落胆が病気の原因になるということだと思う。

さらに「気」を考察すると、「気功」の「気」がある。「気」の現象の中には、驚くようなもの不思議なものもある。しかし、不思議であるからと言って、その存在を否定することはできない。「気」は目に直接見えないだけで、物質とおなじく存在するように思う。残念ながら“現在の科学では”計量できなかったり、実験で証明できなかったりするだけで、熱や電波など、その現象を通して実在を知ることのできる他のモノと同様、「気」を計測できる機器が発明されたなら、それら同様「フツウ」の、科学的に実証された確かなモノとなるにちがいない。(そのような機器は、当方が知らないだけで、既にあるのかもしれない)。

高田さんの著書を読んだ頃は「気(功)」ブームであったように思う。それで、いろいろ読んでいたような気がする。日本医科大学教授品川 嘉也さんの『気功の科学』も読んだ。こちらは、高田さんの本よりずっと科学的で、中国への気功の旅をとおして品川さんが見聞き・実験したことをまとめている。「脳波から気を解明する」調査がなされ、その論議はユングの共時性(シンクロニシティー)や変成意識にも踏み込んでいる。


気功の科学―大脳生理学が解明した「東洋の神秘」 (カッパ・サイエンス)

気功の科学―大脳生理学が解明した「東洋の神秘」 (カッパ・サイエンス)

  • 作者: 品川 嘉也
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 1990/01
  • メディア: ペーパーバック



前置きが長くなったが、高田明和著〈「病は気から」の科学〉に、出ている鉄舟に関する部分を以下に引用する。もっとも、高田さん自身、小倉鉄樹による聞き書き「俺の師匠」から引用したものだ。


OD>おれの師匠―山岡鐵舟先生正伝

OD>おれの師匠―山岡鐵舟先生正伝

  • 作者: 小倉鉄樹
  • 出版社/メーカー: 島津書房
  • 発売日: 2014/07
  • メディア: 単行本


***以下引用***

とにかく、こうして完成せられた後の師匠は、一段と立派なものになって、実に言語に絶した妙趣が備わったものだ。性来の“たいぶつ(大物)”が、磨いて磨き抜かれたのだから、ほかの人の、形式的の印可とはまるでものが違う。師匠が稽古場に出て来ると、口もきかずにただ座っているだけだが、それでもみんながすばらしく元気になってしまって、宮本武蔵でも荒木又右衛門でも糞食らえという勢いだ。給仕でおれなぞが師匠のそばに居ても、ぽっと頭が空虚になってしまってただ颯爽たる英気に溢れるばかりであった。客が来て師匠と話をしていると、何時までたっても帰らない者が多い。甚だしいものになると夜中の2時3時頃までいた。帰らないのは師匠と話をしていると、苦も何もすっかり忘れてしまって、いい気持ちになってしまうものだから、いつか帰るのをも忘れてしまうからである。(『おれの師匠』悟後の鉄舟p52)

***引用ここまで***

宮沢賢治の「セロ弾きゴーシュ」で、ゴーシュのセロの音を聞くと病が癒えるので、病気の動物たちがゴーシュを訪ねるという記述がある。その場合、音の振動がバイブレータになって、体調・気分を良くすることになるわけだが、鉄舟の場合は、そこに「ただ座っているだけ」である。やはり、見えない聞こえない何か、「気」に相当するものが働いていたのだろうか。

と、書いて、指揮者フルトヴェングラーの逸話を思い出した。

小澤征爾の実力:フルトヴェングラーにはマダマダ・・・
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2013-04-20

鉄舟、フルトヴェングラーの存在の大きさを考慮すると、暗示の効果によるものであるようにも思う。カリスマ的存在になると、「そこに座っているだけで」周囲はたいへんな影響、感化を受けることになりそうである。

それとも、熱や電波、音などと同じく、「気」が発散されて、周囲に影響を及ぼしたのであろうか。

よくわからないが、そうした現象がアルのは事実だ。


真の「気合」を求める:喜多流能楽師 塩津哲生
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2009-05-27-1

気の世界観・「太虚」(垣内景子著『朱子学入門』から)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-10-26


フルトヴェングラーかカラヤンか

フルトヴェングラーかカラヤンか

  • 作者: ヴェルナー テーリヒェン
  • 出版社/メーカー: 音楽之友社
  • 発売日: 1998/12/10
  • メディア: 単行本



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死と再生 (日野原重明先生亡くなる) [スピリチュアルな話題]

日野原先生が亡くなった。105歳だという。

107歳まで生きた昇地三郎先生を超えるかと思っていたが・・・


106歳を越えて、私がいま伝えたいこと

106歳を越えて、私がいま伝えたいこと




日野原先生で思い浮かぶのは、よど号ハイジャック事件で命拾いした話だ。福岡に飛ぶ飛行機がハイジャックされ、乗客乗員が人質になる。先生もその中にいて、解放された時のことを、次のように語っている。

幸い、私は無事に帰還できました。解放されて韓国の金浦空港の土を靴底で踏んだとき、感謝の念とともに「これからの人生は与えられたものだ。誰かのために使うべきだ」と感じました。還暦を目前にして、そう思えたことが私の人生の後半を決めてくれたのです。

まさかの「よど号事件」遭遇で得た、人生後半戦への決意 -聖路加国際病院理事長 日野原重明氏
PRESIDENT 2011年12月5日号
http://president.jp/articles/-/9320

ハイジャックに遭って死ぬはずのものが命拾いをし、解放されて死から命へ移行した。死から蘇えるかのような経験をした。いわば、ユング心理学でいうところの「死と再生」の儀式を経験したといえる。千日回峰行の最後の「堂入り」で、「死と再生」の体験をしたのち、修行者は人格が変わるという。『行とは何か』では、満行した方のエゴグラムの検査結果がでていた。父親的母親的要素が強くなり、宗教家として望ましい成長を遂げたことが示されていたと思う。

行とは何か (新潮選書)

行とは何か (新潮選書)

  • 作者: 藤田 庄市
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1997/08
  • メディア: 単行本



日野原先生のその後の生き方にも、それは自ずと反映されて、医師としての活動の中に、より宗教家的側面がつよく現れるようになっていったにちがいない。


ちなみに、よど号ハイジャック事件のとき、人質を解放のための身代わりとなった方がいる。山村新治郎運輸政務次官だ。聖書的観点でいくなら、人を死から解放するため、死の原因である罪を取り除くための代価である「贖(あがな)い」を神(創造者)に支払う役回りを果たしたイエス・キリストに相当するといえる。

イエスが地上にいたとき、死人を復活させたという記述が『福音書』にある。奇跡である。それは、イエスが将来「神の王国」の王として統治するとき大々的になされることを予告するものであり、イエスがたしかに「神の子」として創造者である神の是認と後ろ盾を得ていることを証明するものだった。(モーセが、エジプトでの奴隷状態にあったイスラエルの民を救出するために、神から遣わされたときに、彼のおこなう奇跡もやはり、神の是認と後ろ盾を得ていることを証明するものとなった。)

当時、イエスのおこな奇跡によって復活した人たちは、しばらくして亡くなったが、近い将来(「神の王国」が全地を支配するようになった後)、これまで亡くなってきた人々は復活して、エデン(喜び)の園のようになった地球上での生活を永遠に楽しむことができるようになると聖書は教えている。

日野原先生のもそうした一人となることだろう。

『僕は頑固な子どもだった』日野原 重明著 株式会社ハルメク
http://kankyodou.blog.so-net.ne.jp/2016-12-03



舊新約聖書―文語訳クロス装ハードカバー JL63

舊新約聖書―文語訳クロス装ハードカバー JL63

  • 作者: 日本聖書協会
  • 出版社/メーカー: 日本聖書協会
  • 発売日: 1993/11/01
  • メディア: 大型本



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立花隆と池辺晋一郎 [アート・美術関連]

昨日、保坂正康氏の著書から、橘孝三郎と立花隆が親戚であることを示したが、本日はその立花隆と作曲家池辺晋一郎との関係を示す。

どちらも、水戸と関係がある。

しばらく前、NHKの番組『旧友再会』で、俳優の梅宮辰夫と立花隆が同じく茨城大学付属中の先輩後輩で、ともに陸上競技部に属していたことを知った。水戸に祇園寺という徳川光圀創建の禅寺があるのだが、そのすぐ近くにお二方とも住んでいたという。梅宮は家業が医者で、医者になるよう期待されていたが、スカウトされて俳優の道に入り・・・という話だった。

その番組を見たときに、池辺さんも水戸の出身だから、たぶん付属中ではないか、そして、立花、梅宮とも接点があるのではないかと思っていた。そうしたら、今年6月10日『毎日新聞 (p18)』掲載〈創作の原点〉と題する池辺さんのインタビュー記事の中で、立花さんとの関係が示されていた。(ちなみに、その記事の副題は「幼児に『二十歳の呪い』」)。

ピンポイントで引用すると

当時、近隣で評判だった「読書家のお兄さん」が、作家の立花隆さん(77)だ。「本を貸したり、真空管単球ラジオ作りを教えてもらったり。彼は三段跳びで記録を出すスポーツマンでもあった。今や三段腹ですが」。後に両家は、そろって東京に転居。池辺さんは、進学校として名高い都立新宿高に進んだ。

「今や三段腹ですが」は、いかにも池辺さんらしい。

立花さんとの関係で記されているのは、それだけであるが、立花さんから「本を借りたり」ではなく、「貸したり」というのだから、すごい話である。

引用部の前の段落には、「世界文学全集など両親の蔵書を片端から読みふけり、・・・」とある。つまりは、池辺さん自身、読書家であった。そして、「ある時家に遊びに来た茨城大生が、僕のでたらめ(ピアノ演奏)作品を譜面に起こしてくれたのです。字や絵のように、音楽も紙に書けるのか、と。以来『作曲遊び』が一番のお気に入りになりました」。夏休みなどは北原白秋や島崎藤村の詩集を一冊分、まるまる歌曲にしていたという。」ともある。

詩を散文的にしか読めない人にとって、詩を読む作業は退屈きわまりないように思うが、詩を音楽として(まるごと一冊)立ち上げることのできた池辺さんは、読んで楽しむ以上のことが、幼少時から出来たということだ。まさに音楽家になる素養・素質・原点を示すものであるように思う。

記事には、池辺さんの略年譜も出ている。その受賞歴のすごいのに驚いた。記事のリード部には、こうある。

ベートーベンをはじめ交響曲9番をものした作曲家は、第10番を仕上げる前に寿命が尽きるーー世に言う「第九の呪い」を乗り越えて「シンフォニーⅩ」を完成させ、今年の「尾高賞」(NHK交響楽団主催の作曲賞)を受けた池辺晋一郎さん(73)。「就学が1年遅れるほどの病弱で、一人で曲を作るのが楽しみ。『二十歳まで生きられない』と宣告された幼少期が私の原点です」とふり返る。

いつも、ラジオ・テレビの音楽解説で、駄洒落ばかりを聞かされてきた感があって、エライ作曲家とは思えないのだが、やはりスゴイ方のようである。「第九の呪い」を受けないのは、幼少時、十分に呪いを受けたからか、それとも、池辺さんが真正の作曲家ではないからか、など考えてしまう。

以上は、冗談。いずれにしろ、呪いなど受けない方がいいに決まっている。


オーケストラの読みかた 改訂版: スコア・リーディング入門

オーケストラの読みかた 改訂版: スコア・リーディング入門

  • 作者: 池辺 晋一郎
  • 出版社/メーカー: 学研プラス 児童・幼児事業部 音楽事業室
  • 発売日: 2017/01/24
  • メディア: 単行本



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保坂正康の安倍晋三評(『昭和維新史との対話』から) [政治・雑感なぞ]

先に「本物のテロリスト」について引用したが・・・

本物の右翼・テロリストとは・・(現代書館『昭和維新史との対話』保坂正康氏と鈴木邦男氏対談から)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-07-13

その本のなかで、安倍晋三首相のことが語られている。母方の祖父ではなく、父方の祖父について取り上げたうえで、孫のことが評されている。





***以下、引用(強調表示は、環虚洞による)***

議会の抵抗

鈴木(邦男):戦前の議会でも頑張っていた議員はいましたよね。例えば斎藤隆夫は有名ですけど、それに続いて昭和12年の“腹切り問答”の浜田国松もいます。それに安倍晋三の父方の祖父、安倍寛もいました。彼らは軍部に対しても、国会議員として言うべきことを、はっきり言っていましたよね。ちょっと余談ですが、こんなに立派な人がいたのに、なぜ安倍首相は母方の祖父の岸信介のことばかり言うんでしょうか?

保坂(正康):安倍寛は、安倍晋太郎の父親ですね。安倍晋太郎自身はどちらかというと、安倍晋三とはちょっと違う考え方の保守だったと思います。安倍晋三の言う「保守」の意味するものが僕にはよく分からないのは、彼の言葉には思想の裏打ちをまったく感じないからです。思想があればいいというものじゃないけど、公的な仕事をする人なら「この人はこういった枠でものを考えているんだな」と、大筋では伝わってくるものがありますよね。だけど、その枠が分からないと、一体、何を求めているんだろう? ということになる。その不安を、僕は安倍晋三に感じるんです。・・略・・

(「第1章 国家改造運動の群像」p33,34

**引用ここまで**

この本を読んでいくと、パッションのみで動いたかに見える昭和初頭のテロに係わる人々が実は「思想」の持ち主たちであったことが示されている。

その一人、農本主義の橘孝三郎について語られている部分を引用してみる。

***引用、ここから***

保坂:(・・略・・ )橘(孝三郎)さんは恐らく「君の政治思想の捉え方は、戦後の通俗的な発想を踏襲しているだけだ」ということを指摘してくれたんだと思います。そんなやりとりをしていく中からそれまで総花的で整理されていなかった僕の知識が、橘さんとの対話を通じて整理されてきたんです。それで「先生の言うことがだんだん分かってきました」と言ったら、「そうだろ、一口に“右翼”と言ってもぜんぶ違うんだ。それはもはや一括りに“右翼”と言っていいのかさえも疑問なくらいなんだ」と言って、自分と北一輝がどう違うのか、大川周明とは考え方に違いはあるけれど、お互いに尊敬しているような感じだと言っていました。井上日召和尚とはこんなところが違う、彼はこう考えるが、わしはこう考えるなど、詳細かつ具体的に思想を全部整理して解説してくれるんです。そういった分析を活かし彼は『天皇論』というとても厚い本を書いているんです。

鈴木:ええ、彼の『天皇論』は、僕も読みました。分量もすごいですが、内容がすごく濃密ですよね。とてもすべて理解できませんが、付け焼き刃や借り物の知識なんかではとうてい書けない本で、圧倒されます。

(ここまでは 「第2章 五・一五事件と農本主義」 p45、46から)

保坂:そう。橘さんにインタビューを申し込んで、それならまずベルグソンを読んでこいと言われたときには、僕はベルグソンなんかバカにしていて全然読んでいなかったから、それから急いで一所懸命読んで大変でした。

鈴木:当時の国家改造運動をする人たちは、インテリですよね。橘さんも英語で天皇論を書いていたんじゃないですか。

保坂:ええ、英文もできたし、さらにラテン語も読めると言っていました。相当なインテリなんですよね。僕が昭和40年代の終わり頃に彼のもとに通っていたときに、「君は何をやって飯を食っているんだ?」と聞かれたので、フリーの物書きで、なんとかやれそうですと言ったら、「そうか、君みたいのがうちの親戚にもいるんだよ」と言うんです。

鈴木:立花隆さんのことですか?

保坂:そうそう。橘孝三郎さんは立花さんの大叔父に当たるんですね。僕はそのとき、まだ立花さんのことを知らなかったから、そうですかと言っただけだったんですが、ずっと後になって知り合いになったんですね。それで実はあるとき立花さんから電話があって、橘孝三郎が獄中にいるときに密かに手記を書いていたと言うんです。近衛文麿等とかに届ける上申書だったんです。それを小菅の刑務所の医者に託したけど、結局その医者が誰にも渡さなかったらしいんですね。自分の持ち物としてずっと持っていた。その医者が死んだときに、息子さんから連絡があったようです。その獄中手記で橘さんは、自分が五・一五事件のときに訴えたことが国策として活かされなければいけない、と記しています。そして事件に関した自分の行動について自省の気持ちはまったくない、ということが書いてありました。橘さんは、五・一五事件で逮捕され獄中にいたときに反省していないとはっきり表明していたんですね。逆に、自分の行動を政策に活かしてほしいと訴えていたんですね。

(ここまでは 「第2章 五・一五事件と農本主義」 p69、70から)

戦前、経済偏重に警鐘 農本主義が放つ現代性(「追加金融緩和」とカラメテ)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-11-01



五・一五事件―橘孝三郎と愛郷塾の軌跡 (中公文庫)

五・一五事件―橘孝三郎と愛郷塾の軌跡 (中公文庫)

  • 作者: 保阪 正康
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2009/07
  • メディア: 文庫



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「連合」安倍首相に救いの手?(いよいよ「メーデー・メーデー・メーデー」状態?) [政治・雑感なぞ]

連合(会長)が、「残業代ゼロ」法案容認などという記事が出ている。

労働者団体代表のような「連合」が、政府との怪しげな結託を表明したということなのだろうか。よくわからないのだが、(わからないなら書くなと叱られそうでもあるが、わからなくても異変には敏感であってもいいと思う)、大きな変動が起きているのは間違いなさそうである。

なんだろう?会員である労働者の意向を度外視して連合上層部が甘い汁を吸おうとしたのだろうか。それとも、TPP受け入れに際して農業協同組合諸団体の長「全農」がそうされたように、政府に脅された?のだろうか。

以下の記事をみると傘下の諸団体も反対を表明しているようである。

「残業代ゼロ法案」の条件付き容認に転じた連合は労働者を守る気がないのか BLOGOS 2017年07月14日 17:15 五十嵐仁
http://blogos.com/article/234714/

***以下、上記記事からの一部抜粋***

電通の過労死問題を契機に世論の関心が高まり、過労死をなくすためのチャンスが訪れているのに、それに逆行するような修正を労働組合の側から提案することに強い批判が寄せられるのは当然でしょう。

しかも、安倍内閣支持率が急落し、都議選での歴史的惨敗もあって安倍首相は追いこまれています。そのような時に、連合の側から安倍首相に救いの手を差し伸べるようなものではありませんか。

しかも、この方針転換の経緯は極めて不透明であり、非民主的なものです。今日の『朝日新聞』は、「傘下の労働組合の意見を聞かず、支援する民進党への根回しも十分にしないまま、執行部の一部が『方針転換』を決めていた」と報じています。

***抜粋、ここまで***

よく分からないのだが、本来のあるべき姿から外れた組織はもはや存立する理由がなくなるのは当然に思う。「連合」は自ら、自分は必要ない存在ですと宣言したようなものか。いずれにしても、傘下団体の意向を考量していないのは確かなようで、「方針転換の経緯は極めて不透明であり、非民主的なもの」という批判もあるところを見ると、「連合」から申し出たかのカタチを取っているが、(「加計」問題同様に)安倍政権の「悪巧み」と圧力があったのかもしれない。

よく分からないが・・・

「メーデー・メーデー・メーデー」(メーデーの日に)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-05-01

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「首相の決断」と書いたメディアもあったが、実現性はどうも疑わしい [政治・雑感なぞ]

加計問題  首相出席、予算委開催へ 和泉氏を参考人招致毎日新聞2017年7月13日 21時39分
https://mainichi.jp/articles/20170714/k00/00m/010/089000c

と、『毎日新聞』をはじめ、安倍首相が臨時国会に応じる報道があったが、どうも怪しい、そんな気がしていた。その後、日付が具体的に報じられない。

そうこうするうち、加計問題を(マスコミ大手新聞社よりもずっと)早くから報じてきた、『日刊ゲンダイ』から次の記事がでた。

どうもこちらの方が本当らしい。

やっぱり、「息を吐くよにウソをつく」方ならではの、決断か・・・。

実現阻む国対委外遊 安倍首相「閉会中審査」出席決断の嘘
2017年7月14日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/209486

抜粋すると・・・

「逃げている」との批判をかわすため、「やる気」だけ示し、自分は説明したいけど、実現できないのは国対委の外遊のせいと責任転嫁する――ハナからそんな疑念が漂う、首相の決断だ。  

約束だけならいくらでも / 果たすのはダレに対する約束
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-06-23

政権のウソを蔽(オオ)って「司法固め」
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-06-22
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トランプのアタマよりもグチャグチャの「国家戦略特区の正体」 [経済関連]





上記イメージ書籍に関して、著者:郭洋春教授がコメントしている。〈昨年、『国家戦略特区の正体』を出版したが、その後に加計学園の疑惑が浮上。「そのデタラメぶりは、私が想像していた以上・・・」〉。

以下のURL記事に詳しいが、たいへん長い記事なので、以下ところどころ抜粋してみる。「国家戦略特区」のデタラメぶりは、米大統領トランプのアタマの中身以上であるようだ。〈提案する側とそれを審査する側がグチャグチャに混同されています。これはどう考えてもおかしい。「利益相反」という概念は米国でトランプ大統領が誕生した際にも取り上げられましたが、彼も大統領の立場を自分のビジネスに利用しないという利益相反の考え方を受け入れ、自分が経営してきた会社の役員を退くという対応を見せました。〉と郭教授は言う。では、トランプも示したほどの節度もナイ「国家戦略特区」のデタラメぶりとは・・・

疑惑は加計学園だけじゃない? デタラメすぎた「国家戦略特区」の“歪んだ行政”https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170712-00087808-playboyz-pol

***以下、抜粋***

ワーキンググループというのは、国家戦略特区に指定された各地域から上がってくる事業提案を審査する立場にある機関です。その立場にある人物が、各地域がどの事業を提案するかを考える分科会にワーキンググループの委員という肩書きではなく「民間有識者」という立場で出席しているのです。

─それが先ほど仰った「制度設計の重大な欠陥」だと。もう少し詳しく教えてください。

郭 国家戦略特区には「諮問会議」という機関が設けられていて、これがこの構想の事実上のヘッド・クォーターです。この諮問会議を小泉政権が推し進めたSEZ政策である構造改革特区の「推進本部」の構成と比較すると、問題点が浮き彫りになります。

小泉政権の構造改革特区の推進本部には内閣総理大臣、内閣官房長官、構造改革特区担当大臣、規制改革担当大臣、他の全ての閣僚、内閣官房副長官、内閣総理大臣補佐官兼内閣府副大臣を入れることが規定されていました。これに対し、国家戦略特区の諮問会議では国務大臣は内閣官房長官と国家戦略特別区域担当大臣のふたりだけでも成立するように制度設計されているのです。

そして、この諮問会議の中で事業選定のイニシアチブを握るのが「ワーキンググループ」なのですが、先述の八田氏を含めた9人の委員全てが民間人で占められています。民間人に国の経済政策の事実上の具体的進行を任せ、問題が生じた時に誰が責任を取るのか?

国民からの選挙で選ばれたわけでもないワーキンググループが中心となり、しかも例えば、労働法制の改正などを伴う規制緩和メニューを検討する際にも、厚労相の参加もないような形でプロジェクトが進められる。そこで決まった案件はそのまま諮問会議で承認されるわけです。これはとても民主的な運営とは呼べない、“お友達グループ”です。

*** *** ***

郭 去る6月19日、加計学園問題で揺れた通常国会の閉会を受けた記者会見で安倍首相は国家戦略特区についても言及し、次のように発言しています。

「国家戦略特区における獣医学部新設について行政が歪められたかどうかを巡り、大きな議論となりました。(中略)国家戦略特区は、民間メンバーが入って諮問会議や専門家を交えたワーキンググループにおいて議論を交え、決定されていきます。議事はすべて公開しています。むしろ、そうした透明で公明・公正なプロセスこそが内向きの議論を排除し、既得権でがんじがらめになった岩盤規制を打ち破る、大きな力となる。これが国家戦略特区であります」

確かに、ここまで指摘してきた今治市の分科会、成田市の分科会などの「議事要旨」は首相官邸のホームページから閲覧することが可能です。その要旨だけを読んでも特に違和感はないかもしれない。しかし、その会議の出席者が事業提案を審査するワーキンググループの委員だと知ったら、どうでしょう。安倍首相は会見で「行政が歪められたかどうかを巡り、大きな議論となりました」などと呑気なことを言っていますが、“歪んだ行政”どころの話ではありません。

むしろ、一部の事業者にとっては“思い通りの行政”が実現可能となる制度、それが国家戦略特区の実態だと言っていいでしょう。森友学園問題以降、「忖度(そんたく)」という言葉が流行語のようになっていますが、これは、もはや忖度で片づけられるレベルの問題ではありません。利益を求める事業者自身が、彼らの意思で思いのままに行政を動かしているのです。

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本物の右翼・テロリストとは・・(現代書館『昭和維新史との対話』保坂正康氏と鈴木邦男氏対談から) [歴史雑感なぞ]

産経ニュースに、次の見出し 〈 兵庫県高校教諭?が不適切投稿「殺してもらうしかないやろ」 安倍首相名指し? 県教委が調査〉 2017.7.11 19:50更新
http://www.sankei.com/affairs/news/170711/afr1707110025-n1.html

記事から、すこし引用すると・・・

兵庫県川西市在住の「勝ちゃん」と称する男性が6月26日に投稿した原文は「昔本物右翼の方(憂国の士)がおられて岸元首相を刺したときは、『いつでも殺せるけど、今回はここまでにしておく。反省しろ』と言われたらしい。でも安部は反省する能力ないから殺してもらうしかないやろ」

岸元首相が、包丁で刺されたことは知っていたが、「本物右翼」の言葉(捨て台詞)ははじめて知った。

その「勝ちゃん」のツイートが元で、サワギが生じているという。サワギを起こしたことを、今ごろ「勝ちゃん」は反省しているのだろうか。それとも、サワギとなって、自分の立場を危うくすることは承知の上で、「不惜身命」の覚悟で、“安部”首相に反省を促すために行った、反語的確信犯的ツイートであったのだろうか。「本物右翼」かどうかは知らないが、「憂国の士」として言動したつもりなのであろうが・・・。

ところで今、保坂正康氏と鈴木邦男氏の対談本を読んでいる。『昭和維新史との対話 検証五・一五事件から三島事件まで』というものだ。

そこに、本物の(右翼?)テロリストかどうかを見極める上での、(実行犯たちが保坂、鈴木両氏に語った)尺度が示されている。なかなかスゴイ話だが、オモシロイので引用してみる。と、言ってもだいぶ刺激的なので、シンゾウの弱い方はご注意のこと。


昭和維新史との対話: 検証 五・一五事件から三島事件まで

昭和維新史との対話: 検証 五・一五事件から三島事件まで

  • 作者: 保阪 正康
  • 出版社/メーカー: 現代書館
  • 発売日: 2017/03/30
  • メディア: 単行本



***以下引用***

保坂:なるほどね。それと類似した話を僕は、塙三郎さんかと話しているときに聞きました。塙さんは水戸中学時代から文化村に出入りしているうちに橘孝三郎さんに私淑した人ですね。彼と雑談していたときに、「君ね、〈テロリストがテロをやる〉という見方は間違っているんだよ」と言うんです。「〈テロリスト〉」というのはいないんだ」と言うのですが、それはこういうことなんです。まず誰かを暗殺しようと決めて行動を起こしますよ、それで実際に撃って、刑務所に入るとします。刑務所に入って、そのとき警察に、「お前は殺人なんてとんでもない犯罪をしたんだぞ」と言われる、親兄弟も面会に来て泣く。しかし、そこで「俺、とんでもないことをやってしまった」と反省するのは、テロリストじゃないという意味です。 / 塙さんも獄中で考えたそうです。そして熟考したうえで、「やはり俺のやったことには寸分の間違いもない。同じ状況に置かれたら、またやる。家族がなんと言おうが何をしようが、俺のやったことに100%の自信がある」と思った瞬間から、その人間ははじめて確信犯になる、テロならテロリストになる、と彼は言っていました。 / 塙さんのようなタイプは安易に「反省しました」なんて言わない。泣いたりして、「すみません」なんて言うことを軽蔑していたということですね。

鈴木:すさまじいですね。しかし、血盟団の川崎長光の心理も恐らく、それと同じだと思います。泣きもしないし、警察に捕まって自分が撃った西田がまだ生きているのを知って「これで人を殺さずに済んだ」なんてまったく思わない。あとで悩んだりしたら、もうテロリストじゃないということなのでしょう。

保坂:塙さんは僕に、「私が犬養首相を殺したわけではない。実際に犬養毅を殺したのは海軍の連中だ。然し、自分がその事件に連座しているということは事実であり、それで自分を〈テロリスト〉と呼ぶ人がいれば、私はそれを甘んじて受ける」と言うのです。決行者がある種の覚悟を決めたときに言う台詞というのは違うんだなと思いました。自分の正義に100%の自信を持ち、どんな弾圧でも甘んじて受けると思ったとき、その者ははじめてテロリストになり革命家になる。その心理を私たちが終生分からないのは、結局、彼等の決意とか覚悟とかの内面を見ないで、「誰かを撃った」とか「殺害した」という行為しか見ていないからで、そのためテロリストの本当のところが分からないということなんでしょうね。

鈴木:僕が会った中では小沼正(「血盟団事件」で井上準之助を射殺した人物)さんはテロに対して強い信念をもっていて、「今の右翼はだらしがない。政治に不満があるならテロでも何でもやれ。殺したって死刑になんかならない。俺を見てみろ」とものすごいことを言うんですね。僕は当時、『やまと新聞』の取材として小沼さんに会ったんですけど、その頃、僕も若かったからそれで僕もつい、修正しないで小沼さんの発言のとおりそのまま新聞に書いちゃったんです。今だったらそんな過激な発言は新聞に書かないですけどね。何もクレームはなかったし、証言したのは事実だから、そのまま掲載してやはりよかったなと思っていたら、右翼の人たちから「それは書くべきじゃないだろう」とずいぶん叱られました。

保坂:小沼さんが書いた文で、今でも印象に残っているのが、刺すときに、その人の命が刀を伝わって自分の中に入ってくる、ということでした。

鈴木:彼が井上準之助を暗殺したときは拳銃での射撃でしたから、彼のテロへの思想を述べたのでしょうね。それにしても宗教的と言うか。超越的な観点からの記述ですね。

保坂:そうですね。刀で刺すというのは、撃つのとは違うんだと。だから日本と西洋のテロは違うんだというようなことを言わんとしていたんだと思います。魂がこちらへ入ってくるみたいなことを書いていて、なるほど、こういうことも決行者にしか言えない感覚だなという印象を受けました。

鈴木:思想について小沼は、日本主義はむしろ〈左〉だと言っていましたね。弱い、貧しい者を救うという意味合いでそう言ったのですが、僕の印象では、小沼の中では「右だ」「左だ」といったそういう陳腐で紋切り型の区別なんかとっくになくなっているという感じでしたね。こういうことも実際にテロリズムをやったから、自分の実感の中から生まれてくる発想なんだと思いましたね。



血盟団事件 (文春文庫)

血盟団事件 (文春文庫)

  • 作者: 中島 岳志
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2016/05/10
  • メディア: 文庫


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