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レオナルドxミケランジェロ展(三菱一号館美術館)から [アート・美術関連]

レオナルドxミケランジェロ展(三菱一号館美術館)に行ってきた。

http://mimt.jp/lemi/


案内パネルには「本展覧会では、二人の芸術家の素描を中心に紹介・・」とあり、展示の焦点はふたりの素描、デッサン。

案内パネルからさらに引用すると、「Dicegno ディゼーニョという言葉は、文字通りデッサンやドローイングを意味するだけでなく、まだ頭の中にあるアイデアや構想、つまりデザインも意味していました。頭に浮かんだイメージが、素早く正確な形になって現れるのが、素描であり、そのため素描には、しばしば完成品では失われてしまうような生まれたばかりのみずみずしい形や活き活きした線が見られます。」とある。

展示作品は、赤チョークをつかった薄い線で描かれたものが多く、(図録で見ると分かるのだが)、館内の光では何がなんだか識別できない作品もあった。

印象に残ったのは、パンフレットやチケットにも印刷されている2作品「少女の頭部」と「レダと白鳥のための習作」。もう一点「これは・・」と思ったのは、レオナルドの「髭のある男性頭部」。

それゆえ、本展のタイトル『レオナルドxミケランジェロ』をひとつの競技(勝負)と考えるなら、2対1でレオナルドの勝ちということなる。

しかし、生涯現役という観点からいくと、「フィレンツェのヴェッキオ宮殿の壁画における競作」の後、芸術(絵画・彫刻)作品の創作よりも、そのベースとなる解剖学の研究にレオナルドが入っていったことを考慮すると、芸術家としてはミケランジェロの方が上だったように思う。

レオナルドの素描は、数学的比率を考慮した精緻で、たしかなものではあるが、ふくらみがないように感じられた。最初に引用した案内パネルの言葉でいえば「生まれたばかりのみずみずしい形や活き活きした」もの、つまりは「いのち」があまり感じられない。

その点からいえば、しばらく前に見たモディリアーニのデッサンの方がはるかに衝撃的だった。たった1本の線が意味をもち、簡略化されたカラダの線の上に載せられた細密な女の首の生々しさにドキッとした覚えがある。

モディリアーニ展(国立新美術館)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2008-04-13


今回の展覧会で、一番の収穫は、「天才」と称される二人だが、デッサンをさまざまな視点から描き、蝋や粘土で小さなモデルを制作し、それを元に大きな作品を制作していったことだ。その仕事の速さと完成度について賞賛されるミケランジェロだが、実際のところは、その下準備にたいへんな苦労をしていたということだ。

その点、〈ミケランジェロは「絵画と彫刻は共に素描から生まれた娘である」と語りました。〉と、パネルでも紹介されてあり、「娘」を生み出すためにどれほどの苦労をしたことか・・・。また、今回が世界で初めての長期展示となるという素描、聖書(創世記)の記述にあるイサクを犠牲に捧げるアブラハムのデッサンも2方向から描かれ、その線も錯綜していて、レオナルドの試行錯誤が分かる。


最後に、ミケランジェロの言葉を、案内パネルからもう一つ・・・

〈足か手、あるいは首といった部分だけでも、うまく描く方法を知っている人間なら、この世の被造物を全て描くことができるというのが私の意見である。 ミケランジェロ〉

「被造物」を造った造物主の存在が意識にあっての言葉にちがいない。簡単に言えば、ミケランジェロは、創造者:神を認めていたということだ。

『レオナルドxミケランジェロ』の勝負に、神を引き出してはなんだが、そういうわけで、もっとも優れたアーティストは、デザインやフォルムだけでなく「いのち」の創造者でもある神ご自身であるにちがいない。





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立花隆と池辺晋一郎 [アート・美術関連]

昨日、保坂正康氏の著書から、橘孝三郎と立花隆が親戚であることを示したが、本日はその立花隆と作曲家池辺晋一郎との関係を示す。

どちらも、水戸と関係がある。

しばらく前、NHKの番組『旧友再会』で、俳優の梅宮辰夫と立花隆が同じく茨城大学付属中の先輩後輩で、ともに陸上競技部に属していたことを知った。水戸に祇園寺という徳川光圀創建の禅寺があるのだが、そのすぐ近くにお二方とも住んでいたという。梅宮は家業が医者で、医者になるよう期待されていたが、スカウトされて俳優の道に入り・・・という話だった。

その番組を見たときに、池辺さんも水戸の出身だから、たぶん付属中ではないか、そして、立花、梅宮とも接点があるのではないかと思っていた。そうしたら、今年6月10日『毎日新聞 (p18)』掲載〈創作の原点〉と題する池辺さんのインタビュー記事の中で、立花さんとの関係が示されていた。(ちなみに、その記事の副題は「幼児に『二十歳の呪い』」)。

ピンポイントで引用すると

当時、近隣で評判だった「読書家のお兄さん」が、作家の立花隆さん(77)だ。「本を貸したり、真空管単球ラジオ作りを教えてもらったり。彼は三段跳びで記録を出すスポーツマンでもあった。今や三段腹ですが」。後に両家は、そろって東京に転居。池辺さんは、進学校として名高い都立新宿高に進んだ。

「今や三段腹ですが」は、いかにも池辺さんらしい。

立花さんとの関係で記されているのは、それだけであるが、立花さんから「本を借りたり」ではなく、「貸したり」というのだから、すごい話である。

引用部の前の段落には、「世界文学全集など両親の蔵書を片端から読みふけり、・・・」とある。つまりは、池辺さん自身、読書家であった。そして、「ある時家に遊びに来た茨城大生が、僕のでたらめ(ピアノ演奏)作品を譜面に起こしてくれたのです。字や絵のように、音楽も紙に書けるのか、と。以来『作曲遊び』が一番のお気に入りになりました」。夏休みなどは北原白秋や島崎藤村の詩集を一冊分、まるまる歌曲にしていたという。」ともある。

詩を散文的にしか読めない人にとって、詩を読む作業は退屈きわまりないように思うが、詩を音楽として(まるごと一冊)立ち上げることのできた池辺さんは、読んで楽しむ以上のことが、幼少時から出来たということだ。まさに音楽家になる素養・素質・原点を示すものであるように思う。

記事には、池辺さんの略年譜も出ている。その受賞歴のすごいのに驚いた。記事のリード部には、こうある。

ベートーベンをはじめ交響曲9番をものした作曲家は、第10番を仕上げる前に寿命が尽きるーー世に言う「第九の呪い」を乗り越えて「シンフォニーⅩ」を完成させ、今年の「尾高賞」(NHK交響楽団主催の作曲賞)を受けた池辺晋一郎さん(73)。「就学が1年遅れるほどの病弱で、一人で曲を作るのが楽しみ。『二十歳まで生きられない』と宣告された幼少期が私の原点です」とふり返る。

いつも、ラジオ・テレビの音楽解説で、駄洒落ばかりを聞かされてきた感があって、エライ作曲家とは思えないのだが、やはりスゴイ方のようである。「第九の呪い」を受けないのは、幼少時、十分に呪いを受けたからか、それとも、池辺さんが真正の作曲家ではないからか、など考えてしまう。

以上は、冗談。いずれにしろ、呪いなど受けない方がいいに決まっている。


オーケストラの読みかた 改訂版: スコア・リーディング入門

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夏目漱石の(三遊亭)円朝評(『その後の慶喜』ちくま文庫から) [アート・美術関連]

最近、『あくびの出るハナシ』と題した記事のなかで、三遊亭円朝を取り上げた。
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-04-22

そこで、円朝が噺家として「生まれ変わった」ことに山岡鉄舟がからんでいることを示した。

その後、たまたま、『その後の慶喜』という本を読んでいたら、徳川慶喜と円朝との交流についての記述がでていた。山岡鉄舟が円朝を紹介したという一文があるかと思ったが、そこには無い。しかし、円朝の名人ぶりが示されて興味深い。以下に、引用してみる。


その後の慶喜: 大正まで生きた将軍 (ちくま文庫)

その後の慶喜: 大正まで生きた将軍 (ちくま文庫)




漱石の円朝評

天保10年(1839)生まれの円朝は、当時53歳で円熟期にあった。その芸風は、彼を絶賛した夏目漱石が、円朝に似ていると見た新派の俳優になぞらえて、「その工(たくみ)が不自然でない」「余程巧みで、それで自然」と評したことからも明らかなように、至高の芸風に達していた(「本郷座金色夜叉」「水まくら」。いずれも『夏目漱石全集』第16巻に所収)。つまり、高度な表現技術を持ち合わせながらも、それを感じさせないごくごく自然な語り口で、しかも情味にあふれる芸風となっていたのである。

もっとも、若い頃の円朝は、慶喜に円朝を引き合わせた渋沢(栄一)によると、「万事が大袈裟で、シンミリした話なんか」とは縁遠い芝居がかった派手な噺をしていたらしい。だが、その後の人生でなにか感じるものがあったのだろう。やがて、「人情話というものを発明」して、『怪談牡丹燈籠』や『塩原多助一代記』など、広く世に知られるようになる噺を創作していくことになる。また、素材を広く海外にも求めて、『英国女王イリザベス伝』なども作りあげた。そして、やはり渋沢によると、円朝は「話術が旨かったばかりで無く、なかなか学問もあって文事に長け、能く読書して居ったので、(中略)纏まった長い人情話を作ることが出来た」という。それゆえ、「どんな立派な人とも話」ができ、「高貴の人の御前だからとて別におくびれるような事なぞはなかった」ともいう(『渋沢栄一全集』第2巻、417~418)。「高貴の人」の中のひとりが慶喜だったことはいうまでもない。

いずれにせよ、慶喜と出会った頃、近代大衆芸能の頂点に位置するまでに円朝の芸は達していたのである。それは「本業の芸以外、なおその芸に遊び得る余裕」(同前)がある者にしか到達しえない世界であった。そして、この円朝の二歳年長が慶喜であった。

ちなみに、山岡鉄舟は、天保7年生まれで、慶喜とほぼ同年齢である。最後の将軍を「守る」ために鉄舟は奔走した。慶喜と円朝が出会ったとき、すでに鉄舟は亡くなっているが、円朝は、鉄舟との縁を慶喜に語ったのだろうか。

著者(家近 良樹)は「夏目漱石の円朝評」を、次のようにしめくくっている。

この日の演者円朝と、それを静かに聴く慶喜両人の関係は、まさに明治という時代の特色を集約する光景となった。大衆娯楽の王者と元将軍が、小さな空間で時を同じくするなどということは、身分格差のやかましい封建時代では到底考えられないことだったからである。


徳川慶喜 (人物叢書)

徳川慶喜 (人物叢書)

  • 作者: 家近 良樹
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  • 発売日: 2014/01/08
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江戸幕府崩壊 孝明天皇と「一会桑」 (講談社学術文庫)

江戸幕府崩壊 孝明天皇と「一会桑」 (講談社学術文庫)

  • 作者: 家近 良樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/02/11
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POD(プリント オン デマンド)の話を聞いてきた [アート・美術関連]

POD(プリント オン デマンド)に関する話を印刷会社の方から聞いてきた。

伝統出版、電子出版に継ぐ、新しい出版方式であり、今後期待できるという。

インクジェット方式の業務用印刷機の話もでた。それは、伝統的なオフセット印刷とちがい、アルミの版下(中間作成物)を必要としないので、コストが安くあがるという。そして、生産量・品質ともに高く、少数部数からの印刷も可能であるという。

インクジェット方式の業務用印刷機によるサンプルを見せてもらった。確かに品質がいい。日本には、現在のところ、インクジェット方式の印刷機は、まだ50台に満たないという話である。これからの印刷(とりわけ写真印刷)に関して大いに期待していいように思う。

個人的には、美術展の図録への応用を期待したい。しばらく前、ルオー展に行ってその図録を見た。最近は富岡鉄斎展(どちらも出光美術館)に行って、その図録を見たが、本物との格差が激しい。図録をもって、絵画の命について語ることはできまいと思う。そこにあるのは、亡き骸にすぎない・・。

本日見たサンプルはキルト作品であったが、質感がたいへん優れて良い。近い将来、質のいい図録を安価で入手し手元に置くことができるようになるのだろう。おおいに期待したい。


3:鉄斎TESSAI展 没後90年
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-07-29


私にはもう出版社はいらない~キンドル・POD・セルフパブリッシングでベストセラーを作る方法~

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  • 出版社/メーカー: WAVE出版
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プリント オン デマンド ガイドブック

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  • 作者: 日本複写産業協同組合連合会
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富岡鉄斎 (新潮日本美術文庫)

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  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1997/01
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宮沢賢治の音楽 [アート・美術関連]

宮沢賢治の音楽をめぐるラジオ番組があった。それをMDに録音しておいた。録音したのだが、きちんと記録をつけておかなかったものだから、どのMDに収録してあったのかわからなくなっていた。

それが、出て来た。「ハラスのいた日々」の中野孝次先生が良寛、徒然草などを話す番組を収録したMDに入っていた。宮沢賢治作曲の「星めぐりの歌 」などを取り上げ、その物語作品と音楽について、ゲストに招かれた林光、藤原真理、五大路子らが語るというものだ。ところどころ、賢治作品の朗読が入り、その中には、実弟:宮澤清六のもある。さらに、そこには『風の又三郎』についての貴重な話もある。有名な冒頭 「どっどどどどう、どどうどどどう」の賢治自身の朗読を聞いた方の話もでてくる。

ちなみに、林 光は、賢治の『セロ弾きのゴーシュ』をオペラにしている。最近亡くなった宇野 功芳が、『交響曲の名曲・名盤』(講談社現代新書)に、日本人作曲家として林だけをとりあげていた。

宮沢賢治(林光:編曲)星めぐりの歌
MIYAZAWA Kenji: Song of the Circling Stars (arr. HAYASHI Hikaru)
https://www.youtube.com/watch?v=KqRRN9aIxHI

食事をしながら、その番組を聞いた。あらためて、賢治の感性のゆたかさに思いをいたした。共感覚の持ち主であったのはまちがいない。ランボーもそうであったと聞くが、音を聞くと視覚イメージが湧くというタイプであったはずだ。以前、賢治の絵画を見て、これはフツウではないと思ったことがある。身体意識もフツウでなかったように思う。いわゆる、ドッペルゲンゲルや幽体離脱と称される体験もしているのではないかと感じる。もしかすると、意識して自在にそうできたかもしれない。それは、単に他者への感情移入や対象への自己投入をしているうちに、相手になってしまったり、対象に置き換わってしまうという体験だったかもしれない。以上は、賢治作品から受ける、ただの印象にすぎないのだが、そのように感じるのである。それは、石牟礼道子の感覚ともつながるように思う。

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2012-03-24
石牟礼道子「苦海浄土」:水俣の海は福島につながる 

所信表明と「国柱会」と宮沢賢治
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2006-09-30

個の確立と「神秘的融即」
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-04-29


林光:追悼コンサート「夢へ・・・・・・」

林光:追悼コンサート「夢へ・・・・・・」




林光: オペラ「セロ弾きのゴーシュ」

林光: オペラ「セロ弾きのゴーシュ」

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: 日本コロムビア
  • 発売日: 1995/07/21
  • メディア: CD



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『山岡鉄舟生誕180年記念 山岡鉄舟と江戸無血開城』展 江戸東京博物館 [アート・美術関連]

台風の影響で大雨の可能性のあるなか、展覧会に出向いた。「青春18切符」の使い残しがあり、モッタイナイというわけで、どこに行こうかということで、決まった。

当初、「東北日本と西南日本を分ける最重要断層」とも言われる棚倉構造線に沿った鉄道水郡線)の旅を考えたが、昨年の同時期、やはり台風の中、たいへんな目にあった方の経験を知って、とりやめにした。

棚倉構造線
http://mtl-muse.vill-ooshika.com/t040900tanakura.htm

江戸東京博物館の『山岡鉄舟生誕180年記念 山岡鉄舟と江戸無血開城』展のことは、ネットで行き先をさがす中で、知った。鉄舟創建の寺『全生庵』の遺品で構成された展示で、出向いたのだが、いちばん見たいものが出ていなかった。鉄舟臨終の際、座禅を組みながら往生したという図像だ。ケチらずに出せばいいものをと、思ったりした。もっとも、そうなると「江戸無血開場」とはズレてしまうのでと言い訳が出そうだが・・。

山岡鐵舟先生臨終図(全生庵蔵)
http://www5d.biglobe.ne.jp/~mutoryu/page1/siryo/shoga.htm

もうひとつ併設展示として、やはり『全生庵』所蔵の某画家の幽霊画の展示もあった。人間国宝落語家の柳家小さんが晩年寄贈したものもあるという。スタジオジブリの鈴木さんの推薦の言葉もあったが、こちらはほとんど素通り、当方の感性からいくと、シロウトの領域である。かろうじて挿絵に見るものがあるといった手合い。

面白かったのは、地震がちょうどあって、外国人客が「アースクェイクか」とフロントに押しかけ、受付嬢がうれしそうに、「アースクェイク、アースクェイク」と繰り返していたところ。まるで、外国人に日本の名物を紹介できて嬉しいといった風情だった。

耐震建設の博物館にドンと衝撃があって、何か倒れた感がし、せっかく出向いてきたものの、運転見合わせの不運にはばまれて帰宅もままならなくなってはと早々に館を出たが、東京はなんともなっていない。電車は動いているし、平常どおりである。さすが地震大国である。

ということで、「青春18切符」を、数え58のおっさんが使い切った。

COBUILDに見る"folly"の例文
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2011-06-10


OD>おれの師匠―山岡鐵舟先生正伝

OD>おれの師匠―山岡鐵舟先生正伝

  • 作者: 小倉鉄樹
  • 出版社/メーカー: 島津書房
  • 発売日: 2014/07
  • メディア: 単行本



3D地形図で歩く日本の活断層

3D地形図で歩く日本の活断層

  • 作者: 柴山 元彦
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2016/07/25
  • メディア: 単行本



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柳家小三治師匠の独演会に [アート・美術関連]

久しぶりに小三冶師匠の噺を聞いた。むし暑い日で、会場も暑かった。

当方は、いわゆる小三冶の「おっかけ」である。当地での落語会の折には、必ず出向くようにしている。落語会の案内チラシを記念に保存してあるので、たしかめたら平成16年が最後になっている。どうりで、「久しぶり」と感じるわけだ。

師匠もそのことをマクラに振った。出囃子で登場し高座に上がる。開口一番、「心配しているんです・・・」と言う。こちらは思わず、「何を?」と驚く、当惑する。すると、「何って・・・」と、その後をつなぐ。その間(ま)のために、思わず引き込まれる。最近読んだ好奇心に関する本に、「情報の空白」の話が出ていた。それだなと、思った。

好奇心は知識に連動
http://kankyodou.blog.so-net.ne.jp/2016-05-31-1

師匠も記録を調べて過去7、8年当地に来ていない。それで、まとめ役がいないのではないかと心配しているというのだ。一度、事情があって、独演会に行きそびれたことがある。それから、もうすでに7、8年経過しているのを思い出した。


平成16年の「柳家小三冶一門会」のとき、いっしょに来たのは柳家喜多八だった。最近、亡くなった。ニュースで知ったとき、師匠もつらいだろうなと思った。今回、つれてきたのは、その弟子の柳家ろべえ。どうぞよろしくと師匠じきじき挨拶していた。

平成16年というと今から12年前になるが、その間もテレビで師匠の姿は見ている。2008年10・14のNHKプロフェッショナル 仕事の流儀』100回記念は小三冶師匠だった。そのときはじめて師匠がリウマチ病みで、薬を手放せないことなど知った。山のような薬を飲みつつ、夏の真っ盛りの寄席で奮闘しているようすも見た。

それから8年。ホール・ステージ上に壇がきずかれ座布団が敷かれる。高座にあがるとき少したいへんそうで、「師匠お年を召されたな」の印象を持った。はなし始めたのは、『粗忽長屋』。死人の噺だ。会場にいる自分のファンであれば、当然喜多八の死を知っていて、そのことをまくらに振ってかける噺といえば、これしかないということだったのだろうと勝手に思った。以前、米朝師匠がテレビ出演していて、弟子が亡くなった直後の高座でのことを思い出したりした。

米朝、逝って、心配、無くなる 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-03-20


中休みを経て、後半。あい変わらず会場はむし暑い。(もしかすると、師匠の要望で空調の温度が高めに設定されていたのかもしれない。体調維持のために、あまり体を冷やせないということを聞いている)。「きょうは何をかけるのだろう。『青菜』かもね・・」などと(客席2列目で)話していたら、まくらなしに突然「植木屋さん、ご精がでますな」と始まった。『青菜』である。季節は夏、お屋敷住まいの大旦那と出入りの植木屋の暮しぶりをめぐる噺だ。

『青菜』はいちど聞いている。平成15年9月。そのときの枕は、「自分はタレント活動など見向きもせずにやっているが、テレビなどというものは・・」というような話しで、ついたまたま「(そんなことを言っているが、ほんとのところテレビにも出たいんでしょうがぁ・・の意を含んで)またまた」と5列目の席で、口走ってしまい、にらまれた感がしたのを覚えている。ついでに「見てろよ」と言われた気もした。

それからタイヘンだった。落語を聞いて失神しそうになった。あたまがクラクラした。血流がどうかしてしまったのだろうと思う。笑死寸前の思いをした。あとで知ったことだが、師匠は、平成15年/2003年7月・イイノホール「円朝祭」 で演じた『青菜』で、第54回 芸術選奨文部科学大臣賞(大衆芸能部門)を受賞している。その直後の高座を経験できたということになる。

それから13年。『青菜』はさらに成長をとげた。ユーチューブ上、師匠の演じる『青菜』を見ることができる。それはさらに古く1991年8月のクレジットが打ってある。当方が初体験した『青菜』より、さらに10年以上前になるが、それとはまったく比較にならない。はるかに出来がよくなっている。

今回、あたまがクラクラすることはなかったが、旦那さんの風格はいや増し、お屋敷はいよいよ広くなり、植木のあいだをくぐる風はさわやかにながれて、植木屋の路地裏の暮しとの対照も自然になった。

植木屋も、クマさんハッツァンのまったく無知といった風情ではなく、それだけのお屋敷に出入りを許されるだけの人品を備えた人物になっている。たまたま経済的にゆるさないので植木屋を稼業とし、路地裏に住まいはしているが、人間として向上していきたいという願いをもつものとして描かれている。

全体に上品になった、品格があがったと言っていいように思う。旦那の風格にいたっては、米朝さん晩年の『百年目』の大旦那を思い出したりしていた。

はじめて聞いた『青菜』のときには、ただただ笑って聞いていただけなのだが、今回は、人間としてもっと大きくならんといかんなあと感じて聞いていた。人間としてもっと向上せなあかん・・と。

どういうわけか、関東人のくせに関西弁になって・・・。


【落語】柳家小三治/青菜(1991年8月)
https://www.youtube.com/watch?v=peJ_iAcpKrc

中国のテレビドラマ「宮廷画師 郎世寧」を見ながら思ったこと 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-04-14


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富田勲さんのNHK-FM追悼番組を聞いて [アート・美術関連]

NHK-FMで、4時簡にわたる追悼番組を聞いた。『未来を走り続けた冨田勲の音世界』と題して作曲家・吉松隆が案内していた。

2012年、初音ミクを用いた「イーハトーブ交響曲」の初演寸前、ご本人が出演し、吉松隆司会で富田勲の仕事を回顧するFM番組があった。その再放送がプログラムの中心で、その合間に、親しく仕事をした人たちに思い出を話してもらうというスタイルの番組だった。

ご本人の話しぶりからもそれはよく了解できるが、親しくしていた方たちのいう富田勲の人柄を一言でいうなら、「垣根のない」ということのようだ。「偉ぶらない」「(自分を)飾らない」と言い換えることができるかもしれない。年下のひとたちにも、たいへん気さくで慕わしい人であったようだ。

今回の放送では、外されてしまっていたが、その人柄をほうふつとさせるエピソードがある。JRのコマーシャルの話だ。当方の記憶にもそれはある。たしか、富田さんが列車の窓辺に手を伸ばして外のようすをぼんやり見ているというイメージを用いた広告だ。テレビでも放映されていたと思う。

ある日、富田さんが、山手線(だったか・・)に乗車している時、車中の人の目が自分に注がれているのを感じて、見ると中吊り広告(だったか・・)壁(だったか・・)に、JRの自分のコマーシャル画像が出ていて、まさにソレをおんなじ格好をしている自分に気づいた。それで、いたたまれなくなって、次の駅で降りた・・・という話しをしていた。


テレビでも追悼番組がつづく。

冨田 勲さん追悼 関連番組放送のお知らせ
http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=05692


音の雲 ずっと音の響きにこだわってきた/冨田勲 著

音の雲 ずっと音の響きにこだわってきた/冨田勲 著




TOMITA ON NHK 冨田勲 NHKテーマ音楽集(新装版)

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  • 出版社/メーカー: 日本コロムビア
  • 発売日: 2015/03/04
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ホルスト:組曲「惑星」

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  • アーティスト: 冨田勲,ホルスト
  • 出版社/メーカー: SMJ
  • 発売日: 2012/12/05
  • メディア: CD



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「めぐり合わせ」~「デイヴィッド・ヒューム」~「富田勲 追悼番組のお知らせ」 [アート・美術関連]

昨日の更新で、「めぐり合わせ」がどうのこうのと記したが、関連ありそうな資料をみつけた。「因果関係」に関する論議だ・・・。

以下の記述によるなら、自分の身にふりかかった出来事を、「奇遇」だの・・、「めぐり合わせ」だの、「シンクロニシティー」だのとみなす思い・・は、要するに、そう思う主体がそう思っているだけのこと・・ということになるのかもしれない。

ヒュームは、因果関係の特徴は「でなければならない(must)」という考え、あるいは必然性にあると見なした。しかし彼は、原因と結果の間に必然的な結合と言えるような結びつきはなく、事物は我々にそのような印象を与えないと論じ、「であるbe」あるいは「起こるoccur」でしかなく、「must」は存在しないと主張した。一般に因果関係といわれる二つの出来事のつながりは、ある出来事と別の出来事とが繋がって起こることを人間が繰り返し体験的に理解する中で習慣によって、観察者の中に「因果」が成立しているだけのことであり、この必然性は心の中に存在しているだけの蓋然性でしかなく、過去の現実と未来の出来事の間に必然的な関係はありえず、あくまで人間の側で勝手に作ったものにすぎないのである。では「原因」と「結果」と言われるものを繋いでいるのは何か。それは、経験に基づいて未来を推測する、という心理的な習慣である。

ヒュームは、それまで無条件に信頼されていた因果律には、心理的な習慣という基盤が存在することは認めたが、それが正しいものであるかは論証できないものであるとした。後世この考えは「懐疑主義的」だと評価されることになった。

デイヴィッド・ヒューム(David Hume)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A0


この資料は、実は、哲学者ヒュームの評伝 を読み始めたのだが、むずかしいので、ヒューム自身や彼の生きた時代について、ウィキペディア等で調べていて(偶然、奇遇ですなあ・・)見つけたもの。原本を翻訳するだけでなく、詳細丁寧な背景的解説も加えて欲しいという思いで、今、いるところ。

もっとも、この本などは、ヒュームの哲学・思想の深いところを知るために、その背景的な知識として読まれるべき一般書として記されたものなのだろうが、その一般書も、むずかしく感じるのがシロウトというもの。そういう人間はそもそも手を出すべき本ではないのかもしれないが、なんであれ目の前に出てきた以上、読んでみたいと思うもの・・・

だって、これもソレ・・、「めぐり合わせ」というものでしょうが・・・


デイヴィッド・ヒューム:哲学から歴史へ

デイヴィッド・ヒューム:哲学から歴史へ




5/28追記
ヒュームの生きた時代背景を知るこんな資料を発見・・

スコットランド啓蒙における「学問の国」と「社交の国」
The ‘Dominions’ of ‘Learning’ and of ‘Conversation’
in the Scottish Enlightenment
坂 本 達 哉
SAKAMOTO Tatsuya
http://chssl.lib.hit-u.ac.jp/education/publication/images/22_03.pdf



本日のブログ更新は、実は、全然、ヒュームの話はメインではなく、明日、先日亡くなった富田勲さんの特別番組があるので、それについてお知らせしようと思ったしだい。


冨田 勲さん追悼 関連番組放送のお知らせ
http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=05692

5月5日に亡くなられた作曲家・冨田 勲さんをしのんで、関連番組を放送します。


「未来を走り続けた冨田勲の音世界」 

【放送予定】5月27日(金)[NHK-FM]後2:00~6:00

【案内役】吉松 隆(作曲家)
【ゲスト】藤岡幸夫(指揮者)ほか



イーハトーヴ交響曲

イーハトーヴ交響曲

  • アーティスト: 冨田勲,大友直人,初音ミク,日本フィルハーモニー交響楽団
  • 出版社/メーカー: 日本コロムビア
  • 発売日: 2013/01/23
  • メディア: CD



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「ああ、日本がいっちゃう」 (国本武春追悼) [アート・美術関連]

国本武春 逝く。 

55歳。いちばんあぶらののっているときに・・・

作家の井上ひさしが、以前はなしていたことだ。オーストラリア遊学時、司馬遼太郎先生がやってきて、その案内役をした。

幾日かともに過ごし、司馬さん搭乗の飛行機を見送るときの気持ち

「ああ、日本がいっちゃう」


武春 逝って、そんな感じだ。


しばらく前に大病をした。そのときのことを、文化放送『日曜は がんばらない』で、武春自身、話している。鎌田實 村上信夫がお相手だ。直接、その声も聞くことできる。浪曲のひとふしも・・

2012年9月16日 第24回放送分
http://www.joqr.co.jp/kamata/2012/09/

************

国本武春 in 道頓堀ZAZA.wmv
https://www.youtube.com/watch?v=3hBIkWmcfFs

当該ブログで取り上げた「国本武春」関連記事
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/search/?keyword=%E5%9B%BD%E6%9C%AC%E6%AD%A6%E6%98%A5






国本武春 古典浪曲傑作撰 第二集

国本武春 古典浪曲傑作撰 第二集

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: SPACE SHOWER MUSIC
  • 発売日: 2008/03/05
  • メディア: CD



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水木しげる 人間引退 [アート・美術関連]

水木しげるさんが亡くなった。


水木しげるさん死去:妖怪通じ現代に警鐘
毎日新聞 2015年11月30日 13時09分(最終更新 11月30日 13時47分)
http://mainichi.jp/select/news/20151130k0000e040200000c.html

ことしに入って、「オモチロイことがなくなって、便秘になった」のを機に、漫画家を引退したように聞いていたが、人間も引退してしまわれた。

水木しげる 現役引退?
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-05-10


93歳というから、昔なら (今でもそうかもしれないが)、葬式で赤飯をたいて祝う年齢だ。

いつか必ず人の行く道だが、「ゲゲゲの女房」は憔悴していないだろうか。エッちゃんは、大丈夫だろうか。

妖怪の総大将「ぬらりひょん」は、水木さんみたいなものではないかと思っていたが、総大将が逝ってしまわれた。

**********

一番妖怪くさい人:水木しげる 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-12-2

『鬼太郎が見た玉砕』を見た
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-13





ゲゲゲの女房

ゲゲゲの女房

  • 作者: 武良 布枝
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2008/03/07
  • メディア: 単行本



お父ちゃんと私―父・水木しげるとのゲゲゲな日常 (YM books)

お父ちゃんと私―父・水木しげるとのゲゲゲな日常 (YM books)

  • 作者: 水木 悦子
  • 出版社/メーカー: やのまん
  • 発売日: 2008/03/08
  • メディア: 単行本


つづく


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女優川島なお美の死 (そのイメージと身体、そしてメディア) [アート・美術関連]

川島なお美のことを書こうと思う。どこに着地するかわからないが、書いてみようと思う。

今朝の『スポニチ』1面には、川島なお美のことがおおきく取りあげられていた。1面を飾っていたのは、川島なお美の死。メディアは、川島の死を飾り立てていた。

先日ネット上に、記者会見のもよう(写真)が出ていた。『スポニチ』に出ていたのもその写真なのだろう。やせ細ったようすを見ての率直な感想は、「出てこなければいいのに」というjものだった。美人女優としてのイメージを破壊してしまうではないかと思ったのである。そして、思いは飛んで、(話題が古くて申し訳ないが)原節子のようにひっそりひそかに死をむかえればいいではないかと思ったのである。とうていその姿からは、回復復帰するようには思えなかったのだ。

数年前、胃がんで急逝された知人がいる。50代はじめだった。たいへん可愛らしい方で、皆から慕われていた。お棺にはいった姿も美しかった。追悼式でのこと、いまでは遺影となったありし日の姿の数々を見ながら、ほとんどひとりごとのように口をついて出たのは、「お見舞って来てほしいものかな・・」というものだった。ホスピスで撮影されたものを見て、入院闘病中のくちべにもさしていないところを見舞われるのは、いかがなものだろうかという思いからでたのだと思う。すると、たまたま横にいた女性が「相手にもよるでしょうね・・」と、これもまたほとんどひとりごとのように応じた。

いわばフツウの女性の感覚からいって、そうであるなら、女優を業としていた人にとって、やせ細ってあさましい姿を「相手かまわず」さらすというのはたいへん辛いことではないかと思ったのである。御主人もよく人前に出るのを制しなかったものだとも思ったのである。

ただ逆にいえば、「相手かまわず」自分をさらす女優という仕事にたずさわってきたのであるから、区切りとして(古いことばでいうなら、ケジメとして)、きちんとマスコミを通じ皆さまにご挨拶をしましょうということだったのかもしれない。御主人も、本人の意思の強さにとうてい抗うことができなかったのかもしれない。今、本人のブログがあるというので覗いてみたら、舞台降板することへの申し訳ない気持ちと、代役をたてての公演予定をそのまま受け入れてくれた関係者各位への感謝が示されてあり、あとを濁すまいとのつよい意志も感じられた。

勝手な想像だが、川島なお美という女優にとって、女優というより、ひとりの人間として意識が大であったのかもしれない。いわゆるアイデンティティという見地からいえば、川島なお美のそれは、女優ではなく、人間だったということだ。ひとりの人間として、自分をこれまで見守ってくれた皆さんに、たとえ女優としてのイメージを破壊したとしても、感謝を表明したいということだったのかもしれない。彼女にとっては、マスコミをとおして周知され、見聞きするであろうすべての人が、もし見舞ってくれるなら感謝して受け入れることのできる望ましい「相手」だったのかもしれない。

ここまで書いてきての結論は、川島なお美のその心映えの美しさに行き着きそうだが、記者会見の川島を見て「やせ細ってあさましい・・」と見なすのは少数派に過ぎず、川島なお美本人も大多数の人々も(今日のスリム志向の美意識からいって)全然そのようには見なしていないということもありうる。また、回復復帰を本当に信じていたということもありうる。そうなると、結論を変える必要もあるということになるのだろうが・・・。

今、平凡社から出ているえらいむずかしい本を読んでいる。というか、読みあぐねている。『イメージ人類学』と題するその本には、美術史の対象として扱われてきた美術作品(イメージ)を人類学の範疇で捉え直そうといいう試みについて記されている。そこでは、美術作品(イメージ)と身体とメディア(媒体)との関係が記され、身体そのものがひとつのメディアとして機能するという“ような”ことが書いてある。遺影をたとえとするなら、遺影というイメージは、死によって、いまや身体を喪失し不在となった身体の実在を証しするものであり、身体そのものもまた、身体のイメージであるとともに、その媒体(メディア)でもあるといった内容なのである。

川島なお美のイメージとその身体とを想起しながら読み進めると、読みあぐねていたものを前身させることができるかもしれない。


イメージ人類学

イメージ人類学

  • 作者: ハンス ベルティンク
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2014/11/05
  • メディア: 単行本



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なんともほんわかまったりした戦前の映画(丹下左膳餘話 百萬両の壺) [アート・美術関連]





戦前の映画を、掘り出してきた。

ちゃんちゃんばらばらの大活劇かと思ったら、そうではない。

キタナイつぼをめぐって話は展開する。クズ屋に10文で売り飛ばしたつぼ。実は100万両の値打ちのある器(うつわ)だった。それは、柳生家から、ムコ養子に出した弟夫婦に贈ったもの。贈ったあとで、「事実」を知ったお殿様は、弟からつぼを、取り戻そうとする。弟もまた、「事実」を知って、クズ屋から取り戻そうとくわだてる。

つぼは、クズ屋から、少年の手にわたり、みなし子となった少年は、丹下左膳の世話をうけるようになる。左膳は左膳で、居候の身。おんな主とふたりで、少年の親代わりになる。

転々とするつぼを、ムコ殿はさがして歩く。さがしにでようとする夫を、妻が励ます。「100万両ですのよ、あなた」という言葉が、ばかばかしくおかしい。夫は夫で、「江戸は広いし、10年かかるか、20年かかるか、かたき討ちをするようなもの」とくりかえし応じる。

家臣をもちいて真剣にさがす柳生のお殿様に対して、ムコ殿の方は、「事実」を知りながらも、どこかどうでもいい。「100万両」を口実に江戸市中をあそんで回っている。そのうち左膳の店に出入りするようになり、話はいよいよおもしろく・・・。

ほんとうに殿様の器量のあるのは、実は弟のムコ殿の方かもしれない。見ようによっては、つぼをめぐるバブルの話ということもできそうだ。つぼをめぐって人間の値打ちまで見え隠れする。

これまでのシリーズで他の監督がちゃんちゃんばらばらを演じさせていた左膳を、当該映画の監督山中貞雄は「人情喜劇」にしたてたという。同じ山中監督のもので、『人情紙風船』も見たが、たいへんな才能を感じさせる。なんど見ても飽きない。

惜しいことには、先の戦争で徴兵され、戦地で亡くなった。ほんとうに、惜しいかな、ああ惜しいかな・・・である。

**********
山中貞雄 - 丹下左膳餘話 百萬兩の壺
Sazen Tange and the Pot Worth a Million Ryo(1935)
https://www.youtube.com/watch?v=-iUy9j-MK6w

山中貞雄を見よう!!
http://www5a.biglobe.ne.jp/~shadow/_shadow/index.html


人情紙風船 [DVD] COS-031

人情紙風船 [DVD] COS-031

  • 出版社/メーカー: Cosmo Contents
  • メディア: DVD



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水木しげる 現役引退? [アート・美術関連]

水木しげるの連載がビッコミで突然の最終回のニュース。

水木しげる「わたしの日々」が、本日5月9日に発売されたビッグコミック10号(小学館)にて最終回を迎えた。

「わたしの日々」は2013年12月に同誌で連載をスタート。今年93歳を迎える水木が、戦争体験をはじめとする昔話や現在の生活についてフルカラーで描くショート作品だ。最終回「単調な日々」ではタイトルの通り、あまり“オモチロイ”ことがなく便秘になってしまった作者の体験が綴られた。連載全34回分を収めた単行本は7月末に刊行される予定。

http://news.mynavi.jp/news/2015/05/09/246/
**********

水木さん、現役引退とおぼしき記事?

当方、小学生のころ、寄り道をしては、神社の境内、社殿のイヌ走りで、妖怪事典のたぐいを、ともだちと見るのが楽しみだった。怖がりのくせして、いろいろ覚え、妖怪学者にでもなった気でいた。単行本の漫画はじめて買ったのも、水木しげるのゲゲゲ。

50年も前のはなしだ。

ソレ以前から、コレまでずっと現役できたのだから、水木さんのキャリアは妖怪ナミだ。水木さんの世代が、ほとんど消えうせた今、いまだ現役でいるところなど、やはり妖怪っぽい。人間の風貌をしてはいるが、実は妖怪ではないかとひそかに思っている。

一番妖怪くさい人:水木しげる 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-12-2


水木サンの幸福論 (角川文庫)

水木サンの幸福論 (角川文庫)

  • 作者: 水木 しげる
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2007/04
  • メディア: 文庫


水木さんは、戦争を、生きた経験として語ることのできる一人だ。戦争中、水木さんは、腕をイッポン奪われた。友人・知人を殺された。戦争に、だ。それ以来、痛みをもって生きてきた。

いま、水木さんを、語り部としてもつことができるのは、戦争を知らない面々にとって「国宝級」といってイイ。

*************

NHKドラマ『鬼太郎が見た玉砕』を見た 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-13


総員玉砕せよ! (講談社文庫)

総員玉砕せよ! (講談社文庫)

  • 作者: 水木 しげる
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1995/06/07
  • メディア: 文庫



敗走記 (講談社文庫)

敗走記 (講談社文庫)

  • 作者: 水木 しげる
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/07/15
  • メディア: 文庫



白い旗 (講談社文庫)

白い旗 (講談社文庫)

  • 作者: 水木 しげる
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/07/15
  • メディア: 文庫



姑娘 (講談社文庫)

姑娘 (講談社文庫)

  • 作者: 水木 しげる
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/08/12
  • メディア: 文庫



*************


福島原発の闇 原発下請け労働者の現実

福島原発の闇 原発下請け労働者の現実

  • 作者: 堀江 邦夫
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2011/08/19
  • メディア: 単行本




猫楠―南方熊楠の生涯 (角川文庫ソフィア)

猫楠―南方熊楠の生涯 (角川文庫ソフィア)

  • 作者: 水木 しげる
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 1996/10
  • メディア: 文庫



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米朝、逝って、心配、無くなる [アート・美術関連]

タイトルを見て、お叱りを受けそうでもあるが・・、ホントウの話し。

米朝師匠の年齢からいって、いつ逝ってもおかしくないし、ご病気の話しも聞いていたので、それなりに心配していたのだ。

ときとして、「米朝」が話題となる。「米朝師匠、ついに亡くなったか」とドキッとする。

亡くなってもおかしくないのだから、ドキッとする必要もないのだが、それでもドキッとする。人が亡くなるというのは、それがダレであってもドキッとさせられるものらしい。

その「米朝」が、師匠のことでナイことが、これまでたびたびあった。「米朝会談」というアレである。アメリカと朝鮮のことで、「米朝」とアナウンスされるたびに、ドキッとしていたのである。

もっとも、当方、ヘンなところがあって(言うまでもなく知る人ぞ知るなのだが)、ハンニチ・デモと聞くと「半日とは、なんと中途半端な・・」などと思ったりする御仁なので、まあお許し願いたい。

昨日、チュニジアのテロのことを更新して、「ヒトも歩けばタマに当たる」など書いたが、世界中どこであっても絶対安全などということはナイ。絶対安全安心なのは、死んで意識の無い人たちくらいだ。やすらかに眠っている死者たちくらいである。生きている人間には不安がつきまとい、生きる意志が強い人ほど安心からは遠のく・・・。


米朝さんが、これから高座に上がろうとするとき、楽屋で弟子の訃報を聞き、思案する様子がNHKで放映されたことがある。たしか正月の席ではなかったかと思う。正月と死は不似合いである。それでも、米朝師匠は、弟子の死を「まくら」で取り扱って笑いをとっていた。

弟子の死を話題にすることは、避けてとおれば、通れたろう。そのことでインタビュー受けると、「そんな情のないことできまへんがな、生身の米朝が話すんでっせ・・」と少々いら立ちながら答えていた。その思案する様子から、生身の米朝が人生のシビアな面をも笑いに化そうとする真摯さを感じた。

その時、師匠がとったのは、捨て身の方策だった。自分の死を「まくら」に含めることだった。米朝も生身である。将来かならず死ぬ・・そのことを弟子の死と結びつけた。

「三遊亭円生師匠がなくなったときは、パンダが日本に来て話題になっとりました。そのことが、新聞の一面に取り上げられとりましたが、円生師匠の訃報が、パンダよりちいさくでとりましたなあ。私のときは、のらない(掲載されない)んとちがいますかなあ・・」


師匠、残念でした。予測大ハズレです。新聞一面にでかでか出とりましたがな・・。

************

動画:記者会見のもよう
桂米朝さん死去。米団治さん、ざこばさんが会見
http://www.yomiuri.co.jp/stream/?id=2610947&ctg=3

戦後の上方落語界をリードし、日本を代表する落語家だった桂米朝さんが19日、89歳で死去し、一夜明けた20日午前、長男の桂米団治さん、一門の桂ざこばさんらが大阪市内で記者会見し、米朝さんをしのんだ。米団治さんは「眠るように逝きました。上方落語の世界を大きくしてくれた師匠でもあり、父でもある人に感謝の気持ちでいっぱいです」と語った。ざこばさんは「大往生というのは、これのことやな。上手に亡くなりはったな」と声を詰まらせ、涙を流した=大阪本社写真部 小出夏来撮影 2015年3月20日公開


立川「談志が死んだ!」・「あたまはツブシタのかい!」
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2011-11-24


落語と私 (文春文庫)

落語と私 (文春文庫)




桂米朝 私の履歴書 (日経ビジネス人文庫)

桂米朝 私の履歴書 (日経ビジネス人文庫)

  • 作者: 桂 米朝
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2007/04
  • メディア: 文庫



落語研究会 桂 米朝 全集 [DVD]

落語研究会 桂 米朝 全集 [DVD]

  • 出版社/メーカー: ユニバーサルミュージック
  • メディア: DVD



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