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関電と原子力規制委員会は“同じアナのむじな”でいいんかい [ニュース・社会]

『毎日新聞』に

福井・高浜原発再稼働 大阪高裁決定 安全性、新基準丸のみ」の見出し記事

関西電力 は「悪夢が終わった」と大喜びしているもよう。


安全性の新基準を出したのはどこのどなた・・・

丸呑みしたのは、日本の司法

国民にとっては「悪夢」のはじまり・・・


要するに、第一とされている、おカネなんですな・・・


以前書いた記事を思い出した。

うさんくさ~田中俊一原子力規制委員会委員長 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-06-05

安倍のミクスの利益は、自民へ“還流”
麻生氏パーティー券、電力9社が購入 表面化避け分担
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-11-29

************

『福井・高浜原発再稼働 大阪高裁決定 安全性、新基準丸のみ』

関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の運転を差し止めた昨年3月の大津地裁の仮処分決定を取り消し、再稼働を認めた28日の大阪高裁決定。大阪高裁は安全を主張する関電の説明を認め、新規制基準や避難計画など主な争点に「不合理な点はない」と結論付けた。司法判断は二転三転したものの、関電は経営改善に向け「悪夢が終わった」と歓迎する。原発の運転差し止め訴訟は全国で広がっており、政府や電力会社の「訴訟リスク」はくすぶり続けている。今回の決定が政府の原発回帰路線を後押しするかは不透明だ。

ニュースサイトで読む: http://mainichi.jp/articles/20170329/ddm/003/040/145000c#csidxed2c3a81a2d995fa2f903df22713487
Copyright 毎日新聞
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〈残業上限「月100時間」 政労使合意 これは「過労死の合法化」だ〉にナマケモノの糞のようなアドバイス [ニュース・社会]

江戸っ子は、半日しか働かなかった と聞いたことがある。

それで、食っていけるなら、それでよかろうと思う。

それで、ともだちがはじめた料理屋の客の入りがすくないと聞くと、みんなで行って食ってやろうじゃないか・・・と連れ立って出向き、江戸っ子は助けあっていたという。

どこで聞いたか、読んだか、忘れた。見聞きしたところは忘れたが、中身は覚えているところをみると、当方にとって、たいへん望ましく思えることだったにちがいない。

当方は、怠け者の部類かもしれない。以前、ナマケモノの番組があった。アマゾンにいる本物のナマケモノが取り上げられた。体にコケが生えるほどジッと動かないらしい。それでも、良いことをしているとナレーターが言っていた。体を動かすのをたいへん嫌がるくせに、ジャガーなどの天敵のいる危険な地面付近までわざわざ降りてきて糞(簡単にいうと、うんこ)をするのだという。それが、森をゆたかにするという話だった。最近、読んだ本には、鮭が森をゆたかにする話が出ていた。場所はどこだったか忘れたが、クマが鮭の遡上を狙って捕獲して、主に食するのはアタマとたまごで、その他の部分は放置する。それを他の動物が食べる。食べたものは、糞として排出される。微生物が分解する。ナマケモノ同様、クマもわざわざ自分の食事の場所を変えながら、鮭を河川から運んでは食する。それで、森が涵養される。海が森を育てるという話だった。どちらも、見聞きした話なので、正確なことを知りたい方は、確かめてほしい・・・と、確認を人任せにするところも、当方が怠け者の証拠か・・。


どうも、前置きばかり長くなってこまったものだ。本題に入る。

残業上限「月100時間」と聞いたとき、『毎日新聞』見出しと同じことを考えた。「それって、過労死の合法化じゃないの・・・」。「政・労・使 合意」?政界と財界(使う側)はゴルフをともにするくらいの仲良しだから、合意しそうだが、労働者(使われる)側も合意するとは・・・。率直にいえば「バッカじゃなかろうか」と思った。

またまた、長くなりそうだが・・・

むかし、職人のまねごとをしていたことがある。「見習い」などというものがある。職種によっては「追いまわし」などと言われた。いいように親方に使われる。バカにならないと「追いまわし」は到底つとまらない。基本的に職人の世界は、当面の仕事が終われば、それで仕事はおわりであるが、そういう仕事の中にも「ヤリ仕舞い」というものがあった。「きょうはヤリ仕舞いだ」と親方がいう。午後3時だろうが、4時だろうが、ひと段落のキリがつけば終わりである。それで、「ヤリ仕舞い」は「追いまわし」には特にうれしい言葉だ。仕事から解放されたい一心で、懸命にやる。ところが、ひと段落キリがついたのに、仕舞い(終わり)にしないことがある。「見習い」を、バカにしての処遇である。仕事を速くやらせたいので、戯れにそういうことを言うのだ。そういうことをすると、どうなるか。バカになったつもりで仕事はしているが、もともとのバカではもちろんない。だから、バカにされれば、ハラが立つ。そういう職場には、若い者は居つかない。まともな親方のところに早々に動く・・・。

なんであれ、居心地の悪いところには、人は居つかないものだ。最近『電通』過労死のニュースを聞いたときは、気の毒に・・と思うまえに、なんとバカだろうと思った。死ぬ前に、そんなところ辞めればいいだけではないかと思ったからだ。そうできない事情もいろいろあってできないのだろうが、自分のイノチは自分で守るしかないではないか。

残業時間・上限が決まって、実のところ、皆さん、どう思っているのだろう。「月100時間で、とどめて下さり、ありがとうございます」と言うのだろうか・・・。GNPや、企業収益は、上がっても、自分の命は一つしかありませんよ、と怠け者は言いたい。バカにはなっても、バカにされるなと言いたい。

このアドバイス、ナマケモノの糞のようなもの、か・・・。


残業上限「月100時間」 政労使合意 これは「過労死の合法化」だ
http://mainichi.jp/articles/20170327/dde/012/010/011000c


ナマケモノの不思議な生きる術―生き物たちの驚きのシステム (講談社プラスアルファ文庫)

ナマケモノの不思議な生きる術―生き物たちの驚きのシステム (講談社プラスアルファ文庫)

  • 作者: 本川 達雄
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1998/03
  • メディア: 文庫



川を歩いて、森へ

川を歩いて、森へ

  • 作者: 天野 礼子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/02/08
  • メディア: 単行本


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政治家も役人もウラで何をやってるかわからない [ニュース・社会]

アベ首相夫人のことで、なにやら騒がしい。どうも土地をめぐる問題らしい。

築地移転問題は、まさに土地がらみでカネがおおきく動く問題だが、アキエ夫人のは、学校がらみの土地がらみで、日本の道徳もからんでくる。

そういえば、文科省のウラ口就職(天下り)も、将来を担う人々の前に日本の道徳レベルを失墜させた。まさに、「モラル」の本来の意味・語源は「習慣」であることを知らせたという点で、教育的効果抜群ではあった。もっとも、そんな習慣が世の中まかり通ってはこまるわけだが、実際、通っているのだからコマッタモノだ。

そんな中、渦中に名前が上がって来たコウノイケ氏は、いつぞやの強行採決時の議長氏である。これから、どう展開するのやら。

落語「鴻池(コウノイケ)の犬」を強行採決で思い出した 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-09-20


こちらは、政治は面倒くさい。かと言って、人間も面倒くさくなると、なにかと困るので、ここのところ本ばかり読んでいる。それでも、ニュースをちらちらと見る。そんな中、ネット上、こんな情報をみつけた。アベ首相アキエ夫人の問題どころではないという。

このニュースは、首相とゴルフに連れ立って歩く社長さんたちのいる大手新聞に掲載されることはないだろう。世論が大騒ぎでもしなければ、闇に埋もれるのであろう・・・。


【今治発・アベ疑獄】36億円の市有地を首相のお友達学園に無償譲渡 http://tanakaryusaku.jp/2017/03/00015446

追記:日刊ゲンダイも記事を出してきた
第2の森友か 首相親友の学校法人に36億円の土地無償譲渡
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/200706


権力に迫る「調査報道」 原発事故、パナマ文書、日米安保をどう報じたか

権力に迫る「調査報道」 原発事故、パナマ文書、日米安保をどう報じたか




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ボブ・ディラン、ノーベル文学賞 [ニュース・社会]

ボブ・ディランにノーベル文学賞が授与されるという。しばらく前から候補に挙げられていなかったか。挙げられていたように思う。

とうとう、もらうのか・・と思うが、ディランは、すなおに授賞式に出席し、受け取るだろうか。なにか、当方はソチラの方が興味がある。

なんのかの言って、辞退するように思うのだ。そうしてくれた方が、ディランらしいように思う。

もっとも、授与する側も、そのあたりはチェック済みで、辞退するような人物であれば、そもそも授与の発表はしないようにも思う。

そうであれば、授賞式で、ひとつヒネッタ挨拶でもして、やっぱりディランだと思わせてほしいところ。

ディランの受賞は、ウィンストン・チャーチルのノーベル文学賞と同じくらいのインパクトがあるように思う。


ボブ・ディラン、デビュー50周年
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2012-04-12


第二次世界大戦〈1〉 (河出文庫)

第二次世界大戦〈1〉 (河出文庫)

  • 作者: ウィンストン・S. チャーチル
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2001/07
  • メディア: 文庫



欲望

欲望




ボブ・ディラン全詩集 1962-2001

ボブ・ディラン全詩集 1962-2001

  • 作者: ボブ・ディラン
  • 出版社/メーカー: ソフトバンククリエイティブ
  • 発売日: 2005/10/29
  • メディア: 大型本


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本日は報道写真家ロバート・キャパの亡くなった日(あわせて、その「後継者」と目された人物のこと) [ニュース・社会]

今朝、NHKラジオの「きょうは何の日」で、報道カメラマン:ロバート・キャパが戦地取材中に地雷に触れ死亡した日・・と報じられていた。

ロバート・キャパ(wikipediaから)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%91


ちょうど、日本人で「キャパの後を継ぐ」と目されていた人物の評伝+思想を紹介する本を読んでいたところなので、いつものことながら、「めぐり合わせ」を感じている。

「めぐり合わせ」の不思議
(「サトル・ボディのユング心理学」から)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-04-26


その人物とは、岡村昭彦。その本とは・・・


岡村昭彦と死の思想――「いのち」を語り継ぐ場としてのホスピス

岡村昭彦と死の思想――「いのち」を語り継ぐ場としてのホスピス

  • 作者: 高草木 光一
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2016/01/27
  • メディア: 単行本




著者 高草木光一は、学生時代、NHKのインタビュー番組を荻窪の安食堂のテレビで見て、釘付けになり、その後も、知らず知らずその影響下にある自分を20年後発見し、自分を掌中にしているかにみえる岡村を徹底的に分析し、いつか岡村昭彦論を書かねばならないと決意したという。

『訪問インタビュー 岡村昭彦』(NHK1984年)
naochi S さんによる投稿
https://www.youtube.com/watch?v=HBDi1kP74pk


スケールのたいへん大きい人物である。「鞘」に収まっている人間には、ギラギラした「抜き身の刀」に見えることだろう。当時、環境問題にも首をつっこみ、地元の漁民たちからは「兄貴」と慕われていたという。そんな印象から、『椿三十郎』を思い出した。御家騒動の渦中、若いサムライたちの先頭に立った三十郎。結局、「鞘」には収まりきらず、御家に留まることはできなかった。

カメラの技術などなくても、ベトナムに渡る。思想さえあれば・・・、写真は撮れる。被差別民の部落に住む。ホスピスの源流をさぐるためにアイルランドに渡る。そこはイギリスに植民地とされ差別を受けてきた土地だ。ジョナサン・スウィフトの開設した病院も訪ねる・・・。そのようにして、岡村の「いのちの思想」ははぐくまれてゆく。それは、さらなる発展を遂げる。

多くの人と同じく、当方も、ベトナム戦争を取材した報道(戦場)カメラマンのひとりとしてしか岡村を認知していなかったので、「いのちの思想家」また実践家としての姿を(高草木の本をとおして、はじめて)知り、たいへん驚いた。そのホスピスの思想は、終末期医療の枠を超え、精神病院改革やコミュニティー(社会)改革も視野に入っていた。病院の医師と患者の関係を上下の関係から解放し、入院と同時にパジャマを着せ、病院というシステムのなかで、「患者」の健康な部分よりも病気に注目し、「患者」をいよいよ病人に造り変える医療の在り方に疑問を投げかけ、長野の病院にボランティアで出かけ良い結果を得ていた。それが、なんと30年も前の話である。驚くほど、先を岡村は走っていたことになる。

時代の最先端走る《エホバの証人》の輸血拒否
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2008-02-29-1


残念なことに、このギラギラした男は、インタビューを受けた翌年(放送の半年後)、敗血症で亡くなる。それでも今日、映像のなかで、挑発してくる。その点、三十郎とは異なる。「いい刀は鞘に収まってるもんだ」などとは言わない。

インタビューの最後で言う。

ぼくなんかぁ、人生ってのはどこでひきあうかわからないと思ってるわけ。だけども、あの時やっとけばよかったなってなことだけは思って死にたくないのよ。人がなんと言おうとやるたけのことはやっとこうと思ってるから・・。みんなそういうふうにして自分の力を出さないんだ・・。やりたいことやらないと体にわるいよ・・


レビュー『岡村昭彦と死の思想』高草木光一著
http://kankyodou.blog.so-net.ne.jp/2016-05-23

ホスピスと反権力 (『岡村昭彦と死の思想』高草木光一著から)
http://kankyodou.blog.so-net.ne.jp/2016-05-24

定本 ホスピスへの遠い道―現代ホスピスのバックグラウンドを知るために

定本 ホスピスへの遠い道―現代ホスピスのバックグラウンドを知るために

  • 作者: 岡村 昭彦
  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 1999/11/30
  • メディア: 単行本



椿三十郎[東宝DVD名作セレクション]

椿三十郎[東宝DVD名作セレクション]

  • 出版社/メーカー: 東宝
  • メディア: DVD



カッコーの巣の上で [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
  • メディア: DVD



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三菱自動車だけ・・? ダイハツやスズキも、あるいは・・ [ニュース・社会]

三菱自動車の燃費ゴマカシがクローズアップされ、ついには社長辞任に至ったが、

TNP などと低燃費をうたって率先したダイハツ、そして、それと競合するスズキも、燃費操作など決してしてイナイとはたして言えるのだろうか・・・。

そもそも、カタログに載せている燃費は、自社で調査したものをオカミに報告しているだけのものであって、いわゆるオオヤケの第三者による検査に依存していないような話しむきである。

ダイハツからタントが出始めたとき、ちょうどわが家の車も買い替えの時期にあたり食指が動いたが、タントを買った方などに聞くと、16km/L程度の話で、ナンダーと思ったことがある。たしか、26kmや28kmは走るという話しのハズだったが、ソンナモンカーと思って、買うのをヤメタ。

同じく、スズキのパレットもそんな感じで、購入した知人いわく「話し半分ダヨ~ン」というものであった。

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2012-05-28

本日のニュースに、ダイハツのお偉方(専務)が顔を出し、うちはそんなことはナイようなことを言っているが、外部から徹底調査したら(燃費そのものより、そのオカミへの報告の仕方において)、大嘘こいてる なんてことがあるかもしれない。

なんだか、あっちもこっちもウソばっかの世の中になりました・・・

**********

ダイハツ 松下専務「法令遵守最優先でやってきている」…燃費データ不正問題
2016年4月27日(水) 14時55分
http://response.jp/article/2016/04/27/274333.html

軽自動車の最大手であるダイハツ工業の松下範至専務執行役員は4月27日に都内で開いた決算発表会見で、燃費データの不正問題に関連し「われわれは法令遵守最優先でやってきている」と、強調した。

燃費測定のためのデータ試験について、松下専務は「もちろん、きちんとやってきている」と言及。そのうえで現在、国土交通省の指示で進めている社内調査について「5月18日の報告へ向けて、改めて確認しているところだ」と述べた。

激しさが増している軽自動車の燃費競争については「求めやすく、維持費も安いクルマを求められるお客様は多い。燃費への期待もある」と、市場の要請が高いとの見方を示した。同社としてはコンプライアンスを大前提に「良品廉価の商品を出すことに最大限努力したい」と語った


背信の科学者たち 論文捏造はなぜ繰り返されるのか?

背信の科学者たち 論文捏造はなぜ繰り返されるのか?

  • 作者: ウイリアム・ブロード
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/06/20
  • メディア: 単行本



捏造の科学者 STAP細胞事件

捏造の科学者 STAP細胞事件

  • 作者: 須田 桃子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/01/07
  • メディア: 単行本



精神と世間と虚偽 ―混迷の時代に知っておきたい本

精神と世間と虚偽 ―混迷の時代に知っておきたい本

  • 作者: 山本 七平
  • 出版社/メーカー: さくら舎
  • 発売日: 2016/03/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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こっちで最高裁が謝罪するなら、あっちも謝罪すべきではないかと思うのですが・・・ [ニュース・社会]

最高裁が、特別に謝罪したという。

最近の不祥事で社長たちがよくやるように、最高裁事務総長(司法行政の事務方のトップ)が、型どおりに体を曲げている。

http://www.asahi.com/articles/ASJ4T4RCSJ4TUTIL02Z.html

こっちとは、ハンセン病患者たちへの扱いに関してだが・・・

そっちで謝ることができるなら、あっちも謝ることができるのではないか・・・と、思うのだ。


こっちは司法に詳しくなく、しかも、直感(観)でモノ申しているのだが・・・

あっちとは、つまり、こっちのこと・・・、 

「司法官総ぐるみの国家犯罪」と目される横浜事件のことだ。

横浜事件は決して過去の出来事ではない
http://www.jca.apc.org/stopUSwar/Japanmilitarism/yokohama_jiken.htm

[PDF]小平克「『横浜事件』第4次再審請求が意図するもの」
http://homepage3.nifty.com/izumi-tsushin/yokohama-jiken-4ji-saisinseikyuu.pdf

当該ブログ「横浜事件」関連記事
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/search/?keyword=%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E4%BA%8B%E4%BB%B6


それと、他にもある。沖縄密約漏えい(西山)事件』についても、そうだ。
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/archive/c2305197846-1


・・・という具合に、挙げたらキリがなくなるので、みずからのボロを隠し続けるためにも、これまで謝ることを最高裁は拒んできたのだろうか・・・



横浜事件―言論弾圧の構図 (岩波ブックレット)

横浜事件―言論弾圧の構図 (岩波ブックレット)

  • 作者: 海老原 光義
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1987/01/20
  • メディア: 単行本



崩壊している司法  横浜事件再審免訴判決と仕事をしない裁判官たち

崩壊している司法 横浜事件再審免訴判決と仕事をしない裁判官たち

  • 作者: 吉永満夫
  • 出版社/メーカー: 日本評論社
  • 発売日: 2014/06/20
  • メディア: 単行本



横浜事件・再審裁判とは何だったのか―権力犯罪・虚構の解明に挑んだ24年

横浜事件・再審裁判とは何だったのか―権力犯罪・虚構の解明に挑んだ24年

  • 作者: 大川 隆司
  • 出版社/メーカー: 高文研
  • 発売日: 2011/10
  • メディア: 単行本


つづく


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くまモン大丈夫 ?! (地震大国で原発をつくりつづけてきた愚かしさ) [ニュース・社会]

早朝、熊本の地震を知る。震度7に驚いた。

ニュースを聞いて、まず思ったのは、原発のこと。現地の皆さんのこと。

「原発」とはつまり川内原発のことで、同じ九州でも熊本ではなく、鹿児島にある。それでも、思いに浮かんだのは、「原発」のことだった。地震で発生する個々の被害ウンヌンより、原発事故による影響の甚大さを考えると、現地の方にはたいへん申し訳ないが、実際問題として個々の被害よりも原発の方が先になってしまう。

あらためて、日本の国土に原発を数々つくってきたことの愚かさを感じる。しかも、その愚かしさを、賢い人たちほど認めたがらない。愚かなことである。

その程度のことはくまモンでもわかると思うのだが、いかにも フォリー(folly)である。 http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2011-06-10


今、くまモンがツウィートしているかと見てみたら、それどころではないみたいだ。

そうだよなあ・・・

くまモン大丈夫?!

https://twitter.com/55_kumamon?lang=ja



"folly" を含む当該ブログ過去記事
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/search/?keyword=folly

熊本で震度7! 川内原発にこの規模の地震が直撃していたら...再稼働した原発の甘すぎる地震対策
LITERA 4月15日(金)8時0分
http://news.biglobe.ne.jp/domestic/0415/ltr_160415_9095747589.html
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『花燃ゆ』 蚊取モトヒコの銅像に、公金1000万拠出する? [ニュース・社会]

NHK大河ドラマ『花燃ゆ』を当方見ていない。見ていないから、見ていない程度の評価しかできない。そういう人間だから、『花燃ゆ』を見た人が価値を置くことも、ツマラナク見えたりもする。どう(銅)でもいいことに、カネ(金)をかけるなんざあ「愚の骨頂」に思える。

それは、単に、当方が愚にもつかない程度の人間であることからくる判断なのかもしれない。斯様に、人の思いはイロイロである。公金を用いて、ある人物の銅像をつくることに反対意見をもつ人がいても当然である。公金を支払っていると自覚する人であれば、ナオサラである。一言も二言も言いたくなるにちがいない。

歴代大河ドラマのなかでも視聴率が低い方から数えたほうが速く(最低?)、特に群馬ロケに入ってからなお低迷したというドラマである。その人物の銅像を作ってなんになろう・・と、見ていない人間は思うのである。初代群馬県令「カトリもとひこ」などと聞いても、そういう人間からすれば〈「蚊取」線香の発案者?〉くらいにしか思えない。蚊取の発案者が特定できるなら、その人の方がはるかに銅像に値するようにも思うのだ。

そうした人物に公金1000万円を投じるなど、やはり群馬の人間は、日本一の「お馬カ」県なのではあるまいか・・と見ていない人間は思うのである。

「馬の国」の政治家、佐田さんのお沙汰とオブツ優子さんのおウワサ http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-11-25-1


カトリもとひこ銅像、公金拠出のハナシは、群馬というより、県庁所在地である前橋市のはなしだ。そんなだから、前橋は、いつも高崎の後塵を拝すような土地になってしまうのだろう。


坂本龍馬の像は有名だ。昭和3年創建だそうである。龍馬は、司馬遼太郎が小説『竜馬がゆく』で取り上げるまでは、それほど評価されていなかったように聞く。少なくとも全国区レベルの人物ではなかった。小説家司馬遼太郎が、龍馬に光をあて、NHK大河ドラマで放映され、いよいよ脚光を浴び、全国区的存在になった。実際、高知県桂浜にある坂本龍馬像に会うために出かけ、その視線のゆく先を追い、血を燃やし、人生を築いていった人はけっこういる。武田鉄也もそうだと聞く。それほどの人物であれば、たしかに観光資源にもなるだろう。しかし、逆に、それほど、敬愛する人物の像を、当初から観光目当てで建てられるのは、本当にその人物を敬愛する人からみればたいへん迷惑なはなしかもしれない。あくまでも、業績を顕彰し、その陰・陽の徳を知らしめるためにそうすることを望むはずだ。

カトリもとひこについてはどうだろう。確かに、それなり業績はあるのだろう。それは顕彰するに値することなのかもしれない。しかし、銅像を建てる目的が観光客を呼び込むことであるということなら、箸にも棒にもかからねえ馬鹿と、言われてもしようがないことであるように思う。坂本龍馬ほどの魅力のないことは明白だろうからだ。魅力があるなら、大河ドラマの視聴率が低迷することもなかったろう。

前橋から出た人物で、他に銅像になる人はいくらでもいるはずだ。まだ、上泉伊勢守(宮本武蔵、塚原卜伝、などと並び称される人物)の銅像でもつくった方が、観光資源にはなるだろう。

カトリでは、カ(蚊)どころか、モト(元)も取れないにちがいない。

銅像なぞ、有志が自分のカネで、建てればいいだけの話に思う。

***************

坂本龍馬像
http://www.city.kochi.kochi.jp/soshiki/39/ryomazou.html


剣聖 上泉伊勢守 (前橋学ブックレット3)

剣聖 上泉伊勢守 (前橋学ブックレット3)

  • 作者: 宮川 勉
  • 出版社/メーカー: 上毛新聞の本
  • 発売日: 2015/07/14
  • メディア: 単行本



真剣―新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱 (新潮文庫)

真剣―新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱 (新潮文庫)

  • 作者: 海道 龍一朗
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/11/27
  • メディア: 文庫


以下、毎日新聞2016年3月22日 地方版から


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精神科医 香山リカ も「保育園落ちた」(『毎日新聞』連載コラムから) [ニュース・社会]

『毎日新聞』連載 《ココロの万華鏡》 に、

「保育園落ちたのは私だ」 と題して香山リカが書いている。たいへん気合の入った文章に感じる。

その掲載コラムを、香山は、こう締めくくる。

「私に “も” 実は子どもが “いない”。“でも”、ここで大きな声で言わせてもらおう。『保育園落ちたの私だ』」 (“・・・”による強調は環虚洞)

香山は、「保育園落ちたの私だ」をめぐる社会の動きをみて、「日本の社会も本当の意味で変わってきたんだな」と感じているという。「直接の当事者ではなくても 『これは私のこと』 として発言する人が確実に増えつつあること」からそう感じるという。

そして、「誰もが『ひとごとではない、私のことだ』 と問題をとらえ、声を上げていえるようになるのは、とてもすてきなことだ、と私は思っている」 とも記している。


9「市民」のあるべき姿とは(鶴見俊輔氏談話から)http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2011-07-04

古賀茂明氏の提示したガンジーの言葉から
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-04-01

以下、《ココロの万華鏡》 から全文引用。

************

香山リカのココロの万華鏡 (3月9日掲載)
.
「保育園落ちたの私だ」 

子どもの保育園への入園を断られた母親が「何なんだよ日本。1億総活躍じゃねーのかよ」と強い口調で抗議の言葉を書いた匿名ブログが話題になった。国会で野党議員がこれを取り上げ、「言葉は荒っぽいが、本音、本質だ」と待機児童解消や保育士の待遇改善を安倍晋三首相に迫ったところ、議員席から「誰が書いたんだよ」などのヤジが飛んだ。首相自身は待機児童の問題は重大であることを認めながらも、「匿名である以上、実際起こっているか確認しようがない」とも述べた。

これを受けてネットでは「保育園落ちたの私だ」というフレーズをつけてこの問題を訴える動きが急激に広がっている。「特定の誰かのクレームではなく、みんなの問題なのだ」と共有している。

興味深いのは、この訴えに参加しているのは、実際に子どもの入園を断られた経験を持つ母親ばかりではないことだ。保育園に入れた人、それどころか子どもを持たない人や未婚の男性までが、「保育園落ちたの私だ」というキャッチフレーズとともに意見を述べている。これは社会全体の問題だ、という意識のもと、立場の違いに関係なく、誰もが「これは私のこと」として発言している。

ネット上のこの動きを見て、私は「日本の社会も本当の意味で変わってきたんだな」と感じた。これまでは、何かの社会的な問題について発言するのは当事者や関係者という雰囲気があったと思う。私のような精神医療の専門家が、たとえば「東京オリンピックと環境」というテーマで原稿を書くと、「専門外のことに口をはさむな」といった批判が寄せられる。「日本に住む私にとってオリンピックは人ごとではない」と説明してもなかなか理解されなかった。

しかし、この保育園の問題などを見ると、直接の当事者ではなくても「これは私のこと」として発言する人が確実に増えつつあることがわかる。今後、この流れが広がっていくのだろうか。うつ病ではない人が「うつ病なのは私だ」として心の病への差別に抗議し、大学時代の奨学金の返済で苦しんでいる若者の問題を「奨学金を返せないのは私だ」と高齢者が訴える。こうして誰もが「人ごとではない、私のことだ」と問題をとらえ、声を上げていけるようになるのは、とてもすてきなことだ、と私は思っている。

私にも実は子どもがいない。でも、ここで大きな声で言わせてもらおう。「保育園落ちたの私だ」(精神科医)

http://mainichi.jp/articles/20160308/ddl/k13/070/124000c


幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)

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  • 作者: オスカー ワイルド
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1968/01/17
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「『花は咲く』を歌ってまとまる気持ち悪さ」(辺見庸さんの言葉から) [ニュース・社会]

毎日新聞からのニュースメールが届いた。そこに、「『花は咲く』を歌ってまとまる気持ち悪さ」という表題。

誰の言葉?と確認したら、辺見庸さんの、だった。

同じ思いかどうかはわからない。「同感です」などと迂闊に言おうものなら、全然チガウのに、同感されては困ると叱責されそうでもある。ただ、直観(感)的に、同じ思いをもつことがこれまでもあり、辺見さんの言葉に同調したのだと、ひとまず弁解したい。

実のところ、復興ままならぬ、荒涼とした風景のなか、仮住まいの薄い壁のうちで、うち震えている人たちがいるというのに・・・。たしかに、希望のメッセージとしてはイイのかもしれないが、5年の歳月が過ぎ行くなか、繰り返し歌い、みなで唱えるうち、ついには、空疎なスローガンになり果て、歌いながらも、それを知らず、それと悟らず、その言葉のなかで安住し、皆で自己満足、自己陶酔(すなわち、自己欺瞞)に陥っているように、当方には感じられるのだ。

行政は、それなりの努力をしてはいるのだろうが、被害に遭った方たちは、事実、うち捨てられているかの状態にあり、東北の現実は厳しく、むごいものでありながら、現地から、現実から、物理的に遠く、心理的に遠くある者らほど、見果てぬ夢のなかでの、安逸をむさぼり、夢のなかで過ごしていたいと見える。

その夢の依りシロが『東京オリンピック』になってはいないか。日本を元気にするための企図は、東北を忘れるための道具にすぎないのではないか、など思いもする。

誠実さから、みな歌っているのだろう。だが、みなして歌うその姿を見るときに、歌ってまとまるその様子を見るたびに、なにか、エタイの知れない気味のワルサを覚えるのである。

『花は咲く』は、現代の盆おどり歌になっているのかもしれない。皆して歌い、手を打つうちに、いつのまにか、そのリズムに酔っているような気がする。先の1964『東京オリンピック』のテーマソングは、明るいキャラクター美波春夫の『東京五輪音頭』だった。「音頭」(オンド)は、盆踊りと関係が深い。どれほど華やぎ明るく聞こえようと、その底にあるのは、悲しみ・・・であろう。『花は咲く』は、結果、2020『東京オリンピック』のテーマソングのようなものになっているのやもしれない。繰り返し、歌い、手を打つうちに、皆で、陶酔し、意識朦朧となるための・・・


リズムの本質

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  • 作者: L. クラーゲス
  • 出版社/メーカー: みすず書房
  • 発売日: 1994/08
  • メディア: 単行本



(以下、辺見さんのインタビュー記事)

***********
この国はどこへ行こうとしているのか 東日本大震災5年 作家・辺見庸さん

毎日新聞2016年2月26日 東京夕刊

美談で隠す「戦争」体験 従順、調和重視…国民性利用する政府


 東京郊外にある料理店で待っていると、窓越しに作家、辺見庸さん(71)の姿が見えた。前回の取材から3年。脳出血によるまひで、右手をみぞおちのあたりに持ち上げたままの姿勢は変わっていないが、足元を見ながら歩くリズムは幾分遅くなったようだ。


 辺見さんとのやり取りは常に刺激に満ちている。だから、席に着くなり「震災から間もなく5年になりますが、それに絡めたお話を」とお願いした。

辺見さんも余計な前置きはしない。「僕がずっと読み込んできた戦争の話と震災を短絡させるのは何なんだけど」と、すぐに語り始めた。

 「3・11を単なる自然災害と決めつけてしまうのはいけないんじゃないかな。東日本大震災は戦争経験に近いものだと思う。それまで、戦後の日常で露出してこなかったもの、むき出しになってはいけないものが、はしなくも出てきてしまった瞬間というのか。例えば、カメラマンがどう隠そうにも、フレームのはしばしに出てしまう死体の映像がそうだよね」

5年前。大津波に襲われた直後の東北沿岸部は爆撃を受けたような状態だった。辺見さんは続ける。「米軍の支援活動や、アメリカの駐日大使や天皇が被災者を慰問している映像を見ていると、震災は戦時的なイメージととらえたほうが分かりやすい。まさに戦争状況なんです」

 辺見さんが生まれ育った宮城・石巻の町の風景も大津波が奪った。メディアは定点観測で時の流れを表そうとするが、辺見さんは上辺だけの表現を嫌う。「テレビのクルーも独創的な特集を作ろうなんて発想ないよ。何周年って言っては被災地に入って、定食屋の弁当みたいに同じ物を作っている」。そんな考えもあり、震災を軽々しく語ってこなかった。

 東京電力福島第1原発事故についても、こう見ている。

 「チャイナシンドローム(炉心溶融)、いや、核爆発のイメージだね。まさに戦時だと思うけど、政府はこうした空気をうまく利用している。安倍晋三政権が憲法9条の改正よりも先に、憲法に緊急事態条項が必要だと言い出したのは、“例外状態”を作り基本的人権を制限したいから。まさに3・11と今後起きるだろう巨大地震を、単なる災害ではなく戦争と同等にとらえ、言論統制を恒常化しようとしている。一方、民衆は強い指導者を求めようとする。現政権は大衆の移り気と大勢順応的メディアの習性を熟知している。戦後民主主義のメッキが剥がれて、またぞろ全体主義的な実相がむき出しになってきている。北朝鮮がもし日本にミサイルでもぶっ飛ばせば、愛国心が一気に強まり、日本の政治状況は今よりもっと翼賛化するでしょう」。政府は震災をテコに、あるいは利用して、この国を変えようとしていると言うのだろうか。

 話が一段落したころ、辺見さんはさりげない感じで切り出した。「僕もあと1、2年の命だと思うから……」

 2004年に脳出血で倒れ、05年には大腸がんが見つかり、外科手術や放射線治療を受けてきた。「これが最後だ」という思いから出た言葉なのか。

 病と闘いながら00年代から「ファシズム」という言葉を鍵に、日本の状況をあぶり出してきた。今月19日に亡くなったイタリアの作家、ウンベルト・エーコ氏らを引用しながら説く現代のファシズムを次のように短く要約してみた。

 第二次大戦で独伊の独裁者が突き動かした全体主義のようなあからさまな抑圧ではない。責任を負う中枢も本質もはっきりせず、市民一人一人の内面に癖(へき)や処世という形ではびこる。メディアの自粛や、権威や他者を異常に気にするそんたく、奇妙なムードづくりがその典型−−。

 辺見さんは震災後の日本にそれを感じている。

「みんなで『花は咲く』を歌って、なんとなくまとまる気持ち悪さ。この前、日本人をたたえるNHKの番組を見ていたら、『ニッポンすごい』もここまで来たかという感があったね。援助物資を受け取る時に列を乱さない日本人は美しいと言うけれど、僕は薄気味悪い。どうしてもっと言挙げしたり、怒ったり、嘆き悲しんだりしないのかって。遺体から指輪を持ち去った話なんてのは隠されて、美談ばかり並べて。日本人には大きな出来事の背景に聖なるものを感じてしまう癖があるんじゃないか。冗談を言ったり、場違いなことをしたりしてはいけない雰囲気がすごく嫌だね」

 「サムライ」や「なでしこ」といったイメージをかぶせ、正直で勤勉で調和を重んじる「美しい日本」を自らうたう社会。日本人の持ち味と言われる従順、恥の感覚をことさら強調するムードが、辺見さんは嫌いなのだ。

 「原発事故の責任をあやふやにしたまま、『花は咲く』で覆い隠すかのように原発も武器も輸出する。3・11の時に予感した以上のことが5年後にはっきり起きている。予感以上の進行速度で」。原子力行政の責任や罪が問われないまま、原発を再稼働させて先に進もうとする政治、社会を批判する。

「忘れたふりにたけている」

 「ヘイトスピーチなど排外的なムードもここ5年で急速に目立ち始めた。排外姿勢や原発輸出は安倍内閣だけでなく世論が許している。あえて短絡的に言えば、戦争を起こすのはたやすいと思う。戦争とは呼ばなくても、局地戦は簡単に起きるなあ、と」

 辺見さんは新刊「1★9★3★7」で、日本軍が南京大虐殺を起こした年に焦点を当て、日本人の内面に共存する「獣性と慈愛」を探ろうとした。「1937年7月、日本が中国侵略を本格化したあの時、誰も戦争だなんて思わず、国民はのんきに暮らしていた。震災5年の状況もどうしてもそこに重なってしまう」

 執筆には個人的な動機もあった。中国に出征し、戦後、母に言わせれば「お化け」のように人が変わった父の内面にわけ入り、自分をも含めた日本人を考えたかった。

 父は、訪ねてきたかつての上官に真剣な表情で敬礼してみせた。子供の空気銃でスズメを1発で撃ち落とした時の恐ろしい目。暇があればパチンコ台に向かい、抜け殻のようになっていた姿……。

 中国人を殺したのか。それを聞き出せないまま父は逝ったが、「長く、父親がしたことを自分の問題として考える意欲に欠けていた」。その思いが震災後に湧いてきた。

 「僕は中国で長年特派員をしていましたが、自分は父親とは何も関係なく、何も受け継がず、忘却する権利があると思っていた。ところが先が長くないと思い始め、今の世の中の状況を目にすると、やけに気になる。自分で『自らの記憶に決着をつけたい』という思いで、取りつかれたように本を書き始めたら、基本的な事実を知らないだけでなく、知ろうともしていなかった自分に、びっくりしたんです」

 <おずおずと父のいた過去を覗(のぞ)く。すると、かれの記憶の川が、知らず知らずに、まだ生きてある私の記憶の伏流にながれこんでくる気がしてくる>(「1★9★3★7」)

 多くの文献、資料に当たるうち、元兵士の証言から浮かぶ情景が辺見さんの頭から離れなくなる。「原野で兵士2人が、別々に中国人女性を犯しながら互いに手を振り合う。その様子を見ながら行軍している兵隊たちが小銃を振り上げ『がんばれ!』と言ってげらげら笑っている。でも、彼らに犯罪意識はなかった」。天皇制軍国主義がもたらした、すさまじい負のイメージを感じる。

 戦後の日本人は忘れっぽいとよく聞くが、辺見さんの見方は違う。「忘れたふりをして昔を残しておく。そのそぶりに非常にたけている。過去の過ちも責任もあいまいにして、忘れたふりをするには、鉛のような無神経さが必要。それが日本人の意識の底にずっとあると思う」

 震災で現れた「むき出しの日本」。原発事故で今も約10万人の避難者がいるのに、責任があいまいな状況を許すこの国の姿と、日中戦争での皇軍の姿が辺見さんの中でつながる。戦争被害者が被災者に重なるということではない。自らの行いを深く自問せず、さしたる葛藤もなくやり過ごすところが、今の日本人につながる、と。

 時空を超え、連綿と続く自分たち自身の危うさを知れ。辺見さんの語りには、そんな提言が込められているように思える。【藤原章生】
http://mainichi.jp/articles/20160226/dde/012/040/002000c?fm=mnm


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清原は低級なマスコミの犠牲ではないか [ニュース・社会]

スポニチ(スポーツ新聞)の第一面を飾るのは、ここ三日、連続して、清原の事件だ。よほど売れるとみえる。売れるから、一面にデカデカと載せるのだろう。

本日(5日)は、「取調べを終え、警視庁に戻る」「うつろな目で前を見つめる」清原容疑者の写真。超有名な森山大道の野良犬の写真や黒澤明の『赤ひげ』で気のふれた少女の目を思いだした。清原も落ちぶれてしまったものだ。
http://www.cinra.net/news/gallery/40144/1

それでも、当方思うに、清原はマスコミの犠牲になったのではないだろうか。ネームバリューのある人物は、良いときは、チヤホヤ持ち上げられ、わるい時はさんざんくさされ、どちらにしても、注目が集まる。記事になる。それは、カネにつながる。今朝のスポニチの写真も、三脚にのぼって、待ちに待った執念の一枚なのであろう。

最終的には、本人の問題に帰着するのではあろうけれど、そのような扱いを受けて身を保持するというのは難かしいように思う。興味本位で人を取り扱うマスコミを低級と評したが、そのようなマスコミの犠牲であるように当方は思う。(さらに穿ってモノを言うなら、そうした報道を喜ぶ低級な読者の犠牲ともいえるように思う)。

ナチュラル』という映画がある。ナチュラルは、天才という意味だ。『汚れた白球』というB・メラメッドの小説を映画化したもので、ロバート・レッドフォードが主演した。天才的なバッター兼ピッチャーで、素質十分だったが、行きずりの黒いドレスの女の銃弾で、選手生命を奪われる。生きのび、体調を取り戻し、オールドマンのルーキーとして球界に戻り、大活躍する。その活躍の背後には、まるで影のように、おさななじみの白いドレスのまなざしがある。弱いチームを優勝に導くなか、低級なマスコミは、むかしの汚点をむしかえし話題にする。主人公は、優勝の後、古傷がもとで、引退し、故郷の田舎に戻る。自分をあたたかく見守ってくれる白衣の女性と結ばれ、自分を取り戻す・・・。

The Lady in White - The Natural (5/8) Movie CLIP (1984) HD
https://www.youtube.com/watch?v=J0lof7tFKtE

The Final Homerun - The Natural (8/8) Movie CLIP (1984) HD
https://www.youtube.com/watch?v=i94ldGNNSQ0


清原に必要なものは、なによりも、フツウの人間としての自分を取り戻させてくれる温かいまなざしのような気がする。冷酷なカメラなどではなく、だ。

『毎日新聞』(5日)には、盟友桑田真澄の期待の談話がでている。

「自分の人生に代打やリリーフはない。数々のホームランを打った男。人生でもきれいな逆転満塁ホームランを打ってほしい」


ナチュラル CE [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
  • メディア: DVD



ナチュラル 原題=汚れた白球―自然の大器 (角川文庫)

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  • 作者: バーナード・マラマッド
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 1970
  • メディア: 単行本




喋る馬(柴田元幸翻訳叢書|バーナード・マラマッド)

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  • 作者: バーナード・マラマッド
  • 出版社/メーカー: スイッチパブリッシング
  • 発売日: 2009/09/30
  • メディア: 単行本



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東証の大納会で、ハンマーを打ち下ろせば良かったのに 指揮者の佐渡裕は、カネを鳴らした [ニュース・社会]

東証の大納会で、指揮者の佐渡裕が、カネを鳴らしたという。

一年間の取引を締めくくる鐘を打ち鳴らす恒例のゲストには指揮者の佐渡裕氏(54)が招かれ、「豊かな経済は芸術を育てる」とあいさつした
SANSPO.COMニュース
http://www.sanspo.com/geino/news/20151231/eco15123105010002-n1.html


以前、佐渡が、自分のことを「芸人」と称すのを聞いたことがある。落語家:桂枝雀の追悼番組で、だ。

その時、アーチストでもなく芸術家でもなく、「芸人」として自らをとらえている佐渡に親近感をもつとともに、すこし肩透かしをくらった気がした。

たしか、枝雀と対談したときの印象を述べていたのだったと思う。その時、佐渡は、枝雀師匠から背を向けられてる気がしたと話をしていた。そして、自分は、「芸人として、まだまだ・・」と、思った・・と。

もしかすると、大衆演芸の落語の世界の第一人者は、自らを「芸術家」と思い、「芸人」の域を出ない佐渡に背を向けたということなのかもしれない。

勝手な想像である。なにしろ、枝雀は故人であるし、佐渡もその点は印象として述べるに留めている。実際、直接指弾されるなぞないであろうから、どこまでも、感じでしかない。

ただ、枝雀は、弟子の桂南光に言わせると陰気な師匠で、いっしょに高校の先生の家に下宿していたとき、先生と哲学の話などして陰気な話で盛り上がっていたというから、「落語」は、カタチのうえでは大衆演芸ではあるけれど、枝雀は、意識の上でたいへん高尚なモノを志向していたように思われる。

落語家が宴席に呼ばれることを「お座敷がかかる」などと言うが、枝雀にとっての「お座敷」は、いつも世間一般の意識とはずれた、非常にチグハグな場所であったように思いもする。そのチグハグさが、メンタル面に及んで自殺に到ったということなのかなと思ったりもする。

なんだか、話が陰気になってしまった。話を戻す。とはいえ、やはり陰に向かって恐縮なのであるが・・・、

佐渡は、東証からかかった「お座敷」でカネを叩いたということだが、ハンマーを叩いた方が良かったのでは・・・というのが書きたかったことである。

自前のハンマーを佐渡はもっている。マーラーの交響曲 第6番 『悲劇的』を演奏する際に用いる巨大な木製のハンマーだ。以前、師であるバーンスタインとの交流について語る番組で、実際に打ち下ろし、木製の箱を ドカーンと叩いてみせていた。

株が上がったくらいで、浮かれていてはいけないよと、 ドカーン とハンマーを叩いてやればよかったのだ。

ノホホンとしていると、アナが待っている
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-10-14
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2013-05-15

**********

以下、ウィキペディア 交響曲第6番 (マーラー)の項目から

ハンマー打撃

マーラーの自筆稿では、作曲当初にはハンマーの導入は考えられておらず、後にハンマーを加筆したときは、第4楽章で5回打たれるようになっていた。第1稿を出版する際にこの回数が減らされて3回となった。さらに初演のための練習過程で、マーラーは3回目のハンマー打撃を削除し(代わりにチェレスタを追加)、最終的に2回となった(第2稿)。

具体的には、最終楽章のコーダ部分、三度序奏の主題が回帰しモットー和音が鳴らされるところで、第3のハンマー打撃が入れられていた。演奏は、マーラーの最終決定に基づき、2度の打撃によるものが多いが、レナード・バーンスタインによる数々の演奏のようにアルマの回想に基づいて3度ハンマーを打たせる演奏もある。

ハンマー打撃には意味づけがなされることがあり、佐渡裕は題名のない音楽会でこの曲を取り上げた際に、「第1の打撃は『家庭の崩壊』、第2の打撃は『生活の崩壊』、第3の打撃は『(マーラー)自身の死』」との意味付けを紹介し、「マーラーは「自身の死』を意味する第3の打撃を打つことができなかった」としている。 [1] なお、佐渡がハンマー打撃を3度としているのは、佐渡の師であったバーンスタインの影響による。

マーラー:交響曲第6番

マーラー:交響曲第6番

  • アーティスト: バーンスタイン(レナード),マーラー,ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2000/10/25
  • メディア: CD



棒を振る人生 (PHP新書)

棒を振る人生 (PHP新書)

  • 作者: 佐渡 裕
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2014/10/16
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「1億総活躍」・・、あと2685万人は? [ニュース・社会]

「1億総活躍社会」を目指すのだそうである。

パッと聞いて、「1億はキリがイイが、もっといるでしょうが・・」と思った。

総務省統計局によると、日本人口は、9月1日現在で、1億2685万人(概算値)だという。

人口推計 (2015年9月24日公表)
http://www.stat.go.jp/data/jinsui/new.htm

「口調キリがイイ」ということもあろうが、あとの2685万人は、政府のアタマには、アタマ数として入っていないということなのかもしれない。

1億人は、人間のアタマ数なのであろう・・と、当方は思うのである。そう思うと、日本の口は、そんなものだろうと思うのである。

江戸時代は、士農工商の身分差が大きく・・と学校で教わったが、実際には、そうでもなかったようである。趣味の狂歌の会には、士・農・工・商入り混じって、身分のチガイを越えて楽しんでいたという・・・

最近、加藤秀俊さんの著作で知った。


メディアの展開 - 情報社会学からみた「近代」

メディアの展開 - 情報社会学からみた「近代」




しかし、そこからハズレタ人々は、別だが・・・という意図が込められてあるように読めないこともなかった。つまり、エタとか非人とか称する人々は別であるということが含意されてあるように思えた。

当時ソレらの人々がどれくらいいたか知らないが、今日でいうならワーキングプアに相当すると解釈できないこともない。さらには、非正規労働者といってもイイかもしれない。

ソレは、実質的な取り扱いからいって、そう言えるのではないかというまでであって、ワーキングプア、非正規労働者を、当方が差別してそうだと言っているわけではない。あくまでも、結果から推すと・・ということである。日本においては、そういう実質的差別が意識下で平然と行われているのではなかろうかということである。

政府もそうだが、『連合』(日本労働組合総連合会)から報じられるニュース等を聞いても、そのモッパラの関心は正規労働者であって、それ以外ではない。やっぱり、ワーキングプア、非正規労働者は、日本人の伝統的意識からいって人非人の類なのかもしれない。

産経ニュースによると、昨年11月、非正規労働者数が2000万を突破とある。

で、あれば、やはり、「1億総活躍」ということで、イイということなのだろう・・。


非正規労働者数が初の2千万人突破…女性の派遣社員が急増 嘱託男性も躍進
http://www.sankei.com/economy/news/141226/ecn1412260018-n1.html

ワーキングプアの年収の実態を賃金構造基本統計調査を参考に詳しく調べました。
http://heikinnenshu.jp/tokushu/workpoor.html

非人
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%9E%E4%BA%BA

穢多(えた)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%A2%E5%A4%9A

差別の民俗学 (ちくま学芸文庫)

差別の民俗学 (ちくま学芸文庫)

  • 作者: 赤松 啓介
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2005/07/06
  • メディア: 文庫


つづく


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日本は、「中華人民共和国」に似てきた? [ニュース・社会]

中華人民共和国の建国記念日にあたる『国慶節』に、まったくたまたまなのである。意識してなど毛頭ないのである。(と、今、『毛頭』と記して、自分の意識下に『毛沢東』が潜在してあるのが、表出してきたかと、思わずドキッとしたのだが)、DVD『激動中国50年史』を見ていた・・・


激動中国 [DVD]

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本来であれば9巻セットで3万円以上するものが、たしか送料込みで500円もしなかったので、どんなものか見てやろうと購入したのである。それを、たしか1、2巻だけ見て、あとはソノママお蔵に入れっぱなしであったのを、引っ張りだして見ていたのである。そうしていたら、ニュースで中国の『国慶節』の話題が報じられた。こうしたことは、無意識のなせる業なのではなかろうか・・・。

見て感じるのは、みんな一緒に、右を向き、左を向くことの「気味の悪さ」である。国家の成員(つまり「国民」)が、いっせいに同一方向を向いて動くことへの違和感である。日本でいえば戦前の国家総動員法が敷かれた時代の「大政翼賛会」的世界である。国家一丸総動員で動くおぞましさである。

三島由紀夫が(と、突然三島をひっぱりだして恐縮だが)「われらの文学」という講談社から出版された戦後文学シリーズの解説かなにかで、「『われら』とはなんだ。自分は早慶戦で勝利し肩組み合って勝利を祝う『われら』を見るたびに薄気味悪く感じていた。自分は『われら』からもっとも遠いところにいるので小説など書いている」とイチャモンをつけていたが、それにちかい。

中国には、興味があり、敬意をもっている。漢字は、ヨーロッパにおけるギリシャ語やラテン語に相当すると思うし、兵馬俑などみるとただ圧倒されて「敵わんな」と思う。だが、しかし、「中華人民共和国」という政体が、自分の敬意をもち興味をもつ「中華」かといえばチガウと感じるのである。

どうもいつものことながら前置きが長くなってしまったが、以下に引用した『毎日新聞』の記事に触発されてのこと・・・。なんだか、その違和感をおぼえる中国に日本が似てきたことを思わせる記事である。「戦後レジームからの脱却」とは、つまり、日本の中国化・・・。

**********

にゅーす360度
紙面審査委員会から

止める人いなかった?
毎日新聞 2015年10月03日 東京朝刊

<もっと知りたい>

 安全保障関連法を成立させた安倍晋三首相が9月24日の会見でぶち上げたのが「1億総活躍社会」。紙面審査委員会では「1億総玉砕」「1億総ざんげ」「1億総白痴化」を連想するとの声が次々出ました。祖父の岸信介元首相は1960年の日米安保改定後、辞職。後継の池田勇人元首相は所得倍増計画を掲げ、「1億総中流社会」を作り上げました。首相はこれが念頭にあるのでは、との指摘もありました。

 多様性を重んじる時代に「総」を持ち出すセンスを疑いますが、私が思い浮かべたのは「国家総動員法」。日中戦争が激化した38年、戦争遂行のため経済や国民生活を全て管理、制限する権限を政府に与えた法律です。一方、1億総活躍社会とは50年後も人口1億人を維持するため誰もが活躍する社会のようで、「目標を持って処方箋を示せば実現できる。担当相の下に、政策を総動員するため国民会議も設置する」と首相は意気盛んですが、何だかよく分かりません。そんな時、菅義偉官房長官が、福山雅治さんと吹石一恵さんとの結婚の感想を聞かれ、「ママさんたちが『一緒に子供を産みたい』という形で、国家に貢献してくれればいい」と述べたとの記事(30日朝刊)を目にしました。1億総活躍とは国内総生産(GDP)600兆円の目標達成に向け国民全員が国家に貢献しろということ、経済成長のための国民総動員、と得心しました。

評論家の保阪正康さんが「昭和史のかたち」(6月13日朝刊)で、安保関連法案の審議中、首相が野党議員に「早く質問しろよ!」とやじを飛ばしたのを見て、38年の国家総動員法案の審議中、陸軍省中佐が議員の抗議に「黙れ!」とどなったのを想起した、と書きました。これも国家総動員法を思い浮かべた一因かもしれません。

 ことほど左様に突っ込みどころ満載の「1億総活躍社会」。9月25日朝刊では読売新聞が1段見出しにとっただけでしたが、この言葉を誰が考え出したのかは記事で読みたいところです。「その言葉は使わないほうがいいのでは」と止める人は首相周辺にいなかったのでしょうか。だとしたら、それも怖い気がします。【山田道子】

安倍自民は「同じ過ちを繰り返すほど愚か」かも・・
(保阪正康の警告から推して)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-12-01



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