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今日は始業式? [ニュース・世相]

小学校の始業式は、本日であるようなニュース・・・

そういえば、今日はたいへん静かである。昨日は、わが家の路地を、となりの畑を、こどもたちが走りまわっていた。鬼ごっこをしているようだった。

しばらく前、小学校に電話して、たいへん危険であるので、路地を走り回るのはやめて欲しい旨つたえた。教頭が対応してくれた。夏休みや冬休みの前、終業式のときにでも、その内容が伝えられたのかもしれない。それから、静かであったのだが、昨日の大騒ぎである。

天気を予測することわざに、雨が降る前は子どもがさわぐ、という内容のものがあったと思うが、学校という「雨」がふりだす前の、大騒動だったのかもしれない。

それにしても、今の子どもたちは可哀そうである。むかし、自分たちの子ども時代、昭和40年のはじめ頃は、空き地がまだまだたくさんあった。子どもも佃煮にするほどたくさんいて、どこの家庭にも一人や二人の子どもがいたから、何かあっても「お互いさま」の雰囲気があった。路地を走りまわるどころか、すこし広い場所があれば、それが住宅の密集しているようなところでも、野球のスペースになった。まだサッシ窓などない頃だから、木枠にはめられたガラスが引き戸の入り口として使われていて、当たれば必ずガラス屋の世話になる必要に迫られるようなところで、である。そして、案の定、ガラスを割る。家の方が困ったような嬉しいような顔で出てくると、子どもたちが謝る。あとは親の出番である。みな持ち寄りで弁償していたようだ。家の方も、そうして家が改良されていくのを歓迎している風があった。

今は、空き地はない。子どもらしく大騒ぎをすれば、いやな顔をされる。家でも学校でも注意される。子どもをもたない家庭もおおくなって、「お互いさま」は通用しない。子どもへの理解も足りない。むかしと違って、人々の生活リズムもいろいろなので、すこし早い時間に大声をたてようものなら、学校へ連絡がいく。近所のつきあいがなく、若い親たちも注意にどう反応してくるかわからないので、学校への連絡となる。

最近は、幼稚園をつくる計画があることを聞くと、近隣住民が反対運動を起こすという。待機児童の待機する場所さえ確保できないということであれば、超高齢社会が進むに決まっている。

子どもが、子どもらしいので、嫌われるというのはヘンなものだが、それでも、監督されない子どもの怖さというものはある。ハロウィンの子どもたちの掛け声には、そうした怖さが反映されているように思う。これはあくまでも、当方の印象に過ぎないが、そのように感じる方は少なくないのではないかと思う。それは、子どもたちがたむろしているところに潜む怖さである。夕方など、中学生風の子どもらが数人集まっているのを見かけるときなど、それを感じる。水木しげるさんなら、そこにある雰囲気を、妖怪たむろなどと名づけるかもしれない。

人間のもつ潜在的な暴力性などが、集団となると、とりわけ薄暮のなかで、勢いを増すように思う。そういう暴力性のガス抜きをするために、ハロウィンだとか、日本で言うなら、虫おくりのような風習が存在するようになったのかもしれない。

個人としては理性の光によって、封じ込められてあるべき、人間のもつ暴力性の闇のようなものが、集団になると封じ込めにくくなり、いよいよという時に、暴発する。これは国家レベルでも一緒かもしれない。

なんだか、子どもの大騒ぎについて記すつもりが、とんでもない方向に発展した。


「平成のねずみ男」とは、だれか?
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-01-17


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  • 作者: 水木 しげる
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  • 発売日: 1995/07
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スッピン韓国大統領とジュリエット・グレコ [ニュース・世相]

韓国大統領が逮捕され護送される。

そのワンショットが新聞に掲載されていた。

いつもは、そこそこ化粧をして、きれいな印象であったが、今朝のはそうではない。

これが、第二次大戦後のフランスででもあれば、化粧どころか、アタマも丸刈りにされたにちがいない。ナチスに協力した女性が、丸刈りにされ、公衆の面前に引き出されはずかしめられている写真をいぜん見たことがある。

最近はスッピンの女性が増えているのだろうか。社会的にそのような要請がないのであれば、その方が面倒くさくないし、お肌にもいいということもあってのことだろうか。もともと素肌美人で自信があるということもあるのだろうか。

フランス女性に対する印象として、年齢を重ねれば重ねるほど魅力的になるように感じる。スッピンかどうかは知らないが、化粧するしないに関わらず、人間性からくる魅力が感じられる。

その中身は、自分があるということなのだろうか。他の人とは異なる自分ならではの点を自覚し、しかも、自分の身の丈を承知しているところからくるようにも思う。よくわからないのだが・・・、フランスで生活し、客観的に彼女たちを見ている方は、また違った意見をもつかもしれないが、そのように当方は感じている。

そのように感じる一番の人は、シャンソン歌手のジュリエット・グレコだ。ステージの様子など見ると、「この厚化粧のどこがスッピン」という感じだが、当方には、さらけ出されている中身が感じられるのだ。そして、それ自体が美しい。

余計なものが、そぎ落とされた美しさといえるのかもしれない。自分の身の丈をこえて見せようとしたりする意識から解き放たれたところにある美しさなのかもしれない。

今、突然、思い出した情景がある。映画の場面だ。古い映画で恐縮だが、黒澤明の『赤ひげ』の場面だ。瀕死の大工(山崎努が演じた)が、長屋のみんなに語る。自分の暗い過去をさらけだす。そうした理由を、大工は述べる。「掛け値なしの自分を知って欲しかった」。それまで、療養所にいる病人仲間に、あれこれ気遣いを示し、親切な男と見られてきたのだが、誤解されたまま死ぬのを嫌ったのだ。そうして、妻を殺し埋めたいきさつを話す。もっとも、その話は悲しくも美しいものであるのだが・・・。

「掛け値なしの自分」をさらけ出すには、「掛け値なしの自分」を知っていなければならないわけだが、韓国大統領は、今、世間・検察をとおして「掛け値なしの自分」を思い知らされているということなのだろうか・・・。



ジュリエット・グレコは、1927年生まれ。現役歌手。
(以下は、「ユーチューブ」から2014年のライブ、他)

Ibrahim Maalouf & Juliette Gréco - La Javanaise (Live à l’Olympia, 2014)
https://www.youtube.com/watch?v=t9fpMy5iE0I

https://www.youtube.com/watch?v=eeOKiItS9XQ
Les Chansons de Juliette Greco: Sous le ciel de Paris


コンプリート・ベスト! 1951~2013(CD13枚組)

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マイルス・デイヴィスの真実 (講談社+α文庫)

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  • 作者: 小川 隆夫
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/10/21
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赤ひげ[東宝DVD名作セレクション]

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  • 出版社/メーカー: 東宝
  • メディア: DVD



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ヤマトさん、うちのどらやきは? [ニュース・世相]

憲法記念日の話題に、「うちのどらやき」はないだろうと思われるにちがいない。

しかし、ここのところわが家の話題は、ずっと「うちのどらやき」である。

くろねこヤマトが創設40周年を記念して、どらやきを顧客にプレゼントしているのである。
http://www.kuronekoyamato.co.jp/takkyubin40th/

家内の同僚の家にも、ヤマトの配送社員がどらやき(文明堂製)の2個セットや特大どらやきを荷物と一緒に届けてくれたという話しで・・・

それなら!と思うのである。うちだってヤマトの配送が週一くらいの割でくるのである。自称「お得意さん」である。それなのに、うちにはまだ来ていないのだ。

これを読んで、わかりましたと届けてくれるはずもないが、それでも言いたい。

ヤマトさん、うちのどらやきは?


なつかしソフトバンクCM 2007年公開 
https://www.youtube.com/watch?v=GzY094yJ_T0


たとえば、銀河がどら焼きだったら?―宇宙比較講座

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  • 作者: 布施 哲治
  • 出版社/メーカー: 日本評論社
  • 発売日: 2008/07
  • メディア: 単行本



あんこのお菓子 -毎日食べたい和のおやつ-

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  • 作者: 金塚 晴子
  • 出版社/メーカー: マイナビ出版
  • 発売日: 2016/03/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



ドーナツの歴史物語 (お菓子の図書館)

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  • 作者: ヘザー・デランシー ハンウィック
  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2015/10/23
  • メディア: 単行本



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橘家円蔵 亡くなる [ニュース・世相]

橘家円蔵(たちばなや・えんぞう)が亡くなった。

当方にとって、円蔵は、落語家というよりも、放送タレントの印象が強い。「月の家円鏡」時代、ロート製薬提供「お笑い頭の体操」で、司会の大橋巨泉から円形脱毛症をからかわれていたなあ・・と思い出す。答えの速いのを持ち味にしていた。

10年ほど経つだろうか、一度、独演会に出かけた。思っていたよりでっぷりした人との印象がある。落語の方は、『火焔太鼓』を高座にかけて、口調よく噺していたと思うのだが、あまり印象に残っていない。それよりも、独演会の後半、マイク片手に、客席になんでもいいからと「謎かけ」の題をもらい、即座に応えていたのは、いかにも『頭の体操」の円鏡らしかった。

『火焔太鼓』のマクラでだったか、父親がウグイス嬢ならぬウグイス親父をやっていたこと。たいへん無節操なおやじで、自民党の車に乗ってマイクを持つかと思えば共産党の車に乗ってマイクをもち・・とホントかどうか怪しい話をしていた。ナルホド、それだから、円蔵のような、太鼓もち風の人間ができたのか・・と思ったのを覚えている。

こう書いてきて、膝を打つほどでもないが、円蔵のかもしだす雰囲気は太鼓もちだと合点した。独演会では、絶滅危惧指定職業太鼓もちが『火焔太鼓』を演じたのを、運よく訊くことができたということなのだろう。すごい早口で、ぶっ飛んだ口演であったように覚えているのだが、カチカチ山の狸よろしく、背中に火焔が迫ってきていたのだろう。

*********
YOUTUBEから
いかにも圓蔵らしい・・・

「猫と金魚」 橘家圓蔵
https://www.youtube.com/watch?v=Vo49kXSTmwk

名演、好演と評判のCD・・・

NHK新落語名人選 八代目 橘家円蔵

NHK新落語名人選 八代目 橘家円蔵




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日本で働くイタリア人の率直な日本へのコメント、飛んで、落語家三遊亭兼好 [ニュース・世相]

日本で働くイタリア人女性の、日本への率直なコメントを見た。

■日本で働くストレスカルチャーショックを受けたことがありますか?の質問に

「街の中にベンチがないのにびっくりします。ヨーロッパの都市なら、街の中心でもひと休みできるベンチがあるのに、日本人にとって道は通り過ぎるだけのところなのかしらと思います」と、答えている。

読んで、思うに・・、気持ちにゆとりがないのダナと思う。また、たたずんで見るに値する景観をつくってこなかったんダナと思う。法律にそって、これこれの面積・人口につき一つ・・などと公園を用意し整備しはするものの、身辺いたるところに、ふと目をヤル先に、こころ癒すような景観を用意してはいない・・、反対に目をヤル場がナイので、たたずむ場所もナイ・・・それが日本の都市文化なんダナ・・


「日本人にとって道は通り過ぎるだけのところなのかしらと思います」の言葉は、日本人は「寄り道をしない」「道草を食わない」と言い換えることもできそうだ。

イタリア人女性によると、本国イタリアでは、約束をしても、「1時間遅れることだってあるのです。でも、そのかわりみんなフレキシブルに対応するのに慣れています。目的の場所に行くために、プランAからDくらいまで用意して備えるんです」と、言っている。

この文章を読むと、「耐え難い」思いを、当方(一応、国籍も・人種も・足の長さも、どこから見ても日本人)に、もたらすのだが、ソレが、イタリアの人たちにとっては、受け入れられ、かつ、そのなかで、ある意味、充足感をもつことさえできているのだろう。

きっと、イタリアに行って、ソレに慣れたら、逆に、日本など、ギスギスしていて、「耐え難い」所となるにちがいない。


イタリア人女性の言葉から、もっともっと立ち止まって、あたりを見回しながめる習慣をもちたいものだと思った。

道草を食って、俳句でもひねって、半日で仕事を終えて、酒もカマボコも買えずとも、知恵をしぼって、お茶とたくあんの代理品でもって、みんなで花見に行く江戸時代の生活に戻した方が、ずっと人間らしい生き方ができるように思う。


と、書いてきて、落語をひとつ紹介しようと、「長屋の花見」で検索したら、一番売れているCDが三遊亭兼好なので、驚いた。小さん、志ん生、志ん朝、小三治あたりがくるかなと思ったのである。

それでも、驚きはしたが、けっしてアリエナイことではないとも思った。(ゲンにそうなのだから、アリエナイもヘチマもないが)なぜなら、これまで、兼好の噺を三演目聞いているが、みんなデキはすばらしく、モンクなしであったから。

いちばん最近聞いたのは「あくび指南」。これも、すばらしいデキでした。お世辞ではありません。だから、このCDも買ってソンはナイでしょう。

いや、別に宣伝するつもりはなかったが、宣伝してしまった。これから買う人、買って、ソンしたと思った人は、自己責任のモンダイです。当方は、このCD、聞いてナイのですから。他が、良かったから、これもデキがイイだろうというダケですから。

もっとも、いちばん売れているのは、CDがお安いからかな・・

おあとがよろしいようで・・

三遊亭兼好独演会
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2012-03-25






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「渇(かつ)えさん」がゆく [ニュース・世相]

毎日新聞(7/10)社会面に鳥取城址のマスコットキャラクター「渇(かつ)えさん」のことが報じられていた。

イラストも、でている。ゆるキャラブームの昨今には珍しく、可愛くない。だいいち、手にしているのはカエルである。カエルは「かつ江」さんのペットではなく、これから食糧となる運命にあるらしい。

そもそも「かつ江さん」は、鳥取市教育委員会が公募したなかから選ばれたモノだという。羽柴秀吉の鳥取城兵糧攻め(1581年)「鳥取の渇え殺し」に巻き込まれた民衆をイメージしたものだという。

7/7午後,市のホームページに掲載・公開されると9日までに63000件以上のアクセスがあり、「不快だ」などの批判の声も寄せられ、市教育委員会は、即日、公開を中止したのだという。

記事には「不快」の中身が詳述されていない。自分の先祖が飢えのためにカエルを食ってしのいだと思われるのがイヤなのだろうか・・・。記事のタイトルには、「渇えさん」やめて とアル。


ピクシブ百科事典による「鳥取の飢え殺し(とっとりのかつえごろし)」の項によれば、「日本史上に於いて人肉を食したという記録は殆ど見られないが、その例外中の例外がこの第二次鳥取城攻めであり、日夜問わず撃ちかけられる鉄砲と鳥取城へと間断なく行われる威力偵察で鳥取城内はほとほと疲れ果て、飢餓に苦しみ助けを請う城兵は鉄砲で打ち倒され、その死体の人肉が陣中で奪い合いになるという餓鬼地獄の如き苛烈を極めた兵糧攻め・・」とアル。当方は、「渇えさん」のおかげで、貴重な歴史的事実を知った。

「日本史上に於いて人肉を食したという記録は殆ど見られないが、その例外中の例外」の記録経験をモツ鳥取城の歴史を広く周知せしめるうえで、市教委が選んだ「渇えさん」は、たいへんフサワシイ選択であるように当方は思う。

そもそも、いくさ、戦争というものは、そういうものであろう。土地を収奪され、悲鳴があがり、刺し貫かれ、血が流れ・・我々の祖先はみな、そういう事実を多少なりとも見聞き、また経験して生きてきたのである。


日本残酷物語〈1〉貧しき人々のむれ (平凡社ライブラリー)

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  • 発売日: 1995/04
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話は変わるが・・

最近、雨の夜、小学校の校庭からウォーンとうなるような音が聞こえ、ナニゴトカ?と池をのぞいてみたら、牛ガエル、食用ガエルであった。

食用ガエルのオタマジャクシは子どもの頃に見たことがある。スプーン(小さじ)ほどのアタマと尻尾とで5、6センチはあったと思う。それでも、半世紀を生きた最近まで、オトナになった牛ガエルは見たことがなかった。

大きい。池の石のうえに堂々と鎮座している姿は、大人のゲンコツよりはるかに大きい。

さっそくネットで牛ガエルを調べたら、沼の牛ガエルを釣って、木に打ち当てて卒倒させ、血抜きをし、その場でさばいて、湯引きして、酢味噌で食べるところまでを動画投稿しているのを見つけた。

【自然を食べよう!】絶品!ウシガエルの洗い編 1/2
http://www.youtube.com/watch?v=vUEqroThXPc

それを見た晩、ガールフレンド(女性80代)にカエルを食べた経験があるか尋ねると、ふたりとも、食べたという。ただ、牛ガエルではなく、アカガエルであるという。戦争中の食糧難の時期のこととして、アタリマエのような顔をして答えてくれた。

「でも小さくて、あんまり食べるところがないのよね」と。

カエルたちには、大きな災いであったにちがいないが、「渇えさん」は、人間の食生活の幅を広げるうえで大きく貢献してきたのかもしれない。


ときめくカエル図鑑 (Book for Discovery)

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  • 作者: 高山ビッキ
  • 出版社/メーカー: 山と渓谷社
  • 発売日: 2013/06/21
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ピクシブ百科事典「鳥取の飢え殺し」の項目


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「就活」ならぬ「終活」(「直葬」首都圏で急増) [ニュース・世相]

「毎日新聞」にあたらしい連載が始まった。

就活」ならぬ、「終活」が、そのテーマ。

記事のリード部には次のようにある。

人生の最終盤を、どう過ごせばいいのだろう。避けられない死という現実を前に、戸惑う私たち。肉親、伴侶、親しい人たちとの別れもある。100通りの生き方があるなら、100通りの身じまいの方法があっていい。いまの時代の死をめぐって、53歳の記者(滝野隆浩)がたずね歩いていく。最初は「直葬」について考えてみたい。

シリーズ最初のテーマは、「直葬」。

つまり、「なにもしない葬送」。

火葬にしたあと、一切の葬儀をせず、納骨して、おしまい・・というスタイル


首都圏では、直葬が急増しているという。「東京23区だと、近所づきあいがまだ濃い下町地区を除けば、4~5割は直葬」という業者もいる。

また、ある業者は言う。それは「燎原の火のように広がっている」。


経済面で困っているわけではない人たちも葬儀に簡便さを求め、「高級車で火葬場に集まり、さっさと済ませて帰りたがっているかのような遺族もい」るという。

「問い合わせの内容は『いくらかかる』『もっと安くならない?』ばかりで情けなくなります」。

デフレの時代、地方のようなしがらみのない首都圏なら、当然のなりゆきかもしれない。


しかし、経費の安く上がる「直葬」ではあるが、「負担」となる場合もある、という。

「生前親交のあった人たちが亡くなったことを聞きつけ、位牌や仏壇のある家に『せめて線香だけでも』とさみだれ式にやってくる。そうやって振り回される時間的、精神的負担はかなりのもの」となる場合がある。

「直葬」で家族を送った後、他の方の葬儀に参加して、「あれで本当に良かったのか」と思い悩む方もいる。


無駄な出費はしたくないという気持ちはよく分かる。

事実、この国では価格根拠の曖昧な、華美なだけの葬儀も行われてきた。ただ葬儀は最後の別れの場でもある。


火葬の場に40年以上立ち会ってきたある方は、「人間、死んだ時が勝負」という実父の言葉をよく思い出す。

人生途中の成功や地位は意味がない。大事なのは、亡くなった時どのくらいの人が本気で悲しんでくれるかなのだ、と。

「亡くなったら周囲が悲しむ。集まって悲しみ合う。そのことがすっぽり抜け落ちたところで、葬儀が済まされようとしている気がします」

(以上、毎日新聞4/13・14より要約抜粋)


ちなみに、イギリスの葬送事情は以下URL

「葬式のあいだに消える棺おけ」

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2009-07-22


お葬式もお墓もなしで人生を満足に締めくくる方法―「無縁」社会もこれで安心

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「複雑系の科学」はどこへ行った?「複雑系をもう一度」(「3・11後のサイエンス」から) [ニュース・世相]

本日(3・26)の『毎日新聞』掲載コラム「3・11後のサイエンス」に、専門編集委員の青野由利が、

「複雑系をもう一度」と題して書いている。

結論から言えば、「3・11前」に逆戻りすることのナイよう、複雑系思考で、思考停止を脱しよう・・、

ということだが、論議自体オモシロイので、以下全文引用する。

*********

そういえば、「複雑系の科学」はどこへ行ってしまったのだろう。20年ほど前、ワールドロップの世界的ベストセラー「複雑系」をきっかけに、一世を風靡した、あの新しい科学のパラダイムである。

米ニューメキシコ州の「サンタフェ研究所」を総本山とし、ノーベル賞学者のマレー・ゲルマン博士らが集った。「生物の進化も、国際経済も、文明の衰退も、従来の科学では解けない」「カオスは一番単純な複雑系」。通常の科学を飛び越えた話に頭を抱えつつ、その可能性に期待したのを思い出す。

原発政策の迷走を見ていると複雑系が頭をよぎる。福島第一原発の過酷事故でこれほどの被害を出したのだから、原発をゼロにしようと多くの人が考えるのは当たり前。ところが、経済界は、「原発を止めたままでは日本の経済が立ち行かない」と当たり前のように言い続ける。議論はまるでかみあわない。

それもそのはず。ゲルマン博士が言うように、経済活動はまさに複雑系だ。関係する要素が多すぎて通常の科学では解けない。一方で、原発事故にも複雑系の要素が多分にある。経済破綻のリスクと、原発事故のリスクとどちらが大きいのか。比べることは難しい。


どう考えればいいのか。その名も「複雑系経済学」を専門とする京都大の矢野誠教授に聞いてみた。従来の経済学は、経済の複雑な変化の傾向を捉えるのに、えいやと直線を引いて近似し、将来を予測してきた。明日のことならこれでも当たるかもしれない。だが、もっと先を考えるには複雑な変化の構造を見極める必要がある。その上で「先回りして対応することが必要だ」と指摘する。とすれば、「原発を止めると経済が破綻する」といった直線的な単純思考では対応できない。産業革命の歴史を振り返れば、新しいエネルギーと新しい技術は必ずリンクしてきた。原発はもはや新しいエネルギーではない。「あきらめてしまった方が、代替エネルギーの発明意欲が上がる。歴史を見ても、産業界が嫌がることをやっていくことで、全く新しい道が開けてきた」と矢野さんは主張する。

実際、エネルギー分野には予測のつかないことが多い。たとえば、国際原子力機関は毎年、原発による世界の発電量の将来予測を公表しているが、これが当たっていない。85年当時の予測は現実よりずっと上向きのカーブを示していた。その後も、年を経るごとに下方修正されている。国際エネルギー機関が昨年公表した「世界のエネルギー見通し」も驚きだった。シェールガス革命を背景に5年後には米国が世界最大の産油国になるという。かつて、そんなことを誰が想像できただろうか。


関西電力大飯原発は、7月の新安全基準の施行時に停止せず、9月の定期点検まで稼働を続ける可能性がでてきた。国のエネルギー基本計画を策定するメンバーからは脱原発派が何人もはずされた。電力改革の要である「発送電分離」も骨抜きになる恐れが出てきている。

こうした「方針転換」の背景に、原発と経済を直線的にしか結びつけられない古い自民党の思考停止が見え隠れする。電力会社や経団連の意向に従っているだけでは、「3・11前」に逆戻りする。複雑系思考で、そこから脱したい。

***********

以下URLウィキペディア「複雑系科学」の項
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A4%87%E9%9B%91%E7%B3%BB%E7%A7%91%E5%AD%A6


複雑系経済学入門

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  • 作者: 塩沢 由典
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  • 発売日: 1997/10
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複雑で単純な世界: 不確実なできごとを複雑系で予測する

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3・11を「国民の祝日」に [ニュース・世相]

今日でまる2年ということだ。ラジオテレビでは、それから2年の被災地の現在、原発事故後の福島の復興状況・課題などが、特集されている。

NHK「ラジオ深夜便」で、児玉龍彦氏の話を耳にした。原発事故後、広島に落とされた原爆の168個分のセシウムが放出されたような話がされていた。そしてまだ炉心内部の現状も把握できていない、という。

(原発事故の福島を支援して / 東京大学アイソトープ総合センター長 児玉龍彦 )

にもかかわらず、“40年で事態収束”とよく耳にするが、その“40”という数字はいったいどこから持ってきたのだろう?


今、デフレ脱却の掛け声高く、株価も上がり、世情、浮かれている。「浮かれている」ということは、3・11大地震も福島原発事故も、あたまから吹き飛んでいることを意味すると言ってもイイだろう。

自分のからだの中で癌が進行している。それでも、人は浮かれられる。思いを向けなければ、知らなければそうできる。


東北・福島の完全復興がなされるまでの間、3・11を「国民の祝日」としては、どうか、と思う。

「祝日」がヘンであれば、「記念日」として休日とし、ひとりひとりが、思いを被災地に向け、実際に出向き、さらに思いを深めていく日とするのは、イイことだと思うのだが・・・。

震災・被災の日に、時を定めて、「1分間の黙祷」などというより、はるかにイイと思うのだが・・・


3・11以後 何が変わらないのか (岩波ブックレット)

3・11以後 何が変わらないのか (岩波ブックレット)




レベル7 福島原発事故、隠された真実

レベル7 福島原発事故、隠された真実

  • 作者: 東京新聞原発事故取材班
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2012/03/09
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内部被曝の真実 (幻冬舎新書)

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  • 作者: 児玉龍彦
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2011/09/08
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戦後を支配したのは「蝉の声」? [ニュース・世相]

いよいよますますその数が少なくなっているが・・・、

昭和20年、敗戦の夏を経験した年齢の方にお会いしたときには、

蝉の声が印象的だったかどうか尋ねてみようと思う。

中津燎子と三島由紀夫は、大正14年生まれで、終戦を20歳で迎えているが、

中津燎子著『声を限りに蝉が哭く』の同名の章の冒頭と三島由紀夫の『豊饒の海』の最終部の印象はたいへん似ている。

そこでは、蝉の声が、空間を占領し、支配する唯一の音として挙げられている。しかも、中津にいたっては、それがずっと後になってもしっこく耳に残って感情を高ぶらせるものとして記されている。

戦争経験者の方々の耳に残る蝉の声が、よくもわるくも戦後社会に多大な影響をおよぼしてきた・・

2作品を読みながら、そう思えてならない。

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声を限りに蝉が哭く―全部話して死にたいね!

声を限りに蝉が哭く―全部話して死にたいね!




《まったくよく哭く蝉だった。

ふと気がつくと全身を蝉の声が覆いつくしてそれ以外の音などさっぱり聞こえなかったような気がする。夏の蝉の声が秋も冬も、そして春も耳の底で「じい・・じい・・じい・・」と哭きつづけるのだ。

私の戦争の記憶のほとんどは、蝉の声に占領されっぱなしだった。どこの、何という蝉なのか、わかるはずはなかったが、その「じい・・じい・・」という奇妙に底力のある威張りくさった響きは空腹の切なさに拍車をかけて、私の飢餓感は倍増した。

今、七十余年以上の月日を経て冷静にそのころのことを思い出してみようとするが、耳の底に冷たく残る響きが強すぎて、いつのまにか戦時中のころと同じく歯を噛みしめ、体じゅうが怒りのかたまりに変わってゆくのが止められないのである。》
『声を限りに蝉が哭く』第10章冒頭

***********


天人五衰―豊饒の海・第四巻 (新潮文庫)

天人五衰―豊饒の海・第四巻 (新潮文庫)

  • 作者: 三島 由紀夫
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1977/12/02
  • メディア: ペーパーバック



《これと云って奇巧のない、閑雅な、明るくひらいた御庭である。数珠を繰るような蝉の聲がここを領してゐる。

そのほかには何一つ音とてなく、寂漠を極めてゐる。この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った。

庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしてゐる。・・・・》


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「産経」やっぱり「右傾」 [ニュース・世相]

昨日にひきつづき、またまた、昨年末の産経新聞の話。

やっぱり「産経は右傾だ!」と思わせる材料がアッタ。

12/21の第1面の下の広告欄に、

大河ドラマ「八重の桜」完全読本 発売中 と、ある。

出版しているのは、「産経新聞出版」である。


NHK大河ドラマ 「八重の桜」完全読本 (NIKKO MOOK)

NHK大河ドラマ 「八重の桜」完全読本 (NIKKO MOOK)




そして、さらに、その横に 防衛省オフィシャルマガジン[マモル]2月号 の宣伝


MAMOR (マモル) 2013年 02月号 [雑誌]

MAMOR (マモル) 2013年 02月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2012/12/21
  • メディア: 雑誌



[マモル]2月号の内容は、

「マモルの婚活で 自衛官と結婚しました!」とあり、「八重の桜」と同じ精神を伸長させるものだ。

「銃後の守り」を固める内容である。

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2013-01-17

さらに、12/29付、第6面には、「切腹した大学生」という記事がある。

記事には、編集委員・大野敏明の署名がある。

(以下、その全文引用)

昨年12月8日朝、石川県金沢市の石川護国神社で、22歳の金沢大生が切腹自決した。彼は北海道出身で金沢市に住む大学4年生、Sさんであった。警察が調べたところ、腹部と首に深い刺し傷があり、近くにはナイフと透明のビニールシートにくるまれた日章旗があった。

Sさんはナイフで腹を十字に切った後、自ら頸(けい)動脈を切って自決したものと判明した。この日は小雨が降っており、国旗を濡らさないようにビニールに包んだものと思われた。彼は黒のスーツにワイシャツ姿で、靴は脱いでそろえておいてあり、同日未明に人知れず自決したものとみられた。

彼が切腹した場所は、護国神社の境内でも奥まったところにある清水澄博士顕彰之碑の前であった。清水博士は慶応4年、金沢市の出身、東京帝大出身の憲法学者で、大正天皇、昭和天皇に憲法を講義したこともあった。その後、枢密顧問官などをへて、昭和21年から最後の枢密院議長を務めた。戦後の新憲法施行に反対し、施行の年の昭和22年9月25日、「幽界より国体護持と皇室安泰、今上陛下の御在位を祈願す」との自決の辞を残し、静岡県の熱海の海岸で投身自殺をした。その後、出身地の石川護国神社境内に顕彰之碑が建てられた。

昨年の12月8日は、昭和16年12月8日の大東亜戦争(太平洋戦争)開戦から70年。Sさんは大学で安全保障問題ゼミに属し、日頃、ゼミ仲間らに、日本の安全保障の在り方について、熱っぽく語っており、自決のかなり前から、政府がきちんとした安全保障政策をとらないことに絶望する発言をしていたという。

彼が自決した前年には、中国の漁船が尖閣諸島の領海で海保の巡視船に衝突、民主党政権が船長を釈放してしまうという失態を演じており、領土問題があらためてクローズアップされていた。

この事件は大学生の単なる自殺事件として処理され、地元メディア以外はほとんど報道されなかった。だが、平成生まれの青年が、日本の安全保障政策に絶望して、切腹という手段で死を選んだ意味は決して小さくない。

小雨降る中、暗い神社の境内で、靴を脱いで正座し、人知れず十字に切腹して頸動脈を切るというのは、なまなかな覚悟ではできない。これは国家、政府、国民に対する諫死(かんし)であり、憤死でもあろう。一周忌に当たり、あえて記した。(編集委員 大野敏明)


右翼と左翼 (幻冬舎新書)

右翼と左翼 (幻冬舎新書)

  • 作者: 浅羽 通明
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2006/11
  • メディア: 新書



近代日本の右翼思想 (講談社選書メチエ)

近代日本の右翼思想 (講談社選書メチエ)

  • 作者: 片山 杜秀
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/09/11
  • メディア: 単行本



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「産経新聞」は右傾の傾向がある? [ニュース・世相]

昨日につづき、「産経新聞」の昨年末、目についた記事を・・・

12/21・24面に、「外務大臣就任120周年 陸奥宗光シンポジウム」の様子が掲載されている。

紙面を一面、まるまる使用してあり、「平成24年度文化庁地域発・文化芸術創造発信イニシアチブ」と銘打たれ、広告欄には、陸奥の出身地である和歌山県のこれからの文化事業等の宣伝も出ている。

シンポ出席者は、岡崎久彦、北岡伸一、御厨貴、松平定知、北野充、仁坂吉伸の面々。〈ちなみに司会者は、須磨佳津江(元NHKアナウンサー)〉。

基調講演は、NPO法人岡崎研究所理事長 岡崎久彦。


見出しを追っていくと・・・

基調講演 〈極めて近代的な人間だった〉

シンポジウム 〈「国民のため」外交に奔走〉

*筆まめで妻に100通

*外務省の体制動かす

*希代の仕事師

*今の課題は朝飯前

*仲間となる国を

と、ある。


そのなかで、岡崎久彦の発言がなかなか勇ましい。

「ですから、今は、まず集団的自衛権の行使を可能にし、日米ガイドライン(日米防衛協力のための指針)で危機の対応を固めることです。そうすれば尖閣だろうとなんであろうと処理できます。」

と、いった風である。

(ちなみに、この「日米ガイドライン」を英語ではズバリ
”War Manual”戦争のマニュアルと表記するのだそうです)

この人物はなにものだろう。岡崎研究所とは、何を研究しているのか、と思いつつ、12/26付「産経」を見ていたら、オピニオン欄の『正論』に、同氏が、〈「安倍日本」どこが右傾化なのか〉と題して書いている。そこでの、岡崎の肩書きは「元駐タイ大使」となっている。

見出しを追うと、

*まだまだ平和ボケを脱せず

*右翼思想とはもう無縁の社会

*米国には日本の協力が不可欠

と、あり、本文からほんの少し抜粋すれば、「右傾化でないとすれば、正常化への過程であろうが、国際政治の現実においては、日本はまだとても正常とはいえない状態である」と記され、昨日引用した佐瀬昌盛の論議と同じく、国際標準からいえば、日本は「普通の国」ではない、というのがその主張である。

(産経「正論」記事全体は、http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121226/plc12122603160002-n1.htm


読んでいると、確かにそのとおりなのであろう、と思う。「しかし、だがな、待てよ・・」という思いも同時にするのである。国際標準と呼べるモノがたしかにあるのであろう。しかし、ソレが絶対に良いモノかどうかは、またこれ別の話である、と思うのである。

国際標準の話は、外交という現実世界の政治の話だから、哲学的な思弁にもってゆくべきではないのかもしれないが、それでも、あえて、「現在の国際標準が絶対に正しいとは言えませんよね」と一句告げたい気分になるのである。

これは、哲学的というより、エライ方たちの定める「標準」によって、エライ目に会ってきた、庶民ならではの感情が生み出す素直な言葉といえるかもしれない。

ソレは、森鴎外の「最後の一句」で、下々の娘が、エライ方々に言い放った「お上のすることに間違いはございませぬでしょうから」という言葉に近いかもしれない。

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2006-04-12


最後の一句

最後の一句



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『八重の桜』の新島八重は幕末のジャンヌダルク? [ニュース・世相]

地デジ放送が始まって、「これ幸い」とテレビとは縁を切った。

実は、テレビがきらいなのではなく、好きでコマルほどなのである。

テレビがあると、どうしても見てしまう。見ると、本を読む時間を奪われる。

それで、自衛手段として、テレビとは縁を切ったわけなのだ。おかげで、たしかに、以前に倍して本を読めるようになったが・・・。


そういうわけで、NHK大河ドラマに、誰が登場しようが何が取り扱われようが、関係ない。すくなくとも、関係ないフリをしていられるようになった。

ただいま放映中の『八重の桜』については、そういうことで、新聞等で知ることとなった。


最近、『八重の桜』関連本の広告に、「幕末のジャンヌダルク」などと書かれていた。

思わず、「時代」のにおいを、嗅ぎつけたように、思った。

これも、一種の右傾化傾向を示す、あるいは、さらなる右傾化を促す「時代精神」を醸成するモノにちがいないと、感じた。

刀を腰に差し、鉄砲を構える八重の姿から連想するのは・・・

http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/about/introduction.html

「男女共同参画社会」の実現を盾に、女性・自衛官を集めようとの企てにNHKは加担してのことか・・、など想像をたくましくさせるものがある。

直接、戦地に出向くには至らぬまでも、「銃後の妻」予備軍としての心理的備えをさせるつもりか、など思ったりもする。

原作が、特別あるのかと思ったが、「八重の桜」という著作はナイようである。いろいろな資料にあたって、シナリオを作成したのであろう。

昨日、更新した保坂正康も、新島八重のことを書いている。保坂は、どのような視点で、どのように八重を評価し、記述しているのだろうか。興味あるところである。


最近、これも感じることであるが、自衛隊とアメリカ軍との共同演習が行われた(る)という報道を耳にすることが以前より多いような気がする。自分はNHKラジオしか聞いていないので、NHKでの放送であることはマチガイない。

どうも、政府は、NHKに干渉しているのではないかと感じる。実際はどうか知らない。たまたま、そのような事実があり、それを単に報道しているだけなのかもしらない。

しかし、これまで、(特に、安倍晋三が、自民党・森政権で副官房長官のとき)、そのような、メディアへの圧力を加えた話があるのは確かなようである。(以下、URLは、ジャーナリスト坂本 衛のサイト)

http://www.aa.alpha-net.ne.jp/mamos/tv/nhk2.html


「時代」を醸成する役割を放送メディアが担い、そうして時代の渦がつくられ、メイルストロムのような大渦になり、気がついた時には、逃げ出すことができなくなる。

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2006-04-23


「時代」を象徴するバケモノ(大渦)を「運命」と呼ぶなら、

「運命は、従う者を潮にのせ、逆らう者を曳いてゆく」


八重と新島襄

八重と新島襄

  • 作者: 保阪 正康
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞社
  • 発売日: 2012/11/10
  • メディア: 単行本



メールストロムの旋渦

メールストロムの旋渦

  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2012/09/13
  • メディア: Kindle版



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佐々木さとみと南総里見八犬伝との関係 [ニュース・世相]

お天気キャスター佐々木聡美と「南総里見八犬伝」との関係?

聡美は、現代の「伏姫」?


はっきり言って、

なんの関係もない。

では、なぜ取りあげるのか・・・

佐々木聡美のシャレに引っかかったのである。


聡美女史が、「お天気お姉さん」としてラジオに出ているのをしばらく聞いているが、オモシロイ。なかなか気のきいたことを言う。落ち浮いた(今、「落ち着いた」と書くつもりが、ヘンな変換をしたのは当方の無意識のなせる業にちがいない。だが、「落ち浮いた」の方が適切かもしれない)声で、お天気の解説をし、身の回りの四季の話題などを興味深くきかせてくれるのだが、どうもなにかしらシャレを言いたくなってしまうタチらしく、そのシャレがなかなかイイのである。なかなかオモシロイ・ギャルである。

先日も、〈おいしいトウモロコシの茹で方〉を教示していて、たいへん参考になり、当宅では今夏実践予定である。

(もっとも、何ごとかをオモシロガル感覚というのは人さまざまで、当方のオモシロイは他の人のオモシロイにならない場合も多い。ちなみに、毎日新聞連載の「あさって君」は、自分には合わない。読まないように見ないようにと、いつも自分に言い聞かせて見ないようにしているのだが、ついぞ見てしまってガッカリすることも多い・・。「あさって君」のファンには申し訳ないが、当方の気持ちは「あさって」の方を向いてしまうのである。)

ちなみに、今日(6.15)は、「ショウガの日」なのだそうである。お昼のNHKの放送「ふるさとラジオ」で話していた。また、ショウガナイことを言うのだろうと思っていたら、もっと洗練されたところで、シャレを言う。しょうがのことをハジカミというが、今日が、ショウガの日であることの根拠として、某地にある「ハジカミ神社」を引き合いに出して、

「ジンジャー神社」などと、シャレも、英語で・き・た。

「そうきましたか」と、してやられて気分である。

してみると、聡美女史も曽野・米沢につづく「バズーカ」の一人かもしれない。


聡美女史は、千葉に育ったらしいので、もし南の方なら、「南総聡美」ということになる。

http://www.weathermap.co.jp/casters/sasaki.php

ブログ等を見ると、なかなかの美人である。自分のブログにヘンなのは載せないだろうと、意地悪でグーグルの画像検索などしたら、やっぱり美人のようである。

http://blogs.weathermap.co.jp/tokoro/archives/2010/06/post_880.html

http://www.youtube.com/watch?v=QMFnGDpG6sw

美人におやじギャグは、似合わないので、これからも洗練されたところで励んでください。

調子に乗ってはじけないように!はじけて、八つの霊玉が出たらタイヘンなので・・・

もっとも、ほんとにそうなったら、やっぱり、聡美は「ふせひめ」だったということになるのカナ・・・

************

ウィキペディア「南総里見八犬伝」の項目
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E7%B7%8F%E9%87%8C%E8%A6%8B%E5%85%AB%E7%8A%AC%E4%BC%9D#.E4.BA.BA.E5.90.8D





南総里見八犬伝〈1〉 (岩波文庫)

南総里見八犬伝〈1〉 (岩波文庫)

  • 作者: 曲亭 馬琴
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1990/07/16
  • メディア: 文庫



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3;HATABI:子どもの日 [ニュース・世相]

葬儀に花輪を飾っていたころの話。

花輪とはパチンコ店の開店のときなどに「祝開店」と書かれて、店のまわりに置かれるアレである。

ただ、葬祭で用いられる花輪のまんなかには、供物を置くカゴがあって、ソコには缶詰や酒などが入れられていた。もちろん、葬祭用の花輪は、祝い事の花輪と異なり黒白基調の配色がなされていた。


葬祭時、その「祝開店」に当たるところに、「子ども一同」と書かれていたことがあった。

「子ども・・」とあるので、「幼稚園の先生でも亡くなりましたかね・・」と思わず口に出したら、ナニをトボケタことを言うとばかりに、「親からみれば、みんな子どもだからね」と言われてしまった。それは、親の葬儀に、子ども一同で、花輪を献花したということだった。

なるほど、親からみれば、子どもが70になろうが、子どもである。


いまは、みんなオトナになるのが遅い。老成しない。いつぞや、ダレの寄稿だったか忘れたが、映画監督の小津安二郎がその年齢よりはるかに老成していたと書いていた人がいた。言いたかったのは、今の人は老成しない。いつまでたっても子どもだ、自分もそうだが・・・という話であった。

なるほど、そうであろうと思う。

司馬遼太郎が「菜の花の沖」に記したダレソレは、10歳になるまえに、いつまでも親のスネをかじってばかりはいられない、と丁稚奉公に出たという話である。今は、60になっても親のスネをかじって平気な人もいる。

親も親で、いつまでも子どもを子ども扱いでいる。そのことは、振り込め詐欺に引っ掛かる老人の多さからワカル。親も、オトナであるなら、「自分でまいた種は自分で刈り取れ」とばかりに突き離しそうなものである。ところが、そうしない。そうしない理由のひとつとして考えられるのは、親もまた、子どもだから、ということになろう…。

かくして、今のご時世、ミンナ子どもでオトナがイナイということになる。

であれば、子どもの日は、国民あげての祝日。まさに「国民の祝日」であるといえる。


愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)

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永遠の少年―星の王子さまの深層

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  • 作者: M.L.フォン・フランツ
  • 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
  • 発売日: 1982/01
  • メディア: 単行本



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