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『山岡鉄舟生誕180年記念 山岡鉄舟と江戸無血開城』展 江戸東京博物館 [アート・美術関連]

台風の影響で大雨の可能性のあるなか、展覧会に出向いた。「青春18切符」の使い残しがあり、モッタイナイというわけで、どこに行こうかということで、決まった。

当初、「東北日本と西南日本を分ける最重要断層」とも言われる棚倉構造線に沿った鉄道水郡線)の旅を考えたが、昨年の同時期、やはり台風の中、たいへんな目にあった方の経験を知って、とりやめにした。

棚倉構造線
http://mtl-muse.vill-ooshika.com/t040900tanakura.htm

江戸東京博物館の『山岡鉄舟生誕180年記念 山岡鉄舟と江戸無血開城』展のことは、ネットで行き先をさがす中で、知った。鉄舟創建の寺『全生庵』の遺品で構成された展示で、出向いたのだが、いちばん見たいものが出ていなかった。鉄舟臨終の際、座禅を組みながら往生したという図像だ。ケチらずに出せばいいものをと、思ったりした。もっとも、そうなると「江戸無血開場」とはズレてしまうのでと言い訳が出そうだが・・。

山岡鐵舟先生臨終図(全生庵蔵)
http://www5d.biglobe.ne.jp/~mutoryu/page1/siryo/shoga.htm

もうひとつ併設展示として、やはり『全生庵』所蔵の某画家の幽霊画の展示もあった。人間国宝落語家の柳家小さんが晩年寄贈したものもあるという。スタジオジブリの鈴木さんの推薦の言葉もあったが、こちらはほとんど素通り、当方の感性からいくと、シロウトの領域である。かろうじて挿絵に見るものがあるといった手合い。

面白かったのは、地震がちょうどあって、外国人客が「アースクェイクか」とフロントに押しかけ、受付嬢がうれしそうに、「アースクェイク、アースクェイク」と繰り返していたところ。まるで、外国人に日本の名物を紹介できて嬉しいといった風情だった。

耐震建設の博物館にドンと衝撃があって、何か倒れた感がし、せっかく出向いてきたものの、運転見合わせの不運にはばまれて帰宅もままならなくなってはと早々に館を出たが、東京はなんともなっていない。電車は動いているし、平常どおりである。さすが地震大国である。

ということで、「青春18切符」を、数え58のおっさんが使い切った。

COBUILDに見る"folly"の例文
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2011-06-10


OD>おれの師匠―山岡鐵舟先生正伝

OD>おれの師匠―山岡鐵舟先生正伝

  • 作者: 小倉鉄樹
  • 出版社/メーカー: 島津書房
  • 発売日: 2014/07
  • メディア: 単行本



3D地形図で歩く日本の活断層

3D地形図で歩く日本の活断層

  • 作者: 柴山 元彦
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2016/07/25
  • メディア: 単行本



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柳家小三治師匠の独演会に [アート・美術関連]

久しぶりに小三冶師匠の噺を聞いた。むし暑い日で、会場も暑かった。

当方は、いわゆる小三冶の「おっかけ」である。当地での落語会の折には、必ず出向くようにしている。落語会の案内チラシを記念に保存してあるので、たしかめたら平成16年が最後になっている。どうりで、「久しぶり」と感じるわけだ。

師匠もそのことをマクラに振った。出囃子で登場し高座に上がる。開口一番、「心配しているんです・・・」と言う。こちらは思わず、「何を?」と驚く、当惑する。すると、「何って・・・」と、その後をつなぐ。その間(ま)のために、思わず引き込まれる。最近読んだ好奇心に関する本に、「情報の空白」の話が出ていた。それだなと、思った。

好奇心は知識に連動
http://kankyodou.blog.so-net.ne.jp/2016-05-31-1

師匠も記録を調べて過去7、8年当地に来ていない。それで、まとめ役がいないのではないかと心配しているというのだ。一度、事情があって、独演会に行きそびれたことがある。それから、もうすでに7、8年経過しているのを思い出した。


平成16年の「柳家小三冶一門会」のとき、いっしょに来たのは柳家喜多八だった。最近、亡くなった。ニュースで知ったとき、師匠もつらいだろうなと思った。今回、つれてきたのは、その弟子の柳家ろべえ。どうぞよろしくと師匠じきじき挨拶していた。

平成16年というと今から12年前になるが、その間もテレビで師匠の姿は見ている。2008年10・14のNHKプロフェッショナル 仕事の流儀』100回記念は小三冶師匠だった。そのときはじめて師匠がリウマチ病みで、薬を手放せないことなど知った。山のような薬を飲みつつ、夏の真っ盛りの寄席で奮闘しているようすも見た。

それから8年。ホール・ステージ上に壇がきずかれ座布団が敷かれる。高座にあがるとき少したいへんそうで、「師匠お年を召されたな」の印象を持った。はなし始めたのは、『粗忽長屋』。死人の噺だ。会場にいる自分のファンであれば、当然喜多八の死を知っていて、そのことをまくらに振ってかける噺といえば、これしかないということだったのだろうと勝手に思った。以前、米朝師匠がテレビ出演していて、弟子が亡くなった直後の高座でのことを思い出したりした。

米朝、逝って、心配、無くなる 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-03-20


中休みを経て、後半。あい変わらず会場はむし暑い。(もしかすると、師匠の要望で空調の温度が高めに設定されていたのかもしれない。体調維持のために、あまり体を冷やせないということを聞いている)。「きょうは何をかけるのだろう。『青菜』かもね・・」などと(客席2列目で)話していたら、まくらなしに突然「植木屋さん、ご精がでますな」と始まった。『青菜』である。季節は夏、お屋敷住まいの大旦那と出入りの植木屋の暮しぶりをめぐる噺だ。

『青菜』はいちど聞いている。平成15年9月。そのときの枕は、「自分はタレント活動など見向きもせずにやっているが、テレビなどというものは・・」というような話しで、ついたまたま「(そんなことを言っているが、ほんとのところテレビにも出たいんでしょうがぁ・・の意を含んで)またまた」と5列目の席で、口走ってしまい、にらまれた感がしたのを覚えている。ついでに「見てろよ」と言われた気もした。

それからタイヘンだった。落語を聞いて失神しそうになった。あたまがクラクラした。血流がどうかしてしまったのだろうと思う。笑死寸前の思いをした。あとで知ったことだが、師匠は、平成15年/2003年7月・イイノホール「円朝祭」 で演じた『青菜』で、第54回 芸術選奨文部科学大臣賞(大衆芸能部門)を受賞している。その直後の高座を経験できたということになる。

それから13年。『青菜』はさらに成長をとげた。ユーチューブ上、師匠の演じる『青菜』を見ることができる。それはさらに古く1991年8月のクレジットが打ってある。当方が初体験した『青菜』より、さらに10年以上前になるが、それとはまったく比較にならない。はるかに出来がよくなっている。

今回、あたまがクラクラすることはなかったが、旦那さんの風格はいや増し、お屋敷はいよいよ広くなり、植木のあいだをくぐる風はさわやかにながれて、植木屋の路地裏の暮しとの対照も自然になった。

植木屋も、クマさんハッツァンのまったく無知といった風情ではなく、それだけのお屋敷に出入りを許されるだけの人品を備えた人物になっている。たまたま経済的にゆるさないので植木屋を稼業とし、路地裏に住まいはしているが、人間として向上していきたいという願いをもつものとして描かれている。

全体に上品になった、品格があがったと言っていいように思う。旦那の風格にいたっては、米朝さん晩年の『百年目』の大旦那を思い出したりしていた。

はじめて聞いた『青菜』のときには、ただただ笑って聞いていただけなのだが、今回は、人間としてもっと大きくならんといかんなあと感じて聞いていた。人間としてもっと向上せなあかん・・と。

どういうわけか、関東人のくせに関西弁になって・・・。


【落語】柳家小三治/青菜(1991年8月)
https://www.youtube.com/watch?v=peJ_iAcpKrc

中国のテレビドラマ「宮廷画師 郎世寧」を見ながら思ったこと 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-04-14


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富田勲さんのNHK-FM追悼番組を聞いて [アート・美術関連]

NHK-FMで、4時簡にわたる追悼番組を聞いた。『未来を走り続けた冨田勲の音世界』と題して作曲家・吉松隆が案内していた。

2012年、初音ミクを用いた「イーハトーブ交響曲」の初演寸前、ご本人が出演し、吉松隆司会で富田勲の仕事を回顧するFM番組があった。その再放送がプログラムの中心で、その合間に、親しく仕事をした人たちに思い出を話してもらうというスタイルの番組だった。

ご本人の話しぶりからもそれはよく了解できるが、親しくしていた方たちのいう富田勲の人柄を一言でいうなら、「垣根のない」ということのようだ。「偉ぶらない」「(自分を)飾らない」と言い換えることができるかもしれない。年下のひとたちにも、たいへん気さくで慕わしい人であったようだ。

今回の放送では、外されてしまっていたが、その人柄をほうふつとさせるエピソードがある。JRのコマーシャルの話だ。当方の記憶にもそれはある。たしか、富田さんが列車の窓辺に手を伸ばして外のようすをぼんやり見ているというイメージを用いた広告だ。テレビでも放映されていたと思う。

ある日、富田さんが、山手線(だったか・・)に乗車している時、車中の人の目が自分に注がれているのを感じて、見ると中吊り広告(だったか・・)壁(だったか・・)に、JRの自分のコマーシャル画像が出ていて、まさにソレをおんなじ格好をしている自分に気づいた。それで、いたたまれなくなって、次の駅で降りた・・・という話しをしていた。


テレビでも追悼番組がつづく。

冨田 勲さん追悼 関連番組放送のお知らせ
http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=05692


音の雲 ずっと音の響きにこだわってきた/冨田勲 著

音の雲 ずっと音の響きにこだわってきた/冨田勲 著




TOMITA ON NHK 冨田勲 NHKテーマ音楽集(新装版)

TOMITA ON NHK 冨田勲 NHKテーマ音楽集(新装版)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: 日本コロムビア
  • 発売日: 2015/03/04
  • メディア: CD



ホルスト:組曲「惑星」

ホルスト:組曲「惑星」

  • アーティスト: 冨田勲,ホルスト
  • 出版社/メーカー: SMJ
  • 発売日: 2012/12/05
  • メディア: CD



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「めぐり合わせ」~「デイヴィッド・ヒューム」~「富田勲 追悼番組のお知らせ」 [アート・美術関連]

昨日の更新で、「めぐり合わせ」がどうのこうのと記したが、関連ありそうな資料をみつけた。「因果関係」に関する論議だ・・・。

以下の記述によるなら、自分の身にふりかかった出来事を、「奇遇」だの・・、「めぐり合わせ」だの、「シンクロニシティー」だのとみなす思い・・は、要するに、そう思う主体がそう思っているだけのこと・・ということになるのかもしれない。

ヒュームは、因果関係の特徴は「でなければならない(must)」という考え、あるいは必然性にあると見なした。しかし彼は、原因と結果の間に必然的な結合と言えるような結びつきはなく、事物は我々にそのような印象を与えないと論じ、「であるbe」あるいは「起こるoccur」でしかなく、「must」は存在しないと主張した。一般に因果関係といわれる二つの出来事のつながりは、ある出来事と別の出来事とが繋がって起こることを人間が繰り返し体験的に理解する中で習慣によって、観察者の中に「因果」が成立しているだけのことであり、この必然性は心の中に存在しているだけの蓋然性でしかなく、過去の現実と未来の出来事の間に必然的な関係はありえず、あくまで人間の側で勝手に作ったものにすぎないのである。では「原因」と「結果」と言われるものを繋いでいるのは何か。それは、経験に基づいて未来を推測する、という心理的な習慣である。

ヒュームは、それまで無条件に信頼されていた因果律には、心理的な習慣という基盤が存在することは認めたが、それが正しいものであるかは論証できないものであるとした。後世この考えは「懐疑主義的」だと評価されることになった。

デイヴィッド・ヒューム(David Hume)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A0


この資料は、実は、哲学者ヒュームの評伝 を読み始めたのだが、むずかしいので、ヒューム自身や彼の生きた時代について、ウィキペディア等で調べていて(偶然、奇遇ですなあ・・)見つけたもの。原本を翻訳するだけでなく、詳細丁寧な背景的解説も加えて欲しいという思いで、今、いるところ。

もっとも、この本などは、ヒュームの哲学・思想の深いところを知るために、その背景的な知識として読まれるべき一般書として記されたものなのだろうが、その一般書も、むずかしく感じるのがシロウトというもの。そういう人間はそもそも手を出すべき本ではないのかもしれないが、なんであれ目の前に出てきた以上、読んでみたいと思うもの・・・

だって、これもソレ・・、「めぐり合わせ」というものでしょうが・・・


デイヴィッド・ヒューム:哲学から歴史へ

デイヴィッド・ヒューム:哲学から歴史へ




5/28追記
ヒュームの生きた時代背景を知るこんな資料を発見・・

スコットランド啓蒙における「学問の国」と「社交の国」
The ‘Dominions’ of ‘Learning’ and of ‘Conversation’
in the Scottish Enlightenment
坂 本 達 哉
SAKAMOTO Tatsuya
http://chssl.lib.hit-u.ac.jp/education/publication/images/22_03.pdf



本日のブログ更新は、実は、全然、ヒュームの話はメインではなく、明日、先日亡くなった富田勲さんの特別番組があるので、それについてお知らせしようと思ったしだい。


冨田 勲さん追悼 関連番組放送のお知らせ
http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=05692

5月5日に亡くなられた作曲家・冨田 勲さんをしのんで、関連番組を放送します。


「未来を走り続けた冨田勲の音世界」 

【放送予定】5月27日(金)[NHK-FM]後2:00~6:00

【案内役】吉松 隆(作曲家)
【ゲスト】藤岡幸夫(指揮者)ほか



イーハトーヴ交響曲

イーハトーヴ交響曲

  • アーティスト: 冨田勲,大友直人,初音ミク,日本フィルハーモニー交響楽団
  • 出版社/メーカー: 日本コロムビア
  • 発売日: 2013/01/23
  • メディア: CD



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本日は報道写真家ロバート・キャパの亡くなった日(あわせて、その「後継者」と目された人物のこと) [ニュース・社会]

今朝、NHKラジオの「きょうは何の日」で、報道カメラマン:ロバート・キャパが戦地取材中に地雷に触れ死亡した日・・と報じられていた。

ロバート・キャパ(wikipediaから)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%91


ちょうど、日本人で「キャパの後を継ぐ」と目されていた人物の評伝+思想を紹介する本を読んでいたところなので、いつものことながら、「めぐり合わせ」を感じている。

「めぐり合わせ」の不思議
(「サトル・ボディのユング心理学」から)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-04-26


その人物とは、岡村昭彦。その本とは・・・


岡村昭彦と死の思想――「いのち」を語り継ぐ場としてのホスピス

岡村昭彦と死の思想――「いのち」を語り継ぐ場としてのホスピス

  • 作者: 高草木 光一
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2016/01/27
  • メディア: 単行本




著者 高草木光一は、学生時代、NHKのインタビュー番組を荻窪の安食堂のテレビで見て、釘付けになり、その後も、知らず知らずその影響下にある自分を20年後発見し、自分を掌中にしているかにみえる岡村を徹底的に分析し、いつか岡村昭彦論を書かねばならないと決意したという。

『訪問インタビュー 岡村昭彦』(NHK1984年)
naochi S さんによる投稿
https://www.youtube.com/watch?v=HBDi1kP74pk


スケールのたいへん大きい人物である。「鞘」に収まっている人間には、ギラギラした「抜き身の刀」に見えることだろう。当時、環境問題にも首をつっこみ、地元の漁民たちからは「兄貴」と慕われていたという。そんな印象から、『椿三十郎』を思い出した。御家騒動の渦中、若いサムライたちの先頭に立った三十郎。結局、「鞘」には収まりきらず、御家に留まることはできなかった。

カメラの技術などなくても、ベトナムに渡る。思想さえあれば・・・、写真は撮れる。被差別民の部落に住む。ホスピスの源流をさぐるためにアイルランドに渡る。そこはイギリスに植民地とされ差別を受けてきた土地だ。ジョナサン・スウィフトの開設した病院も訪ねる・・・。そのようにして、岡村の「いのちの思想」ははぐくまれてゆく。それは、さらなる発展を遂げる。

多くの人と同じく、当方も、ベトナム戦争を取材した報道(戦場)カメラマンのひとりとしてしか岡村を認知していなかったので、「いのちの思想家」また実践家としての姿を(高草木の本をとおして、はじめて)知り、たいへん驚いた。そのホスピスの思想は、終末期医療の枠を超え、精神病院改革やコミュニティー(社会)改革も視野に入っていた。病院の医師と患者の関係を上下の関係から解放し、入院と同時にパジャマを着せ、病院というシステムのなかで、「患者」の健康な部分よりも病気に注目し、「患者」をいよいよ病人に造り変える医療の在り方に疑問を投げかけ、長野の病院にボランティアで出かけ良い結果を得ていた。それが、なんと30年も前の話である。驚くほど、先を岡村は走っていたことになる。

時代の最先端走る《エホバの証人》の輸血拒否
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2008-02-29-1


残念なことに、このギラギラした男は、インタビューを受けた翌年(放送の半年後)、敗血症で亡くなる。それでも今日、映像のなかで、挑発してくる。その点、三十郎とは異なる。「いい刀は鞘に収まってるもんだ」などとは言わない。

インタビューの最後で言う。

ぼくなんかぁ、人生ってのはどこでひきあうかわからないと思ってるわけ。だけども、あの時やっとけばよかったなってなことだけは思って死にたくないのよ。人がなんと言おうとやるたけのことはやっとこうと思ってるから・・。みんなそういうふうにして自分の力を出さないんだ・・。やりたいことやらないと体にわるいよ・・


レビュー『岡村昭彦と死の思想』高草木光一著
http://kankyodou.blog.so-net.ne.jp/2016-05-23

ホスピスと反権力 (『岡村昭彦と死の思想』高草木光一著から)
http://kankyodou.blog.so-net.ne.jp/2016-05-24

定本 ホスピスへの遠い道―現代ホスピスのバックグラウンドを知るために

定本 ホスピスへの遠い道―現代ホスピスのバックグラウンドを知るために

  • 作者: 岡村 昭彦
  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 1999/11/30
  • メディア: 単行本



椿三十郎[東宝DVD名作セレクション]

椿三十郎[東宝DVD名作セレクション]

  • 出版社/メーカー: 東宝
  • メディア: DVD



カッコーの巣の上で [DVD]

カッコーの巣の上で [DVD]

  • 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
  • メディア: DVD



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舛添さん、疑われたなら「第三者」を呼べばいい? [政治・雑感なぞ]

舛添 現・都知事が、疑いを晴らすために、「第三者」に調査を依頼するとのハナシ。

「第三者」に問題をゆだねれば、嵐も収まると思っているらしい。

小渕優子議員のときもそうだった。

「茶番」、小渕氏の関与否定を追認(第三者委員は、まるで「飼い犬」) 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-10-20

第三者の…第三者で… 舛添氏会見、「第三者」40連発
吉浜織恵 2016年5月21日09時38分
http://www.asahi.com/articles/ASJ5N7H31J5NUTIL06Q.html


ところで、

「第三者」の調査費用は、どこから出るのだろう。

これも、政治資金から?

それとも、自分で出す?

ケチで有名になった舛添氏が、自腹を切るとは思えない。

それとも、会見のツラソーな面もちは、自腹を切らざるをえないところから来るのか?


『毎日新聞』(5/21)に荒俣宏が、明治時代の警察官のことを、当時の新聞を引用しつつ書いている。

「ある邏卒(ラソツ:巡査)が三河島の川辺で拾ったドクロをよく洗ってやり、自費で埋葬した」話を紹介、人民を保護する警察官はドクロさえ保護すると繋げる書き方は、小咄の味わいさえ感じられる(「新聞の神髄は『雑報』にある」 荒俣宏の毎日コレ検索)

当時の警察官の給料はどんなものだったか。巡査の給料は、東京市長の給料よりずっと低かったはずだが、そうした巡査でも、ココロがあった。自腹を切ってカネをだすどころか、その骸骨を洗ってやったという。きっと、美談として扱われただろうことはまちがいない。

しかし、思うに、この巡査が落語通で「野ざらし」を知っていたならば・・であるが、、ワル~イ了見をおこしたとも考えられる。手厚い供養をすればするほど、見返りも大きいと考えたということだ。

落語 野ざらし
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E3%81%96%E3%82%89%E3%81%97


そうなると、「なんだ、つまりは、結局、自分の欲得だったのか・・」ということになる。

言いたいのは、美談だと思われるものも、フタをあければ、実は・・・ということである。

美談の度が深いほど、醜さが際だつ話になる。


舛添 現・都知事は、もはやドクロ同然、自分のドクロに供養(保護)をほどこし、見返りを得ようとしても、所詮、鼻に釣り針を引っ掛けるくらいがセキのヤマ・・・。

自分で鼻に引っ掛けた釣り針で、知辞職から引きづりおろされる前に、潔くハラを切った方が、カッコいいんと違います?

もっとも、都知事職は、金の卵を産むガチョウのようなもの。身銭も切れない人間に、ハラを切れ、都知事職を辞せというのは、とってもできない相談にちがいない。

ガチョウと黄金の卵
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%81%A8%E9%BB%84%E9%87%91%E3%81%AE%E5%8D%B5


古今亭志ん朝 「野晒し」
https://www.youtube.com/watch?v=EjJVmc3Pj0U





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鴻巣友季子 すっぴん! 登場 『シェイクスピアの正体』(著・河合祥一郎)を語る [読んでみたい本]

たまたま車載ラジオをつけたら女性がシェークスピアを語っている。だれかと思えば、鴻巣友季子らしい。

帰宅して調べたら、「らしい」でなく、本人である。
http://www.nhk.or.jp/suppin-blog/

これまでも彼女の書評やインタビュー記事を読む機会があったが、もっと重い感じの人かと思っていた。書いているものとちがい、その声は、けっこう高く、息せききってしゃべる感じである。息の継ぎ場をさがしている風でもある。

この感じ、話しぶりは、どこかで聞いた覚えがあると思いをさぐって出てきたのは、香山リカである。たいへん似た感じがする。「色気」の問題はさておき、息継ぎにおいて特にそう・・・。

香山 リカの声をはじめて聞いて・・
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2012-12-01


最近の女子は、声が低くなった。それに反して男たちの声が高くなって、逆転現象が生じている。これも、みんな環境ホルモンによる影響・・と当方はにらんでいるのだが、実のところはわからない。わからないが、鴻巣も香山も、当今の傾向に反した高い声である。教育程度が高くなると、声も高くなるのかもしれない。それになによりも、ラジオ生放送である。テンションがあがっているせいもあるのだろう。環境ホルモンの影響は受けないにしても、NHKスタジオという環境の影響をびんびん受けてのことなのだろう。

こんな勝手なことを書くと、「あなたなんならマイクの前に座ってみなさいよ」と二人から言われそうである。

なには、ともあれ、紹介されていた本はオモシロそうなので、機会があったら読んでみたい。


シェイクスピアの正体 (新潮文庫)

シェイクスピアの正体 (新潮文庫)

  • 作者: 河合 祥一郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/04/28
  • メディア: 文庫



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どうせタナボタ都知事なんだから、もうヤメタッテいいっしょ [政治・雑感なぞ]

猪瀬直樹が都知事再選勝利早々、カネの問題で、腐れを自ら招いて、辞任するはめになり、そのどさくさにまぎれて、タナボタで都知事になったような舛添は、そもそも、一升枡に添えられた塩のようなもんで、あってもなくてもいいようなもんで・・・

・・・と、書いて、思いがポンと「塩」に飛び、

「いやいや塩はそんな軽いものではない。塩は、重要・・、そのタトエ待った と言いたい」。


・・・自分で書いておいて、マッタもないもんだが、聖書の中で「塩」について書かれたことを思い出した。

塩は聖書の中でしばしば比喩的に用いられています。イエスは弟子たちに,「あなた方は地の塩です」と言われました。つまり,弟子たちは他の人々の霊的な腐敗と道徳の退廃を防ぐ保存的な影響力なのです。 
http://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/1200003809

日本でも、お清めに「塩」が用いられるが、腐敗防止の役目を塩はしたのである。腐れ防止の意味があった。

そんな大切重要な役割をもつ「塩」を、公私混同、腐ったふるまいの御仁(つまり現都知事)にたとえるは、近藤の勇み足・・・

と、何がなんだか分からぬフレーズ。書いている当人も、出てきた言葉に驚いている。

そういえば、近藤勇は、もとは百姓の出で、侍ではなかったというハナシ・・。百姓が成り上がって侍を気取ったのが、のちのちハラを切り、首を落とされるモトとなったのかもしれない。

舛添都知事も、どこからどう成り上がってきたのか、成り上がり者は、ついぞ慎みを忘れる。自腹を切って、接待をするときは、マクドナルドクーポンを使っていたという週刊誌の見出しを見たが、それほどケチで慎ましい人間であるのなら、都政も、都のカネも、おんなじようにすればいいものを、なんで、他人様のカネとなると、そんな勝手ができるのやら・・・。

他人様のカネだからこそ、自分のカネ以上に大切に使うというのが本当なのであろうけど、それもワカラナイ人間はやはり、腐っているとしかいいようがないのではないか・・・。そういう御仁が、都政を牛耳るとは・・・

そういえば、「牛耳る」のウシで思い出した。名誉都知事ともいえる石原慎太郎先生のことだ。たしか、石原先生もすごかった。週刊誌にすっぱ抜かれた。息子、代議士でも天気予報士でもない息子がいるらしいのだが、その息子の牛乳代も都から出していたというハナシ・・・。

石原都知事はスゴイ!! 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-02-07


こういう話題になると、アナタハ シュウカンシニカイテアルコトハ ミンナシンジルノデスカ?と、まるでガイジンのような顔をして言われそうだが、話半分であっても、オドロキもものき ではあるまいか・・・。

舛添に限らず、やはり、成り上がり者は、とりわけタナボタ的人物は、きちんと監視をつけないとダメみたいである。オンブズマンをおぶって歩いて丁度いいくらいかもしれない。

「秘密」をアメリカ並みにしたいのなら、まずは「情報公開」の方から 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2013-11-15


公私混同を、ここまで、書かれて、「これからは、やりません」ですんでしまうのだろうか。アナタハ、ドコノトーダイヲデマシタカ?コウシノクベツハ ツカナイノデスカ?と言いたいところだが、これはもう、公私混同などというレベルの問題ではなく、あきらかに、公私を無視した非道のふるまい。時代劇なら、虫ケラあつかいされ、ツメ腹迫られ、ハラ切ってお詫びをしろというレベル・・・

なんて言ったら、舛添は、マクドナルドのクーポンのようにタケミツ出して「ご勘弁を・・」と、フランス語で言うかもしれない。


BLOGOS 舛添要一関連記事
http://blogos.com/news/Masuzoe_Youichi/

猪瀬直樹
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%AA%E7%80%AC%E7%9B%B4%E6%A8%B9#.E5.BE.B3.E6.B4.B2.E4.BC.9A.E3.82.B0.E3.83.AB.E3.83.BC.E3.83.97.E3.81.8B.E3.82.89.E3.81.AE.E8.B3.87.E9.87.91.E6.8F.90.E4.BE.9B.E5.95.8F.E9.A1.8C

近藤 勇
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E8%97%A4%E5%8B%87#.E6.88.8A.E8.BE.B0.E6.88.A6.E4.BA.89.E3.81.8B.E3.82.89.E5.87.A6.E5.88.91

以下、当方未読ですが・・・

正義について考えよう (扶桑社新書)

正義について考えよう (扶桑社新書)

  • 作者: 猪瀬 直樹
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2015/11/01
  • メディア: 新書



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パナマ文書と楽天・三木谷会長、そして竹中平蔵元金融担当大臣の住民税脱税「疑惑」 [政治・雑感なぞ]

《パナマ文書  楽天・三木谷会長の名も 10日一部公表》というニュース見出しを見て、思い出したのは・・・
http://mainichi.jp/articles/20160509/k00/00m/030/024000c?fm=mnm

小泉純一郎首相当時、その「茶坊主」とのウワサもあった竹中平蔵氏の たいへん騒がれた 一件。

「10年早い」と叔父が危惧した安倍総理の未熟
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-22-2


それで、「平蔵 税金逃れ アメリカ」でグーグル検索するなかで、「パナマ文書」関連情報とともによくまとめられた記事(山下安音氏による)を見つけた。

http://next.spotlight-media.jp/article/267276482093392780

ざっと、読んで、印象に残ったのは・・・

「社会のシステムを造る側の人間が、システムを悪用して、抜け道を公然と歩いていく」
の一文。

そこから、以前取り上げた、NHK-ETV番組 『暗黒のかなたの光明ー文明学者梅棹忠雄がみた未来』のなかで、荒又宏x小長谷有紀の対談を思い出した。

ある文明における制度や装置といったものには、やがてほころびや亀裂が生じるものだが、それら制度や装置を維持している「プロ」たち(たとえば、政府、企業家etc)がそれらの改・変革をおこなうのはムズカシイ。なぜなら「プロ」である彼らはそれらの制度や装置を維持するのが本来の務めであり、また、そこから便益を得る立場にもあるからである。
という言葉だ。

そういうシステムを作る側・維持する側の権威・権力をもつ者たち(いわば)「プロ」たちが、意図的に、「悪」を為すとしたら、それは「オゾマシイ」の一語に尽きる。

さらにその対談で、述べられていたのは、次の言葉である。

それら制度を検証し抜本的に変えていくためには「プロ」ではない人々(つまりアマチュア)の果たす「英知」がもとめられている・・・

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2011-06-17


***********

田中龍作ジャーナルの記事を以下に紹介
2016年5月10日 20:01

【パナマ文書】 富裕層は課税のがれ 官僚は言いのがれ
http://tanakaryusaku.jp/2016/05/00013599

**********

以下、オマケ

住民税脱税犯における偽計行為(続)
日本大学名誉教授・法学博士北野弘久
http://www.zsk.ne.jp/zeikei517/ronbun.html

パナマ文書とは?日本人&日本企業リストの影響と報道しない理由
歩叶コラム  2016年4月7日
http://arcanaslayerland.com/2016/04/07/panama-papers-2/

「茶坊主」はもちろんのこと、身内はかわいい?
身内をかばうのは美徳か?小泉元厚生大臣&巨額収賄厚生事務次官
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-09-17



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共和党のトランプ、大丈夫? [政治・雑感なぞ]

ドナルド・トランプが、共和党の大統領候補として指名されるらしい。

アメリカがクシャミをすると日本が風邪をひく」という古い言い回しがあるが・・、「大丈夫だろうか、この人・・」と思う。

花粉症で、時に、おもわず大きなクシャミがでる。みんな振り向くようなクシャミをする。自分もときどきやるが、そのことを当方は「ばかっぽいクシャミ」と呼んでいる。そして、「ばかっぽいクシャミ」をする人は、ばかっぽく見える。

報道されるトランプの写真をみると、どれもこれもみんなばかっぽい。報道機関で撮影する者、それを選んで掲載する者、みなしてトランプをばかっぽく見せたいという底意地の悪い企図があるのではないかと思うほどである。

いいとこのお坊ちゃんのようである。会社経営の手腕があるように言われもするが、ツブシタ経験もあるようであり、その点未知数であるような話である。国は会社よりはるかに大きい。比較的コントロールしやすい器である会社をツブスような人物は、国という大きな器も危うくするにちがいない。

ハデな言説でのし上がってきたようだが、よく候補として残ったものだと思う。とにかく、当方の印象は、ばかっぽい人物の一語に尽きるのである。共和党支持者はばかっぽい人物が好きなのだろうか。

そのドナルドという名前も、ばかっぽい印象を増幅する。現代の良識のようなキーン先生の名もドナルドだが、ドナルドでまず思い浮かぶのは、ドナルド・ダックだ。あのキャラクターは、ばかっぽい。そのばかっぽさは、喜怒哀楽の感情まるだしであるところからくるように思う。

ドナルドダック
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%80%E3%83%83%E3%82%AF#.E6.80.A7.E6.A0.BC


Disney Donald Duck Special Book (バラエティ)

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トランプ(Trump)が、大統領となって、その名のとおりアメリカの「切り札・最後の手段」となるのだろうか。大統領も小粒になったものだと思う。世界中、「人物」と呼ぶべき人物がいないようだ。御厨貴先生の言うように、(といっても、先生は日本に適用されただけだが)アメリカも政治家を育てる点で失敗したということを示しているのだろう。

2:御厨貴東大教授から明治の話を聞いてきた 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-09-28


トランプによってアメリカが「渡りこじき」(tramp)になり、日本も引きずられて乞食になるということもあるかもしれない。あるいは、世界中の民草が、トランプによって踏みつけにされるかもしれない。“ tramp down the grass ” という言い回しもある。


当方、民主主義など全然信じていないので、その点どうってことないが、それでも、行く末は案じられる。Oh! Kuwabara Kuwabara である。


民主主義に代わるモノ 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-12-11



日本教の社会学 (1981年)

日本教の社会学 (1981年)

  • 作者: 山本 七平
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1981/08
  • メディア: -



ドナルド・ダックの世界像―ディズニーにみるアメリカの夢 (中公新書)

ドナルド・ダックの世界像―ディズニーにみるアメリカの夢 (中公新書)

  • 作者: 小野 耕世
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1999/10
  • メディア: 新書



ドナルド・キーン自伝 (中公文庫)

ドナルド・キーン自伝 (中公文庫)

  • 作者: ドナルド キーン
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2011/02
  • メディア: 文庫



政治家の見極め方 (NHK出版新書 482)

政治家の見極め方 (NHK出版新書 482)

  • 作者: 御厨 貴
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2016/03/11
  • メディア: 新書



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