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吉本隆明を規定した人生最大の事件(鹿島茂) [本・書評]

仏文学者の鹿島茂は「吉本主義者」だという。どうも『吉本隆明1968』という本のなかで、そのように自らの立場・あり方を表明したらしい。

一家に一冊も本のない家庭に育った鹿島がフランス文学という縁遠いものをやろうと決心したのは吉本のおかげだという。

鹿島茂・毎日新聞掲載「引用句辞典」を毎回たのしみにして読んでいる。3・28付けの表題はズバリ「吉本隆明さん」。副題として、「大思想家を規定した人生最大の事件」と、あり、吉本を規定した人生最大の事件として、「がき仲間の世界との辛い別れ」の体験を挙げている。それは吉本の著作『背景の記憶』の中の「別れ」という章から引用されている。

「親たちから知合いの先生の私塾に行けといいつけられ・・ひっそりと仲間から抜けて・・(すべては暗黙のうちに了解され)・・昨日までの仲間が生き生きと遊びまわているのを横目にみながら・・少しお互いによそよそしい様子で塾へ通いはじめ・・良きひとびとの良き世界と別れる、名状しがたい寂しさ、切なさをはじめて味わった・・これは原体験の原感情というべきものとして現在もわたしを規定している」

以上のことを、鹿島は次のように説明していく。

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(5年生のとき)親から命じられて塾通いを始めることにより、吉本は生活以外に徹底して無関心である大衆から離脱し、最終的には世界認識の最高水準にまで到達する大知識人となるのだが、これは彼にとってかならずしも「良きこと」とは映らず、「名状しがたい寂しさ、切なさの感じ」を呼び起こすことになった。

この意味で、吉本の全著作は、ひとりの人間が知を得て、大衆から離脱し、知的営為を行なうということの意味を徹底的に考えることに費やされたといっても言い過ぎではない。そして、そこから引き出された結論の一つが「もしすべての現実的条件がととのっていると仮定すれば、大衆から知識人への上昇過程は、どんな有意義性ももたない自然過程である」(「自立の思想的拠点」ということである。

私なりに言い換えると、自分の損得しか考えない大衆が良くも悪くもないのと同様に、生活外のことばかり考える知識人も良くも悪くもない、また前者から後者への移行も良いとか悪いとかいった倫理的な意味が付与さるべきものではなく、ある種の必然である。だから、いったん知的過程に入ってしまったものは、「大衆はバカで知識人は偉い」とも「大衆は偉くて知識人はバカだ」とも考えず、ひたすら自らの知的営為を深めて、世界とはなにか、人間とはなにかを徹底的に考えるほかはない。それしか、社会から与えられた富を社会に還元できる方法はないからだ。

ただし、そのとき、知識人にとって、自分と家族の損得しか考えない大衆の原像を自らの思想の強度の試金石として繰り込んでいくことが絶対に不可欠だ。これなくしては、どんな高尚な思想も無効だからである。(中略)

というわけで、フランス文学者となったいまも私は「日本人」が「日本語」でフランス文学やフランス文化のことを語ったり書いたりするという浮ついた営為の意味を、かつての大衆たるもう一人の自分に問いかけずには一行も書くことはできないのだ。

若き日に吉本隆明を読んだという「原体験の原感情」が「現在もわたしを規定している」のである。

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吉本を規定したものが鹿島をも規定している。

鹿島はフランス文学者だが、文学者、知識人に限らず、大衆の枠を外れて高みに進んだ人々一般についてもこの規定は有効だろう。官僚、政治家、財界人・・・、すべからく、その出自は「大衆」なのである。

「ある種の必然」で、高みに上ったそのような面々が自らの出自である「大衆」をバカにすることがあるが、それは論外である。自らに課せられたある種の宿命として「社会から与えられた富(受けた教育等)を社会に還元」していくべきである・・と、いうことか。


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吉本隆明1968 (平凡社新書 459)

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  • 作者: 鹿島 茂
  • 出版社/メーカー: 平凡社
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