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お天道様が見てる

きょうはよく晴れている。風もなく、いい日和だ。

今朝の『毎日新聞』に、老人福祉施設関連団体の運営主体の不正について記されていた。会員費を不正流用し、「会議費」名目で役員たちが〈不適正「飲食」 銀座で「会議」3300万円〉していた、という。

どこもかしこも、そんな話ばかりである。社会の上層部がソレだから、シモジモまで、ソレが当たり前になってしまうのかもしれない。

安倍のミクスの利益は、自民へ“還流”
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-11-29


「お天道様が見ている」という言葉がある。自分を律する基準にしている人もいる。悪事を行なおうとする人を諌めるときに使うひともいる。いずれにしろ、悪を行うべきでない理由として使う。

今朝、そんなことを考えていたら、思わぬ歌のフレーズが思いにのぼった。「月も知ってるオイラの意気地」というやつである。村田英雄の「王将」の歌詞。西條八十の作詞である。こちらは、お天道様ならぬ、お月様である。世を照らしだす明るさにおいて、太陽に劣るお月様のもとでも、自分の意に反することは行わない。夜陰に乗じて悪を行わない。それが、習い性になっている。生き方になっている。それを、ほかでもないお月様も知ってくれているという含意があるのだろう。いい歌詞だな、と思う。

王将 村田英雄
https://www.youtube.com/watch?v=u9IpzvOOuI0


『聖書』のなかで、ダビデといえば、良い王様の代表選手だ。ところが、たいへん悪いことを行ったことがある。戦時、王宮にいて、戦争に出向いているウリヤの妻:バテシバと不倫を働く。その妊娠を知ると、自分の元に、ウリヤを呼び寄せ、妻と寝るように仕向ける。それで、子どもが生まれるなら、自分の不倫を隠せると思ってのことだ。ところが、ウリヤは、仲間が戦線にいるのに、どうして自分が妻と寝ることなどできるでしょうかと言って、ダビデの思惑どおり行動しない。こまったダビデは、(正直に自分の非を認め、告白すればいいと思うのだが、そうはせずに)、司令官宛ての手紙をウリヤに持たせて戦線に送りだす。その内容は、この者を戦闘の最前線に送り出して、闘いで死ぬようにせよというものだった。それに、司令官はしたがう。ウリヤは戦死する。その後、そのバテシバをダビデは自分の妻とする。

これは、もちろん完全犯罪にはならなかった。他でもない、神がご存知だった。太陽の光の届かないところで、「ひそかに」行われたことも神の目に隠されることはなかった。神は、預言者を通して次のようにダビデに言われた。

「見よ,わたしはあなたに対して,あなたの家から災いを起こそうとしている。わたしはあなたの妻たちをあなたの目の前で取り上げ,あなたの仲間の者に与えよう。その人は必ずこの太陽の下で公然とあなたの妻たちと寝るようになる。 あなたはひそかにしたが,わたしは全イスラエルの前,太陽の前でこの事を行なうであろう」(サムエル第2 12:11、12)

神からの叱責を受けて、ダビデは自分の非を認め、悔いる。その悔い改めは神に認められはしたものの、その後、予告されたとおり自分の蒔いたものを刈り取っていくことになる。


中国古典には、「四知」という言葉がある。天知る、地知る、我知る、人知る。それゆえ四・知である。「誰も知らないと思っていても、悪事や不正は必ず発覚するものだということ」と下記サイトにある。
http://kotowaza-allguide.com/si/shichi.html

発覚する・しない以前に、良心に反することを退け、お天道様のもと、大手を振って、いつも歩きたい。

そして、お月様の下でも・・・

もちろん、神のみ前で・・・


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