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山本太郎 VS 安倍晋三(太郎「褒め殺し」で日本の現状を示しつつ首相を批判/ 国会での動画あり) [政治・雑感なぞ]

先の更新に際して、『阿修羅』というサイトを知った。

名前からいって、ちょっと怖いような感じもした。その最新記事に、山本太郎議員の国会での質問、それに答える安倍首相の様子がでている。実写動画もある。

山本議員は限られた時間で、日本の現状をよく示していると思う。「ほめ殺し」も有効に機能していると思う。安倍首相の答弁の熱の無さとは対照的に、原稿を読んではいるものの自分の言葉で熱く語っている。

それに反して、答える首相の表情は暗い。官僚の準備した原稿をただ読んでいるだけである。良心がいくらかでもあるなら(もちろん、いくらかはあるだろうが)、山本議員の言葉が重く響かないわけがない。響いているだけに、用意された原稿を読む(のはいつものことではあろうが)のが重荷に感じられてもいるようだ。ボクシングでいうなら、ボディーブロウがきいて足にきている状態だろう。

両者の質疑応答のあとに、速記録から云々(「うんぬん」であり「デンデン」ではない)という議長の言葉が最後にあった。山本議員の発話に、なにか不適切な表現があったのだろうか。

政治家と官僚のつくる統計上の数値を並べた「キレイごと」作文は受け入れられても、庶民の肉声にちかいものは受け入れられないものとなるのであろうか。そうであるなら、国会というところは、庶民の声は「キレイごと」に翻訳され、その微妙なニュアンスの本当に聞きとどけて欲しいところは切り捨てられるところなのだろう。そうして、その多くは取り上げられることなく闇に埋もれていくのだろう。

山本議員は天皇に、ちょくせつ手紙を渡すなど、国会のモンダイ児とされているようだが、ビデオに収録されている様子からは、庶民の肉声を代表しているように感じられる。

山本太郎、宴遊会で天皇に直接手紙を手渡し、現代の田中正造になる http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2013-11-01

天皇皇后の足尾への「私的なご旅行」は、山本太郎議員への回答かも・・・http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-05-21


(以下の記事・動画を)ひととおり見て、日本の現状を改めて認知できた気がする。寝ぼけていてはいけない、と感じた。


政府が、最も国民に聞かせたくない演説はこれだ!安倍が青ざめた山本太郎の褒め殺し。
http://www.asyura2.com/17/senkyo226/msg/154.html


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昭恵首相夫人情報発信再開の “陰で” [政治・雑感なぞ]

ロイター発ニュース昭恵首相夫人が情報発信再開とあったので、そのブログ・サイトはどのような過去記事があるのか見てやろうと思い、のぞこうとしたが、『フェイスブック』のサイトで、ログインしたり、アチラの許可をえないことには、見ることができないらしい。
http://jp.reuters.com/article/idJP2017052101001453?il=0

ロイター記事によると、「本格的な再開は先月21日から」で、内容は「スウェーデン王女と環境問題を話し合った」などであるという。

「森友学園問題には籠池泰典前理事長の国会証言への反論を3月23日に投稿したのを最後に触れていない」という。その「反論」ですべては言い尽くしたということなのだろうか・・。

そうであれば、その「反論」が見えるようにしておいてくれればいいのにと思う。

「森友学園」も第2の森友といわれる「加計学園」に関しても、安倍昭江氏はキーマン(のひとり)にちがいない。国民の多くは“真実”を知りたがっている。であれば、「情報発信再開」は、王女と会ったなどというキレイごとでなしに、森友の“真実”から発信されるべきである。それをしようとせずに「発信再開」する精神が当方にはわからない。“真実”を語るつもりがないなら、閉鎖をつづけている方がフツウの考え方であるように思う。首相同様、お坊ちゃまお嬢ちゃま育ちで、自分の発信を受け留めるシモジモの顔が見えていないのにちがいない。シモジモから見れば、“真実”を示さずに、キレイごとを重ねて“真実”を覆うとするのは、「恥の上塗り」にも等しいということがわかっていないようである。

首相夫人は、ふたたびキレイごとの世界に戻った御つもりでいるようだが、“真実”を知るゆえに命の危うい方がいるという。「栄転」というカタチで飛ばされたとは聞いていたが、(当該ブログ昨日更新記事にとりあげたように番組降板でタレント生命を消されるどころか)、事実上イノチを消される危険もあるようである。首相夫人秘書とされていた女性のことである。以下のサイトに次のように記されてある。

本当は怖い安倍昭恵
http://www.asyura2.com/17/senkyo222/msg/881.html


〈谷査恵子という人は、 1998年に経済産業省に入省し、2013年に安倍昭恵の「夫人付き」となっています。肩書きは「内閣総理大臣夫人秘書」です。ということで、この辞令を出したのはネトウの頭・世耕弘成になります。 南アフリカに行けば命の保障は全くありません。 存在を消すには好都合でしょう。 死人に口無しです。 安倍昭恵という人に関わらなければ経済産業省キャリアウー マンでとして平穏無事に暮らしていたでしょうね。 谷さんの身の上が心配です〉。

「栄転」の陰に、そんな危険があることまでは考えていなかったが、事実そのとおりであるとすれば、たいへん怖い「栄転」をつかまされたわけである。

いずれにしろ、谷査恵子氏は、首相夫人の巻きぞえとなったわけだが、今頃、どういう思いで昭恵夫人の再開された「フェイスブック」情報を見ているのだろう。

もしかして、「フェイスブック」のアカウントは、既に、消されているかも・・・。


森友問題、安倍首相の“監督”責任が問われる
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-03-25


大統領の陰謀 [DVD]

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松尾貴史、安倍首相を批判 (「あまりに下品」とゲス呼ばわり・・) [政治・雑感なぞ]

松尾貴史が毎日新聞(日曜版)に掲載しているコラムがある。「松尾貴史のちょっと違和感」である。似顔絵がうまいので毎回驚いているのだが、文章の方もなかなかなもので、NHK・FMの人気番組『日曜喫茶室』をうけた番組(『トーキングウィズ松尾堂』)をまかされるだけの、広い視野をもっているなと感じる。

政治のことにもたびだび口を出している。口を出された政治家のなかには「たかが芸人風情が・・」などと松尾をゲス呼ばわりする者もいるかもしれない。指摘がドンピシャなほど、そう言いたくなるにちがいない。

本日の「松尾貴史のちょっと違和感」のお題は・・・

「安倍首相の国会答弁 あまりに下品で不誠実で幼稚」

「あまりに下品」と首相をゲス呼ばわりしている。その内容は 〈〈続きを読む〉〉に全文掲載するが、似顔絵をだせないのが残念である。

NHKは聞くところによると、「公共放送」のわけが、モミイ会長あたりから特に「政府広報」と化して、「NHK堕(お)ちた」と言われてもいる。放送・出版のヒエラルキーのなかで「保育園」にも入れないということかどうかは知らないが、観察者たちの目を総合すると、やはり「堕ちてしまった」のだろう。

NHKモミイ会長「政府立場見て判断」
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-02-07

長くNHKを見てきたプロデューサーででさえ・・会長の変質、そして、NHKスペシャルの変質にhttp://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-02-27-1

際立つ「政府広報化」~NHK 政治報道~ 小滝一志(放送を語る会事務局長)http://www.geocities.jp/hoso_katarukai/150306masukomi.pdf


堕(お)ちた世界で、高邁な意見を吐くと、敵意をかうことになる。松尾堂は大丈夫かと思う。そのうち、適当な理由をつけてNHKを干され、『トーキングウィズ松尾堂』を取り上げられるかもしれない。いま、月1回だけ松尾の番組の放送時間に流されている『グッチ裕三の日曜ヒルは話(はなし)半分』はそのための準備かもしれない。これまで、松尾にいろいろ書かれ、こころよく思っていない政治家たちが、NHKに圧力をかけて、降板の準備をさせてのことかもしれない。いまは、辞めさせる頃合いをはかっているのかもしれない。

「ゲスの勘ぐり」である。しかし、「ゲスの勘ぐり」も時には当たる。そして、実際のところ「ゲスの勘ぐり」であればイイなと思うのである。その通りにならなければイイなと思うのである。

〈 ちなみに、下衆の勘繰り(げすのかんぐり)とは、品性が無く心の卑しい者は何事においても余計な邪推を巡らせて、そこに相手の悪意や敵意を疑うということ。 被害妄想 〉


共産圏での話しだったろうか。それともナチ政権下での話しだったろうか。諜報活動などの特別な使命を帯びた人々はそういう覚悟をして仕事をしているのだろうが、「自分がもし消されたとするなら、ソレは○○の仕業だと思って欲しい」というコメントを残して、実際にいなくなった者たちもいる、と聞く。

もし松尾の番組が無くなることがあるなら、松尾が干されることがあるなら、ソレは ○○の仕業にちがいない。


それにしても、ネット上で、○○ などと「伏せ字」を使わねばと感じさせられるようになってきたとは、これからの将来が危ぶまれる。

(ちなみに、○○に入る文字は、ゲスでゲス)。

アソウのナチス発言が非難されるのは健全か?
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2013-08-03


NHK 新版――危機に立つ公共放送 (岩波新書)

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  • 作者: 松田 浩
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
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言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家 (中公新書)

言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家 (中公新書)

  • 作者: 佐藤 卓己
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2004/08
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仙台、中2生徒自殺の責任は教師にある? [ニュース・教育]

仙台で中2生徒が自殺したことが話題になっている。

https://www.google.co.jp/search?hl=ja&gl=jp&tbm=nws&authuser=0&q=%E4%BB%99%E5%8F%B0%E8%87%AA%E6%AE%BA&oq=%E4%BB%99%E5%8F%B0%E8%87%AA%E6%AE%BA&gs_l=news-cc.3..43j43i53.90472.93095.0.93555.15.11.0.0.0.2.502.1477.2j1j1j0j1j1.6.0...0.0...1ac.1j4.VQX4S2ct5_g

調べてみれば、死の前日、教師から体罰を受けていたという。男先生から授業中寝ていたので叩かれた、という。それ以前にも、女先生から騒がしいということで口に粘着テープを貼られたこともある、という。

それを聞いただけで、この生徒はよっぽどのモンダイ児にちがいないと当方は思った。それでも、ネット報道をみると、生徒の平素の態度、そのモンダイ性についてはまったくふれられていない。

自殺については、もっぱら教師の責任問題に発展しそうである。

昨日、更新に際して取り上げた司馬遼太郎「菜の花忌シンポジウム」には、解剖学者の養老孟司さんも参加している。そこでの発言が興味深い。

教育について論じられるときに、なにか言われるのは先生のことばかりですね。生徒の態度については言わない。学ぶ態度や姿勢については教えなくなった。「お前は態度がわるい」と言われるのはいやなものでしたが・・」と韜晦しながら話している。

事実そのとおりではなかろうか。いろいろ言われるのは先生ばかりである。だからと言って、体罰を是認するわけではないし、注意の仕方に問題が無かったとは言わないが、それでも、それをもっぱら生徒自殺の根拠とされては、先生たちがたいへん気の毒である。

当方の学生時代、授業中寝ていて『閻魔帳』で叩かれた生徒を知っている。当人も自分が悪いと言っていた。先生は熱血教師で、試験答案は採点だけでなく、すべての問題を添削して返してくれた。赤字でびっしり埋められていた。徹夜もめずらしくないと言っていた。バシンという響きの強烈さにみな度肝を抜かれたが、その行為を悪くいう者はいなかった。先生と生徒の間の信頼関係があったからだと思う。

今は、教師にとって受難の時代である。モンスターペアレントのせいで退職した先生を知っている。定年前にやめて、時給アルバイトをしている。生活もたいへんになったと奥様から聞いた。

むかしは、うかつに学校で先生に怒られたなどと家に帰って言えなかった。「お前がワルイことをしでかしたので怒られたのだろう」ともう一度怒られることは目に見えていた。つまりは、先生と親との間の信頼関係は、目に見えるかのように強固だったといえるように思う。

教師と生徒、教師と親の信頼関係の土台にあるのは、教えを受けている、授けてもらっているという認識があったからだろう。今だって教えの授与関係は同じはずだが、塾の教師やらなにやらその他もろもろとの関係で相対化されて、以前ほどの絶対性は無くなってしまったということなのだろう。

いつぞやの、名古屋大女子殺人事件犯人も出身地は宮城県だ。なにか、教育面で種々の問題を発生する心理的な土壌のようなものがあるのだろうか。地域性からくるなにかである。そういうものがあるのではなかろうか。そんな感じがする。

「我が校に隠蔽はありません」名大・殺人事件容疑者卒業高校校長談話http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-02-12

いじめなんぞで死ぬな
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2006-10-16

〈つづく〉部分に、『毎日新聞』連載の「女の気持ち」から本日分を掲載。
カナダの団体職員の方が、子どもの頃の出来事を回顧している。そこには、虐待を受けていたと思われる同級生と後に「勲章を授与」された担任女性が登場する。〈子どもが自殺すると『気づかなかった』と学校関係者は深々と頭を下げる。それを見るたびに、半世紀前の習字の授業を思い出す〉と筆者はいう。
タイトルは「気づかない?」。


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若年層の死因第1位は・・(司馬遼太郎ー「死に至る病」とからめて) [ニュース・社会]

昼食をとりながら古いビデオを見た。司馬遼太郎の菜の花忌に開かれたシンポジウムである。

司馬遼太郎記念館ホームページによる資料には、次のように紹介されている。

第15回 2011年2月12日
【テーマ】司馬遼太郎のたいまつ――われわれが受け継ぐべきもの
【パネリスト】養老孟司、安藤忠雄、姜尚中、磯田道史各氏
【会場】NHK大阪ホール
【掲載号】一部内容を「遼39号」に掲載しています。

司馬遼太郎の精神的遺産をどのように受けついでいくかという内容で、特に司馬さんが小学校高学年の教科書に執筆(書下ろ)した『二十一世紀に生きる君たちへ (併載:洪庵のたいまつ)』が話題に取り上げられ、緒方洪庵の無私の生き方にも焦点があてられていた。シンポジウムのテーマも「洪庵のたいまつ」をもじったものだろう。「司馬遼太郎のたいまつ」である。


二十一世紀に生きる君たちへ (併載:洪庵のたいまつ)

二十一世紀に生きる君たちへ (併載:洪庵のたいまつ)

  • 作者: 司馬 遼太郎 (しば りょうたろう)
  • 出版社/メーカー: 世界文化社
  • 発売日: 2001/02/12
  • メディア: 単行本



そのシンポジウムの発言に、「なぜ司馬さんは、大人たちに向けて書かなかったのか。絶望していたからではないか。それで、将来を子どもたちに託そうとしたのでは」という発言があった。上記イメージ・サイトの商品説明にも「司馬遼太郎さんが、日本の行く末を憂い、1987年・1989年に小学校5・6年生の国語教科書のために書」いたとある。

司馬さんは、その晩年、日本の将来を憂えて「もうアカン・・」という嘆きの談話や手記が多くなっていた。奥さんのみどりさんが、「いつも聞かされていると、さすがに滅入りますよ・・」と話していたのを思い出す。

司馬さんの死因となった腹部動脈瘤は、そうした日本への憂いがストレスとなって、たまりにたまって生じたものかもしれない。そして、ついに破裂した。

城山三郎さん逝去
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-03-23


そういうビデオを見て、昼食後、新聞をみると〈若年層死因 自殺1位 厚労省「深刻な状況」〉の見出し。少子高齢化社会、超高齢化の道を驀進しているなかで、貴重な若いいのちが失われていく。

おかしなものである。少子化が進むこと、それが国益に反する状態であることがわかっていたはずである。それにも関わらず、出生率が伸び悩んでいるのは、実際的で有効な手が打たれてこなかったということである。生まれてくる子どもたちを受け入れ、安心して子どもの養育にあづかることのできる社会にするための時間は十分あったはずなのに、そうしては来なかった。

そのような中で、授かった命が失われていく。みずから命を断つ。若い人たちの自殺についても、今に始まったことではない。それにも関わらず相変わらずの状況である。

厚生省のホームページ
死因順位(第5位まで)別にみた年齢階級・性別死亡数・死亡率(人口10万対)・構成割合
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suii09/deth8.html

上の数字は、平成21年のものだが、下記URLにみる平成26年の順位もほとんど変わらない。

厚労省;自殺対策白書
http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/16/

そして、人間のおこなう政治のあり様も、変わってはいない。政治を動かしているのは、良心・良識などではない。表向きそのように装っているだけである。緒方洪庵の「無私」の精神からは遠い。

最近話題となっている「加計学園」もそうだろう。関係者の間で、これまでずっと不必要と見なされてきた学校が、とつぜん新設されることになった。首相の大のオトモダチのために作られる学校である。

『イッパイのカケ(加計)そば』に176億円以上
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-04-13

つまるところ、若い人々をとりまく環境が変わらないのであれば、自殺も減ることはないにちがいない。

精神科医の鹿島 直之氏が、日本と同じくたいへん自殺率の高い韓国と比較しつつ、その原因とできることについて『日本の若者の高い自殺率とその予防について』と題して書いている。
http://www.excite.co.jp/News/economy_clm/20170221/Jijico_22580.html?_p=2

それを読みつつ、「死にいたる病とは絶望のことである」というキルケゴールの有名な言葉を思い出した。ゲーテなら「光を、もっと光を」と言うだろう。

どんな悲惨で過酷な状況でも、希望のタネを拾うことができれば生きつづけられる。それは、どこにあるか?

以下は、キルケゴールの言葉をうまく解説している。

キルケゴールの死に至る病とは絶望のことである、という意味はどういうことですか?
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1185983406


旧新約聖書―文語訳

旧新約聖書―文語訳

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 日本聖書協会
  • 発売日: 1996/12
  • メディア: 単行本


下記サイトの聖書はたいへん読みやすい
https://wol.jw.org/ja/wol/binav/r7/lp-j/Rbi8/J/1985

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週刊誌ネタは信用できない?(新谷学著「週刊文春 編集長の仕事術」から) [言葉*ことば*コトバ]

いま、週刊文春編集長:新谷学の新刊『編集長の仕事術』を読んでいる。たいへん熱のある人物で、読者にサプライズをもたらすべく、また、世の人が知りたいと思う???に答えるべく、日夜励んでいる様子がわかる。

「週刊文春」編集長の仕事術

「週刊文春」編集長の仕事術

  • 作者: 新谷 学
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2017/03/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



つい最近、その週刊『文春』が週刊『新潮』の「中刷り」広告の中身を盗んだとか盗まないとかいうニュースが報じられた。『新潮』が印刷会社に持ち込んだ「中吊り」の内容を見て、スクープ記事があれば『文春』発行に間に合わせて同様の記事を掲載しようとしたらしい。いわゆる、「スクープ潰し」をねらったもので、印刷会社の職員が『文春』に流していたようなハナシだ。

電車内に示される「中吊り」広告は、それぞれの会社にとって死活問題である。スクープ記事があれば、売れ行きもおおいに違ってくる。

ところで、当方は週刊『文春』も『新潮』も好きではナイ。両誌とも実際に読んでいないので、あくまでも感情的な反応、印象にすぎない。それでも、理由をあげるなら、中吊り広告(新聞にも掲載されるが)の表現に、あまりにも「売らんかな」の意向が示されて、ゲンナリしてくるのである。むかしからのいい方でいえば、まさに「売文業」という感じがするのである。それに加え、扇情的な内容、写真を掲載するようにもなっている。“以前であれば”掲載しなかったであろうもの、「低劣な」と良識派から言われそうなものをである。もっとも、上記書籍には、週刊誌は「人間の業の肯定」であると落語についてそのように述べた立川談志の言葉が取り上げられていた。

そのようなわけで、政権与党にとって好ましくない問題を、野党議員が「週刊誌ネタ」をもとに指摘し批判すると、取るに足りないものとして退けられ、軽く扱われるのであろうか。

2か月前、加計学園との関係を福島みずほ議員から指摘されたときの首相の反応も、「週刊誌ネタ」を取り上げて何を言うか・・というものであった。

加計学園!安倍晋三3/13 福島みずほ:参院・予算委員会
https://www.youtube.com/watch?v=38xlBcKlwrg

「第2の森友学園」とウワサされる加計学園と安倍首相の関係についてhttp://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-03-14

それでも、冒頭にしめした『編集長の仕事術』を読むと、小泉純一郎政権(2001年ー2006年9月26日)誕生の’01年あたりから、ニュースメディアとしての週刊誌の地位は大きく変化してきている、とある。その第3次小泉改造内閣で、官房長官を安倍現・首相は務めた(2005年10月31日 ー2006年9月26日 )。そうであれば、身をもってその変化を知っているはずである。(***以下に引用)

にもかかわらず、「週刊誌ネタ」として、追求・批判を軽んじ退けたのは、あえて意図的に、ソレ以前の価値判断をもちこんで、週刊誌をオトシメることによって、自分の立場を守ろうとしたということなのかもしれない。

ちなみに、上記書籍(p96、97)において新谷は、マスコミのヒエラルキーについて「NHK、大手新聞、テレビのキー局などが上位グループ。週刊誌は最下層、・・捜査当局なんて門前払いだった」と述べた上で、週刊誌の地位が劇的に変化・向上した経緯について触れ、「情報の世界では、『ネタ」を持っている者だけが主導権を握ることができる」と記している。

新谷のいう「ネタ」は、「ファクト(真実)」と言い換えることもできそうだ。『ウィキペディア』の新谷学の項目には、その「主張」として、次のように示されている。

週刊文春編集長として安倍政権に『親』でも『反』でもなく書くべき事は書くで『メディアはファクト(真実)で戦え』と主張している。 甘利大臣のスクープも官邸中枢から『TPP調印へ出席させるまで待ってほしい。』と言われてたが突っぱねた。そのことについて報じるべきファクトがあるのに「書かない」と言う選択肢は無いと述べている。朝日新聞への寄稿において安倍晋三首相は理念型政治家なのでメディア側の親安倍と反安倍が分かれていて産経の愛読者と朝日の愛読者では互いに見聞きしたい情報で批判し合うだけで建設的な議論が無いと述べている 。 マスコミはファクトで闘うべきだが朝日新聞は『ファクトより論』の傾向があり、靖国神社や沖縄問題で安倍首相の批判の仕方が旧態依然であり、好きな人は来るが嫌いな人は来ないので安倍首相にも「またか」として聞き流されているとしている。 朝日新聞が安倍政権を批判するなら反論出来ないスクープを出すべきで、それが朝日新聞が特報した森友学園問題だったと評価している。  [14]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E8%B0%B7%E5%AD%A6
[14]報道機関はファクトで武装し戦え / 2017年4月24日
http://www.asahi.com/articles/ASK4G2VZMK4GUTFK001.

つまり、週刊誌であろうが、「記者クラブ」から締め出されることもあるフリーランス(記者)であろうが、反論できないファクト・「ネタ」を持ってさえいれば、ヒエラルキーの頂点に立つこともできるということのようである。

田中龍作ジャーナル
皇室の政治利用 「安倍スピン」に乗せられるな
http://tanakaryusaku.jp/2017/05/00015843

さてさて、これからどのような「ファクト」が出てくるのであろうか。



以下URL記事に、安倍首相夫人のFacebookに投稿された写真(ファクト)が・・・
麻生氏も苦言。安倍首相に関わりが深い、第2の「森友学園」疑惑
MAG2NEWS 2017.04.21
http://www.mag2.com/p/news/247099

****以下、引用****

「週刊文春」編集長の仕事術
p96、97から

90年代は、今とはくらべものにならないくらいメディアのあいだにヒエラルキーがあった。NHK、大手新聞、テレビのキー局などが上位グループ。週刊誌は最下層だ。ほとんど相手にしてもらえない。捜査当局なんて門前払いだった。

それが劇的に変わったのが、『NHK紅白歌合戦』のプロデューサーを務めた人物の横領をスクープした2004年だった。NHKのチーフプロデューサーが番組制作費を実績のない会社社長に払い、一部をキックバックして懐に入れていた問題を中村竜太郎記者がスクープし、「NHK紅白プロデューサーが制作費8000万円を横領していた!」と報じた。そのときの担当デスクが私だった。

NHKは発売の2日前に会見してこの問題を発表。スクープ潰しの常套手段だが、我々がNHKの内部資料など、決定的な証拠を持っていたため、新聞やテレビ各局の社会部記者が「レクチャーしてほしい」と列をなした。我々が新聞やテレビの記者にレクチャーする!かつてを思うと、まさにコペルニクス的転回であった。

それ以前にもヒエラルキーが崩れ始める変化を感じていた。小泉純一郎政権誕生と同時に特集班デスクとして週刊文春に戻った2001年だ。当時、田中眞紀子氏や鈴木宗男氏らのスキャンダルが国会をにぎわしていた。週刊文春がスクープを握っているときには、新聞、テレビなどともずいぶん協力した。

田中眞紀子氏の秘書給与疑惑の際は、文春と新潮が同着となるとわかったため、発売前にTBSに「明日発売の週刊文春によると」というかたちで報じてもらったり、共同通信に「週刊文春の報道でわかった」という記事を書いてもらったりした。

こうした戦略、戦術は今も受け継がれており、甘利大臣のスクープもまさにその延長線上にある。情報の世界では、「ネタ」を持っている者だけが主導権を握ることができる。自分でリングを設定し、自分でルールを作ることができるのだ」。
p96、97
****引用ここまで****


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皇室の非ステルス化と政府のステルス化(眞子様婚約 “内定” 発表はスピン?) [政治・雑感なぞ]

秋篠宮(あきしののみや)家の長女眞子(まこ)さまの婚約が内定したという。「なぜ内定で発表するのだろう。きちんと婚約が成立した時点で発表しないのだろう」とNHKラジオ・ニュースを聞きながら思った。

皇室の物事は、そもそもが御簾(ミス:竹ひごを赤い絹糸で編み、四周に縁をつけたスダレ)の内側でなされた。昔の映画(時代劇等)で天皇の顔を映しだしたものは無いのではないかと思う。必ず御簾のアチラ側にシルエットとして登場し、コチラ側の世界に住む者たちに語る存在であった。まさに、ステルス性の高い存在で天皇はあったし、そのような存在と見なされていた。

ステルス性
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AB%E3%82%B9%E6%80%A7

そのように当方は思うので、正月恒例の皇居における天皇ご一家への一般参賀の様子をテレビで拝見すると、(「たいへん失礼ではないか」と顰蹙をかうかもしれないが)上野動物園のパンダ舎の一般公開と同じではないかといつも思う。日本にパンダがはじめてやってきたときや初めての子パンダを公開するときは、時間を定めて短時間だけ公開することを一日に何度かくり返していた。ガラスの向こうに定期的に登場して手を振り、挨拶する皇族も、それと同じに感じる。当方が失礼なのではなく、皇室をそのような存在にし、そのような仕方で取り扱うようにしてしまったこと自体に問題があるように当方は思う。

だから、最近の天皇退位の問題にしても、天皇の政治活動を憲法で禁じているというのであれば、必ず政治問題化する天皇退位の問題を、天皇自ら(たとえ、それが「お気持ち」の表明であるにしても)発表する必要があったのかと思う。天皇のお気持ちを受け、有識者でハナシをうちわうちわで煮詰め、きちんと決まった最終案を発表して、その妥当性を国会なりで論じればいいのではないかと思っていた。

そして、今回の眞子様ご婚約 “内定” である。婚約はたいへん重い約束である。それを解消したり破棄するとなれば当事者の信頼性が大きく問われ、双方はもちろん親族のその後の人生にも多大な影響が及ぶ。そして、婚約は約束である以上、絶対に解消や破棄の可能性がないとはいえない。であれば、それを公に発表することに関しては、慎重の上にも慎重を期すべきである。というより、きちんと婚約が成立するまでは、内密にしておくべきことであったように思う。発表がもたらす社会的な注目度、反響の大きさを思えば、なおさらである。ところが、今回、宮内庁は婚約以前の “内定”の状態で発表した。当方は、皇室に対してたいへん失礼なことであるし、眞子様のお相手やそのご家族に対してもたいへん迷惑なことではないかと思う。

と、思っていたところ、先ほど、当該ブログでたびたび紹介する『田中龍作ジャーナル』に次の記事がでていた。

皇室の政治利用 「安倍スピン」に乗せられるな
2017年5月17日 12:35
http://tanakaryusaku.jp/2017/05/00015843

****以下、引用****

会見現場を仕切っていた宮内庁の職員が田中に話した言葉が意味深だった ―

「これは発表ではありません。きのうNHKが(夕方)7時のニュースで勝手に流しただけですから」。

宮内庁職員は不愉快そうに語った。官邸の差し金によるリークに腹を立てていることがうかがえた。

宮中とつながりの深い国会議員によると、宮内庁本流の職員は安倍首相の皇室利用を快く思っていない、という。

宮内庁の次長に官邸の都合のよい人物(内閣危機管理監)を送り込んだのはこのためだ

****引用ここまで****

「さもありなん」のコメントである。眞子様婚約・内定発表が(『田中龍作ジャーナル』にあるとおりに)安倍政権の皇室利用であるならば、ソレは安倍政権のステルス性を確保するための行為といえる。本来、ステルス性を保つべき皇室をはだかにして、自分はその陰に隠れるというのは、皇室に対してはなはだ失礼である。宮内庁の保守的な面々ほど不愉快に感じているにちがいない。

上記記事・冒頭で、記者は「北朝鮮のミサイルよりも威力は強烈だった。皇室の成婚を政治利用する安倍官邸のスピンである」と書いている。記者の念頭には、北朝鮮ミサイル報道も安倍政権のステルス性を確保するための政治利用であるが、ソレ以上に眞子様報道はステルス性を強化するといいたいようである。

ちなみに、「スピン(報道)」とは「政府に都合が悪い問題が起きた時、その問題から世間の注意を逸らすため、違う問題をことさらに大きく取り上げること」を指すもののようである。(詳しくは、下記「スピン・コントロール:spin control / 政治的情報操作」を)

ところで、ソレほどまでにして安倍政権がステルス性を確保強化しておきたい問題とはいったい何か。上記記事にも取り上げられている首相の親友の経営する加計学園の問題があるように思われる。それは、森友学園問題どころではない、はるかに巨額の税金がからんでいる。

さて、加計学園問題は、このまま、北朝鮮ミサイルと眞子様報道の陰に隠れてウヤムヤになるのであろうか。国民の良識にかかっているように思うが、(上記記事冒頭掲載写真に取り上げられている)多くの教育をフツウの国民以上に受けてきたであろうマスコミ関係者のオメデタイ面々を見ると、暗澹たる思いもしないではない。

『イッパイのカケ(加計)そば』に176億円以上の税金が
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-04-13

「第2の森友学園」とウワサされる加計学園と安倍首相の関係についてhttp://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-03-14

スピン・コントロール:spin control / 政治的情報操作
(『マルチメディア・インターネット事典』より)
http://www.jiten.com/dicmi/docs/k13/24789s.htm

共謀罪についてのNHKの世論調査、露骨な情報操作で安倍政権に奉仕http://www.kokusyo.jp/mass_media/11421/

追記(5・18)『毎日新聞(5・17・p1)』によると、眞子さまご婚約は”内定”以前のようだ。「山本(信一郎宮内庁)長官は、眞子さまと小室さんの交際について秋篠宮さまご夫妻が『報告を受けられて、了承されていると受け止めている』と話した。婚約の内定を発表する時期については『現時点では決まっていない』と述べた。両陛下には、宮内庁として結婚に向けて準備を進めていることを報告しているという」とある。


大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争 (幻冬舎新書)

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世は「ステルス」性に満ちて・・・ [スピリチュアルな話題]

昨日の記事でも示したが、世のステルス化が進んでいる。人間と人間が直接触れ合う機会なしに物事が進められるようになっている。昔ながらの小売店での売買が煩わしくなって、人々はコンビニマニュアル化されたレジ対応を求め、さらにはインターネット上での商品入手を求め・・・。だんだん相手の顔の見えない、見えにくい隠蔽された世界になってきている。

ステルス性
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AB%E3%82%B9%E6%80%A7

人間つき合いは、煩わしいもので敬遠すべきものなのであろう。すくなくとも、そのように認識されるようになってきているのだろう。

そもそもが、「つき合い」は「突き合い」であるようなハナシもある。角を突き合うことは争いを連想させる。争いはできるなら避けたい。本当のところは(語源などからいくと)どうか分からないが、実生活の様相を見ると、まんざら間違っているように思えなくもない。

以前であれば、面倒に決まっている人間関係を、やんわり上手にいなしたり、捌いたりしながら、生きてきた。それが、核家族化によって「年寄り」が敬遠され、彼ら・彼女たちから世渡りの方法を教えられる機会も減少し、若い者たちは、対人関係をやんわり捌くことができない。直接ツノ突き合うようになる。お互いケガをしたくないので、適度に離れて生きるしかなく、山アラシのジレンマを生きることになる。

山アラシのジレンマ (ダイヤモンド現代選書)

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  • 作者: レオポルド・ベラック
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 1974/01
  • メディア: 単行本

近所の外出する人に向かって、挨拶がてら 「どちらへ?」 と言う。それを受けて 「ちょっとそこまで・・」 と答える。具体的なことはなにも言わない。それで、分かれる。あるいは、さらにちょっと会話する。そのように以前は(「年寄りたちは)していた。プライバシーを守りながら、相手を無視するわけでもない。それで、お互いうまくやり過ごしてきた。
国立国語研究所 暮らしに生きることば
http://www.ninjal.ac.jp/publication/catalogue/kokken_mado/18/01/

小学校で、英語を教えるより、そうした日常の決まり文句を教えた方がいいのではないかと思う。そのようにすれば、そうした「決まり文句」を知らないままに成長し、相手を無視していると思われるのも困るし、かといって何を話していいかも分からないので、スマホの画面をじっと凝視し、相手が目の前からいなくなるの待つ、そのようにして時をやり過ごすなどという(オトナゲない)大人になることはないように思う。


最近、ステルス化をとくに感じるのは、偵察機でも人間関係でもない。「政府」である。政府のステルス化。国民が知るべき情報を隠す。「法令に則った適切な扱い」などと言って、隠しおおす。公表するのを、逃げる。国会での質問に、一般論をのみ述べて時間稼ぎをする。国民の信を受けて機能する集団が国民を無知のうちに留めて平気でいる。どうせ、国民の大多数は、目の前の生活に必死である。その間隙をねらっての振る舞いに思える。それが、国民一般の知識・情報を上回る高い見地による確かな方針に基づくもので、現時点においては国民の理解を得るのがたいへん困難なので、秘密としておこうというなら、それはそれでいい(ようにも思う)。しかし、そういう判断をした根拠となる文書を日本の行政は処分してしまう。それでは、将来において、当時は理解できなかったどんな理由で政府、行政が判断し、行動していたかを知るスベもない。そして、ただ利己的な動機による隠蔽工作でしかなかったのでは・・との疑惑をもたざるを得なくなる。そうした不信感は、さらに将来に引きつがれる。

「法の番人」役割放棄で、日本は前・近代・・
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-10-24

「秘密」をアメリカ並みにしたいのなら、まずは「情報公開」の方から http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2013-11-15

もっとも、人間の政府に過度に期待するのがそもそも間違っている。人間には、統治能力がないことを、聖書は示している。そのことは、人類の歴史を見れば分かることだ。自国民全員に永続するかに思える幸福感を与えた政府など世界のどこを探してもない。それでも、聖書は現行の人間の政府を、神がお許しになった権威として認め、その法令に服すること、税を納めること、敬意を示すことを求めている。どのような政府であれ、ある程度の社会秩序を保つ機能を果たすからだ。そのようにしながらクリスチャンは「神の御国」を待つことになっている。キリスト信者が「御国(ミクニ)の来たらんことを」と祈るさいの「御国」である。現代語なら「王国」である。それは政府を指す。神の立てる政府を待ち望み、それをふれ告げるのが、クリスチャンの勤めである。いまも熱心な活動がなされている。それを本当に聞くなら、その現実性を吟味するなら、本当に確かなものであることを知ることができる。問題は、「神の王国」をふれ告げ、その政府について教えているグループを見分けることである。あとは、時間をとって、きちんと調べるなら、その現実性を確信できる。目に見えない政府でありながら、つまり、まさにステルス性をもつものでありながら、目に見える人間の政府以上に現実に機能している政府であることを知ることができる。隠されてはいないことを実感できる。


旧新約聖書―文語訳

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  • 出版社/メーカー: 日本聖書協会
  • 発売日: 1996/12
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ヤフオク落札:手続きが洗練され便利になったが・・・

昨日更新で、昭和7年の5月15日に起きた「五・一五事件」は、チャップリン暗殺事件にもなりかねなかったことを記した。そして、本日、その日殺された首相:犬養毅の肉声が放送され、保坂正康氏が解説する再放送のあることについて触れた。

ところが、再放送を録音するつもりでいながら、忘れてしまった。昨晩遅くに『ヤフー・オークション』で書籍を落札した。出品者との連絡を図り、支払い手続きを今朝ほど進めているうちに、忘れてしまったのだ。

ラジオ放送の方は、「ネット・サイト」から直接「ストリーミングで聞く」ことができるから、落胆はない。そもそも、「ストリーミングで聞く」ことができるという思いがあって、忘れてしまったともいえる。他に手段があると思うと気持ちに余裕がうまれるが、あとにもう無いのだという切迫感がないと、ついぞこういうことも生じる。

さてさて、その『ヤフオク』の取り引き方法が、いつの間にか、だいぶ変わってしまっていた。たいへん便利に洗練されたといっていい。それでも、久々の落札者としては、しばらくぶりのことゆえ当惑させられることになった。

これまでであれば、『取引ナビ』をもちいて、相互に連絡し、住所、氏名、口座番号、送金方法などを通知し合って進めていった。それが、既にヤフージャパンに登録してある個人情報が表示されるだけで、直接連絡しあうことが無くなった。送金方法等によっては、直接連絡も必要になるようだが、所定の方法に従って、順にクリックさえしていけば、取引が完結するようになった。

便利といえば便利ではあるのだが、相手の顔が見えない取引に感じる。これまでであれば、「取引ナビ」で連絡する際の挨拶の一行、文末の表現や敬語の用い方で、取引相手がどんな人物か、信頼に値するか、注意が必要かなど、なんとなく分かったものだが、それがなくなってしまったといえる。たいへんスムーズに物事は運ぶが、スムーズなだけに、不安が残る。結局、相手方との連絡(「肉声を聞くこと」と表現してもいいかもしれない)なしに、入金・支払いを済ませた。

いま、「肉声」と(書いて)キーボードをタイプしながら、手が勝手に考えていると感じる。「手」とは、意識を超えたものだ。無意識・潜在意識のことである。なんの構成も考えずにタイプしているのだが、内容が記事冒頭の「保坂正康氏の番組」に戻った(な、と思う)。その番組『NHKラジオ・アーカイブス』は、NHKが収録した過去の番組から、著名な人々の「肉声」を紹介する番組といっていい。思うに、やはり、歴史資料を見たり、評伝を読んだりするだけでは、見えないものが「肉声」から聞こえてくる。見えてくる。「肉声」のもつ情報量は、文献・資料をはるかに超えるといっていいように思う。

ちなみに、今晩の放送は、犬養につづいて、またまた暗殺された人物が登場する。「ダルマ蔵相」の異名をとった高橋是清である。

今晩は、忘れることはないと思うのだが・・・
http://www4.nhk.or.jp/P1890/


幽霊公邸に、首相入る。
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2013-08-31

テロの犠牲となった首相(6名)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2008-05-03-1

わたし(保坂正康)が、「昭和史」に関心をもつようになったのは・・
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-29-2


昭和史のかたち (岩波新書)

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高橋是清自伝 (上巻) (中公文庫)

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  • 作者: 高橋 是清
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1976/07/10
  • メディア: 文庫



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昭和7年のきょう「チャップリン来日」、翌日、チャップリン暗殺まぬがれる [歴史雑感なぞ]

5月14日。

今日は何を書こうかと思いつつ、『今日はなんの日』をキーワードに検索したら、つぎの結果が出た。

1991年(平成3年)第58代横綱千代の富士が引退。
1971年(昭和46年)第48代横綱大鵬が引退。
1948年(昭和23年)テルアビブでイスラエル建国を宣言。
1932年(昭和7年)チャールズチャップリンが来日。
1910年(明治43年)ロンドンで日英博覧会が開催。

それを見て、思い出した。

あした、再放送がある。NHKラジオ第2で、保坂正康氏が出演して先週月曜の夜に話していたものの再放送だ。

チャップリンの来日時のたいへんな事件についての話だ。そもそも(いま、安倍首相が「そもそも」発言をした「云々」・・が、取りざたされているが、「そもそも」はこの使い方でいいのだろうか・・)、先週の放送を聞いてのち、書こうと思いつつ忘れていたのだ。

来日時、犬養毅首相の息子(猛)と相撲見物をしていたチャップリンは、その最中に「5・15事件」が起こり、犬養首相が殺されたという報告を聞くことになる。それが、その後のチャップリンの映画作品に、影響を与えているかどうかはわからない・・というような話し向きであった。

しかし、そのような危うい現場にいて、なにも感じないわけがない。それは、きっと後の映画作品に影響を与えたにちがいない。その一月前には、ドイツの大統領選挙(決選投票)があり、敗れはしたもののアドルフ・ヒトラーは、存在感を見せつけ、『ウィキペディア』によると、〈ヒトラーは大統領選には敗れたものの、続く1932年7月の国会議員選挙ではナチ党は37.8%(1930年選挙時18.3%)の得票率を得て230議席(改選前107議席)を獲得し、改選前第1党だった社会民主党を抜いて国会の第1党となった〉とある。

独裁者 コレクターズ・エディション [DVD]

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「チャップリン 5・15事件」でネット検索したら次の記事を見出した。それによると、チャップリンは、危うく難を切り抜け、その報告を受けたというだけでなく、もっと危険な状況にあったという。チャップリンは、直接、暗殺の対象として狙われてもいたようなのである。

チャップリン暗殺計画
1932(昭和7)年5月15日
http://97.xmbs.jp/ryuhpms81-126160-ch.php?guid=on

****以下、引用****

日本を愛し、日本に憧れて来日したチャップリン。そのチャップリンが目にしたのは、深刻な不況に喘ぎ、社会の混乱が続く日本の姿だった。

時あたかも満州事変が起こり、日本は国際的にも孤立への道を歩もうとしていた。
「日本とアメリカとの国際親善の役に立ちたい」そういう目的のもとチャップリンは犬養との面談を申し入れる。

犬養もまた、その時国際協調路線のもとにアメリカそして中国との友好を保っていかなければならないと考えていた。新聞には二人の会見が行われると大々的に発表された。

犬養首相を暗殺を企む青年将校たちもこの記事を目にしていた。彼らはチャップリンまでをも暗殺しようと考えた。

5月15日に首相官邸で行われるチャップリン歓迎会に乗じ、集まる支配階級に対し直接行動を行使しようと考えた。

****引用ここまで****

『ユーチューブ』には、次の動画

チャップリン暗殺未遂
https://www.youtube.com/watch?v=XcspuANJyLA

▲裏・歴史▼ チャップリンとは何者なのか!?五・一五事件暗殺計画![ミステリー#14] https://www.youtube.com/watch?v=N1gTB5u2e4A

犬養毅の孫娘で奥田 瑛二の妻:安藤和津のコメント
安藤和津が祖父の犬養毅暗殺語る、“天ぷら”でチャップリン助かった
http://www.narinari.com/Nd/20160638286.html


「ファシズム体制」速成の実績、過去にアリ(保坂正康「昭和史のかたち」から)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2013-05-15


と、いうわけで、明日午前10:00から再放送がある。
http://www4.nhk.or.jp/P1890/2/

「声でつづる昭和人物史~犬養毅」

「新内閣の責務」(昭和7(1932)年) ノンフィクション作家・評論家…保阪正康,【司会】宇田川清江

声でつづる昭和人物史、5月は昭和前半期の政治家を取り上げます。今回は岡山県出身で「憲政の神様」と言われた元首相の犬養毅(1855-1932)。昭和6年12月、首相に就任。番組では、就任時に収録された「新内閣の責務」を紹介します。犬養毅は昭和7年に起きた5・15事件で暗殺されました。

(再放送を聞きそびれても、「ストリーミングを聞く」から聞くことも可能)


チャップリン暗殺 5.15事件で誰よりも狙われた男

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  • 作者: 大野裕之
  • 出版社/メーカー: メディアファクトリー
  • 発売日: 2007/11/28
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「天皇機関説」事件 (集英社新書)

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  • 作者: 山崎 雅弘
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2017/04/14
  • メディア: 新書


超国家主義者に、トイレで会う
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-05-10

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