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「第九」もいいけど・・ [ニュース・世相]

毎年恒例、年末には『第九』と相場が決まっている。

特に、今年は、震災もあって、『絆』のたいせつさが謳われているだけに、友愛を呼び掛ける『第九』の「オー、フロイデン」は御誂え向きの楽曲といえよう。

だが、どうも当方はソノヨウナ流行にすなおに乗れないのである。ウソ臭さを感じてしまうのである。動機は悪くないはずであろうけれど、「24時間テレビ」のその時ばかりの愛の大合唱と同様、なんとなく辟易してしまうのである。

当方のこころのどこかがヤンデいるのでソノヨウニ感じてしまうということもあるのかもしれない。

だが、そればかりではないようにも思うのである。

本来、人間は孤独なもので、その孤独のほどは、銀河鉄道の列車にひとり残されたジョバンニのようなもので。石炭袋のような漆黒の闇のなかから聞こえてくるせロのようなやさしい声だけが唯一のすくいのような世界であると当方は思うのである。

そこまで、孤独を実感している人間が互いに身を寄せようと意志の疎通をはかろうとするところから「絆」は生まれてくるように思うのである。

そこまで行き着かない人間が、ただ肩を並べて「絆」を合唱するのは非常にモロイものであるように思うし、ウソ臭くも思えるのである。

『第九』もいいけれど、もっと卑近なものかもしれないけれど、サントリー・オールドの「ロン・ドン・ディドン・シュビダドン・デーェエエオー」の、人間本来の、虚ではない充足した孤独のなかから、隣を愛せるならばその方がホンモノのように思えるのである。


人間みな兄弟

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新編 銀河鉄道の夜 (新潮文庫)

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「当マイクロフォン」中西龍さんのこと [アート・美術関連]

その語り口が「名調子である・あった」ということで思い浮かぶひとりに中西龍さんがいる。

「歌に思い出が寄り添い、思い出に歌は語り掛け、そのようにして歳月は静かに流れていきます」で始まる『にっぽんのメロディー』での名調子と自分のことを「当マイクロフォン」と呼んで情感豊かにしみじみと語るその語り口をなつかしく記憶しておられる方も多いことと思う。

その中西さんが亡くなって13年経つのだという。

本日(12・23)の「日本経済新聞」(文化欄)に『語り職人あふれる人間味』と題して、(「伝説のNHKアナと親交を結び」その「生涯を小説に」書いた)三田寛(みた・かん)さんが寄稿している。

もちろん、「伝説のNHKアナ」とは中西龍さんのことだ。

すこし抜粋してみる。

「中西さんはいつも自分でナレーションの原稿を書いて」「放送作家やディレクターにまかせ」なかったそうなのだが、そのナレーションに表れたしみじみとした情感は、やはり中西さんの人柄から発せられたものであることを思い知らされるエピソードだ。

こう、ある。

「中西さんは実生活でも情が深く、涙もろかった。5歳で母を亡くしており、母恋の感情が強く、子どものころの話をするとすぐに泣き出してしまう。電話越しに私の子どもの声を聞いて泣いてしまったこともあるくらいだ。」


その反面、「よくNHKアナウンサーがツトマッタナ・・」と思う「破天荒」なエピソードも示されている。

そもそも、中西さんが放送の世界に入ったのは「若いころ、ラジオで徳川夢声さんの語りを聞き込み、言葉の切り方など大きな影響を受けた」り「森繁久弥さんのセリフ回しあこがれ」たりしたことによるらしい。

実際、中西さんの語りは、「アナウンスの王道から見れば異端」であるそうな。「句読点の位置とは関係なく言葉を切り、強調したい言葉の前で微妙にためる」などしていたという。しかし、そうした流儀が、「日本のメロディー」で紹介される楽曲を「いつもと違っ」たモノとして聞かせてくれたのだという。

「まさに話芸と呼ぶにふさわしかった」と三田さんは書く。


三田さんは、中西さんのナレーションがCDとなったことを紹介している。

中西龍の伝記小説「当マイクロフォン」とともにあじわうと、今や絶滅危惧種となった日本人の原型をなつかしく想起できるように思う。


当マイクロフォン (角川文庫)

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(決定盤)心のナレーション 中西龍 ~叙情歌編~

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(決定盤)心のナレーション 中西龍 ~歌謡曲編~

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話術

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キム・ジョンイルの遺体 [スピリチュアルな話題]

キム・ジョンイルの遺体は偶像崇拝に利用されるのだろうか。

ちょうどレーニンの遺体がエンバーミング処理されて、いわばソノヨウニ利用されてきたように。

(下記URLはウィキペディア「エンバーミング」の項)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0#.E4.B8.96.E7.95.8C.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E3.82.A8.E3.83.B3.E3.83.90.E3.83.BC.E3.83.9F.E3.83.B3.E3.82.B0

ジョンイルの父、金日成の巨大な像。その高さは、バビロニアの王ネブカドネザルがドラに建てた像とほぼ同じ高さ(25m)だ。

父は巨大な像となり、子はエンバーミングの道に進むのであろうか。

そのようにして、不安定な国情のなかでの国家統一をこれからも人民に課していくのだろうか。


ちなみに、聖書の神はあらゆる偶像崇拝を認めていない。「十戒」には次のようにある。

《4あなたは自分のために,上は天にあるもの,下は地にあるもの,また地の下の水の中にあるものに似せたいかなる彫刻像や形も作ってはならない。 5 それに身をかがめてはならず,さそわれてそれに仕えてもならない。あなたの神であるわたしエホバは全き専心を要求する神であり・・・》(出エジプト記20章)と、ある。


モーセはイスラエルの指導者であり、エホバからシナイ山で十戒を託された人物であるが、そのモーセの死後、その遺体について論争が起こったことがユダ書に記されている。

もっとも、人間の目には見えない天での出来事として次のように記されている。

《しかし,み使いの頭ミカエルは,悪魔と意見を異にし,モーセの体について論じ合った時,彼に対しあえてあしざまな言い方で裁きをもたらそうとはせず,ただ,「エホバがあなたを叱責されるように」と言いました。》(ユダ9節)

この聖句に関するある注釈書には次のような説明が付されている。

「サタンがモーセの体を使って何をしたかったのかをユダは述べていませんが,悪魔に何らかのよこしまな意図があったことは確かです忠実な人モーセの遺骸を偽りの崇拝で誤用させようと思ったのかもしれません。ミカエルはサタンの邪悪な企てに抵抗すると同時に,注目に値する自己抑制を示しました。サタンは叱責されても当然でしたが,ミカエルは,サタンと論じ合った時点ではまだ「裁くことをすべて」ゆだねられてはいなかったので,このような裁きを下せるのはエホバ神だけだと考えました。(ヨハネ5:22)み使いの頭ミカエルは広範な権威を持っていましたが,謙遜にエホバに服しました。さらに権威を手に入れようとはしなかったのです。謙遜さに加えて,慎み,つまり自分の限界を自覚していることも示しました。」(「来て,わたしの追随者になりなさい」:ものみの塔聖書冊子協会発行2007)


偶像崇拝によって、真の神への崇拝が不明瞭にされてきた。

偶像崇拝によって、さまざまな分裂が生じ多くの血が流されてきた。

真の神が偶像崇拝を嫌悪されるのは当然である。



旧新約聖書―文語訳

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立川談志逝って一月(その2) [アート・美術関連]

毎日新聞12月19日の《悼む》欄に、談志が取り上げられた。

《悼む》欄は、たいていふたりづつ掲載されるのだが、スティーブ・ジョブズと並んでいるのは東西の個性派対決のようでオモシロイ。

談志について記したのは濱田元子さん。先に更新した「昨年末の」「神がかり的な鳥肌の立つ」高座について語っている。談志のダンディズムのようなものが感じられてオモシロイ。

(以下、その全文)
***********

ちょうど1年前の12月23日。東京・よみうりホールの高座に談志さんが上がった。それまでもずいぶん、のどをはじめ体調の不安が伝えられていた。当初の予定ではトークと映像上映。当日の会場の張り紙には「強い意向により」と変更の理由があった。

声こそかすれていたものの、そまざまな落語の場面やせりふをつないでいく「落語チャンチャカチャン」に始まり、次に「権兵衛狸」。そして「芝浜」に入っていった。

五代目柳家小さんに入門したのが1952年。二つ目の小ゑん時代から落語の才は群を抜いていた。63年に真打ちに昇進し、五代目談志を襲名。真打ち昇進をめぐり対立した落語協会を脱退し、83年に落語立川流を設立した。

戦後落語界の風雲児といわれた破天荒な言動の一方、「伝統を現代に」を掲げ、古典落語を今に生きる噺としてリアルによみがえらせた。なかでも魚屋夫婦の情愛を色濃く描く「芝浜」は、演じる度に進化させ続けてきた。

「3席もった自分の足とのど、体、健康に素直に感謝しています」。サゲまで「芝浜」を演じきり、そう思いを口にした。その時すでに喉頭がんが再発し、声帯摘出を拒否していたことが明かされたのは、亡くなった後のこと。

弱さも醜さも愚かさもすべてむき出しに、生身の人間の生きざまを描くのが落語だと、談志さんは「人間の業の肯定」という言葉で鋭く言い当てた。渾身の「芝浜」に映し出されたのは、落語への愛、高座への執念、そしてまさに生きざまそのものだったのだ。

追悼番組が続々放送され、DVDやCDでその芸をたどることはできる。けれど、あのビリビリと震える空気を感じることは、もうできない。最後の「芝浜」が焼き付いて離れない。

現代落語論 (三一新書 507)

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人生、成り行き―談志一代記 (新潮文庫)

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立川談志逝って一月(その1) [アート・美術関連]

談志が死んで、明日で一月になるという。

《サンデー毎日11・25号》に、今年逝去した人々へのコメントが出ている。

たいへん身近に接した人たちが愛情をもって語るコメントは、故人をいっそういきいきと輝いて見せる。

談志に関しては、むすめの松岡弓子さんが書いている。

題は「声が出なくなっても落語を愛し続けた」

(以下、その全文)
***********

昨年秋くらいから、高座に復帰した父の姿は切ないものでした。お弟子さんたちは、一つ一つの噺にお別れするように高座に上がっていたと話していましたが、題目もかぶらないようにして、普段はあまりやらないものを選んでいたようでした。ただ、とにかく声が出ない。ダメだと分かっていてもやらなければならない状況で高座に上がった思いは計り知れません。

昨年末の「芝浜」は声が出ないのにこんな境地があったのかと思うような、神がかり的な鳥肌立つ落語でした。一生命をかけて落語を愛し続けてきた父だからこその奇跡です。

子どもの頃は父が嫌いでした。トラブルメーカーで、タクシーに乗れば運転手とケンカしたりする。歩くのも早くて、走らないと追いつかない。とにかく、マイペースで生意気。でも、20歳を過ぎる頃からイヤという気持ちは薄らいでいきました。

最期の8ヶ月は在宅医療で家族が看護師のようなものでしたが、父は家族につらく当たったりしたことは一切ありませんでした。それはいじらしかったし、偉かったと思います。





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キム・ジョンイルの死 [ニュース・社会]

キム・ジョンイルが死んだ。

糖尿病ということや、ヤツレタ顔をしていたことや、アンナかわいらしいようなお兄ちゃんをあわてて後継者に仕立てていたことを思うと、近いうちに死ぬのだろうと思ってはいた。

だが、いざ死なれてみると、なんとなくサビシイような感じがする。


誤解されると困るのだが、私は朝鮮人ではない。同胞を慕っているのではない。

のっぺりした顔をしているので、「自分は朝鮮系だ」と自ら言ったところ、右翼の人(当人は「国粋主義者」と称していた)から、「君の顔は立派な大和民族の顔だ」と言われたこともある。

もっともソレはどうでもいいことだ。

そもそも、日本人とは、日本列島に、追われ追われてたどり着いた流浪の民の末裔だという説もある。

であれば、そのようにして西方から来たのであれば、朝鮮の血が皇室に入っていてもおかしくはない。

DNAを用いて人類の祖先をアダムまで遡ろうという企てもなされたのではなかったろうか。皇室も、DNAを調べてみれば、立派に朝鮮の血が入っているということが明らかになるように思いもする。

きっとソノヨウニなってはコマル人たちが、いて、そのような検査は絶対させないように思うが・・・。


まあ、そんなことはどうでもいい。

キム・ジョンイルの死をさびしく思うのには個人的な理由があるのである。

となりの肉屋のオバちゃんにキム・ジョンイルがそっくりなのである。特に、やつれてからはますます似て、テレビに映像が出ると、オバちゃんと思わず口をついて出そうになるくらいに似ているのである。

私がランドセルから手提げカバンに変わる頃、カバンを手に小学校に向かうと、オバちゃんは、わざわざ顔を出して、当方の名を呼び「××君、往診に行くの」と声をかけてくれたりもした。

ところで、果たして、そのジョンイルもどきのオバちゃんは生きているのだろうか・・。

生きていれば、80のなかばくらいにはなると思うのだが・・・。

まあ、そんなわけで、さびしい思いがしているのである。


天皇系図の分析について―古代の東アジア

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脚本家倉本聡福島原発事故を語る [ニュース・社会]

先の記事につづき《サン毎12・25号》からの引用。

倉本聡氏がオモシロイ比較をしつつ語っている。

************

今秋、福島に行って感じたのは、日本人の関心が急速に薄れていることです。僕は痛みを共有することが被災者にとって一番の慰めになると思い、被災地の人と文通しています。話を聞いて、誠心誠意気持ちを理解することが救いになると考えているからです。そんな中、全国各地の自治体が、放射性物質を含むガレキの受け入れを拒否しました。非常に悲しい事象です。日本人って冷たい。どうやってフォローできるか必死に考えています。

事故をめぐっては、自民党政権時代に「原子力の平和利用」を始めた人たちこそ責任を感じるべきです。先頭に立ちPRしてきた読売新聞にも責任を取ってほしい。東京電力や国の責任はもちろんあるけれど、日本人全員の責任がすごくあるような気がします。このようなところまで社会をもってきてしまった、つまり原発を必要とする社会にしてしまった責任です。終戦から66年の間に、日本は欲望を抑えず突っ走ってきました。猛烈な勢いで、経済大国・日本という「スーパーカー」を製造しました。みんな得意になったけれど、そのスーパーカーには備え忘れた装置が二つあったのです。ブレーキとバックギアです。だから、立ち止まったり戻ったりせずに、前へ前へと走ってきました。この姿勢を反省しないと、原発問題は収まりがつかないと思います。

原発問題はエネルギー問題です。1960年代まではみんな、夜10時までに寝てました。現在、人間の生活はどんどん夜型になり、太陽が沈んでも働いてます。夜中の12時過ぎまで、電気を使って明るく暖かい生活をしてます。こんな生活を変えない限り電力需要は減りません。根源的なところを見直さないと、やれ東電の責任だの国が悪いだのと言っても社会は変わりません。私たち一人一人の生活を改めないといけないと感じています。

インターネットで見知らぬ人とゲームをするのも異常なことです。かつて、遊びは自然の中から見つけるものでした。その辺の石ころだっておはじきになった。自分で楽しみを見つける工夫が文化だったはずなのに、今ではみんな与えられるものになってしまった。経済社会では与える側が儲かる。私に言わせれば、アメリカ流の考え方に日本人は洗脳されてしまったのです。

そんなアメリカン・グローバリズムがTPP(環太平洋パートナーシップ協定)を日本に押しつけているのが僕は怖い。自然とともに生きる農林水産業に携わる人たちはTPPに反対しています。TPPを推進する側は工業や商業、つまり天候に左右されずに済む人たちで、自然は頭脳で征服できると考えています。

原発を推進した経済産業省が、原発を規制する原子力安全・保安院を持っていたのは変なことでした。同じような変なことがテレビ界にあるのです。視聴率です。VTRやDVDができた時、僕は視聴率の調査法が変わると思いました。録画するというのはじっくり見たいということだから、「視聴数x視聴質」が数字で示されると期待しました。ところが、全くそうならなかった。そのうちに分かりました。視聴率調査会社のビデオリサーチには広告代理店の資本が入っている。実際には、コマーシャルの視聴率を測っていたのです。録画されたものはCMをスキップするので視聴率にカウントしない。番組の質は問われず、CM視聴率で数億~数十億円の商売が成り立ってしまっているのは、テレビにとって非常に不幸なことです。広告代理店の陰謀です。原発の安全性と同じく、視聴率も公正な第三者機関が計測すべきです。

テレビ番組の制作について、僕は「創」と「作」に分けて考えることにしてます。両方とも「つくる」という意味では同じですが、「作」は知識とカネで前例に基づいてつくること。「創」はカネがなくても知恵で前例のないものを生み出していくこと。僕がテレビの仕事を始めた1960年ごろはテレビ草創期で、「創」の世界でした。ところが、どんどん前例を踏襲する番組が増え「作」の世界に変わっていきました。視聴率だけで番組を評価している現状について真剣に考えないと、テレビはどんどんおかしくなってしまいます。

私が92年に脚本を書いたドラマ「学(原文では旧字体)」が1月1日、WOWWOW開局20周年記念番組として放送されます。コンピューターに囲まれて病んだ現代人が、自然の中で再生していく物語です。幸福度が高いとされるブータンでは起こりえないドラマ。カナダの大自然の中でロケしました。「学び」のドラマです。視聴者の皆さんが、無意識のうちに原発事故と関連づけて見てくださればうれしい。


倉本聰 生命の木 [DVD]

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人が最期に還るところ―倉本聰が伝えたかった想い メイキング・オブ・フジテレビ系ドラマ「風のガーデン」

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原発被災者宇宙飛行士秋山豊寛氏語る:「福島産忌避は風評被害ではなく消費者の知恵」 [ニュース・社会]

《サンデー毎日(12・25号)》に〈「フクシマ」を再び考える〉という特集が設けられ、倉本聡、菅原文太、秋山豊寛、中村安希という面々が、談話を発表している。

特に、原発被災者となられた秋山さんの談話が切実である。以下に、全文引用する。

************

原発爆発後の3月12日の午後2時半、私は逃げ出しました。15年営んでいた農場福島第一原発から32キロの阿武隈山系の中腹にありました。2キロ向こう側に小屋を建ててたら30キロ圏内の仮払い補償金100万円を東電からもらえたのにという気がしないではありませんが・・・。ごく最近、30キロ圏外で自主避難した人に一律8万円だけ渡すと発表されました。あまりの小額で、人をバカにしている気がして唖然としています。

原発事故をめぐる闘いの最前線はいくつかあります。第一に、「放射線量が低ければ大丈夫」という行政と原子力ムラを挙げての安全宣伝に対する闘いです。福島県の放射線アドバイザーは山下俊一・福島県立医科大副学長。彼のように放射線学の主流だった人たちが中心になって「安全だ」「大丈夫だ」と宣伝しています。WHO(世界保健機関)が定めた水道水の安全基準は1キロあたり10ベクレルなのに、政府の暫定基準値は300ベクレルというでたらめな数字です。

こうした規準を基にコメが栽培・出荷されています。セシウムは暫定規制値以下ですが、「非検出」ではないのです。良心的な人は売りません。特に有機農家の仲間たちは作ったけど売らないという決定をせざるを得ない。私はシイタケ農家でしたが、今年から営農を中断しています。キノコ類はセシウムを吸収しやすいからです。私の仲間が今春、試しに栽培してみたところ、出荷できない数値が出ました。農作物は作ってみて規制値以下なら出荷でき、規制値を超えていれば補償がもらえる仕組みです。暫定規制値以下でも福島県産の農作物を買ってもらえないのは、風評被害ではなく消費者の知恵です。

事故後の被爆量をレントゲンを撮った時や飛行機に乗った時と比べる図がテレビによく出てきました。1930年代までは強いレントゲンを妊婦に照射していました。白血病や流産が多いので調べてみると、レントゲンが原因だと分かった。学者が大好きな「統計学的に有意な結果」が出たのです。検査対象者の安全確保が第一ではないという点で、山下氏らが全県民を対象に実施している健康調査も同じです。私から見ると人体実験。私はモルモットになるのは嫌だし、「直ちに健康に影響がない」と言われても、直ちに信じられないので逃げ出しました。

次なる闘いの最前線は補償問題です。政府や行政の測定は後手後手に回っている印象がありますが、あれはむしろ調べないようにしているとみるべきです。調べて数字が出たら補償の証拠になってしまうからです。自分たちで測らなきゃいけない時代なのです。

シイタケ農家は本当は今ごろ、来年のホダ木を準備している時期です。農政局はとりあえず3本切って、おがくずが全部規準値以下だったら伐採を始めてよいと指導しています。そんなことをやってたら原木を切り出すころには雪が積もってます。そもそも原発にはまだ蓋(フタ)がされていない。風向きによっては放射性物質が飛んでくる可能性がある。農業ができず落ちこんでいるのではと心配してくださる方がいます。私は被災者ではありますが泣いて過ごしているわけではありません。怒りに燃え、血がたぎっているので大変元気です。
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グリーンの火球(ふたご座流星群) [自然に親しむ]

今朝3:45頃、

東天を火球が走る。

これまでにも火球はなんども見ているが、グリーンのものは初めて。



天文検定 (The(知)検定)

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天文年鑑2012年版

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「風見鶏」「お先棒を担ぐ」と、木枯らし紋次郎中曽根康弘元首相を語る? [政治・雑感なぞ]

『サンデー毎日』誌上に、元「木枯紋次郎」の中村敦夫さんの対談記事が出ていた。

そのなかで、原発推進の大きなカギを担った中曽根康弘元首相のことが記されてあった。

中曽根さんが、敗戦国日本をどう立て直すかというさなか、そうしなければただの農業国になってしまうとの危機感から原子力開発を推進した旨の発言をしていたのを当方は知っていた。実際、あるテレビ番組でそのように話しているのを当方は聞いた。

ところが、中村敦夫さんの発言によると、どうも日本を思う真摯な憂国の念から発するものばかりのものではなさそうなのである。

(『サン毎』の先回《12・18》号を処分してしまいキチンと引用できないのですが、記事に記されていたのは・・・)

国会議員がアメリカ留学する機会を提供されるというのは、当時、異例のことであったそうなのだが、中曽根さんは、そのような異例の機会を提供されたのだそうである。そして、帰国後、さっそく原子力開発の予算を国会で獲得したのだそうである。

当方は、読んで、「ナンダ、中曽根さんはアメリカのお先棒を担いだだけだったのか」と思った。

「お先棒を担ぐ」というと、マーチングバンドの先頭を行く旗手、旗振り役のようでカッコイイように思えもするが、今回のような原子力政策のズサンでオソマツな結果から言うなら、その言葉の本来の意味どおりカッコイイものでは到底ない。「ナンダ、中曽根さんはアメリカの走り使いだったのか・・」と言うことになる。もっとひどい言葉では「走狗」などというのも連想される。


自分の尻の始末もできないのはマトモな大人ではない。尻の始末もできないことをできるかのようにして営々とやってきたのが日本の原子力政策だったと言える。中曽根さんには旗手として先頭を行くだけでなく、きちんとシンガリも務めて欲しかった。もっとも、90歳のご高齢では、もはやシンガリは勤まらないだろうが、後輩にキチンと勤めを全うすることの大切さを伝えて欲しかった。伝えてこなかったので、今回のようなことになったにちがいない。

「先棒」の反対語は「後棒」である。結果から言うなら、「後棒」なしに、中曽根さんは、ひとりでカゴを担いで走ってきたようなものだ。「たいへんな力業であることよ」と思うと同時に、やっぱり「『風見鶏』の軽さのなせる業かな」と思いもする。

野村さん(楽天元監督の)のよく引用する古典の言葉に、「カネを残すは下。名を残すは中。人を残すは上」というのがある。

中曽根さんは、最近出身県の「県民栄誉賞」を受けた。カネはどうか知らないが、名前は立派に残された。戦後日本を代表する政治家としてその評価はいよいよ高い。

しかし、当方の寡聞によるところ大かもしらないが、少なくとも原子力政策に関して言うなら、まちがいなく「人」は残してこなかったといえる。


自省録

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中曽根とは何だったのか

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