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シベリウス交響曲全集(ユタ交響楽団=アブラヴァネル指揮) [アート・美術関連]

シベリウスがようやくワカッタ感じがする。

アブラヴァネル=ユタ交響楽団の全集を聴いて、だ。


Symphonies Nos. 1-7 (Complete)


ジョージ・セル、カラヤン、ヤルヴィなどのシベリウスを聴いてきたが、ちっとも面白くない。同じ短いフレーズが延々と続くばかりで、「なんだこれは・・」という感じで聴いてきた。

コリン・デイヴィスの全集が定評あるという話なので、図書館から借りたモノを録音などしてはみたものの、これもソノママお蔵に入ったきり。

それが、である。半信半疑、CDの安いこともあって、アマゾンのレヴューなど見ながら、ダマサレタつもりで、買ってみたのであるが・・、

聴いて、驚いた。「ユタ州などといったらアメリカ中部のどちらかといえば砂漠の乾燥したような気候ではないか、フィンランドのキーンの冷えた空気感をユタ州のオケの演奏から感じることなどあるだろうか?そもそも名の通ったオケではないではないか?指揮者ともども・・」など、疑いを抱いていたのだが、見事に裏切られた。

この裏切られた感じは、以前、カラヤン指揮のブルックナーロマンティック」を聞いてちっとも面白くなく、途中放棄してソレキリになっていたものが、ヨッフムのを聞いて、「ああこれだ・・」とワカッタ感じ。

2番の1楽章冒頭のヴァイオリンのボウイングの妙に、不覚にも涙が出そうになった。深山幽谷とまではいかないが、標高1000mの山中生活をしていた時期がある。そこで、耳にしたひぐらしのさわめきを思いだした。全集全体をとおして、感じるのは、静謐さ、透き通った空気感、広がり、である。残響の大きなホールでの演奏なのだろう。そうした要素もたくみに生かしている演奏にも思う。音の大きさによってではなく、消えていく余韻に強調効果を任せている風である。


購入したあとで、気が付いたのだが、音楽の友社(1993年)発行の「世界のオーケストラ123」というオケ案内書を持っていた。こういうものは、買う前に調べるものだが、まったく忘れていたのである。そこでは、ユタ交響楽団について福本健一が次のように書いている。(以下、抜粋)

「・・47年から音楽監督となったのが、このオーケストラの救世主的存在となったモーリス・アブラヴァネルである。/当時、メトロポリタン・オペラの最年少指揮者として活躍中だったアブラヴァネルは、敢えて音楽の一大中心地であるニューヨークを離れ、ユタでその才能を遺憾なく発揮した。彼は初め、とりあえず音楽監督に就任し、あまり長くその任にいるつもりはなかったらしいが、結局79年までの32年間も務め、このオーケストラに未曽有の黄金時代を築き上げたのである。当初、このオーケストラは貧弱を極めていたのだが、アブラヴァネルは誠実にトレーニングに取り組み、同時に演奏活動を活発化させて、やがてメジャー・オーケストラの仲間入りをさせたのである。この間にはヴァンガード、ウェストミンスター、ヴォックスなどに100点以上ものレコーディングを行っており、数々の名演で広くその名を知らしめた。・・」

ということは、このシベリウス録音は、1977年録音となっているので、ユタ・アブラヴァネルとの蜜月30年目ということになる。ひとつのオケと長く関係をもち鍛え上げたという点で大阪・朝比奈を思い浮かべるが、まさに手塩にかけた手兵の熟練の成果がここに出ているのだろう。

世界最古のオーケストラ、ゲヴァントハウスのドイツ風の渋いという音に憧れてコンビチュニー指揮のシューマン交響曲全集の輸入版を購入したが、(音そのものではなく)オケの力量不足に、裏切られた覚えがある。が、このユタ響・アブラヴァネル指揮のシベリウス全集からは、裏切られる“喜び”を経験できると思う。


Symphonies Nos. 1-7 (Complete)

Symphonies Nos. 1-7 (Complete)

  • アーティスト: Sibelius,Maurice Abravanel,Utah Symphony
  • 出版社/メーカー: Musical Concepts
  • 発売日: 2011/10/11
  • メディア: CD



ブルックナー:交響曲第4番

ブルックナー:交響曲第4番

  • アーティスト: ヨッフム(オイゲン),ブルックナー,ドレスデン国立管弦楽団
  • 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2004/06/23
  • メディア: CD



オントモ・ムック/世界のオーケストラ123 (ONTOMO MOOK)

オントモ・ムック/世界のオーケストラ123 (ONTOMO MOOK)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 音楽之友社
  • 発売日: 1998/12/10
  • メディア: 単行本



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いい歌だと思うのですが・・ [アート・美術関連]

NHKの「みんなのうた」で、そのむかし「草原情話」という歌を知った。

中国のうただ。むかしから歌われてきたものらしい。要するにフォークソング、民謡のたぐいだと思う。歌は日本語に訳されたものでうたわれていた。

たいへん気にいったので、歌手の名前を覚えておいた。「馮 智英(ヒョウチエ)」がその名前。声も良かったし、うたごころがあった。(うまくてもうたごころのナイ歌はつまらない)。

YOU・TUBEで検索しても肝心の「馮 智英」のものがない。その代わり、中国語で歌われているものを多数見出した。

いろんな歌手がうたっている。ホセ・カレーラスのものもある。

以下は、それらのURL

http://www.youtube.com/watch?v=6CeBm72huhI&feature=fvwrel

http://www.youtube.com/watch?v=C3nqDV5bfU4&feature=related

http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&v=HP2EK6spAkA&NR=1

http://www.youtube.com/watch?v=FLuLQPKWv0Y&NR=1&feature=endscreen






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マイルス・デイヴィスのBOX・SET [アート・美術関連]

高校を卒業して後、ひょんなことから家出するはめになった。そんな突飛なことのできる性格ではもともとなく、石橋をたたいて渡らず、他人に渡らせ、それでなお自分では渡らないなどという方なのだが、たまたま自動車教習所の送迎バスの最後のひとりとなって、後部座席で暗い顔をしていたとき、運転手から、「君はいろいろ考え込んじゃうほうだろ。若いときはいくらかハメをはずしたっていいんだ・・」などという無責任なことをのたまわられ、丁度、こちらも、そういういい加減な言葉を欲していたところだから、バックミラーに映る運転手の目配せを合図に、「渡りに船」とそれに乗り、住み込みのアルバイト先から東京に脱走をはかった。そう、「いくらかハメ」を外してみたのである。

東京・目白の田中角栄邸の下には神田川にそうように谷が広がっていて、芭蕉庵の近くにオサナナジミが下宿していた。そこに転がりこんで、それから、早稲田大学の大隈商店街にある某新聞店に転出し、半年あまりを過ごした。その間、丁度、大学をぐるっと一回りするように新聞を配った。

家出して、保険証もなければ、布団もないような生活がはじまった。まだ、寒くなりはじめたばかりの時期だったが、布団がわりにジャーマン・コートをかぶって寝ていたら、同じ寮に住まう浪人生が自分の布団に入るように勧めてくれた。

「裸電球のぬくみ暖かく」、おなじく、人の温かさも、肌身に沁みてよく分かった。生きている実感をあれほど感じた時期はない。

そう、若人よ書を捨てて街に出よう。できれば、家出をして・・・。


それがマイルス・デイヴィスとどういう関係があるのかというとオオアリなのである。

その間、無断聴講生をあちこちの大学でしていたのだが、早稲田の学園祭のジャズ研の演奏を見たのがジャズライブの聞き初め。それから、レコード店に行って、なにかお勧めのレコードはないかと尋ねたら、マイルスの「カインド・オブ・ブルー」を紹介してくれた。それを持って、プレイヤーをもつ友人に聞かせてもらった。それが、ジャズのレコードを買った最初。当時、1800円だったように覚えている。


Kind of Blue

Kind of Blue




今、アマゾンで、1950年代のマイルスのLPアルバム20枚を10枚のCDにおさめたBOX・SETが発売されている。それが、格安。

著作権が切れた関係だろうか、円高の恩恵だろうか。いずれにしろ、ファンにはうれしいハナシだ。当時、新しいアルバムのリリースを待ってわくわくしていた人たちが、タイマイはたいて買っていたシロモノ。それが、いま、なんと2000円以下。


Twenty Classic Albums

Twenty Classic Albums

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Ais
  • 発売日: 2012/02/21
  • メディア: CD



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ボブ・ディラン、デビュー50周年 [アート・美術関連]

“ボブ・ディラン”と言っても、知らない人は知らないにちがいない。

最近、ニュースで、ボブ・ディラン本人がボブ・ディランと警察から認めてもらえず苦労したようなハナシもあったから、知らない人がおおぜいいたっておかしくない。

もっとも、そのニュース自体、その辺の苦労をおかしがって広まったきらいがある。超有名人が、ソレを知らない人間に、無名扱いされるおかしさである。

当方も、ボブ・ディランのアルバムを有している。もっとも1枚だけだ。「欲望(desire)」。

「one more cup of coffee」「Sarah」「Joey」をはじめ、全曲すばらしい。

なつかしく思って、しばらく前、ユー・チューブで調べたが、ライブ音源ばかりだった。やはりアルバムがいい。

そこでは、バイオリンがすすり泣き、曲想からいってこの人以外にありえないと思われる女性ボーカルがバックに入っている。

(以下、.amazon.comサイトでサンプルが聞けます。ただ、残念なことにイントロが省略されています)

http://www.amazon.com/Desire-Reis-Bob-Dylan/dp/B00026WU50


欲望

欲望




************

http://www.barks.jp/news/?id=1000052079

〈警察、“怪しい男”ボブ・ディランを尋問〉
 2009-08-18

散歩中のボブ・ディランが、挙動不審な男として警察官から尋問されたそうだ。

ディランがニュージャージー、ロングビーチの住宅街を雨の中1人で散歩していたところ、住民が“怪しい男がいる”と通報したらしい。これにより駆けつけた若い女性警察官は、彼に名前を問いただし「ボブ・ディランだ」と返されたものの、信用することができなかったという。

警察官はABC Newsにこう話している。「名前を訊いたら、彼は“ボブ・ディランだ”って答えました。ボブ・ディランの写真は見たことありましたが、その男性はちっともボブ・ディランには見えませんでした」一緒にいた別の警官も「ボブ・ディランではない」と言い切ったそうだ。

ディランはIDを所持しておらず、結局、警官とともにツアー・バスを停めている場所まで戻り、そこで身元を保証してもらわなくてはならなかったという。

写真と実物はそんなに違うのだろうか? ディランは数年前、自分のコンサートであるにも関わらず、バックステージに入とうとしたところを警備員に止められている。

“怪しい男”に見られなかっただけマシかもしれないが、ディランは最近、リバプールで一般客に混じりバス・ツアーに参加したものの、誰にも気づかれなかった。

また、“怪しい男”という点では、孫の通う幼稚園でライヴ・パフォーマンスしたときに「ヘンなオジサンが来て、ギターで怖い曲を歌った」と園児を怖がらせてしまったこともある。

Ako Suzuki, London

ボブ・ディラン自伝

ボブ・ディラン自伝

  • 作者: ボブ・ディラン
  • 出版社/メーカー: ソフトバンククリエイティブ
  • 発売日: 2005/07/16
  • メディア: 単行本



現代思想2010年5月臨時増刊号 総特集=ボブ・ディラン

現代思想2010年5月臨時増刊号 総特集=ボブ・ディラン

  • 作者: ボブ・ディラン
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2010/04/19
  • メディア: ムック



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三遊亭兼好独演会 [アート・美術関連]

新聞掲載のプレゼント応募で、「三遊亭兼好独演会」の招待券が当たった。

兼好は、三遊亭好楽の弟子だという。師匠好楽の独演会も出かけたが、あまり印象がない。一緒に来ていたセガレの王楽の方がなんとなく印象に残っているくらい。だから、兼好にもあまり期待していなかったのである。要するに、当たったので、まあ行ってみようという程度だったのだ。

ところが、である。これまで、自分が聞いた実演のなかでは、柳家小三治、古今亭志ん朝、三遊亭圓歌に次ぐ出来だった。演目にもよるのかもしらないが、「おお、さすがに真打だわい」と・・。

演目は、「初天神」と「あなどろ」?。「初天神」は、当方、小三次の実演も見ているが、負けず劣らずのいいできだった。もう一席も文句なしである。

たいてい、まくらはなんとか聞いていられても、本題にはいってガッカリさせられることが多いのである。ところが、兼好はそんなことはなかった。楽しみな落語家である。

古典落語をキチンと演じられる落語家を発見して、たいへん嬉しく思ったしだい。





三遊亭兼好 落語つれづれ 大山詣り/七段目/三枚起請 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • メディア: DVD



らくご絵手帖  絵でみる落語と江戸の暮らし

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  • 作者:
  • 出版社/メーカー: カンゼン
  • 発売日: 2011/09/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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小沢征爾 「省エネの指揮」は無理 [アート・美術関連]

日経新聞(3・16)「文化往来」に

《小沢征爾「1年間休養」でも後進指導に全力》という記事があり、

*************

食道がんの手術を受けた後、体力は十分に回復していない。周囲から省エネの指揮を説かれ、自分でも「抑えようといつも思っている」そうだが、公演を迎えれば全身全霊をかけ、肺炎を引き起こすほど消耗してしまう。完全復帰に向け、今はリハビリを「一生懸命やっています」と力強く語った。

*************

と、出ている。


しばらく前、ロリン・マゼールの指揮する姿をみた。一晩にベートーベンの交響曲全曲演奏をするという試みでの様子だったが、なんとラクちんに棒を振っていたことか!

まさに「省エネの指揮」だったが、そこから響いてきた音楽はスバラシイものだった。

べつに、飛んだり跳ねたりしなくても聴衆に感動をもたらすことはできる。

手先だけのマゼールを見ながら、前かがみの小沢さんの指揮ぶりを思い出して、長生きするにはやはり「省エネ」にしないとダメだろうなと思った。


バーンスタインには、“顔で”指揮したものもある。

(下は、YouTubeのサイト)
http://www.youtube.com/watch?v=0F8Z55ZxYsE

小沢さんにも、“顔”だけで・・とは言わないが、省エネスタイルを「無理と言わず」に見倣ってほしいものだ。


小澤征爾さんと、音楽について話をする

小澤征爾さんと、音楽について話をする




奇蹟のニューヨーク・ライヴ ブラームス:交響曲第1番

奇蹟のニューヨーク・ライヴ ブラームス:交響曲第1番




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「当マイクロフォン」中西龍さんのこと [アート・美術関連]

その語り口が「名調子である・あった」ということで思い浮かぶひとりに中西龍さんがいる。

「歌に思い出が寄り添い、思い出に歌は語り掛け、そのようにして歳月は静かに流れていきます」で始まる『にっぽんのメロディー』での名調子と自分のことを「当マイクロフォン」と呼んで情感豊かにしみじみと語るその語り口をなつかしく記憶しておられる方も多いことと思う。

その中西さんが亡くなって13年経つのだという。

本日(12・23)の「日本経済新聞」(文化欄)に『語り職人あふれる人間味』と題して、(「伝説のNHKアナと親交を結び」その「生涯を小説に」書いた)三田寛(みた・かん)さんが寄稿している。

もちろん、「伝説のNHKアナ」とは中西龍さんのことだ。

すこし抜粋してみる。

「中西さんはいつも自分でナレーションの原稿を書いて」「放送作家やディレクターにまかせ」なかったそうなのだが、そのナレーションに表れたしみじみとした情感は、やはり中西さんの人柄から発せられたものであることを思い知らされるエピソードだ。

こう、ある。

「中西さんは実生活でも情が深く、涙もろかった。5歳で母を亡くしており、母恋の感情が強く、子どものころの話をするとすぐに泣き出してしまう。電話越しに私の子どもの声を聞いて泣いてしまったこともあるくらいだ。」


その反面、「よくNHKアナウンサーがツトマッタナ・・」と思う「破天荒」なエピソードも示されている。

そもそも、中西さんが放送の世界に入ったのは「若いころ、ラジオで徳川夢声さんの語りを聞き込み、言葉の切り方など大きな影響を受けた」り「森繁久弥さんのセリフ回しあこがれ」たりしたことによるらしい。

実際、中西さんの語りは、「アナウンスの王道から見れば異端」であるそうな。「句読点の位置とは関係なく言葉を切り、強調したい言葉の前で微妙にためる」などしていたという。しかし、そうした流儀が、「日本のメロディー」で紹介される楽曲を「いつもと違っ」たモノとして聞かせてくれたのだという。

「まさに話芸と呼ぶにふさわしかった」と三田さんは書く。


三田さんは、中西さんのナレーションがCDとなったことを紹介している。

中西龍の伝記小説「当マイクロフォン」とともにあじわうと、今や絶滅危惧種となった日本人の原型をなつかしく想起できるように思う。


当マイクロフォン (角川文庫)

当マイクロフォン (角川文庫)




(決定盤)心のナレーション 中西龍 ~叙情歌編~

(決定盤)心のナレーション 中西龍 ~叙情歌編~

  • アーティスト: V.A.
  • 出版社/メーカー: 日本コロムビア
  • 発売日: 2011/11/23
  • メディア: CD



(決定盤)心のナレーション 中西龍 ~歌謡曲編~

(決定盤)心のナレーション 中西龍 ~歌謡曲編~

  • アーティスト: V.A.,中西龍
  • 出版社/メーカー: 日本コロムビア
  • 発売日: 2011/11/23
  • メディア: CD



話術

話術

  • 作者: 徳川 夢声
  • 出版社/メーカー: 白揚社
  • 発売日: 2003/02
  • メディア: 単行本



問答有用 徳川夢声対談集 (ちくま文庫)

問答有用 徳川夢声対談集 (ちくま文庫)

  • 作者: 徳川 夢声
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2010/11/12
  • メディア: 文庫



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立川談志逝って一月(その2) [アート・美術関連]

毎日新聞12月19日の《悼む》欄に、談志が取り上げられた。

《悼む》欄は、たいていふたりづつ掲載されるのだが、スティーブ・ジョブズと並んでいるのは東西の個性派対決のようでオモシロイ。

談志について記したのは濱田元子さん。先に更新した「昨年末の」「神がかり的な鳥肌の立つ」高座について語っている。談志のダンディズムのようなものが感じられてオモシロイ。

(以下、その全文)
***********

ちょうど1年前の12月23日。東京・よみうりホールの高座に談志さんが上がった。それまでもずいぶん、のどをはじめ体調の不安が伝えられていた。当初の予定ではトークと映像上映。当日の会場の張り紙には「強い意向により」と変更の理由があった。

声こそかすれていたものの、そまざまな落語の場面やせりふをつないでいく「落語チャンチャカチャン」に始まり、次に「権兵衛狸」。そして「芝浜」に入っていった。

五代目柳家小さんに入門したのが1952年。二つ目の小ゑん時代から落語の才は群を抜いていた。63年に真打ちに昇進し、五代目談志を襲名。真打ち昇進をめぐり対立した落語協会を脱退し、83年に落語立川流を設立した。

戦後落語界の風雲児といわれた破天荒な言動の一方、「伝統を現代に」を掲げ、古典落語を今に生きる噺としてリアルによみがえらせた。なかでも魚屋夫婦の情愛を色濃く描く「芝浜」は、演じる度に進化させ続けてきた。

「3席もった自分の足とのど、体、健康に素直に感謝しています」。サゲまで「芝浜」を演じきり、そう思いを口にした。その時すでに喉頭がんが再発し、声帯摘出を拒否していたことが明かされたのは、亡くなった後のこと。

弱さも醜さも愚かさもすべてむき出しに、生身の人間の生きざまを描くのが落語だと、談志さんは「人間の業の肯定」という言葉で鋭く言い当てた。渾身の「芝浜」に映し出されたのは、落語への愛、高座への執念、そしてまさに生きざまそのものだったのだ。

追悼番組が続々放送され、DVDやCDでその芸をたどることはできる。けれど、あのビリビリと震える空気を感じることは、もうできない。最後の「芝浜」が焼き付いて離れない。

現代落語論 (三一新書 507)

現代落語論 (三一新書 507)




人生、成り行き―談志一代記 (新潮文庫)

人生、成り行き―談志一代記 (新潮文庫)

  • 作者: 立川 談志
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/11
  • メディア: 文庫



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立川談志逝って一月(その1) [アート・美術関連]

談志が死んで、明日で一月になるという。

《サンデー毎日11・25号》に、今年逝去した人々へのコメントが出ている。

たいへん身近に接した人たちが愛情をもって語るコメントは、故人をいっそういきいきと輝いて見せる。

談志に関しては、むすめの松岡弓子さんが書いている。

題は「声が出なくなっても落語を愛し続けた」

(以下、その全文)
***********

昨年秋くらいから、高座に復帰した父の姿は切ないものでした。お弟子さんたちは、一つ一つの噺にお別れするように高座に上がっていたと話していましたが、題目もかぶらないようにして、普段はあまりやらないものを選んでいたようでした。ただ、とにかく声が出ない。ダメだと分かっていてもやらなければならない状況で高座に上がった思いは計り知れません。

昨年末の「芝浜」は声が出ないのにこんな境地があったのかと思うような、神がかり的な鳥肌立つ落語でした。一生命をかけて落語を愛し続けてきた父だからこその奇跡です。

子どもの頃は父が嫌いでした。トラブルメーカーで、タクシーに乗れば運転手とケンカしたりする。歩くのも早くて、走らないと追いつかない。とにかく、マイペースで生意気。でも、20歳を過ぎる頃からイヤという気持ちは薄らいでいきました。

最期の8ヶ月は在宅医療で家族が看護師のようなものでしたが、父は家族につらく当たったりしたことは一切ありませんでした。それはいじらしかったし、偉かったと思います。





立川談志 古典落語特選 1 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
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談志が「心底畏敬していたほとんど唯一の人」 [アート・美術関連]

談志の追悼記事がいろいろ出た。

そのなかで談志と古いつきあいのある矢野誠一さんの記事が印象に残った。

毒舌家で人をこきおろすのが唯一の趣味であるかのような談志に、「心底畏敬していた」人がいたのだという。しかも「ほとんど唯一の人」なのだという・・。

そのくだりを以下に引用する。

*************

(談志は)懐古趣味の人で、古い映画、流行歌、寄席演芸の話になると我を忘れていたが、一家言持っていた。珍しいビデオを見せてもらうべく、しばしば色川武大を訪ねていたが、ビデオは口実で、色川のスケール大きな人柄と、根に潜ませた優しさに憧れていたのだ。兄貴と呼んでいたが、心底畏敬していたほとんど唯一の人だったように思う。」
(「日本経済新聞」11月25日)

*************

だれかに敬意をもつと、自ずとその人に似てくるものだ。

談志のこどもたちの談話は本当なのだろう。長男が「意外に思われるかもしれませんが、すごく、家族孝行な父でした」と言っている。

談志の家族は、毒舌家の身内として世間からうしろ指さされるようなこともあったろう。その罪滅ぼしを、談志は自分ならではの仕方で家族に精いっぱいおこなっていたにちがいない。

毒舌の花をたわわに咲きほこらせた談志は、その「根に優しさ」潜ませ、それを感じた、談志:松岡克由をしる人々が今、おおくのなみだを流しているのだろう。


ところで、色川武大といえば、最近上梓された伊集院静の「いねむり先生」のモデルになった人物だ。

別名、阿佐田哲也。

「麻雀放浪記」をこよなく愛した知人にその名を教えてもらい、名前は知っていたが、当方は読んでいない。その人は、落語のファンでもあり、《落語は人間の業の肯定だ》とも言っていた。

なんのことはない。それは談志の持論である。たぶん、知人は、色川=談志のつながりを承知のうえで発言していたのだろう。

色川は川端康成賞も受賞した純文学作家であるということだ。矢野さんの言うことが本当であるとすれば(本当だと思うが)、おおきな存在たちに惚れられた男冥利につきる人物であると色川武大について言うことができよう。

*************
(以下は、東京新聞サイトに掲載された伊集院静の「いねむり先生」についての談話全文)


「小説ですから90%はうそですが、90%は本当です」


 帯に「著者自伝的長編小説」の文言が見える新作『いねむり先生』(集英社)について、東京都内のホテルで会った作家伊集院静さん(61)は、にやっと笑ってこう説明した。一見“計算”が合わないように思えるが、それが本書の神髄ともいえる。「でも全部が本当に思えてくるというのが色川武大の大きさなんでしょう」と付け加えた。


 色川武大。『離婚』『百』『狂人日記』などの純文学小説を残したこの作家は同時に、阿佐田哲也の名で『麻雀放浪記』などの大衆小説も手がけ、死後二十二年がたった現在もなお、人気は色あせていない。雀聖として崇(あが)められる一方、ナルコレプシー(睡眠障害)という持病を抱え、卓を囲んでいる最中の居眠りもたびたびだったともいわれる。


 『いねむり先生』は、その色川=阿佐田との約二年間の交流がもとになっている。女優の妻を失い、心身ともにすさんだ状態にあった主人公が「先生」と出会い、ギャンブルの旅も重ねていくうちに、「先生」の持つ独特の魅力に引かれていく。


「読み返してみると、シンプルな物語だったと思います。出会った・救われた・別れた-というね。ただ、この小説をどう書いていけばいいのかを考えていたときに、仕事場にある色川さんに似た人物を描いたイラストを眺めていて、物語全体のポエムみたいなものを見つけていこうじゃないかと思った。そして、この四行が見つかったんです」


 そう言って、冒頭の銘句を指さした。<その人が/眠むっているところを見かけたら/どうか やさしくしてほしい/その人は ボクらの大切な先生だから>


 「この趣旨を外すまいと。で、この趣旨は何かと言ったら敬愛以外にない。とにかく敬愛を外すまいと。あとはたくさんの作品の中からどれを引用してまとまりをつけるか、でした」。結果、取った一文が『狂人日記』の中にある<自分は誰かとつながりたい。人間に対する優しい感情を失いたくない>だった。


「人といつもかかわっているというのは、いちばん厄介ですが、いちばん大事なことなんじゃないかと思う。人とどうつながっていくかというのは、人間の大きなテーマなんでしょうね。自分の生きる場所、行く場所が見えなくなっているような人がいたら、ちょっとこの本を読んでみてくれないか、という思いはありますね。生きるというのは捨てたものではないという」


 ときおり、持参したたばこを一服つけながら、話は続く。「強く意識していないだけで、だれにでも『先生』のような存在はいたと思います。人生の中で『先生』といわれるものとの出会いは必ずあるのだと。それが人生なんだと。どうしようもない状態に陥っている人間に手を差しのべてくれる存在というのは、周りを見ると必ずいるものです。それで、世の中のある部分は成立しているんですよ」


 東日本大震災では、仙台市内の自宅も大きな被害を受けた。「かなりダメージを受けました。これだけ頑丈なからだを持っていても、やられたなあ、というのはありました」。以降、仙台から離れずに、その時々に感じたさまざまな思いを雑誌「週刊現代」などで、時にユーモアを込めながらつづっている。サントリーの新聞広告で新社会人に向けたエッセーの執筆も十二年目。ことしも「ハガネのように 花のように」と題された文章が掲載された。


 <さまざまなことが起きている春だ>と書いたあと、後半は以下のような文言が並ぶ。<新しい人よ。今は力不足でもいい。しかし今日から自分を鍛えることをせよ。(中略)ハガネのような強い精神と、咲く花のようにやさしいこころを持て。苦しい時に流した汗は必ず生涯のタカラとなる。ひとつひとつのハガネと、一本一本の花は、美しくて強い日本を作るだろう>。呼びかけの体裁を取ったある種の祈りにも感じられる。


 色川=阿佐田の思い出を語るなかで、彼が『聖書』が好きだったことを教えてくれた。「聖書には何が書いてあるのかということを二人で話し合ったことがあるんです。私が『それでもなお生きろ、ということじゃないでしょうか』と言うと、急に真顔になって『読めていますね、それは』と。つまり、贖罪(しょくざい)も災害も、ともかく全部背負いながら、それでもなおかつ人間は生きていかなくてはならない。そういうことが聖書には書いてある、というのが二人の結論なんです。この大震災で、家族などを失った高齢者や子どもたちが私たちに問うているのはそこです」 (久間木聡)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/doyou/CK2011043002000178.html


色川武大 (ちくま日本文学 30)

色川武大 (ちくま日本文学 30)

  • 作者: 色川 武大
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2008/12/10
  • メディア: 文庫



麻雀放浪記(一) 青春編 (角川文庫)

麻雀放浪記(一) 青春編 (角川文庫)

  • 作者: 阿佐田 哲也
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 1979/09
  • メディア: 文庫



阿佐田哲也の麻雀秘伝帳

阿佐田哲也の麻雀秘伝帳

  • 作者: 阿佐田 哲也
  • 出版社/メーカー: 青春出版社
  • 発売日: 2003/12/20
  • メディア: 単行本



いねむり先生

いねむり先生

  • 作者: 伊集院 静
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2011/04/05
  • メディア: 単行本



旧新約聖書―文語訳

旧新約聖書―文語訳

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 日本聖書協会
  • 発売日: 1996/12
  • メディア: 単行本



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