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沖縄密約漏えい(西山)事件 ブログトップ
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佐藤優の最も尊敬する外交官・吉野文六が「沖縄密約」を認めた、その理由 [沖縄密約漏えい(西山)事件]

本日(5・11)の「毎日新聞」の「悼む」に、元外務省アメリカ局長・駐西ドイツ大使吉野文六氏が取り上げられている。

吉野は、いわゆる「沖縄密約」を認めた人物である。当方は、追い詰められて、証拠を固められ白状させられたに過ぎないように思っていたのだが、どうもそうではナイようである。追悼文を記しているのは、外務省のウラ事情に詳しい佐藤優であり、おまけにソノ表題は「職業的良心の人」となっている。さらなるオマケとして、佐藤は、吉野にながくインタビューし、以下の本を上梓しているのだから、吉野の「良心」はホンモノなのだろう。


私が最も尊敬する外交官 ナチス・ドイツの崩壊を目撃した吉野文六

私が最も尊敬する外交官 ナチス・ドイツの崩壊を目撃した吉野文六

  • 作者: 佐藤 優
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/08/08
  • メディア: 単行本



以下、全文を引用する。
(強調表示は「閑巨堂」)

**************

吉野文六氏は、沖縄返還密約交渉における日米の密約を日本側当事者として初めて認めたことで有名になった。

1972年、沖縄返還の際に米国が負担するはずの原状回復費用を日本が負担するという密約を記した極秘公電の存在が国会で問題になった。情報漏えいに関与した外務次官と新聞記者が逮捕され、有罪が確定するという歴史的事件になった。この裁判で、吉野氏を含む外務省幹部は密約の存在を否定した。2000年に米国の公文書館から密約文書が見つかったが、外務省は密約の存在を否定し続けた。しかし、06年2月、新聞記者が米公文書館から入手したB・Yのイニシャル署名がなされた文書を見せると吉野氏は、それが自分が署名した密約文書であることを認めた。

吉野氏は外務省ナンバー3の外務審議官までつとめたエリート中のエリートだ。密約が存在したという事実を語ると、外務省から裏切り者と見なされ、現役外務官僚とも関係が絶たれてしまう。 吉野氏がそれをわかった上で真実を語った動機を知りたくて、私は06年7月26日に横浜の吉野邸を訪ねた。吉野氏の卓越した知力と人間観察力に私は圧倒された。去年8月8日、吉野氏の96歳の誕生日に拙著「私が最も尊敬する外交官ーナチス・ドイツの崩壊を目撃した吉野文六」(講談社)を上梓するまで、20回以上、吉野氏と面談した。ナチス・ドイツの第三帝国の崩壊を目の当たりにした吉野氏は、「国民に嘘をつく国家は滅びる」という認識を強くもっていた。

外交には秘密がある。しかし、その秘密はいつか秘密でなくなる。その時は、過去にをついた理由を含め、国民に真実を開示するのが外交官の職業的良心と吉野氏は考え、実行した。

(元外務省主任分析官・佐藤優)

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秘密保護法ツワネ原則11/20福島みずほ
「当時 安倍官房長官はウソをついたんですよ」
https://www.youtube.com/watch?v=bUxfy-a0TJk&feature=youtu.be

次のような、
オソロシく、かつ、大いにアリそうな記事も・・

日本の全面譲歩が密約されていたTPP日米交渉の衝撃。これが本当なら安倍晋三はやっぱり本物の売国奴だ。
http://blogs.yahoo.co.jp/jun777self/12735775.html

オマケ!!

「東京大空襲」の功労者に勲章をプレゼントして大空襲を正当化したのは現首相(ABE)の大オジ佐藤栄作 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-03-10

*************

町村信孝「秘密保全」PT座長(日本記者クラブ会見)ビデオ
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-10-08-2

戦後日本の構造をこれほどよく示す話を聞いたことがない
(西山事件当事者談話)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-10-09

videonewscom
http://www.youtube.com/watch?v=JqIUh9V7hA4
秘密保護法ができれば政府の違法行為を暴くことは不可能に
日米密約を暴いた西山太吉氏が法案を厳しく批判


機密を開示せよ――裁かれる沖縄密約

機密を開示せよ――裁かれる沖縄密約

  • 作者: 西山 太吉
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/09/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



密約―外務省機密漏洩事件 (岩波現代文庫)

密約―外務省機密漏洩事件 (岩波現代文庫)

  • 作者: 澤地 久枝
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2006/08/17
  • メディア: 文庫



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町村信孝「秘密保全」PT座長のオトボケ・ビデオ [沖縄密約漏えい(西山)事件]

「特定秘密保護法」自民党プロジェクトチーム“町村信孝”座長の(日本記者クラブでの)会見のもようがユーチューブにアップされている。以下URLにて、見ることができるが、なんとも、トボケタ話がなされている。

皆さん、お忙しいと思うので、トボケタところ(動画の経過時間)の数値を示すので、ほんとにトボケテいるのか、どうかご確認いただきたい。

http://www.youtube.com/watch?v=8-exNwr1Am0

始めから37分までは 町村座長の話。
「特定秘密保護法」は「国民の安全と命のために」必要であることが強調され、その後、法律の内容について語られる。

その後、記者クラブ会員の質疑となる。

はじめに司会者から、なぜ現行法で対処できるのに、わざわざ問題点の指摘されている「特定秘密保護法」をつくるのかなど2点質問が出る。

それに答えるなか、町村座長の本音らしきものも出る。
「個人的に親しくしているアーミテージから、もっとしっかり(法的)整備してよね。そうすれば、日米関係がやりやすくなるのだが・・」と言われている・・という言葉である。


当方が、トボケテイルと感じるのは、「沖縄密約」(西山)事件に関してである。

47分50秒~51分05秒

事件のあらましを記すと・・・

アメリカとの「密約」の文書がリークし、「沖縄密約」の存在が明るみに出る。それが、国会で取り上げられ、当時の政府、自民党政権(佐藤栄作:現首相の大叔父の内閣)は社会党議員に追及される。それには、毎日新聞記者西山太吉がかかわっていた。

ところが、日本政府(自民党政権)は、そのような事実はあくまでも“ナイ”と主張する。西山記者と密約をリークした外務省勤務の女性とが逮捕される。女性は、そのために有罪。西山記者は、1審無罪、しかし最高裁まで(事件発覚から6年余の期間争ったが)有罪とされる。西山記者は、毎日新聞を辞職し、いわば、社会的に葬りさられることになる。

(事件の顛末、その詳細につきましては、当該ブログ、カテゴリー欄、最上段にある「沖縄密約漏えい(西山)事件」に、毎日新聞社史「『毎日』の3世紀」からの記事の全文を12回に分けて引用掲載しております)


その後、政府(外務省)は、アメリカ側に密約の存在を、ずっと秘して開示しないよう秘密指定を継続するよう連絡していなかったようである。アメリカ側は、2000年に、沖縄密約関連文書を公開し、そのため、沖縄密約の存在がハッキリする。

しかし、日本政府(自民党)は、事件から40有余年(アメリカ側の密約文書が公開され、事実が明るみに出てから10有余年)たった現在でも、密約の存在を公に認めていない。公に認めたうえで、国民に対し、さらには直接そのために、生命をけずる思いをしてきた西山氏ら(日本国民である個人)に対し“謝罪らしきモノ”もしていない。

そういう人たち(政党・政権)が、「国民の安全と命のため」を標榜し、特定秘密保護法を押し進めようとしている。それはほんとうに国民のためだろうか?自分たちの政権を維持し、保身をはかるためにすぎないのではないだろうか?奇異に感じられる。

(西山氏の談話によると、2006年の国会で、当時の外務大臣:麻生太郎議員ならびに官房長官:安倍晋三議員は、「密約」はナイと証言:偽証したという。
以下、ユーチューブ動画、9分10秒~11分20秒)
videonewscom
http://www.youtube.com/watch?v=JqIUh9V7hA4
特定秘密保護法の不安材料について、「国民に丁寧に説明して懸念を払拭(ふっしょく)していきたい」という文言をよく聞かされるが、その前にまず、『沖縄密約』を公に認めて謝罪する方が、国民の信頼をかちえることができるように思う)


町村座長は、“北海道出身”の“外務大臣経験者”である。沖縄密約に関する“外務省”の「極秘文書の写し」を示して衆院予算委(1972年)で政府を追求したのは、同じく“北海道”から選出された横路孝弘議員である。その前年1971年の参議院選挙で、町村座長の父親:町村金吾は、自民党から出て当選している。町村座長自身は、1969に東大を卒業して、その7月通産省に入省している(ウィキペディア)。当時、ヨーチ園児であったわけではない。

知らないような顔をするのは、果たして脳梗塞の影響だろうか?梗塞のために血のめぐりが悪くなっているのだろうか?それとも、やはりトボケテいるのだろうか?

質疑の最後に、『治安維持法』との類似性について質問を受け、すこし気色ばんだように見えるが、それは、血のめぐりがよくなるだけの理由があるからか・・・

http://www.youtube.com/watch?v=8-exNwr1Am0
1時間11分25秒~

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小林多喜二ら『特高』犠牲者の血と町村信孝官房長官の父
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2008-05-04

「秘密」をアメリカ並みにしたいのなら、まずは「情報公開」の方から
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2013-11-15


密約―外務省機密漏洩事件 (岩波現代文庫)

密約―外務省機密漏洩事件 (岩波現代文庫)




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ノホホンとしていると、アナが待っている [沖縄密約漏えい(西山)事件]

昨日、体育の日、NHK-FMでは「今日は一日N響三昧」が放送され、檀ふみと池辺晋一郎、ゲストたちの話を聞きつつ、N響のかつての名演を聴くことができた。

バーツラフ・ノイマンの「新世界」を紹介するときだったろうか、それが1972年来日時の録音であるような話であった。(もしかすると、ロブロフォン・マタチッチの録音のことだったかもしれない)もっぱら音楽を楽しんでいたのだが、それでも、ここのところずっと当該ブログでは「沖縄密約」のことを更新してきたから、“1972年”という言葉に脳みそのどこかが反応して、「西山太吉氏や毎日新聞の面々がウメイテいる頃か?」などふわっと思う自分に気づいた。

将来に、はかり知れない影響を及ぼす出来事が“現に”起きているにもかかわらず、ノホホンとしているということはある。自分に火の粉が降りかからなければすべてそんなものなのだろう。1972年当時、クラシックの演奏会に出向いて、世紀の名演をナマで聴いて、感動にむせぶ経験をしていたその同じときに、逮捕され、拘置され、裁判沙汰の憂き目を見ていた人もいるということだ。もうそれから40年以上も経過している。

もういってしまったが、台風19号は大型と聞いていたので、心配しつついたが、さほどでなく済んだ。もっとも、自分のところは、そうだったというだけで、またニュースを聞けば、転倒して骨折だの、指をはさんで切断だの、家が水浸しだのという情報が飛び込んでくるのだろう。けれど、同情はするが他人事である。とにかく、台風は通り過ぎ、窓が割れることもなくすみ、今日は台風一過の晴天のすがすがしい空気を胸いっぱい吸い込めそうである。もっとも、それは原発事故以前の平常時の思いであって、雨台風はまたぞろ汚染水の漏えいをもたらしているかもしれない・・・。

今朝は早起きで、午前2時頃、まだ雨の吹き降りのころにパソコンを起動し、リアルタイムの台風の様子を見、「沖縄密約」のことを更新しながら見えて来たものを書いてみようかなど思って、いろいろ検索していたら、自分のさらなるノホホンぶりに気づいていやになった。

毎日、新聞に目をとおしていながらウカツにも見逃していた事実に気づいたのである。

本年、この7月に出た「沖縄密約情報公開請求訴訟最高裁判決」のことである。

もっともその頃は、まだ西山事件、沖縄密約漏えい事件のことも、特定秘密保護法との関連事項としてさほど意識にのぼっていないので、ノホホンとしていられたわけである。

その点、町村信孝「秘密保全」PT座長と記者クラブの面々に感謝しなければならない。

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-10-08-2
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-10-10


ノホホンとしていると、知らないうちに事は、ミルミルすすんで行き、

墓アナ(穴)を、掘らされていても

自分のアナとも、気づかず

「だれのアナなんです?」

「あんたの!」

・・・などということになりかねない。

まだ息のあるうちに、埋められることにもなりかねない。

その、なりかねないことが、いつの間にか、なりつつある。

*****************************
1972年 アメリカはベトナム戦争にドルを注ぎ込んでいて、それで、沖縄返還費用の工面キビシク、日本政府の肩代わり400万ドルをキキとして受け入れたのかもしれない。アメリカがカネ(ドル)に困ると、日本が援助する。それが戦費に回るなら、戦争で亡くなった人たちの血の責任も負うことになる・・・。

以下、石川文洋氏の『写真記録 ベトナム戦争』中の 丸山静雄氏による解説

ドルと砲爆弾を敵として:『写真記録ベトナム戦争』
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2008-03-22-1


絶望の裁判所 (講談社現代新書)

絶望の裁判所 (講談社現代新書)





検証・法治国家崩壊 (「戦後再発見」双書3)

検証・法治国家崩壊 (「戦後再発見」双書3)

  • 作者: 吉田 敏浩
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2014/07/20
  • メディア: 単行本



写真記録ベトナム戦争

写真記録ベトナム戦争

  • 作者: 石川 文洋
  • 出版社/メーカー: 金曜日
  • 発売日: 1996/04
  • メディア: 単行本



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12:密約の存在が明らかに(「沖縄密約」事件の顛末:毎日新聞社史から) [沖縄密約漏えい(西山)事件]

(2000年、米公文書により密約の存在が明らかに) 

沖縄返還をめぐって、日本政府が、米国側が支払うことになっていた400万ドルの現状回復補償費を肩代わりしていたことが、返還から28年たった2000年に米国の公文書によって明らかになった。これは西山太吉元記者が入手した「秘密文書」の核心で、政府は国会や法廷で一貫して「密約はなかった」と否定していた。

同年5月30日の毎日朝刊は「政府、400万ドル肩代わり 沖縄返還時の現状回復費 米公文書に明記 外務省の『密約』裏付け」の見出しでこれを報じた。

それによると、この公文書は当時のマイヤー駐日大使が71年6月に国務省に提出した文書や米上院の聴聞会に備えた米政府内の想定問答集で、米国立公文書館が秘密指定を解除したものを琉球大の我部政明教授が米国の情報自由法に基づいて入手した。

公文書には、吉野外務省アメリカ局長が米国のスナイダー駐日公使に「日本政府が返還協定に基づいて支出する3億2000万ドルのうち400万ドルを米信託基金のために確保する」と語り、公使が「あなたの発言に留意する」と答えたことが記されている。この文書には吉野、スナイダー両氏のイニシャルの署名があった。

そして「日本政府がこれらのコストを埋めるため追加額を支払ったことは示すべきでない」「日本政府が3億2000万ドルを超える返還問題解決金を国会に正当化できないと感じているからだ」などと秘密にした理由が生々しく記されている。

この日の毎日には「米国には沖縄返還のため新たな負担はしたくないという空気があり、議会を納得させるため、ああいう文書に私のサインが必要だったのではないか。ただ古い話なので記憶がはっきりしない。この文書をもって日本側が400万ドルを肩代わりしたと読み取れる、と言われれば、何をかいわんやだ」との吉野氏の談話が掲載されている。

また西山元記者の弁護人だった元最高裁判事の大野弁護士は「外務省と検察は一貫して『密約はない』と言ってきたが、密約の存在があったことの証拠が出てきた。真実が明るみに出るのが遅すぎたとも言えるが、これは日本における公的情報の開示が著しく遅れているということだ。情報開示の必要性を改めて痛感している」という談話を明らかにしている。

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町村信孝「秘密保全」PT座長(日本記者クラブ会見)ビデオ
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-10-08-2

戦後日本の構造をこれほどよく示す話を聞いたことがない
(西山事件当事者談話)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-10-09

videonewscom
http://www.youtube.com/watch?v=JqIUh9V7hA4
秘密保護法ができれば政府の違法行為を暴くことは不可能に
日米密約を暴いた西山太吉氏が法案を厳しく批判


「毎日」の3世紀―新聞が見つめた激流130年

「毎日」の3世紀―新聞が見つめた激流130年

  • 作者: 毎日新聞社
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞社
  • 発売日: 2002/02
  • メディア: 単行本



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11:最高裁まで争い有罪に(「沖縄密約」事件の顛末:毎日新聞社史から) [沖縄密約漏えい(西山)事件]

最高裁まで争い有罪に

事務官は控訴せず、判決が確定したが、西山元記者に対して検察側が控訴した。控訴審での公判は争点がしぼられていたが、東京高裁(大梨節夫裁判長、時国康夫、奥村誠裁判官)は1976(昭和51)年7月20日、西山元記者に逆転有罪の懲役4月執行猶予1年の判決を言い渡した。国家公務員法のそそのかし罪適用には、一審よりも限定する解釈をとりながら、西山元記者の取材活動については「手段と方法が相手方の公務員の自由な意思決定を不可能にするもので、正当行為とする余地はない」との判断を示したのである。

判決は「国家が報道機関の取材活動を無制限に制約することは許されないという意味で“取材の自由”は憲法で保護されている。しかし、その取材の自由は取材対象の公務員に応ずべき義務を課したものではなく、取材活動に協力するかどうかは公務員の自由である。一審判決の“そそのかし”の解釈は広すぎ、限定解釈が必要。公務員の自由意思決定を不可能とする手段方法で取材を行い、その自由意思決定不可能状態を認識し、それを利用して行われる場合に限って処罰される。西山記者の取材行為はこれに当たる」とした。

西山記者はただちに上告した。

1978(昭和53)年6月1日、最高裁第一小法廷(岸盛一裁判長)はこれを棄却、有罪が確定した。決定理由は問題の密約について「早晩国会における政府の政治責任として討議批判されるべきであったもので、政府がいわゆる密約によって憲法秩序に抵触するとまでいえる行動をしたものではない。違法秘密ではなく、外交交渉の一部をなす実質秘として保障されるに値する」としている。西山元記者の取材行為に対しては、起訴状通りの事実認定をしなかった一、二審判決と違って「取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙した」と決めつけ、「法秩序全体の精神に照らし、社会通念観念上到底是認できない不相当なものであるから、正当な取材活動の範囲を逸脱している」との判断を示した。

これを2日夕刊で報じた毎日は、同じ1面の解説記事で「一、二審判決は起訴状(『ひそかに情を通じ、これを利用して秘密文書または写しを持ち出させようと企てた』)に書かれた事実をそのまま認定していないが、法律審を建前とし、憲法判断をこそ求められた最高裁は、決定理由の中で事実関係に多くの字数をついやし、“起訴状通り”の認定を述べた。人間関係の機微にかかわる点で、面前の被告人と接しつつ心証を形成した一、二審の裁判所の事実認定を排した、この態度は異例というほかない」と分析し、最高裁第一小法廷の五人の裁判官の判断を“道徳的”評価の産物、とした。

弁護団は「“密約”を、外交交渉の一部であるからという理由で保護されるべき秘密であるとした判断は容認しがたい。西山元記者の取材報道がなければ、永久に国民と国会の討議にされなかったことを銘記すべきだ。また(弁論も聞かず)西山元記者が当初から秘密文書を入手するための手段として事務官に接近したごとく認定しているのは、一、二審の認定とも反し誤っている。西山元記者が事務官を一方的に利用し、その人格的尊厳を傷つけたと判断したことは間違いであり、遺憾と言うほかはない」との声明を発表した。

3日朝刊の社説は、最高裁決定のうち、取材の自由を幅広く保障した判断は評価したが、外交文書の秘密指定と西山記者の取材の手段・方法の認定に対しては厳しく批判した。そして最後に、「6年にわたる裁判は、われわれが自ら戒めつつ、報道機関としての使命達成、知る権利への奉仕につとめる覚悟を固める機会でもあった、と信じる」と結んだ。

翌3日の朝日新聞一面コラム「天声人語」はこの最高裁決定を取り上げ、「検察が『情を通じ』という形でこの事件を問題にしたときから、密約事件の本筋はすりかえられてしまった・・・言論の自由の歴史は、『知らせまい』とする政府機関と、『知らせよう』とする新聞記者のたたかいの歴史だった、といってもいいだろう。今度の事件で、その歴史の歯車が逆戻りするようなことがあっては困る」と書いた。

この事件の発覚から最高裁判決まで、6年余が経過した。毎日の歴史の中でも、また新聞・報道界全体にとっても、さまざまな意味のある大きな事件であり、法廷闘争であった。とりわけ毎日新聞社にとっては、その後の経営危機と合わせ、忘れられないものとなった。

毎日はこの事件に関し、一審判決半年後の1974年7月270ページに及ぶ「『沖縄“密約”漏洩事件』裁判記録」を発行した。最高裁判決が出てから一週間後の1978年6月7日には、当時の社長・平岡敏男と西山元記者弁護人の伊達秋雄、高木一、大野正男、山岡洋一郎、西垣道夫氏はそれぞれにこの事件を通じて毎日新聞や西山元記者を支援してくれた団体や個人に対し、感謝の手紙を送った。

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町村信孝「秘密保全」PT座長(日本記者クラブ会見)ビデオ
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-10-08-2

戦後日本の構造をこれほどよく示す話を聞いたことがない
(西山事件当事者談話)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-10-09

videonewscom
http://www.youtube.com/watch?v=JqIUh9V7hA4
秘密保護法ができれば政府の違法行為を暴くことは不可能に
日米密約を暴いた西山太吉氏が法案を厳しく批判


「毎日」の3世紀―新聞が見つめた激流130年

「毎日」の3世紀―新聞が見つめた激流130年

  • 作者: 毎日新聞社
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞社
  • 発売日: 2002/02
  • メディア: 単行本



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10:一審は無罪判決(「沖縄密約」事件の顛末:毎日新聞社史から)  [沖縄密約漏えい(西山)事件]

一審は無罪判決

1974(昭和49)年1月31日、東京地裁(山本卓裁判長、清野寛甫、大谷剛彦裁判官)は、女性元事務官に懲役6月執行猶予1年(求刑は懲役10月)、西山記者に無罪(求刑は懲役1年)の判決を言い渡した。「電文は実質秘密だが、取材目的は正当」と判断した結果だった。

判決文はまず秘密論について①秘密とは実質的に秘密として保護に値すると客観的に認められ、すなわち内容の非公知性と秘匿の必要性を具備している事項である②外交交渉の結果はすべて国民に公開されるべきで、具体的過程も国民的監視や公共的討論によるコントロールを受けつつ、民主的に遂行することが望ましい。しかし個々の会談内容は調印前には原則として秘匿するという国際的慣行があることも否定できない。漏れた場合には種々の圧力が加えられ、外交交渉の能率的、効率的な遂行が保障されないおそれがある。交渉中の具体的な内容は実質秘を持つーとした。

問題の肩代わり密約については「弁護側主張のような日米間の合意が成立したことを、体裁を整えることによって日本国民の目から隠そうと日本側担当者が考慮していたという合理的疑惑が存在する。しかし、その当否は国会の審議や国民的討論を通じて判定されるべき政治問題であるから、このような合意や折衝がただちに違法とは言えない」との判断を示した。

正当行為論に関する争点に対しては、判決は取材の自由について「報道機関は国民の知る権利や意見表明の自由に奉仕するものである。その公共的使命にかんがみ、報道の自由が憲法21条により保障されるだけでなく、取材の自由も十分尊重されなければならない」と述べた。

従って「取材が報道目的でなされ、その具体的手段、方法が目的達成に必要であるか、または通常これに随伴するものであり、しかもその取材、報道にもたらされる利益が、損なわれる利益に均衡、または優越している場合は、正当行為といえる」との基準を明らかにした。

判決はこの基準に照らして西山記者の取材方法を吟味した結果、「政治、外交問題にほとんど無関心の元事務官の好意や同情に甘えて文書の持ち出しを慫慂(しょうよう)したのである」と認定。「取材の正道を逸脱し、記者の品位、社会的信用を失墜させるとの非難を免れえないが、正確な取材をしたい熱意や職業意識も理解できないではない。両者の関係は合意で生じた経緯を考えると、社会一般や記者相互間の指弾または倫理的非難にゆだねる方が適切で、法が深く立ち入るべきではない」と述べ、すべての事情を考慮して、西山記者の取材は正当行為性を具有しているとの結論を下した。

元事務官については「取材協力行為は取材の自由に準じる保障を受け得るが、そのためには協力者に報道機関や公共的使命に奉仕して公益を図るという積極的な意図が必要だ。その意図がなかったので正当行為とは言えない」と述べている。

東京地裁の判決を報じる1月31日夕刊1面は「記者の責務を深く自戒」という見出しの林原東京本社編集局長の見解を載せた。この中で、“知る権利”の主張が認められたことを喜ぶとともに、元事務官の有罪を遺憾とし、「坂田弁護士を通じて円満に“お見舞い”の話がついている」と記した。山本社長は同日午後、東京本社のデスク以上の社員を招集し「取材第一線は、取材源はあくまでも秘匿し、高い倫理と勇気をもって報道の使命を貫こう」と述べた。

2月1日には西山記者が判決後、「法定外の責任を取りたい」として辞表を提出、1月31日付で退社したことを発表している。

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町村信孝「秘密保全」PT座長(日本記者クラブ会見)ビデオ
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戦後日本の構造をこれほどよく示す話を聞いたことがない
(西山事件当事者談話)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-10-09

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http://www.youtube.com/watch?v=JqIUh9V7hA4
秘密保護法ができれば政府の違法行為を暴くことは不可能に
日米密約を暴いた西山太吉氏が法案を厳しく批判


「毎日」の3世紀―新聞が見つめた激流130年

「毎日」の3世紀―新聞が見つめた激流130年

  • 作者: 毎日新聞社
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞社
  • 発売日: 2002/02
  • メディア: 単行本



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9:公判の争点(「沖縄密約」事件の顛末:毎日新聞社史から) [沖縄密約漏えい(西山)事件]

公判の争点

沖縄密約漏えい事件の公判は、同じ1972年10月から東京地裁ではじまり、本社は伊達秋雄、高木一、大野正男弁護士による弁護団をたてて最善をつくした。初公判で西山記者は「ニュースソースを秘匿できなかった責任を痛感しているが、問題の電信文は政府のごまかしを国益の名で正当化しようというものだ。取材活動を犯罪とする点も納得できない」と述べている。

裁判では①国家公務員法の秘密とは何か。3通の電信文が刑罰で保護すべき秘密と言えるか②報道・取材の自由は憲法上どう保障されるか。西山記者の取材は国公法の「秘密を漏らすようそそのかす行為」に当たるかーが争点になった。

検察側は電信文の実質秘密性を立証するため外務省の吉野アメリカ局長、井川条約局長(いずれも事件当時)らを証人に呼んだ。電信文の内容には請求権問題のほかVOA放送、P3対潜哨戒機移駐による那覇空港の完全返還、沖縄からの核撤去問題など沖縄返還交渉における重要問題が含まれ、吉野証人らは「いずれも当時、秘密扱いにする必要があった。事前に漏れれば返還交渉だけでなく、今後の外交交渉に重大な影響を与えたと思う」と証言。日本政府首脳がどんな発言をしようが、米国務省がいかに発表しようとも、われわれ外務省事務当局が、秘密にしたものはあくまでも秘密である、との主張を示した。

また吉野証人らは対米交渉の具体的内容については「忘れた」などと再三、実質的な証言を回避し、弁護側は「あえて忘却や理解不能不足を装うという違法な手段を取った」と批判した。

弁護側は冨森叡児・朝日新聞編集委員らの証言や当時の新聞報道を証拠にして「電信文の内容は対米請求権の財源肩代わりなどの密約部分を除き、すでに公知のことで実質的には秘密ではなかった」と反論した。さらに渡辺恒雄・読売新聞解説部長や新実慎八・毎日新聞経済部副部長も弁護側証人として出廷し「“政府の秘密”報道」について取材現場の実情を証言した。

電信文の中身に関して弁護側が最も精力を注いだのは400万ドルの“日米密約”の立証である。弁護側は吉野、井川証人らを鋭く追及、最終弁論では「電信文を素直に読めば、日本側が400万ドルの財源を肩代わりすることにしたのは明らか」と主張、「この“密約”は本来国民の前に明らかにされるべき事実であり、それを秘密とすることは違法、不当である」とした。この点、検察側は「密約などなかった」との立場を貫いた。

もう一つの争点では、検察側は「取材が社会通念上、通常かつ相当な方法で行われるかぎり、公務員に秘密を漏らす決意を新たに生じさせるものとはいえないから、そそのかしにはならない」として、正当な取材と違法な取材を区別し、後者に国公法を適用する立場を明らかにした。

これに対し弁護側は「取材活動によって公務員に秘密を漏らさせた以上、単なる依頼、説得でもそそのかしになる。検察側が『正当な取材はそそのかしではない』と区別するのは、取材活動は犯罪を構成しないという法的確信が社会に存在するからだ」と述べ、検察側の論理の矛盾を指摘。基本的に同法を取材活動に適用することを拒否した。

西山記者の具体的な取材方法について、検察側は「相手の弱点、困惑に乗じ、偽計を用いるなど、相手方の意思決定に不当な心理的影響を与える方法を用いた場合は、正当な取材ではなくそそのかしに当たる」と述べたうえ、同記者が女性元事務官との個人的関係を利用し「有夫の女性の弱い立場、不安などを十分察知しながら、強引かつ執拗に電話などで秘密文書の持ち出しを指示した」と主張した。

弁護側は「相手の弱い立場につけこんだような事実はなく、文書持ち出しは事務官の自由意思だった」と主張。「この取材活動によって密約が国民の前に明らかにされたのは大きな功績である」と強調した。さらに「公務員をそそのかして秘密を漏らさせる取材行為は、国民の知る権利の実現として違法性を阻却するとされるにもかかわらず、たまたま相手が有夫の婦で情交関係にあったところから、取材方法は反倫理的で相当性を欠き、違法性を阻却しないと解すれば、それは刑法によって社会倫理を維持しようとするものである。しかも、その反倫理性の面はそれ自体可罰的なものではない」と反論した。

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町村信孝「秘密保全」PT座長(日本記者クラブ会見)ビデオ
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戦後日本の構造をこれほどよく示す話を聞いたことがない
(西山事件当事者談話)
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8:編集首脳部が交代(「沖縄密約」事件の顛末:毎日新聞社史から) [沖縄密約漏えい(西山)事件]

編集首脳部が交代

1972(昭和47)年5月、西山事件が起訴されたあと、編集首脳部が交代した。斎藤編集主幹が事務取り扱いをしていた東京本社編集局長に林原竜吉取締役同印刷局長が就任する。7月には斎藤編集主幹が代表取締役専務のまま大阪本社代表に転じ、住本副社長が編集主幹を兼ねた。8月には上田健一郎政治部長が論説委員に転出した。

佐藤首相は6月、退陣を表明したが、記者会見で「偏向した新聞は嫌いだ」と八つ当たりして記者団総退場のあと、テレビカメラを相手に演説する一幕があった(※下に、参考になる動画)。7月の自民党総裁選の結果、田中内閣が発足し、「列島改造論」が日本をおおうこととなる。

住本編集主幹は、各本社の部長会や支局長会で「報道に主観は禁物」「事実提起を第一に」と強調し、記事と解説の区別、デスク・支局長らのチェック強化などによって、読者の批判に応える正統的な新聞づくりを指示した。しかし西山事件の衝撃は大きく、外務省や検察庁、警視庁、国会の取材だけでなく全国いたるところの取材現場で本社記者は事件の後遺症に苦闘した。

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ユーチューブから
安倍首相の大叔父佐藤栄作元総理の動画

「佐藤栄作首相退任記者会見」
http://www.youtube.com/watch?v=DH6IsB97kSk)

佐藤栄作氏「偏向的な新聞は嫌い、テレビにしか話さない」
http://www.youtube.com/watch?v=5R1oTwT_B3E

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7:「情を通じ」の起訴状(「沖縄密約」事件の顛末:毎日新聞社史から) [沖縄密約漏えい(西山)事件]

「情を通じ」の起訴状

4月15日、東京地検は2人を国家公務員法違反で起訴した。元事務官に同100条(秘密を漏らした罪)、西山記者に同101条(秘密を漏らすようそそのかした罪)を適用した。短い起訴状は知る権利、報道の自由については触れず、西山記者が元事務官と「ひそかに情を通じ、これを利用して3通の電信文の漏えいをそそのかした」と強調、モラルの点からも正当な取材活動ではないことを印象づける内容だった。

弁護団はただちに「法とモラルを混同している。政府には国民にウソを言う自由があり、ウソを隠す根拠があるのか、しかも国民に真実が伝わることを刑罰で禁止することができるのか。民主主義は国民の知る権利の最大限の保障の下においてこそ初めて適正に運用される」と反論し、事件の本質があくまで“知る権利”の問題にあることを主張した。

16日朝刊では社説が同じ趣旨の論陣を張り、「われわれは、国民の知る権利に基づく言論、報道の自由の闘いにおいて、政府の真実をかくそうとする一連の行為が、もっとも責められるべきであることを、はっきりと指摘し、今後真実の報道と公正な主張にまい進する」と主張した。

同じ朝刊には作家・司馬遼太郎氏が「知る権利 起訴状を読んで 恐るべき低次元 長期政権の腐熟」と言う見出しの文章を寄せた。元新聞記者らしい情理兼ね備えた痛烈な文章で、「いまの長期政権の末期的体質を露呈してかのようなこの起訴状を読み、われわれはこんな政府をもっていたのかと戦りつする思いがした。この起訴状をもってただちにわれわれが信頼する日本国の検察官の品性が下劣であるということにはならないであろう。おそらく時の政権の腐熟的状況がその背景になっているのであろう。(中略)われわれは実に恐るべき政府を持っている」と断じた。

しかし、本社の受けた打撃は大きかった。起訴状発表の15日夕刊1面には、あらまし次のような「本社見解とおわび」を載せた。

沖縄返還補償費に関する事実を国民にお知らせすることは、報道機関のやらねばならぬことでありました。したがってこの事実を明らかにしたからといって、その取材記者が罪に問われるとすれば、それは国民の知る権利に対する重大な侵害であります。ただしかし、このたびの本社西山記者の取材に当たっては、道義的に遺憾な点があったことは認めざるを得ません。西山記者と元事務官との個人的関係を捜査の段階ではじめて弁護人を通じて察知しましたが、取材源の秘匿は、取材先のみならず、取材方法についても守らねばならぬとの見地から、またこの事実が元事務官のプライバシーにかかわることを考慮して、その事実が、元事務官側あるいは捜査当局から公表されないかぎり、本社はこれを明らかにすべきでないとの態度をとってきました。・・・我々は西山記者の私行についておわびするとともに、同時に問題の本質を見失うことなく主張すべきは主張する態度にかわりのないことを重ねて申し述べます。

そして、第3者に原資料を提供したこと、結果として取材源を秘匿できなかったことで、多大の迷惑をかけた元事務官に深くおわびし、誠意をもって処する考えを明らかにするとともに、西山記者に休職、中谷編集局長の更迭(取締役のまま社長室担当、のちに社長室長)、斎藤編集主幹の東京本社編集局長事務取扱の人事を発表した。

山本光晴社長は15日午後、東京本社の各部デスク以上を招集し、本社見解の所信を表明。そのテープは大阪、西部など各本社、北海道発行所に渡された。その内容は①ニュースソースを秘匿しなければならないという新聞人の最高規範が守れなかったのはまことに遺憾であり、国民、読者の信頼にこたえることができなかった点は率直におわびしなければならない②しかし、“国民の知る権利”“報道の自由”を守るために、あらゆる取材源に接近していくという新聞本来の態度はいささかも変わるものではない③今後、世間の疑念に答えるために、全社員はこの間の事情を十分理解のうえ一致団結して苦難を切り開いていこうーというものであった。

そして起訴状のポイントとなった二人のプライバシーについては「会社の態度として誤りなく記憶していただきたいことは、プライバシーの問題について、私どもは全く知らなかったという点である。不明のそしりは免れぬかもしれないが、西山記者が逮捕されて、捜査当局からいろいろ取り調べられている状態のもとに、私どもは西山君のために直ちに弁護人等も用意し、弁護人を通じて許される限りの接触もしたわけだが、そういう捜査の段階で、この事実を知ってがく然とした次第である」と述べた。

毎日は西山記者逮捕後、紙面を通じて「報道の自由、知る権利に対する権力の挑戦」と大展開の報道を続けたが、それには二人のプライバシーについては何も知らずに出発したことで、もし知っていれば最初から対応は違っていたという意味が込められていた。

読者の反応は厳しかった。東京本社読者サービス室にある電話に寄せられた意見だけでも4日の逮捕当日から3日間で630件。激励が主で、担当者は深夜まで応答に忙殺されたが、6日ごろから、入手した公電コピーの取り扱いや、記者のモラルなどをめぐる批判、攻撃の声が多くなる。逮捕から2週間で全部で2000件にものぼった。起訴状が発表された15日には、5時間くらいの間に150件もの電話がかかり、感情をむき出しにした怒りの声が中心だった。

批判はモラルの問題に焦点をしぼった出版系週刊誌の執拗な記事で増幅される。真偽おりまぜた手記のたぐいも繰り返し出された。西山記者が終始沈黙を守ったのと対照的だったが、こういう状況は新聞販売面にも有形無形の影響を及ぼしていった。

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6:知る権利のキャンペーン(「沖縄密約」事件の顛末:毎日新聞社史から) [沖縄密約漏えい(西山)事件]

知る権利のキャンペーン

毎日の事件に対する基本的な態度は一貫して次のとおりだった。

1、国民の知る権利を守り、報道の自由をつらぬく

2、西山記者の行動は正常な取材活動であり、逮捕は報道の自由に対する権力の容赦ない介入であり法の不当な適用である。

3、取材源を秘匿できず、女性事務官に迷惑をかけた責任を痛感し、おわびしたい

この態度は4日組み込み朝刊最終版一面の中谷不二男編集局長の署名入り記事「国民の『知る権利』どうなる 正当な取材活動 権力介入は言論への挑戦」や、社説「記者逮捕は知る権利の侵害」で打ち出された。中谷編集局長はその中で「西山記者の取材活動には、何らやましいところはないと信ずる」と明確に書いた。しかし、同夜は斎藤編集主幹、中谷局長らが東京本社5階の役員室にこもり切りだったため、4階にある編集局各部記者らが押しかける一幕まであった。記者の間に「政府当局と安易に妥協するな」と突き上げる空気が強かったのである。

当時、社会部司法記者クラブ(裁判、検察担当)で毎日新聞のキャップをしていた田中浩は、定年で社を去る際の言葉として、この時の社会部の様子について社報(1986年2月1日付)に次のように書いている。

その日の社会部会は、凍りつくような緊張感がたちこめていた。72年4月4日、政治部記者の西山太吉記者が沖縄密約漏えい事件で逮捕された直後のことだ。現役記者の逮捕という異常事態に、社会部としてどう対応していくのか・・・それぞれの部員が、歴史の荒波にもまれている実感をかみしめていた。当時、私は司法記者会に所属していた。逮捕の態様からみて、検察が西山記者と女性事務官との関係に切り込んでくることは目に見えていた。低俗な倫理観でゆさぶられてはたまったものではない。私たち裁判所グループは「起訴までは事実報道に徹し、裁判段階で反撃に転じる」という守りの構えをとった。

部会の討議は、私が経験した数多くの部会の中ではもっとも白熱したものだった。「西山記者の逮捕は、言論の自由に対する国家権力の不当な介入だ。断固として反権力キャンペーンを展開すべきだ」・・・私たちの自重論は、反権力の正論に押しまくられた。読者の反応を気にした論理は、気鋭の社会部気質になじまないからだ。

こうして毎日の「知る権利キャンペーン」が火を噴いた。連日、学者・文化人を総動員したキャンペーンは、壮大かつ論理的なものだった。しかし、同時に一部読者との亀裂を深めていったように思う。

ある局面でどちらを選択するかの判断は極めて難しい。この十数年間、私の心の片隅にあの部会がオリのようによどんでいた。どちらの選択が正しかったのか、体を張ってブレーキをかけることができなかったのか。所詮は引かれ者の小唄かも知れないが、何とも悔いの残る部会であった。

中谷編集局長は5日、本多丕道警視総監に会い、不当逮捕に抗議してすぐ釈放するよう申し入れている。組合は組織をあげて闘うことを声明、新聞労連、マスコミ共闘会議も立ち上がった。社会、民社、公明、共産の各党、総評、同盟をはじめ諸団体の談話、抗議、声明発表が相次いだ。国会では参院予算委、衆院連合審査会で社会党を中心に各党が政府を追及した。5日夕刊社会面は「“知る権利”を守れ 本社に激励殺到」 の記事がトップを埋めた。他紙も大がかりな紙面をつくっている。

これに対して政権末期だった佐藤首相は強硬な姿勢を続け、6日には記者団とのやりとりで「(外務省文書が)社会党に渡った経過について知りたい」「新聞に書いておけば問題はなかった」「もし政争の具に使われれば問題だろう」などと述べ、文書の流れと国会質問との間の政治的動きに関心を持っていることを示唆した。また「言論の自由に対する挑戦」とした中谷編集局長に対し「そういうことでくるならオレは戦うよ」と発言した。当時の自民党を中心とした政界では、“西山事件”を自民党後継総裁争いの動きの一環、と政治的にみる人も多く、事実、首相側近の政府・自民党幹部は事件発覚直後から「こんどの問題は倒閣が目的だそうだ」との憶測を流していた。

その日、佐藤首相は参議院予算委員会で「新聞倫理綱領が守られておれば、こんな取材・報道の自由という問題は起きなかった」との見解を示した。新聞倫理綱領は1946年7月、占領軍司令部の指導のもとに日本新聞協会加盟社が決めたもの。佐藤首相の発言は、同綱領にある「ニュースの取り扱いにあたっては、それが何者かの宣伝に利用されぬよう厳に警戒せねばならない」などの箇所をさしたものとみられるが、法と倫理の混同に各方面から反発は高まった。

佐藤首相は7日の参議院予算委員会では「いわゆる秘密は行政府自身が決める」との見解を示し、後に機密保全法制定の意向まで明らかにした。こうした強硬姿勢には閣内からも異論が出され、7日、赤城宗徳農相は「新聞記者のモラルと刑罰をごっちゃにしたのは間違っている」と発言、前尾繁三郎法相も「(機密文書のコピーが)野党の手にわたった経路をうんぬんするのは佐藤総理の思い過ごしだ」と批判的見解を述べた。国益と報道についての閣内対立の印象を国民に与えたのである。

学者、言論界からは次々と抗議声明が出され、本紙を含む新聞各紙の展開はますます大きくなっていった。野党議員、文化人らの呼びかけで「国民の知る権利を守る会」が発足、佐藤長期政権との対決の機運が盛り上がっていった。

2人は6日、東京地検に送検され、10日間の身柄拘置請求を東京地裁が認めたが、西山記者弁護団の準抗告の結果、9日深夜、西山記者は釈放された。裁判官3人により13時間近い審理の結果だった。元事務官(5日付で懲戒免職)は弁護士からその手続きがとられず、15日の起訴当日まで拘置された。

本社では西山記者釈放後、記者会見が10日未明と同日夜の2回、東京本社で行われ、西山記者は「(元事務官に)迷惑をかけて申し訳なかったが、正当な取材と確信する」と語った。佐藤首相がその前の記者団との立ち話で「政争の具にしようとした」と漏らし、自民党総裁選の派閥争いとの関連をほのめかした点については、2度目の会見で全面的に否定したうえで、次のように語った(同記者は、当時「ポスト佐藤」を狙う田中角栄氏とも通じていた大平派を担当していたベテラン記者で、自民党担当キャップであった)。

「それは私がとった行動とは縁もゆかりもないことだ。どんな憶測が飛ぼうと、ゴウも恥じることはない。事実関係を調べてもらえばわかる。今度の捜査の過程でも、そうしたことをかなり追及された。そういう点では、きわめて政治的な性質であるように判断する」

本社ではコピーが横路議員に渡った経過を7日付朝刊で報道したが、2度目の記者会見を報じた11日朝刊ではこれを補足したうえ、元事務官に対し中谷編集局長談話で重ねて陳謝した。

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5:西山記者と女性事務官逮捕(「沖縄密約」事件の顛末:毎日新聞社史から)  [沖縄密約漏えい(西山)事件]

西山記者と女性事務官逮捕

4月3日夜、外務省は女性事務官を警視庁に告発した。すでに3月30日の段階で同事務官は合計3通の電信文のコピーを西山記者に渡した事実を上司に告白し文書にまでしていた。外務省当局は告発を数日間、待ったわけである。なお、電信文のあと一通は、パリにおける愛知外相・ロジャーズ米国務長官の会談内容を伝える71年6月9日付、中山駐仏大使発、福田臨時外相代理あてだった。3通以外にも、5~8月の間に多数の書類を渡しており、いくつかが西山記者の記事の材料に使われていたことが後に明らかにされる。

朝日新聞は4日付朝刊1面トップで「“沖縄密約”電報持ち出しは外務省の女性秘書」をスクープした。本社は前に述べた極秘扱いのため政治部、社会部などの多くの記者は事情を知らず、虚をつかれる形となった。

事務官は同日未明、夫らにつきそわれて警視庁に自首する。福田外相は午前の閣議で、この旨報告し、外務省では森治樹事務次官らが記者会見で発表した。

西山記者は昼過ぎ警視庁に任意出頭したが、これに先立ち本社で住本利男副社長ら首脳部が弁護士をまじえ、逮捕もあり得るという前提のもとに対策を協議した。しかし、この段階になっても同記者は女性事務官との特別な関係を否定している。おそらく逮捕されてもそこまで追及されることは予測しなかったのではないだろうか。起訴のポイントの一つにされたこの問題を、本社首脳部が逮捕後まで確認できなかったのは、結果的にまことに残念だったことだが、それは同時に第一線記者を信頼していたためでもあった。

2人は4日夕方、国家公務員法違反容疑で警視庁捜査2課に逮捕された。同日夕刊から1面トップはじめ社会面なども動員して連日大々的なキャンペーンが展開される。

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4:取材源が暴露される(「沖縄密約」事件の顛末:毎日新聞社史から)  [沖縄密約漏えい(西山)事件]

取材源が暴露される

上田政治部長が3月28日朝、西山記者に確かめたのは、以上のような経過があったためだが、同記者は言下に「横路議員には渡していない」と答えた。しかし、翌29日、外務省当局が省内の漏洩ルートを確認したのと同じころ、西山記者は「予算委員会の開会直前、政治部同僚を通じて、取材源秘匿について念を押したうえ、コピーを横路議員に渡した」と上田部長に告白する。この事実はすぐに中谷編集局長らに報告された。同局長の方針で問題を極秘扱いにしていたため本社内でそのことを知る人は少なかった。30日朝刊1面のコラム「余録」は「(外務省内の)情報提供者がいさぎよく名乗り出ることが、この際いちばん望ましい」などと書いたほどである。

いずれにせよ、西山記者には、取材で知り得た事実を読者に知らせる義務を負いながら、そのままストレートな形で記事にできなかったことに心残りがあったのだろう。情報は前年12月の横路質問に生かされたが、政府答弁が不誠意をきわめたため、もう一度機会をみて真相を明らかにしたいと思ったようだ。国会の状況も多分に影響したのではないか。

のちの初公判では「政府がうその答弁をしたので、事実を知る私は、たえがたい気持ちとなり、国会の場を通じて国民に詳しく知らせるほかはないと考え、電信文の存在を指摘することによって、問題を提起しようとした」と陳述している。

それにしても第三者に文書を提供した以上、本来の記者活動とは別個の行為となってしまう。おまけに電信文は外務省の主要幹部に決裁の回覧がされ、アメリカ局長、官房長らのサインのあと、次官、大臣の手元に行く前の、安川壮(たけし)外務審議官のところでとどまっており、当局者がコピーを一見しただけで出所が分かるものだった。そういう危険な現物を、野党議員に念押しをしたとはいえ、なぜそのまま渡したのか。情報源は秘匿されるわけがなく、結果的に軽率な行為ではあった。西山記者は、親しい間柄の安川外務審議官付の女性事務員から入手したことも上田部長に告白したが、2人の特別な関係は否定した。

予算審議は4月3日、佐藤首相が「種々の批判を受ける事態を招いたのはまことに遺憾で、深く責任を感じる」と言明し、ようやく軌道に乗った。

その前日の日曜日、中谷編集局長の自宅に上田政治部長が西山記者を伴って訪れ、じっくりと話し合った。同記者は自分の手落ちを認め、辞意を表明する。しかし「事務官との特別な関係はない」と言い続けたという。

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3:西山記者をめぐる動き(「沖縄密約」事件の顛末:毎日新聞社史から) [沖縄密約漏えい(西山)事件]

西山記者をめぐる動き

毎日新聞東京本社はこの時、すでに事態の重大性に気づいた動きがあった。上田健一政治部長は3月28日朝、当時政治部自民党担当キャップの西山太吉記者に「横路議員が示したコピーは、君が持っていたものと同じかどうか」とただした。前夜から確かめようとして、朝まで連絡が取れなかったのだ。

西山記者は沖縄返還交渉が大詰めを迎えた前年の71年6月上旬、外務省担当キャップとして取材にあたり、問題の電信文のコピーを持ち帰って上田政治部長に報告した。その際、「沖縄返還自体はベストではないが、ベターな状況で進んでいるので、今後のことや取材源への配慮からも電信文をナマな形で記事にしたくない」と述べた。さっそく斎藤栄一編集主幹(代表取締役専務)、中谷不二男編集局長(取締役)のもとに持ち込まれた結果、取り扱いは現場に任されたのである。

西山記者は6月11日、18日、10月10日の各日付紙面で政府の請求権処理に疑惑がある旨を記事化した。とくに沖縄返還協定の調印式(17日・東京、ワシントン)を報じた6月18日朝刊3面の署名入りの解説記事には、電信文の内容が具体的に織り込まれていた。

「米、基地と収入で実とる 請求処理に疑惑 あいまいな“本土並み”交渉の内幕」という4段見出しの長文の解説は、問題の電信文を次のように書き込んでいる。

米側の交渉方針のいま一つは、沖縄返還にともなって、ドルはびた一文も出さない。裏返せば、これまでの沖縄への投資額は最大限回収するということ。この要求に対しても、日本側は素直に応じた。沖縄返還に、政権延命のすべてをかけた佐藤内閣の弱点を、米側は知りつくしていた。米資産の有償引継ぎ額のほかに、特殊兵器(核)の撤去費用(5000万ドルといわれる)まで含めた3億2000万ドルという日本側の財政支出はまったくの“つかみ金”で、項目別の積算根拠は、国会でも示されないことになっている。(略)

対米請求に対する「自発的支払い」(見舞金)については、不明朗な印象をぬぐいきれない。パリの愛知・ロジャーズ会談に持ち込まれたのは、この対米請求問題だけだったが、9日を中心に前後数日の交渉内容から推して、果たして米側が、この見舞金を本当に支払うのだろうか、という疑惑がつきまとう。

米側はかつて議会に「沖縄の対米請求問題は補償済み」と説明したことを理由に、“公平の原則”をタテにした日本側の要求を拒否し続けた。そこで日本側は3億1600万ドルという対米支払額に見舞金の400万ドル(この額に頭打ちしたこと自体が問題)を上乗せし、ちょうど3億2000万ドルという切れのよい数字にしたのではないか。そして、米側は、議会で『400万ドルは日本側が支払った』と説明して、その場をしのごうとしたのが実情ではないのか。ただし、そう説明するためには、日本側から内密に“一札”をとっておく必要があったはずである。交渉の実態は大体こんなところである。

60年、70年についで“第3の安保論争”をくりひろげる今秋の沖縄国会を通じて、果たして世論がどんな審判を下すだろうか。(政治部・西山太吉記者)

この解説は「ナマの形で記事にしたくない」という前記の判断に基づいて、最小限の表現に抑えた内容だった。解説記事という目立たない紙面扱いもあって見落とした読者も多く、のちに事件が表面化してから「社会党議員に文書を渡す前に、なぜ紙面で特ダネにしなかったのか」と厳しく非難されるもとになる。そのわずか5日前、ニューヨーク・タイムスは米政府のベトナム政策の失敗を暴露する国防総省の秘密文書をスクープした(文書を同紙記者に渡したダニエル・エルズバーグ博士が逮捕されている)。これに比べると、紙面化の内容は具体的、詳細なものではなかった。

ただ、解説がもっとも重要なポイントをついたのも事実だった。外務省などの交渉当事者には、秘密漏えいがすぐに分かったに違いない。以来、政府・外務省筋が西山記者に注目していたとみられる。横路議員が「政府追及の材料に」と同記者にアプローチした(12月の質問前に両者が会談したが、コピーの現物は見せなかった)のも、このためと思われる。

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町村信孝「秘密保全」PT座長(日本記者クラブ会見)ビデオ
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戦後日本の構造をこれほどよく示す話を聞いたことがない(西山事件当事者談話)
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2:衆院予算委の爆弾質問(「沖縄密約」事件の顛末:毎日新聞社史から)  [沖縄密約漏えい(西山)事件]

衆院予算委の爆弾質問

1972(昭和47)年1月に再開された通常国会は、最初から波乱の連続だった。前年12月の臨時国会で沖縄返還協定承認案件をやっと成立させた佐藤栄作内閣は、すでに長期政権末期のもろさをみせていた。自民党内では後継総裁選をめざし、有力候補の福田赳夫外相に対抗する田中角栄通産相支持派の多数派工作がたけなわで、実弾が飛びはじめている、とうわさされており、外では野党攻勢が激しかった。外務省沖縄密約漏えい事件ーいわゆる西山事件はこうした時に起こったのである。

3月27日の夕方、72年度政府予算案に対する衆院予算委員会の締めくくり総括質問で、社会党の横路孝弘議員は批准書が交換されたばかりの沖縄返還協定について「日米間に秘密の決め事のある事実を外務省の文書にもとづいて明らかにする」と発言、委員会室を緊張させた。

横路議員がこの問題を取り上げるのは実は3度目のことだった。前年71(昭和46)年12月7日の衆院連合審査委、同13日の衆院沖縄・北方特別委で

(1)米側が軍用地の復旧に対して支払う見舞金400万ドル(返還協定第4条第3項)は、実際には日本側が肩代わりしている

(2)日本側が米資産引き継ぎ分、基地労働者退職金、核兵器撤去のため支払う3億2000万ドルの中に400万ドルは含まれている

(3)これらのからくりは「合衆国市民のために外国政府から受け取る信託基金法」という19世紀制定の古い米国の法律を根拠にしている

 と主張し、「5月の愛知外相とマイヤー駐日米大使の会談でそういうやりとりが行われた」と追及した。

社会党の同僚議員も関連質問で「これを裏付ける公電かメモが外務省にあるはずだ」とねばり、一時紛糾した。しかし、福田外相や吉野文六アメリカ局長は「密約は一切ない。そういうメモもない」と突っぱねた。当時の毎日は2日間にわたる質疑応答をそれぞれ夕刊の2面3段、1面1段の記事として掲載した。

3月27日の予算委員会での質問では、横路議員は具体的な証拠として2通の電信文(公電)=71年5月28日付の牛場信彦駐米大使あて愛知揆一外相発、同5月9日付の中山賀博駐仏大使あて福田臨時外相代理発=のコピーを示し「政府がいつわりを言った責任を追及したい」と迫った。

牛場駐米大使あての電信文は、マイヤー駐日大使が愛知外相と会談した際「米側としては日本側の立場はよく分かり、財源の心配までしてもらったことを多とするが、米政府は議会に対し見舞金については予算要求をしないとの言質を取られているので、非常な困難に直面している」と述べた、という内容である。

中山駐仏大使あての電信文は、当時パリでロジャーズ米国務長官と返還協定を詰めていた愛知外相に、東京での交渉(井川条約局長とスナイダー駐日公使)の模様を伝えるものである。米政府が400万ドルの見舞金を支出するのに必要な信託基金を設けるため、日本側は米側に400万ドル支払う旨の不公表書簡を愛知外相からマイヤー大使あて出すよう、米側が要請しているくだりがあった。

この質問に対し福田外相は「一切裏取引はない」と改めて否定し、問題の電信文については「コピーを見せてもらって回答する」ことを約束した。

翌日の本紙(毎日新聞)朝刊はコピーを手にかざした横路議員の写真付きで1面5段に扱い、「再燃した日米密約説」という4段見出しの解説のほか、一問一答のあらましを4面に載せている。

3月28日には社会党が愛知・マイヤー会談関係の公電を発表した。続いて開かれた衆院予算委では、吉野アメリカ局長から「コピーを照合した結果、原文と同じものだった。大臣、次官、外務審議官の決裁はない」との報告があった。このあと横路議員が外務省側のでたらめな国会答弁の政治責任を追及した。佐藤首相は「私も間違いをただす責任があると思う。(電信文について)“全然知らない”と答えたのは不都合だった」と発言。さらに福田外相が「経過はいろいろあったようだが、大事なことは最終的な日米間の合意がどうなったかだ。私どもの説明についても食い違いはない」と答弁して終わった。

予算審議会は遅れたものの、この爆弾質問は結果的には政府に致命傷を負わせるには至らなかったのである。

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1:「沖縄密約」漏えい「西山事件」の顛末(毎日新聞社史から) [沖縄密約漏えい(西山)事件]

町村信孝「特定秘密保護法」自民党プロジェクトチーム座長の日本記者クラブ会見
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のなかで、町村座長本人の口から、また、記者側から「西山事件」のことが再三話題にのぼった。

現在、「慰安婦問題」で、大揺れしている「朝日新聞」と似ているが、「沖縄密約」の(暴露)記事を掲載した「毎日新聞」は、逮捕された西山太吉記者の記事を掲載(許可)したこと等によって、首脳部の交替を余儀なくされるまでになる。(事件は、後の経営危機ともつながっているようだ。)

時の政権基盤を揺るがしかねない(暴露)記事を書くこと、国民の知る権利に応えて、それを、掲載することは、記者だけでなく、その記者を擁する報道機関にとって、危険なカケともなりかねないことを知ることができる。相手は、表面は「国民の福祉ため」と称しつつ、実は国民を欺く意志のもと、自分たちにのみ都合の良いと思われる事実を「秘密」とし、その「秘密」を隠すためであれば、国家権力を用いて(司法をも動かし)、総掛かりでくることも“ありうる”のである。


「西山事件」(沖縄密約)について語るとき、町村信孝座長はじめ、自民党・政権の面々が、常に力をこめるのは、これまでの政権の隠蔽した事実や隠蔽体質についてではなく、西山記者の“取材方法”(の不当性)についてである。

その取材手法について、当時、週刊誌等でおおきく扇情的に取りざたされたようであるが、当方は、その点も含めて、当時の政権のバックアップがあったのではないかと疑いたくなる。自衛隊にも、世論誘導のために、メディアに働きかける部署があると聞くので、そのように思うのだ。

そのようにして、当時、国民の前の真に憂慮すべき問題(沖縄密約の事実隠蔽)が、“それに比し”さほど”重要でない問題(取材方法)にすり替えられ、国民の目の焦点が合わないようにボヤかされ、今日にいたっているように思われる。そして、米側の公文書によって密約の事実が明らかになった今でも、国民全体の(西山事件への)意識の低さをイイことにして、現政権下でも、問題のすり替えが継続されているように思うのだ。


実際のところ「西山事件」の“総体を”当方は知らない。それで、「特定秘密保全」に急ぐ現政権とその職務上、真っ向から対立する立場にある記者クラブとの間で、さかんに取り上げられる「西山事件」について、考えてみようと思う。

西山記者を擁して、沖縄密約記事を掲載し、ともに苦渋を味わった「毎日新聞」が、2002年時点で、どのように事件を総括評価しているのか、「『毎日』の3世紀」(毎日新聞社史)から見てみようと思う。

「『毎日』の3世紀」は、2002年の時点で創刊130年を記念して発行したもので、上質な紙を用いていて、たいへん重い。その上下2段組17ページを「沖縄密約漏えい事件」として割いている。

記事のリード部には、次のように記されている。

「1972年(昭和47)年5月15日、沖縄が日本に復帰した。これより前の同年3月、国会で社会党議員が沖縄返還協定に関して「密約がある」と政府を追及、その1週間後に毎日の政治部記者と外務省女性事務員が国家公務員法違反の疑いで逮捕された。『沖縄密約漏えい事件』である。国民の知る権利や報道・取材の自由が絡んだこの事件は最高裁で有罪が確定した。政府は一貫して密約の存在を否定したが、2000年には密約を裏付ける米側の公文書が明らかになっている」(下巻、p332)

当方自身の勉強のために、全ページを、タイプしながら考えてみたい。

カテゴリー[沖縄密約漏えい(西山)事件]を新たに設け、回を改めつつ、引用したい。

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戦後日本の構造をこれほどよく示す話を聞いたことがない
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