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「虫の知らせ」 命救う(ドキュメント 訪問診療の暑い夏1 から) [健康関連]

『毎日新聞』8月8日 1面に

〈「虫の知らせ」 命救う〉の記事。

主役は、東京大田区にある「たかせクリニック」の高瀬義昌医師(60)。〈「医療のプロだが、同じ人間同士」との思いで、白衣は着ない〉のだそうだ。

〈「在宅医療」を担う訪問診療医〉として、たいへん忙しく動き回るなか、「虫」の知らせで、訪問して命を救った経験が記される。その「虫」についての記述がオモシロイ。

***以下、抜粋引用***

彼女のことは、病歴から処方した薬の効き具合まで頭に入っていた。天候の変化で自律神経や免疫力に影響を受けやすい。

「だから、僕の頭の中では彼女に旗を立てていた」。

命を救った「虫」の正体は、患者と向き合って得られた多くの「情報」なのかもしれない。車に戻ると「来てよかったあ」とつぶやき、座席に身を沈めた。

***引用ここまで***

以前、NHKスペシャルで見た小澤竹俊医師を思い出した。

最期の願いをかなえたい:NHKスペシャル 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2008-03-01


以下は、最近みつけたオモシロイ・ブログ。救急医療にたずさわる方のもの。ただし、現在は更新されていない。医師の仕事は、たいへんだなと改めて感じたしだい。

日々是よろずER診療
http://case-report-by-erp.blog.so-net.ne.jp/


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  • 作者: 高瀬 義昌
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  • 発売日: 2013/11/08
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  • 作者: 小澤竹俊
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川内粘って9位 男子マラソン [スポーツなぞ]

『毎日新聞』8月7日 17面に

〈川内粘って9位 男子マラソン〉の記事。

***以下、抜粋引用***

2014年末に左足首を捻挫してからは1年以上調子が上がらず「川内は終わった」という声も耳に入った。復調のきっかけは、50キロや100キロを一度に走る「超長距離走」だった。100キロを走ると、手がしびれ、意識も薄れた。マラソンの終盤では「周りは100キロを走ったことがない」と自信が湧いたという。

県立高校で働き、毎週のようにレースに出る異色の道を歩んだ。外国選手にも有名で「クレージー(常軌を逸している)」と声を掛けられる。19年世界選手権(ドーハ)と20年東京五輪は苦手な猛暑の大会となるため、今後、代表を目指さないが、30歳の市民ランナーは「これからも世界中でバンバン走る」とほほ笑んだ。

(記者:小林悠太)

***引用ここまで***

「時を止めた男の教え」鏑木毅(トレイルランナー)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2013-06-25

川内優輝
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%86%85%E5%84%AA%E8%BC%9D

「常識破り」の練習法をさらに破ったのが「超長距離走」か?


常識破りの川内優輝マラソンメソッド (SB新書)

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『芝居が人生』渡辺保(日経新聞記事から) [ドラマ]

日経新聞8月6日文化面に、渡辺保さんのエッセイが出ている。

「最近劇場の暗い客席で、フッと思うことがある。私は今、なぜここに座っているのか。」

と、始まる。

全体を読み通すと、ひとりの役者に6歳で魅了されて以来、「あれから70年余り」ずっと芝居漬けで来たものの、昨今の芝居に、言い知れない違和感を覚えておられるようである。

でなければ、「今、なぜ」などということにはならない。

そもそも、魅了されている人は、今を問わない。今に吞みこまれて、時間を知らない。

「数え6歳。物語の筋も役者の芸も知らなかった。にもかかわらず六代目(菊五郎)は私を引き付けてやまなかった。」

という。

そして、「三宅周太郎の劇評集『演劇巡礼』」を読んで、「劇評家になりたいと思った」という。


やはり、幼少の者をも魅了する、わけもわからず魅了するモノというのはある。

渡辺さんは、劇評家を目指したわけと、自分の人生における(また演劇史における)エポックメイキングな芝居をあげつつエッセイを書きすすめるのだが、今の芝居に違和感を否めないようなのである。

***以下、エッセイの末尾部分を引用***

以上、三つの作品(ベケット『ゴドーを待ちながら」、蜷川幸雄演出清水邦夫『真情あふるる軽薄さ』、鈴木忠志『劇的なるものをめぐって』)は演劇の革命であった。ベケットは物語を破壊し、蜷川は舞台空間の制度を否定し、鈴木は俳優の身体を改造した。そうなると新劇はむろんあらゆる舞台が醜い虚構の姿をさらし、嘘っぽく見えてくるのは当然だろう。これが近代のつくった演劇の体制の破壊であった。むろん私たちは今でも近代のつくった体制の基盤の上に生きている。しかしそれだけでは決して覆いきれない新しい感覚も生きている。それが革命の意義であり、現代という時代である。この現象は単に現代演劇ばかりでなく演劇界全体に広まった。歌舞伎のような一見時代の流れと無関係に見える分野にも影響を与えた。

**  **  **

そしてそれからさらに40年ちかくたった今、かつての革命の意味、現代の意識が希薄になってきている。

そのいい例が歌舞伎だろう。歌舞伎のように様式性のつよい演劇は、リアルな演劇にくらべて、ことさらその規範を大事にする。その規範が近代から現代への変動、あの演劇革命によって大きく転換した。今日新しい近代から現代へと移行したその規範が吉右衛門や仁左衛門、玉三郎によってつくられつつある。しかしその一方、その最も大切な部分が失われつつある。宙乗りや早変わりなどの視覚的なものばかりが重視され、演劇的な本質ーーたとえば芸の本格が見失われつつある。本格的な芸は目に見えない物を含んでいるからであり、言語化しにくいからである。しかしたとえ目に見えなくともそれを失えば、歌舞伎は精神的な、人間的な感動とそのユニークな造形の美しさを失ってただの時代劇と同じになってしまう。それはあの革命の意味が見失われていった結果である。

むろんこの傾向は歌舞伎に限らない。現代演劇のなかにもある。新しい可能性のある劇団やすぐれた舞台のある一方で、こんな作品にどんな意味があるのかと思うような芝居が巷に溢れている。そういう作品に出合った時、私は冒頭で触れたような、なんで自分は芝居なんか好きになったのかという暗澹たる思いにとらわれざるを得ない。おそらくこれは単に芝居ばかりの問題ではないだろう。日本社会が規範を失った結果を映しているのである。

**引用ここまで**

渡辺さんは、エポックメイキングな作品3つをあげる際に、次ぎのように記す。

シェイクスピアのいう通り舞台は社会の鏡。その社会の深層の変化はたちまち舞台にあらわれて私たちの体験になった。その体験を象徴する三つの例を引く。」

どうも、このエッセイをとおして、ほんとうに渡辺さんの言いたいのは、芝居のことはもちろんだが、それよりも実は、自分が日本社会に感じている違和感のようにも見受けられる。

つぎのような文章もある。

「この戦後70年。幸いなことに日本は平和憲法のおかげで平和に過ごしてきた。しかし、時代の深層では大きな事件を体験している。1960年代から70年代にかけての激動とともに起こった、戦前から続いた近代から今日の現代への転換であった。」


戦後歌舞伎の精神史

戦後歌舞伎の精神史




私の歌舞伎遍歴―ある劇評家の告白

私の歌舞伎遍歴―ある劇評家の告白

  • 作者: 渡辺 保
  • 出版社/メーカー: 演劇出版社
  • 発売日: 2012/08
  • メディア: 単行本




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