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「公文書をつかう」瀬畑源(せばたはじめ)著 [読んでみたい本]

本書の概要は、「国民共有の知的資源」である公文書を適切に管理し、公開する仕組みを定めた公文書管理法の制定過程を検証し、制度の今後を展望したもの。

著者:瀬畑源は、一橋大特認講師(政治史)。院生時、現天皇の少年時代の資料の公開請求したところ、宮内庁は開示請求を放置するままにした。その件で、国を相手取り提訴する(06年)。その後、公文書管理法制定を求める運動に関わるようになる。

本書では、近代日本の公文書管理制度の変遷、公文書管理法がもたらした変化、残された課題が順を追って分析される。

天皇のために働く明治期の官吏には国民に対する責任の概念が生じなかったこと。文書量の増大に対処するため行政管理庁が1960年代後半に取り組んだ文書の廃棄。01年の情報公開法施行前に文書が大量廃棄された背景・・・。記録保存の遅れを招いた一連の経緯は興味深い。

「隠蔽の意図もあるかもしれませんが、それだけが原因ではありません。問題は公務員にとって必要な文書だけを残すという発想です。彼らは仕事の結果を残しても、過程はあまり必要としない。でも国民はなぜそうなったかが知りたいのです」

後半部分では、佐藤栄作首相(当時)がニクソン米大統領と取り交わした核密約文書が最近、佐藤家から見つかった事例などから首相・閣僚文書の保存を説き、福島第1原発事故の公文書の重要性もいち早く指摘した。

年金記録問題のように実害が出ないと、情報隠しが不利益になることを国民も理解しにくい。公文書管理法は公務員に長年の働き方を変えるよう求めています。法的枠組みはできたけれど、認識はまだ不十分です」

(「毎日新聞(3・18)書評欄掲載記事からの要約・抜粋)

**************

以上の記事を読んで、先に更新した加藤陽子東大教授の記事を思い出した。そこで教授は、日本における「政治」の不在について説いていた。

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2012-03-06

つい先ごろまで(いまでも相変わらずそうなのであろうが)、日本の官吏・公務員の意識のなかでは、自分たちを直接監督している上位のもの(上司である政治家など)に対する責任意識はあっても、国民に対する責任意識は無かった(「無」に語弊があるのであれば、「たいへん希薄であった」)。

要するに、「国民の不在」。公文書の取り扱い方からワカルことは、(下位の)国民に対する責任の不在である。

***

なにか、漠然とした印象に過ぎないのだが、著者:瀬畑源氏に、おなじく一橋大の安倍謹也、上原專禄両氏の遺伝子を感じる。あくまで勝手な印象に過ぎないのであるが・・・

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2006-09-25


公文書をつかう: 公文書管理制度と歴史研究

公文書をつかう: 公文書管理制度と歴史研究




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安部公房伝(あべねり著) [読んでみたい本]

今、石川淳全集を通読している。

当方が石川淳の名をはじめて目にしたのは、阿部公房の短編集『壁』に添えられた文章を読んだときだ。その序文もすばらしかったが、作品集もまた堂々たる序文にふさわしい内容のものだった。

以下は翻訳家鴻巣友希子氏による書評全文。

*************
最近「世界文学」というゲーテ創案の言葉が文学論議の中でよく引き合いに出されるが、その定義からすると、現代日本文学において初めて世界文学作家となりえたのは、安部公房ではないか。

本書は、作家の一人娘による評伝である。伝記の部分と、主に言語論を下敷きにした作家・作品・文体論、公房を知る25人に対するインタビュー、そして豊富な写真資料から成る。著者の言葉は長い思考を経たものだろう、結晶のように硬質で、貴重なエピソードが淡々とつづられている。

満州から引き揚げ、画家との結婚、趣味だった車やシンセサイザーのこと、石川淳、三島由紀夫とのつきあい・・・。インタビューでは、大江健三郎の口から、ガルシア・マルケスやル・クレジオが公房をどれだけ評価していたかが語られ、その一方、書き損じの原稿が丸められた後どうなったかといった日常的な逸話が、ドナルド・キーンによって明かされたりする。

ある時、公房は娘に尋ねたという。「ねり、手って何か特別な感じがしないか」「たとえば道に、手が落ちているとするだろう。そうしたら、とてもびっくりするじゃないか」。それなら足首が落ちていたってびっくりするし、と娘は「非科学的な」父の話にがっかりする、しかし公房が話を「脱線」させるのは、その表現活動とも本質的な関係があったのだと後に思い返す。

また、公房の創作の重要な礎の一つとして、クレオール言語論をあげ、「文学という実験室」で読者を言語の迷宮に案内した公房は、「意味から直接発生した言語」とされるクレオールにむしろ希望を見いだしたのだろう、と思いめぐらす。

著者は「読者となって初めて父の声を聞く」と言い、「(公房の)作品自体が人間科学だった」と気づく。子による「父」なる存在の読み直しという行為は、時間と思索に濾され、一人の作家の再解釈へと読者を誘うのである。

著者:あべ・ねり 1954年東京都生まれ、医師。「安部公房全集」の編集に携わる。

******************
書評中、石川淳や三島由紀夫の名があげられている。

徳岡孝夫氏は三島由紀夫の評伝「五衰の人」のなかで「(三島の自決後)溢れるように出た三島論の中で、私見によれば最も説得力のあったのは石川淳氏の文である(p274)」と記している。

三島は、「昭和の文人」と室生犀星が評した25歳年長の石川淳をたいへん尊敬していたようである。

三島は古林尚との対談のなかで「大げさな話ですが、日本語を知っている人間は、おれのゼネレーションでおしまいだらうと思ふんです。日本の古典のことばが体に入ってゐる人間といふのは、もうこれから出てこないでせうね。」と言っている。

フランス語の翻訳もこなし、江戸戯作にも通じ和漢洋に通暁していたと思われる石川淳が、序文をしるして祝福した「現代日本文学において初めて世界文学作家となりえた」と目される安部公房の評伝である。

安部公房は大正13年生まれ、三島より1年年長であるから、三島と同じ「ゼネレーション」と言っていいだろう。

しかし、同じゼネレーションでありながら作品世界はおおきく異なる。

それを繫ぐ役割を石川淳が持つのだろうか?
安部公房伝

安部公房伝




五衰の人―三島由紀夫私記

五衰の人―三島由紀夫私記

  • 作者: 徳岡 孝夫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1996/11
  • メディア: ハードカバー



壁 (新潮文庫)

壁 (新潮文庫)

  • 作者: 安部 公房
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1969/05
  • メディア: 文庫



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「ワシントンハイツ」 秋尾沙戸子著 [読んでみたい本]

たった今のことだ。NHKの「ラジオ深夜便」(明日へのことば)で、アキオサトコなる女性が熱心に話しているのに聞き入ってしまった。

「ワシントンハイツ」というノンフィクション作品で賞をとった人らしい。

「ワシントンハイツ」とは、戦後、アメリカGHQ占領下、ちょうど今の渋谷のNHKのあたりに建れられ、東京オリンピックの選手村ができる頃まであった、米軍兵士の住宅地域のことで、ソコは、戦後の日本人の目から、アメリカの富と合理性と民主主義の象徴のような場所であったらしい。

「ワシントンハイツ」執筆の動機は、なんでも、アメリカ留学中、大学で知り合った多くの人たちから、「第二次大戦後のアメリカの日本占領政策がうまくいったのはなぜか」と尋ねられたのが、きっかけというような話だった。

(「らしい」とか「ような」とか連発していますが、メモも取らずに聞いていたものですから、どうぞお赦しを・・)

イラク侵攻のあとの占領政策がうまくいっていない状況下で、日本の占領政策が功を奏したことがアメリカ(在住)の人たちにとっておおいに興味あることであったようだ。

そこで調査を始めたという話だ。調べていくと驚くような事実が出てきたという。たとえば、アキオさんは東京女子大卒業らしいのだが、そこの講堂?の設計者アントニン・レイモンドがアメリカのスパイであったこと、「紙と木の家」を、アリゾナかどこかの砂漠に建てておこなう、日本本土空爆の際に用いる焼夷弾の類焼実験に加担していたことなど、話していた。

著書のなかで、訴えたかったことは、「戦争のばからしさ」であり、さらには「大国の視点でものを見るとはどういうことか」ということであったという。アメリカは、パールハーバー以前から、日系人を集め“戦後”処理の際に利用できる人物を見定めたり、自国民に日本語を学ばせたりしていたという。日本では、敵性言語とかいって英語を学ぶことを禁じたりしているなかで、そのようにしていたというのである。大国(アメリカ、中国等)は、地球規模で将来像を描き、今も戦略を立てている。地球儀で世界を見ている。日本地図を平面的に見ているだけというようであってはいけないというような話し向きであった。

当時を知る多くの方にとって、「ワシントンハイツ」は憧れの的であったようだ。山の手線から見える、緑の芝生、白い大きな庭つきの家などなど・・・、映画テレビの映像としてではなく、実際に目の前で展開するアメリカ人のふつうの生活の物質的な豊かさは、それを生んだ合理的思考や民主主義なるものに対する憧れを生み出したという。それが、占領政策の成功へとつながり、たいへんウマイやり方をアメリカはとったという話であった。


しっかりとアメリカナイズされて、日本人とはなにか、日本人としてのアイデンティティーとはなにかと自らに問いかけても「アメリカのかけら」しか出てこないような自分に愕然とさせられるような状態になってしまっている人も少なくないのではないだろうか。

良し悪しは別にして、日本をアメリカナイズしようとして成功をおさめた大国アメリカと、アメリカナイズされるのを(どのようにしてであれ)受け入れてきた戦後日本の姿をとおし、あらためて、日本人としてのこれからの生き方、在り方をさぐるうえでの良書のように思える。


ワシントンハイツ―GHQが東京に刻んだ戦後

ワシントンハイツ―GHQが東京に刻んだ戦後

  • 作者: 秋尾 沙戸子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/07
  • メディア: 単行本



(以下はまったくのオマケなのですが、おすすめノンフィクション…)


パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い

パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い

  • 作者: 黒岩 比佐子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/10/08
  • メディア: 単行本



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ローマ字で引く 国語新辞典(復刻版) [読んでみたい本]





某書評欄に以下のように紹介されていた。

**************

作家の丸谷才一氏が「ポケット版国語辞典の白眉だ」と賞賛する、伝説的な国語辞典。

初版発行は昭和27年。その版面を15%ほど拡大した形で、このたび復刻された。

編者は、福原麟太郎と山岸徳平。

すなわち、第一級の英文学者と国文学者がタッグを組んでつくりあげた辞典である。

定義は、平易で明晰。同義の英語を併記して複眼的理解ができるようにしたのも新機軸であった。
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『坂の上の雲』と司馬史観:岩波書店 [読んでみたい本]

《週刊朝日》司馬遼太郎追悼号(1996・3・1)の巻頭グラビアに司馬さんの言葉として…

「歴史はみんなの共有財産だから、勝手なことを書くのは公園を汚すようなものだ。可能なかぎり、よく調べてきちんと書きたい」

と、アッタ。

それで、司馬さんの作品には、歴史のねつ造や隠蔽のようなものはナイと思っていた。


ところが、2010年1月17日の毎日新聞書評欄に、「『坂の上の雲』と司馬史観」(著)という書籍の紹介が出ている。

栗原俊雄さんが、著者の中村政則さんの談話を引用しつつ『歴史家からの異議申し立て』と題し以下のように記している。(以下、記事全文)

************

世に司馬遼太郎論は多い。しかし近現代史の研究者に、司馬を表立って批判するむきは少ない。なぜか。「司馬さんはよく調べているし、膨大な読者がいる。批判するには相当な勇気と力量がいるから」という。

日露戦争は、ロシアの侵略に対する日本の祖国防衛戦争だった。明治は明るく、昭和は暗かった……。そうした「司馬史観」の基軸ともいうべき認識に、『坂の上の雲』発表後明らかになった資料や研究成果を駆使して異議申し立てをした。

司馬が多くの読者を歴史の世界へと導いた功績は、認めている。「優しい作家だった。自分の役割は読者を喜ばせて元気を与えることだと考えていた。時おり筆が滑るのも、サービス精神が旺盛だったからでしょう」

だが批判は鋭い。軍備拡張のため「飢餓予算」を組んだ明治政府に対して、当時の人々から不満はほとんどなかったとした司馬に対し、具体例を挙げ反証しながら<明治ナショナリズムを強調したかったのであろうが、ここまで書かれると、いい加減にしてほしいと、言わざるを得ない>とし、資料の扱い方について<信じられないような杜撰な箇所が随所に見られる>と断じる。

司馬は小説家。フィクションを挟むのは当然で、史実との違いを批判するのは筋違いでは?

そう問うと、「『歴史家が立ち入るべきことではない』という指摘は確かにあります。しかし、司馬さんは例えば『坂の上の雲』について<事実に拘束されることが百パーセントにちかい>と書いています。読者は史実と見てしまう」。圧倒的な影響力を持つ作家だけに、フィクションが史実として浸透してしまう……。一橋大で長年教鞭を執り、現在は名誉教授。日本近現代史の専門家としての危機感が、執筆のエネルギーとなった。

刊行1カ月で3版を重ねるなど好評だ。熱心な司馬ファンにも読まれ、激励もあるという。「司馬ファンの層の厚さを改めて感じました」

*************

『坂の上の雲』の映像化について、司馬さんはノーと言っていたと聞く。とうとう生前許可の得られなかったものを、遺族を押し切り、映像化したとも聞く。

司馬さんが、、ノーと拒んだのは、<明治ナショナリズムを強調>した(読者サービスなどの善意によるものではあるが、一種偏向した著作であることを御自身が意識してのことであったのかもしれない。

著者の中村さんは、一橋大であるという。先ごろ亡くなった歴史家で、謹厳実直の印象の強い阿部 謹也さんもそうだった。ウヤムヤなものはウヤムヤにできない精神がアノ大学関係者にはあるのかもしれない。

『坂の上の雲』と司馬史観

『坂の上の雲』と司馬史観

  • 作者: 中村 政則
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2009/11/14
  • メディア: 単行本



「世間」とは何か (講談社現代新書)

「世間」とは何か (講談社現代新書)

  • 作者: 阿部 謹也
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1995/07/20
  • メディア: 新書



学問と「世間」 (岩波新書)

学問と「世間」 (岩波新書)

  • 作者: 阿部 謹也
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2001/06
  • メディア: 新書



上原専禄著作集〈10〉世界の見方

上原専禄著作集〈10〉世界の見方

  • 作者: 上原 専禄
  • 出版社/メーカー: 評論社
  • 発売日: 2002/03
  • メディア: 単行本



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ジョン・ダワーが描き出す歴史の実相 [読んでみたい本]

ジョン・ダワーの新刊がみすず書房から出たという。

ダワーの既刊『敗北を抱きしめて』は、戦後の世相を“実感”させられる素晴らしい本だ。

実際、戦後のドサクサを垣間見る思いがしたし、巻末の出典を見てふ~とため息も出た。

日本人作家の書籍のなかにも、戦後史(昭和史)を記したいへん評判の良いものもあるが、ダワーの著作にくらべると単に個人の印象を記したにすぎないように感じられもする。


以下は、「出版ダイジェスト」(3月10日号)に記されたダワーの新刊『昭和 戦争と平和の日本』の紹介

*********

「一億一心」「一億火玉」、最後は「一億玉砕」-第二次大戦中の日本は、この種の政治的スローガンに覆いつくされていた。しかし社会の内実は、無秩序、緊張、混乱にみちていたのだ。『昭和』の一つのテーマは、具体的にどこでどんな混乱が起きていたのかを明らかにすること。

そして昭和全般を見渡すと、日本の進路を規定したのは常にアメリカとの関係だったといっても過言ではない。特に戦後は「アメリカに黙々と付き従い、利益にはなったが、神経も擦りへらした。この両義的な遺産に目を向けなければ、現在の日米間に存在する緊張は理解できない」。

最初の論文「役に立った戦争」は本全体のトーンを決める重要な一編だ。戦後日本の社会構造が、政治的にも経済的にも、戦時の組織と人を大幅に引き継いだこと、そしてこの連続性に注目しないと、現代日本の抱える問題の本質はやはり見えてこないことを力説する。

戦時下日本の原爆研究をテーマにした章は、当時の混乱ぶりの実証に終わってはいない。じつは、日本の原爆研究は周知の事実だったのに、あたかも「暴露」した1978年の『ニューヨークタイムズ』の記事が、アメリカの反日感情を助長した。ダワーはこのできごと全体を掘り下げる。さらに本書の複数の論文を通して明らかになるのは、日米間に渦巻いた恐怖と偏見が、一方通行ではなく双方向だったこと。そのことに私たちは案外気がつかない。

ベストセラー『敗北を抱きしめて』は、敗戦という激変を、庶民一人一人がどう受けとめ、文字通り「抱きしめた」のかをめぐる物語だった。『昭和』のテーマは、この激変の底流をなした「連続性」である。

史料と虚心に向き合い、「何を問うべきかを熟知した歴史家の論文、エッセイ、そして「グラフィック・エッセイ」の選集。

************
加藤陽子さんも「歴史の複雑さに斬りこむ人」と題してダワーを褒めている。
(以下、その抜粋)。


私が最も面白く感じたのは「4 造言飛語・不穏落書・特高警察の悪夢」である。ダワーの依拠した「特高月報」は、官憲の史料という制約はあるものの、戦時下の国民の動態を把握するのに最適なのはまちがいない。戦時中であっても労働争議や小作争議は起こりつづけ、不敬事件も少なからず起きていた。ダワーは、電信柱や工場の壁に書かれた落書を丹念に追っているが、この部分は本書の白眉だろう。虐げられた人々の言葉の力強さにうたれる。」


昭和――戦争と平和の日本

昭和――戦争と平和の日本

  • 作者: ジョン・W・ダワー
  • 出版社/メーカー: みすず書房
  • 発売日: 2010/02/25
  • メディア: 単行本



敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人

敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人

  • 作者: ジョン ダワー
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2004/02
  • メディア: 単行本



敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人

敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人

  • 作者: ジョン ダワー
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2004/02
  • メディア: 単行本



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『多読術』(松岡正剛著) [読んでみたい本]

松岡正剛の「千夜千冊」のサイトを知ったとき、

いきなり禁じ手のツキをくらったように感じた。

喉元に入ってゲーッというアンバイだった。

http://plaza.rakuten.co.jp/isissenya/


世に本好きは多いものの、自分の読書の足跡をこれほどまでに精妙に残した人を他に知らない。

読んだ数を誇っても、それらの知識が雲散霧消ではコマル。

しかし、このお方は、そうではないだろうと感じた。

実際のところ、記述して、仮にソレでオシマイであったとしても、現に残ったものがあるのだから、あとで、自分の読書の精妙さにモンダイがあったとしても、瑕疵は瑕疵として、それはそれでおおきな財産であろうと思った。


そういえば、大江健三郎さんも、読後、読書カードをつける習慣を子どものころから守っていると聞いた。

やはり、積み上げられた厚みのある知をきずくためには、読んで書庫に納めておくだけではダメなのだ。


ハナシがそれたが、ソノ当方にとって「ゲーッ」の松岡正剛氏が、『多読術』なる本を上梓した。

「千夜千冊」のブログ上に、傍線を引かれた本たちの写真が登場するが、氏の思考の足跡を暗示して悩ましい。

このたび上梓された書籍に、氏の精妙な読書の方法がいくらかでも直接開示されてあるのかと思うとワクワクする。

以下は、本日(6・7)日経新聞に記された当該書籍の書評である。

表題は「編集者が語る本との接し方」

評者の氏名は出ていない。

以下に全文紹介する。

***************
本好きにとって、本の購入費用の捻出や置き場所の確保が問題なのは間違いないが、最大の悩みは、限られた時間のなか、どうやったら読みたい本を読み切ることができるのか、一冊でも多くの本を読めるのかに尽きよう。

情報収集を目的に読み飛ばすだけなら、よくある速読術のノウハウ本に頼ってもいい。しかし、そうした読み方ではほとんど何も頭に残らないし、大抵良い本ほど読み飛ばしにくい構造になっている。そもそも速読術を説く人たちは本当に本好きといえるのだろうか?そう考えてみると、真の本好きによる読書術として、本書の価値が大きいことがよくわかる。

著者が説く読書術、例えば本はテキストが入っているノートと考えればよい、自分の好みを大切にする、といった本との向き合い方は、いずれも地に足のついたアドバイスで、これから本をもっともっと読みたいと考えている読者には大いに参考になるだろう。インタビュー形式で書かれている本はともすると安っぽくなったり、読みにくくなったりするケースも散見されるが、本書の場合は聞き手も語る側も編集者という「特殊事情」もあってか、質問、間合いともよく練られていて、読んでいて心地よい。

子どものころからの著者の読書遍歴も丁寧に紹介されており、もうひとつの読みどころになっている。

(ちくまプリマー新書・800円)

多読術 (ちくまプリマー新書)

多読術 (ちくまプリマー新書)




松岡正剛千夜千冊(8冊セット)

松岡正剛千夜千冊(8冊セット)

  • 作者: 松岡 正剛
  • 出版社/メーカー: 求龍堂
  • 発売日: 2006/10
  • メディア: 大型本



ちょっと本気な千夜千冊虎の巻―読書術免許皆伝

ちょっと本気な千夜千冊虎の巻―読書術免許皆伝

  • 作者: 松岡 正剛
  • 出版社/メーカー: 求龍堂
  • 発売日: 2007/06
  • メディア: 単行本



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『思考する言語』(スティーブン・ピンカー著) [読んでみたい本]

日経新聞書評欄(5・24)に、

『思考する言語』(スティーブン・ピンカー著)がとりあげられた。

評者は茂木健一郎。

さわりだけ、2パラグラフだけ引用する。

****************

ピンカーの言語に対する情熱は本物である。とかく観念的な議論に流れ勝ちな「意味論」においても、詳細で実際に即した論を展開する。その強靭な知性のあり方は、読んでいて快感を覚えるほど。「思考は言語に依存する」という議論に対する反証は、とりわけ迫力がある。私たち人間の思考には、言語に多くを依拠しながらもそれではとらえきれない側面もある。言語の専門家が語る言語の限界は、知的誠実さとはどのようなものであったか、私たちに思い起こさせてくれる。

言語のニュアンスは、ある程度それぞれの言語体系に固有のものである。本書で展開される議論は、その多くがピンカーの母国語である英語に関わる。英語のネイティヴ・スピーカーは、いかに繊細な感覚を持って言葉に接していることか。英語が得意な人も、苦手な人も、ピンカーが展開する議論を通して、英語という言葉の奥行きを大いに楽しむことができるだろう。タブー語についての章を含め、本書はすぐれた英語論としても読める。

****************



思考する言語〈上〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)

思考する言語〈上〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)




思考する言語〈中〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)

思考する言語〈中〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)

  • 作者: スティーブン ピンカー
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 2009/03
  • メディア: 単行本



思考する言語〈下〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)

思考する言語〈下〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)

  • 作者: スティーブン ピンカー
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 2009/04
  • メディア: 単行本



言語を生みだす本能〈上〉 (NHKブックス)

言語を生みだす本能〈上〉 (NHKブックス)

  • 作者: スティーブン ピンカー
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 1995/06
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



人間の本性を考える  ~心は「空白の石版」か (上) (NHKブックス)

人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か (上) (NHKブックス)

  • 作者: スティーブン・ピンカー
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2004/08/31
  • メディア: 単行本



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『プルーストとイカ』(メリアン・ウルフ著) [読んでみたい本]

養老孟司大先生が、M紙11・16p11書評欄に、

メリアン・ウルフ著『プルーストとイカ』の書評を記している。

「多くの人に読んでもらいたい書物の一つ」だそうである。


プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?




著者の専門は読字障害。

まず文字の発明が、人類の歴史にどういう影響を与えたか、同時にヒトの脳にどういう変化を起こしたかが論じられ、

章立てとしては「古代の文字はどのように脳を変えたのか?」「アルファベットの誕生とソクラテスの主張」と続く。


著者の執筆動機のひとつは、インターネット漬けの経験のない若者たちの脳に、おびただしい文字情報が与える影響を危惧してのことであるらしい。

ソクラテスは、文字言語に懐疑的で、それが批判的思考を鈍らせると考えていたということだが、そのことと対照させて論じられてもいるらしい。


一般向け、予備知識がなくても読める本だという。
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『輿論と世論(ヨロンとセロン)』佐藤卓巳著 [読んでみたい本]

最近、自衛隊トップの「論文」が政府方針と異なるということで騒ぎになった。


軍隊は、たいてい「敵国」を想定して日常的に訓練を積むというハナシを聞く。

自衛隊は、“軍隊ではない”ので、「仮想侵略国」とでも称して訓練しているのであろうか。

その「仮想侵略国」のなかにはお隣の「中国」も入っているように思われるのだが、政府と自衛隊の意識・方針が異なると、当然ながら、問題が生じるように思う。特に、「臨時」においてはそうだろう。

「内部で分裂している国は、たちゆかない」と聖書にもあるが、国家のあり方としていいことでないのは確かだろう。


先の戦争で(といっても60年以上経過しているが)日中戦争がドロ沼化していった背景には、現場(つまり軍部)が、政府を無視し、あるいは、事後承諾で戦線を拡大していったことにあると聞く。

そのような前例もあり、また、近代国家として文民統制の大切さが強調されるなかでは、今回のような「論文」は、たしかに騒がれるに足る事柄ということになるのだろう。


しばらく前になるが、自衛隊で、隊員に、新聞の投書欄に投稿させ、世論を動か(す研究を)しているようなことが発覚し、それが問題とされたことがあったように思う。

その効果性から考えて、「このビジュアルの時代に新聞の投書はないだろう」と思いもするが、たしか、そのようなことを、聞いた。

そのような研究をし、また、実際に世論を動かすために暗躍しているとするなら、歌舞伎の黒子のように目立たないことがすべてに優先する最重要課題だと思うが、自衛隊のトップが舞台に踊り出たかのような今回の騒動は、「臍が茶をわかす」部類に数えられることのように思いもする。


「“幕”僚長」というのは《黒幕の長》を意味するのだろうか。

定年間際になって、一度だけ脚光を浴びたくなってしまったのかもしれない。


以上余談。紹介したいのは、以下の本。

以下は、『輿論と世論』(佐藤卓巳著)について、日経新聞書評欄(11・16)に掲載された同志社女子大教授大嶽秀夫氏の書評の全文引用。



輿論と世論―日本的民意の系譜学 (新潮選書)

輿論と世論―日本的民意の系譜学 (新潮選書)




昨今の日本政治は、内閣支持率という「世論」の動向に政党や政治家が一喜一憂し、「世論」が政治を動かしているようにみえる。これは民主主義が正常に機能しているということなのだろうか。疑問を感じるむきも多いだろうが、どこに問題があるのだろうか。この問いに正面から答えてくれるのが、本書である。

著者はまず、「世論」とは単なる人々の無責任な気分、空気であって、熟考した上での判断、公的な場で議論を通じて形成された「輿論」とは峻別すべきだ、と指摘する。この概念の混同は、戦後初期に「輿」という言葉が使えなくなり、輿論を世論と表記したことに一因がある、という。世論調査に表現された「世論」は、パブリック・オピニオンたる「輿論」ではなく、単なるプライベートな感情に過ぎない。こうした世論の支配は民主主義とはほど遠い。混乱した議論を整理する上で不可欠な指摘である。

この大前提から出発して、メディア史の研究者である著者は、歴史研究に裏付けられた「輿論」と「世論」のあり方への鋭い分析を縦横無尽に展開していく。政治を考える上で参考になるし、何よりも知的刺激に満ちた本である。評者には、第二次大戦中のプロパガンダの担い手たちが、戦後、米占領当局の指導を受けて、世論調査に従事していくという、人的連続性を跡づけた部分に、特に興味を惹かれた。世論調査のもつ操作機能を認識するためにも重要な視点である。

マニフェストという耳なれない言葉が日本政治に登場して、数年になる。2003年総選挙で民主党が、小泉・真紀子ブームに対抗して、政策で勝負するという狙いで使い始めた。しかし、マニフェストを読む有権者は何人いるだろうか。マニフェストは政党が政策に真面目に取り組んでいるというポーズを表現するものである。要するに、パーソナリティーを前面に出したポピュリズムと同様の「イメージ戦略」なのである。世論と輿論を区別する認識を得ても、輿論を作ることには道遠しである。しかし最初の一歩を踏み出さずには、何も始まらない。本書はその最初の一歩とすべき書である。

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-04-14
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