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『芝居が人生』渡辺保(日経新聞記事から) [ドラマ]

日経新聞8月6日文化面に、渡辺保さんのエッセイが出ている。

「最近劇場の暗い客席で、フッと思うことがある。私は今、なぜここに座っているのか。」

と、始まる。

全体を読み通すと、ひとりの役者に6歳で魅了されて以来、「あれから70年余り」ずっと芝居漬けで来たものの、昨今の芝居に、言い知れない違和感を覚えておられるようである。

でなければ、「今、なぜ」などということにはならない。

そもそも、魅了されている人は、今を問わない。今に吞みこまれて、時間を知らない。

「数え6歳。物語の筋も役者の芸も知らなかった。にもかかわらず六代目(菊五郎)は私を引き付けてやまなかった。」

という。

そして、「三宅周太郎の劇評集『演劇巡礼』」を読んで、「劇評家になりたいと思った」という。


やはり、幼少の者をも魅了する、わけもわからず魅了するモノというのはある。

渡辺さんは、劇評家を目指したわけと、自分の人生における(また演劇史における)エポックメイキングな芝居をあげつつエッセイを書きすすめるのだが、今の芝居に違和感を否めないようなのである。

***以下、エッセイの末尾部分を引用***

以上、三つの作品(ベケット『ゴドーを待ちながら」、蜷川幸雄演出清水邦夫『真情あふるる軽薄さ』、鈴木忠志『劇的なるものをめぐって』)は演劇の革命であった。ベケットは物語を破壊し、蜷川は舞台空間の制度を否定し、鈴木は俳優の身体を改造した。そうなると新劇はむろんあらゆる舞台が醜い虚構の姿をさらし、嘘っぽく見えてくるのは当然だろう。これが近代のつくった演劇の体制の破壊であった。むろん私たちは今でも近代のつくった体制の基盤の上に生きている。しかしそれだけでは決して覆いきれない新しい感覚も生きている。それが革命の意義であり、現代という時代である。この現象は単に現代演劇ばかりでなく演劇界全体に広まった。歌舞伎のような一見時代の流れと無関係に見える分野にも影響を与えた。

**  **  **

そしてそれからさらに40年ちかくたった今、かつての革命の意味、現代の意識が希薄になってきている。

そのいい例が歌舞伎だろう。歌舞伎のように様式性のつよい演劇は、リアルな演劇にくらべて、ことさらその規範を大事にする。その規範が近代から現代への変動、あの演劇革命によって大きく転換した。今日新しい近代から現代へと移行したその規範が吉右衛門や仁左衛門、玉三郎によってつくられつつある。しかしその一方、その最も大切な部分が失われつつある。宙乗りや早変わりなどの視覚的なものばかりが重視され、演劇的な本質ーーたとえば芸の本格が見失われつつある。本格的な芸は目に見えない物を含んでいるからであり、言語化しにくいからである。しかしたとえ目に見えなくともそれを失えば、歌舞伎は精神的な、人間的な感動とそのユニークな造形の美しさを失ってただの時代劇と同じになってしまう。それはあの革命の意味が見失われていった結果である。

むろんこの傾向は歌舞伎に限らない。現代演劇のなかにもある。新しい可能性のある劇団やすぐれた舞台のある一方で、こんな作品にどんな意味があるのかと思うような芝居が巷に溢れている。そういう作品に出合った時、私は冒頭で触れたような、なんで自分は芝居なんか好きになったのかという暗澹たる思いにとらわれざるを得ない。おそらくこれは単に芝居ばかりの問題ではないだろう。日本社会が規範を失った結果を映しているのである。

**引用ここまで**

渡辺さんは、エポックメイキングな作品3つをあげる際に、次ぎのように記す。

シェイクスピアのいう通り舞台は社会の鏡。その社会の深層の変化はたちまち舞台にあらわれて私たちの体験になった。その体験を象徴する三つの例を引く。」

どうも、このエッセイをとおして、ほんとうに渡辺さんの言いたいのは、芝居のことはもちろんだが、それよりも実は、自分が日本社会に感じている違和感のようにも見受けられる。

つぎのような文章もある。

「この戦後70年。幸いなことに日本は平和憲法のおかげで平和に過ごしてきた。しかし、時代の深層では大きな事件を体験している。1960年代から70年代にかけての激動とともに起こった、戦前から続いた近代から今日の現代への転換であった。」


戦後歌舞伎の精神史

戦後歌舞伎の精神史




私の歌舞伎遍歴―ある劇評家の告白

私の歌舞伎遍歴―ある劇評家の告白

  • 作者: 渡辺 保
  • 出版社/メーカー: 演劇出版社
  • 発売日: 2012/08
  • メディア: 単行本




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「国家の破綻が近い」福田元首相が安倍政権を痛烈批判 [政治・雑感なぞ]

「国家の破綻が近い」福田元首相が安倍政権を痛烈批判
日刊ゲンダイ・デジタル 2017年8月3日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/210731


「国家の破綻が近い」という言葉は、大げさに聞こえもするが、決して大げさではないと思う。森友・加計学園モンダイの根っこにあるのは、国家運営の基礎となるプロセス作成の問題。

いわば日本という国は、国家というカタチを成しているものの、暗闇を好み、蟻道を伸ばして木という木を食い荒らすシロアリ被害にあって来た。土台と柱は食い荒らされ、スカスカになっている。立っているかに見えはするが、何かあれば即刻ぶっ倒れるシロモノになっている。

格差社会と「生存権」問われる憲法25条ーその2-
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2006-05-03-1

床下の土台や柱の中で暗躍するシロアリ被害を予期し、その動きによくよく注意していたなら、駆除対策もできたのだろうが、そもそもシロアリを飼いならして、その養分を自分たちに回そうとしてきた魂胆が、森友・加計学園モンダイで明らかになった。「獅子心中の虫」、現政権は日本という国家に巣食うシロアリ軍団みたいなものと指弾されてもいた仕方ない。「一点のクモリもない」解明がなされない以上、そのように糾弾されても文句は言えないだろう。

シロアリの恐怖 ※ この距離でこんなにいます!!
https://www.youtube.com/watch?v=Ne8Bv5bwmjE


みずからの非を自認して、辞任・辞職するなら大したものだが、内閣を改造し「人心一新」したという。見せかけである。むかしのお城でもあるなら、天守閣を作り変えたというところだろう。しかし、いくら見栄えのするテッペンを立派に見せかけようと、その下部構造がこれまでのままなら、いずれ倒壊する。

非を認め、反省していないのだから、これまでのままである。福田元首相の指摘は、大げさではない。

人災からの「復興」・・意識が変わらないと・・
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-03-11


しかし、

当方に、言わせれば、すでに破綻している。

本当の問題は、沈み行く日本丸からどこへ脱出するか、である。

NHK・ETV特集
『暗黒のかなたの光明ー文明学者梅棹忠雄がみた未来』から
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2011-06-17



梅棹忠夫の「人類の未来」  暗黒のかなたの光明

梅棹忠夫の「人類の未来」 暗黒のかなたの光明



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田原総一郎氏が、安倍首相に提案した「政治生命をかけた冒険」の中身 [政治・雑感なぞ]

ジャーナリストの田原総一郎氏(83)が、安倍首相に提案した「政治生命をかけた冒険」の中身について、いろいろ憶測がなされている。

田原総一朗氏が提案か 安倍首相「9月電撃訪朝」の現実味
日刊ゲンダイDIGITAL 2017年8月2日 09時26分 (2017年8月3日 06時00分 更新
http://www.excite.co.jp/News/politics_g/20170802/Gendai_406442.html

「政治生命をかけた冒険」安倍総理が消費税減税を決断するこれだけの理由=近藤駿介
 MONEY VOICE 2017年8月3日
http://www.mag2.com/p/money/274442

***以下、近藤駿介記事からの抜粋***

安倍総理との会談後に記者団からの質問を受けた田原氏は、具体的な中身には言及しなかったが、「政治生命をかけた冒険をしないか」と提言したことを明らかにするとともに、幾つかのヒントを残していった。

「解散のような細かな問題ではない」
「連立のような話ではない」
「民進党、共産党、小沢さんも反対ではない」
「自民党内には反対する人がいる」
「今やるべきこと」
「安倍総理しかできない」
「言ったらぶち壊れてしまう」
「総理の進退ではない」
「(首相は)やるつもりじゃないか」

こうした田原氏の発言を手掛かりに、多くのコメンテーターが、急落した内閣支持率をV字回復させるために提案された「政治生命をかけた冒険」の内容がどのようなものなのか、様々な見解を披露している。

***引用、ここまで***


皆さんは、いかが思われるだろうか?

提案の中身とは何か?


まさか、提案されたのは・・・

先の時と同じように・・・

「腹痛を理由に倒れなさい」

ではないだろうなあ・・・




気味のワルイ本:「約束の日 安倍晋三試論」
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-11-30

解散、安倍「狂言」説から「戦後レジーム」の実体について 
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-11-14

安倍・ブッシュはペテンダック
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-09-13

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米アマゾン主催 物流倉庫向けロボット世界大会(ARC)で日本勢6位 [ニュース・社会]

米アマゾン主催 物流倉庫向けロボット世界大会『アマゾン・ロボテック・チャレンジ(ARC)」なるものを初めて知った。

本日の『日経産業新聞』1面に出ている。

見出しに「難関仕分け 人に近づく」とある。そして、「日本勢、パナソニック6位」「未知の商品『考え』識別」。


記事を読んで「なんだ、6位か・・・」と思った。ロボット技術開発の点で、日本は世界トップであるように思っていたのである。

研究機関や企業16チームが参加しての大会だが、

1位 豪 クイーンズランド工科大学

2位 独 ボン大学

3位 シンガポール・ナンヤン工科大学

4位 インド工科大カーンブル校、タタン・コンサルタンシー・サービシズ

5位 米 マサチューセッツ工科大、プリンストン大

6位 奈良先端科学技術大学院大、パナソニック

7位 独 カールスルーエ工科大

8位 蘭 スマート・ロボティクス、豪 シドニー大など

その他の日本チームは予選落ち
*三菱電機、中京大、中部大の共同チームは予選の棚入れ競技で3位
*東芝・鳥取大チーム、東大チームも参加したが決勝に出られず



8位までなら「入賞」ということになるのだろうが、6位パナソニックの総合得点も気になる。

1位272、2位235、3位225、4位170、5位115、6位パナソニック90、7位30、8位20 となっている。

記事中、目にとまったのは・・・

「特に日本の業界関係者を驚かせたのは海外の強豪であるシンガポールの名門、ナンヤン工科大学のチームだ。会場内には様々な照明があり商品の識別を難しくするが、予選の初日の棚入れ競技で商品の認識ミスがほとんどなかった。『画像認識技術がすごい』と、ため息が漏れるほどだった。」(1面)

「今大会で優勝した豪州チームのACRVは『クレーンゲーム機型ロボ』で決勝に進み、断トツの272点を獲得した。商品をつかむアーム部分が3軸で動いてつかむことができる。日本勢の多間節型ロボットのように複数のモーターを稼動させる必要がないため機構を簡素化し、素早く作業できた。 / ACRVは『未知の商品』を認識する深層学習技術にも優れた。競技開始の30分前に初公開される16品目についてロボットに200~300枚の画像データを読み込ませ深層学習を行った。・・・ // ある日本チームのメンバーは競技終了後に『運営側から事前に重量データをもらったが、実物とは差が大きかった」と明かした。だが、想定外の事態も予期し、対応することが大会主催者のアマゾンの狙いだった。日本勢は今大会で海外の強豪に引き離されたが、勝負はこれからだ。」(3面)


上記の「3軸」「多関節」アーム部分を読み、思わず、甲野善紀氏に相談し、井桁崩しをはじめとする技を教わるなら、世界1位もむずかしくないカモ・・など、思った。


ディープラーニングがロボットを変える (B&Tブックス)

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ロボット解体新書 ゼロからわかるAI時代のロボットのしくみと活用 (サイエンス・アイ新書)

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  • 作者: 神崎 洋治
  • 出版社/メーカー: SBクリエイティブ
  • 発売日: 2017/02/16
  • メディア: 新書



古武術に学ぶ身体操法 (岩波現代文庫)

古武術に学ぶ身体操法 (岩波現代文庫)

  • 作者: 甲野 善紀
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/03/15
  • メディア: 文庫



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ドラマ「加計学園」いよいよ佳境に [政治・雑感なぞ]

バカなタイトルをつけた。

政治の世界を取り扱ったミステリー・ドラマでもあるなら、面白がってもいられようが、現実の出来事で、今、われわれの住む国に生じている問題である。

「加計学園」誘致のために、今治市の議員たちに一人あたり1000万円が配られていたという。

その点、田中龍作が7月28に自分のサイトで「誘致に反対しないようにと市議会議員13人に1人当たり1,000万円」と、報じていたが、本日「日刊ゲンダイ・デジタル」にも出てきた。

【今治発】市民「加計学園からカネをもらっていない議員は立って下さい」2017年7月28日 23:30
http://tanakaryusaku.jp/2017/07/00016388

加計問題で市議会への「買収疑惑」浮上…議員1人1000万円
2017年8月1日
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/210535/1
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/210535/2
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/210535/3

もはや、加計孝太郎氏の証人喚問は、是非なく必要なことであるにちがいない。


雲隠れをきめこんでいる加計孝太郎氏を証人喚問せずして、加計学園認可のプロセスに「一点のクモリもない」と公言する安倍首相のオツム(脳みそ)には驚かざるをえない。

また、その首相が、内閣改造で「人心一新」できると思っていることにも驚きを禁じ得ない 。

オドロキ、モモノキ、サンショノキ というやつである。


もっとも、そのように、首相が信じたい気持ちはわからないでもない。加計氏を証人喚問して、すべてがツマビラカニなるなら、首相自身、オトモダチたち、自民党政権、政権に依存してきたモロモロが吹っ飛ぶ事態に発展する。

それを防ぐには、ウソをつき、誤魔化しつづけるしかない。


加計学園に関する閉会中審査、漫才よりもオモシロイ・・・
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-07-28-1

嘘の心理学 (クロスロード・パーソナリティ・シリーズ)

嘘の心理学 (クロスロード・パーソナリティ・シリーズ)




文庫 平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫)

文庫 平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫)

  • 作者: M・スコット・ペック
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2011/08/05
  • メディア: 文庫



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安倍首相の父親:晋太郎氏への評価(佐高信著『”同い年”ものがたり』から) [政治・雑感なぞ]


“同い年

“同い年"ものがたり




上の書籍には、各界88人の人物が取り上げられている。各人、見開き2ページほどで評されている。

「戦後を創った第一世代」として「大正13年(1924)生まれ」の同い年の人々15人のなかに、安倍首相の父親:晋太郎氏が取り上げられている。息子との違いも分かってオモシロイ。

以下、抜粋してみる。

***********

俗に言えば、福田派はタカ派であり、田中派はハト派だったが、安倍はけっして、息子の晋三のような狭量なタカではなかった。

安倍の追想集で、その頭文字をとって「安竹宮」とライバル視された宮澤喜一がこう書いている。

「安倍さんは将に将たる人柄でした。他人をだますなどということは一切しない人でした。この人こそ日本の総理大臣になられる人だという国民的期待がありました。 / 戦後の歴史を見まして、総理大臣をさせたかった人、たとえば緒方竹虎さんなどは、実に大将らしい風格の人でしたが、安倍さんもそういう方でありました。 / 夢はかないませんでしたが、かえって安倍さんはわれわれの記憶に、昭和、平成の歴史に長く残っていかれると思います。」

リクルート疑惑では、安竹宮すべてが汚染されたが、竹下ではなく、先に安倍が総理になっていたら、歴史はまた違っていただろう。

「プリンス・メロン」などと綽名された安倍について、『毎日新聞』の政治記者の後輩である岸井成格が、私との対談『保守の知恵』(毎日新聞社)で、こんな秘話を明かしている。かつて、『毎日新聞』に「若き日の私」という連載があり、岸井が安倍晋太郎の代筆をした。その時のことを岸井はこう語る。

「晋太郎は苦労している人なんだ。幼い頃に両親が離婚したり、母親の顔も覚えていない。若い頃は母親を探して歩いた。本人はいやだと言っていたけど、俺は『母を尋ねて三千里』の話を書いたんだ。それを読んで土井たか子が感激したとわざわざ言ってきたらしい。」

晋太郎の母親は離婚して安倍家を出され、その後、再婚した。そこで生まれたのが、のちの日本興行銀行頭取・西村正雄で、父親の違うこの兄弟は共に成人してから涙の対面をすることになる。 / 晋太郎はこんな寂しさを抱えていたわけだが、晋太郎と土井は、外務委員会で論戦した。 / 岸井によれば、土井の質問に対して、晋太郎は懇切丁寧に調べて答えていたという。 / その晋太郎の死後、甥の晋三を父親代わりに叱咤していたのが西村だった。 / 総理の靖国神社参拝に堂々と反対していた西村が生きている間は、晋三は参拝を主張することができなかった。 / また、西村は私に、晋三の周囲に単細胞のタカ派しかいないことを嘆いていたが、晋三が総理になる前、西村が突然亡くなったのは、あるいは、西村にとって幸いだったかもしれない。

***引用、ここまで***

「10年早い」と叔父が危惧した安倍総理の未熟
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-22-2

晋三君への一言(成蹊高校の恩師、同級生から)首相、タジタジとなるか?
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-12-16-1


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小田実亡くなって10年 [ニュース・社会]

昨日で、小田実が亡くなって10年になる。あっと、言う間である。

あえて、改めて書くことはない。故人となって、何も活動しないのだから、こちらの評価もそのままである。

それでも、

やはり、その発言は、重いのではなかろうか。

いよいよ、重みを増しているのではなかろうか。

(以下、当該ブログの過去記事を、「小田実」で検索したもの)

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/search/?keyword=%E5%B0%8F%E7%94%B0%E5%AE%9F



三島由紀夫が嫌った人物は多い。太宰治、松本清張・・・

その中に、小田実も、たしかに入っていた・・・。


われわれの小田実

われわれの小田実




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村上春樹 “怪現象” について [本・書評]

印刷しすぎて!? 村上春樹の『騎士団長殺し』バカ売れでも“大赤字”の怪現象
2017年7月30日
http://news.livedoor.com/article/detail/13407515/

ニュース

怪現象でもなんでもない。ただ、刷りすぎただけのハナシである。騒ぐ方がおかしい。

今、書籍関係の新聞広告には、20万冊とかの数字が出て、いかにも売れているかの印象を与えるが、実際に売れた数ではなく、刷った数であることを、しばらく前に聞いた。

どれほど売れたにしても、刷った数の方が、売れた数より多ければ、印刷・製本等にかかった費用がその分ムダになることは当然で、膨大な数を刷ったツケが「赤字」として回ってきたという、あまりにも当然の話だ。

広告にある、○○万部の数字を見るたびに、当方は、「ああ紙がもったいない」と思う。所詮、ブックオフに回って、叩き売られるのはまだイイほうで、多くは、読まれることなく断裁されて、そのままゴミになるばかりである。


以前、村上春樹“現象”について、著者ご本人が、自分の著作が10万部売れたあたりから、ワケがわからなくなったようなことを(どう表現していたか具体的な記述は忘失)、書いていたように思う。

以下の記事など見ると、村上春樹“現象”は、丸っきり出版社・書店・マスコミの印象操作であることが分かる。春樹さんの作品の持つ魅力や力そのものを実のところ理解していない人たちが、他の人が○○万部読読んでいることへの同調圧力から手にして、分かったかのように騒ぐのに乗じ、さらに新刊に際して、印象操作の追い討ちをかけたものの、表面的にしか理解できない人たちが、長距離ランナーでもある春樹さんに、ついには振り切られてしまったというのが、『騎士団長殺し』があまり売れないこと、理解されていないことの理由であるように当方は思う。

「村上春樹現象」という捏造された幻想…読書イベントはたった9人、語り合いなく静かに解散2017.04.01
http://biz-journal.jp/2017/04/post_18547_2.html

かく言う当方は、春樹さんとのイイ出会いをしなかったせいもあって、そのメインの作品すら読まずにきた。ブックオフで『中国行きのスロウボート』を手に入れ、読み始めたものの、途中でヤメテそれ以来読んでいない。それでも、第三の新人たちを扱った評論はオモシロイと感じた。分析しながらよく読んでいると感じた。その点、大江健三郎さんの作品と似ている。小説はさほどでもないが、評論はオモシロイ。大江さんの場合も、『飼育』『死者の奢り』を読みかじった程度であるから、そもそもが、お二方ともに、その文学全体を評価できる立場に当方はない。

若い読者のための短編小説案内 (文春文庫)

若い読者のための短編小説案内 (文春文庫)

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2004/10/01
  • メディア: 文庫



それでも、以下の論評を見ると、本当にその文学の(つまりは、春樹さんの人間、作家としての)成長を見守り、共に生きてきた人々(本物のハルキスト)にとっては、振り切られそうになっても追い続けないといけない作品なのではないかと思う。

村上春樹「騎士団長殺し」は期待通りの傑作だ 「文芸のプロ」は、話題の新作をどう読んだか
http://toyokeizai.net/articles/-/160447


そもそもが、小説や文学をカネ儲けの種にするのがヘンなのである。カネ儲けの種になるのがヘンなのである。その点、丸山健二の意見が正しく思う。それは、売れない作家の負け惜しみの感がないでもないが、文学などというものは、その程度のものであるように思う。

『卑小なる人間の偉大なる精神』 丸山健二
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2012-02-20

それでも、そこにイノチを懸けざるを得ないのが、作家(の業)というもので、その作品に理解共鳴賞賛する人がじわじわ増え、そして去り、残された(渡部昇一さんが「20世紀イギリス最大の小説家と言われるアーノルド・E・ベネットの言葉を引用して語る)「ア・パショネット・フュー(a passionate few)」のおかげで、その作品が古典として生き残るのであろうように思う。

渡部昇一『書痴の楽園』 #45 知の巨人のラストメッセージ① ~巨人が愛した作家たち〜
https://www.youtube.com/watch?v=uj2_S8okMlU


どんなに優れた作家でも、現行の作家の現行の作品は、汗や糞尿とあまり変わることのない、今生きていることを証明するモノでしかないように思う。

イノチ懸けでしていることが、糞尿と同じではさびしいが、せいぜいソンナモンと深沢七郎なら言いそうだ。

所詮雲子
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2006-03-03

楢山節考 (新潮文庫)

楢山節考 (新潮文庫)

  • 作者: 深沢 七郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1964/08/03
  • メディア: 文庫



笛吹川 (講談社文芸文庫)

笛吹川 (講談社文芸文庫)

  • 作者: 深沢 七郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/05/11
  • メディア: 文庫



みちのくの人形たち (中公文庫)

みちのくの人形たち (中公文庫)

  • 作者: 深沢 七郎
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2012/05/23
  • メディア: 文庫



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列車の旅に『勉強の哲学』を持参 [本・書評]

きょうはしばらくぶりにJRを利用して東京方面に出た。列車の旅である。

と、言っても、見慣れた風景の中を走るので、本を持参した。一度、通読して、オモシロイと思い、2度目を読むつもりで、持ち出した。千葉雅也著『勉強の哲学』。


勉強の哲学 来たるべきバカのために

勉強の哲学 来たるべきバカのために

  • 作者: 千葉 雅也
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2017/04/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



哲学者の書く、勉強を哲学した本であるが、たいへん読みやすい。そして、たいへん時流に合っている。

今は、情報過多の時代で、勉強をするにはウッテツケの時代ではあるが、それだけに、どこで勉強のキリをつけたものか、どう限度を設けるべきかがモンダイになってくる。

当方は、その限度の設け方を教示してくれる本として重宝に思った。

(以上は、ほとんど「群盲象をなでる」の類のハナシで、もっと広く深い内容の一部を切り取っただけである。それでも、著者は、読書とはそんなもんだと教えてもいる。目次を読んだって読書だという見方も示されてあるので、お叱りを受けることもないだろう。)


読んでの印象は、「このノリ(本書中で、「ノリ」はキーワードのひとつである)はどこかで、覚えがあるぞ」、というもの。内容ではなく、その記述スタイルについてであるが、須原一秀というオモシロイ本を書く人物がいた。『高学歴男性におくる 弱腰矯正読本:男の解放と変性意識』などという本を書いていた。その著作すべてに、一通り、目をとおしたいと思うほどであったが、残念なことに、自殺してしまった

高学歴男性におくる 弱腰矯正読本―男の解放と変性意識

高学歴男性におくる 弱腰矯正読本―男の解放と変性意識

  • 作者: 須原 一秀
  • 出版社/メーカー: 新評論
  • 発売日: 2000/01
  • メディア: 単行本



今、もしかしてと思って検索したら、『勉強の哲学』の著者は、立命館大学院で教鞭をとっている。須原一秀も、(ウィキペディアをみると)、立命館大で非常勤講師をしていたようだ。なんらかの影響を受けたということがあるのだろうか。

巻末(というより、カバー袖)に、プロフィル写真が出ているが、これがスゴイ。とてもアカデミックな世界の住人には思えない。長髪のななめ横顔、横目でにらむ感じである。両親が美術教師で、当人ももともと芸術関係に進む意図があったというから、その芸術的センスによって選ばれた写真であることはまちがいないが、しかし、それにしても・・・、と思う。

こちらも、どこかで、見た覚えがある。自殺した画家の描いた作品だ。どこがどうというでなく、全体から立ちのぼってくる印象として、当方がそう感じるというまでにすぎないが・・・、

その人物は、鴨居玲。


鴨居玲展 図録 いのち・生きる・愛

鴨居玲展 図録 いのち・生きる・愛

  • 作者: 大阪市立美術館
  • 出版社/メーカー: 日動出版
  • 発売日: 1991
  • メディア: 大型本



いろいろな意味で、オモシロく、そして、コワイ作家が出たぞ、という感じ。


「クレヨンしんちゃん」作者の死因について・・・
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2013-06-01


自死という生き方―覚悟して逝った哲学者

自死という生き方―覚悟して逝った哲学者

  • 作者: 須原 一秀
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2008/01
  • メディア: 単行本



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【悲報】NHKが「問答無用で全PC・スマホ所持世帯から受信料徴収」する方針を決定 [ニュース・社会]

【悲報】NHKが「問答無用で全PC・スマホ所持世帯から受信料徴収」する方針を決定 のニュース
http://www.excite.co.jp/News/it_g/20170726/Buzzap_44196.html

私事だが、うちにはテレビがない。厳密にいうと、テレビはあるのだが、受像機としては利用していない。VHSビデオの再生機として利用している。それで、受信料を払っていない。

以前、受信料を払っていた時期がある。読書の妨げになることもあり、これからテレビを見ないので、契約をヤメルとNHK支局に連絡すると、「ソレは出来ない」と言う。そんなバカな話があるものか・・と口座から受信料を引き落とせないように銀行に依頼して、ソレ以来、払っていない。一度、NHKの受信料徴収人が来訪したが、納得させた。なにしろ、アンテナもなければ、接続するフィーダー線もない。「ホラ・・」と屋根を指差すと、徴収人も納得するしかない。

そんなことがあって、NHKの受信料について考え、ヘンなものだなと思った。テレビ受像機を持つと自動的にNHK受信契約が成立し、支払い義務が生じるのだという。そのことを知ったのは、そのヤメル騒動の時である。

20数年前、ソニー・トリニトロン・カラーテレビを購入する時に、家電量販店で、その旨の説明はなかった。小学校、中学校でも、高校の公民の時間でも教えてもらっていない。何の説明もなく、所持したと同時に、付帯的に契約が発生する仕組みというのは、どんなものだろう。ほとんどダマシ打ちにちかいと思う。そうであれば、テレビ受像機を購入すると同時に発生する義務として、事前に、学校で、家電売り場で丁寧な説明がなされるべきだと思う。

そのことを知らずに30余年過ごしてきて、「NHKを見るからには、受信料を払う必要があるだろう」と、殊勝にもテレビを購入したときには、わざわざNHKに電話をして、受信契約をした。ソレがヤメルとなったら、準公僕であるかのように思っていたNHK職員(正規の職員ではなく、受信料徴収を請け負っている会社の人間だと思う)に恫喝気味の対応を受けて驚いた。


【悲報】NHKが「問答無用で全PC・スマホ所持世帯から受信料徴収」する方針を決定・・・に「悲報」とあるが、我が家も、テレビ受像機はないが、ネット接続はしている。それゆえ、たしかにソレは「悲報」である。

そもそも、公共放送はどのように運営されているのかとウィキペディアを調べると、イロイロであることが分かった。イギリス放送協会(BBC)はどうかと思ったら、NHKと同じく「受信料+政府負担」というカタチで運営しているらしい。

公共放送
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E5%85%B1%E6%94%BE%E9%80%81

これは勝手な当方の思いに過ぎないが、公共図書館同様、公共放送(NHK)もタダで利用できるようにすべきであるように思う。ただ視聴するだけであるのなら、無料でいいのではないかと思う。

ヤフー知恵袋の「図書館はなぜ無料で利用できるのですか」のベストアンサーが参考になる。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13134954723

そこには、次のように、ある。

・・以下引用・・

無償なのは図書館法でも決まっていますが、より根本的なことを言うと、
・文化的な生活を保障するため
・国民の教養を高めるとともに、情報提供の場を保障して、もって民主主義も実質的に実現するため
という憲法的な理由があるでしょう。

図書館は、情報収集と集積、調査を行うために必要な機関です。
例えば国会図書館は、原則として国内の全ての公刊書を所蔵しています。
こうした情報機関ですから、国会議員だって利用しますし、
民主主義国ですから一般国民に開放されているのも当然です。

また、かりに入館料や閲覧料を徴収なんてしたら、貧困だと何もできなくなってしまいますね。
それでは、政治参加も実質的には保障されなくなってしまいます。

言い換えれば、全員が受益者だという前提でもあります。
例えば市町村の図書館は、その市町村の住民(や在勤者・在学者)全員が書籍を借りられるのが前提で、
さらに、閲覧自体は誰にも制限していないはずです。

・・引用、ここまで・・

無料の意味が以上のようなものであるなら、国民の(特に、若い世代の)図書離れが進んでいるという今、情報を摂取し、民主的判断を下すという点で、公共放送(NHK)は公共図書館以上の役割を果たしうるわけであるから、よりいっそう無償化が図られるべきであるように思う。(もっとも、報道する中身の公共性、中立性はもっと重要だが・・)

NHKの運営は「受信料+政府負担」というカタチによるということだが、「政府負担」というのが気になる。(これは「国家負担」「税負担」とすべきところを間違えた「ウィキペディア」の誤情報だろうか・・)それで、昨今特に、NHKは「政府広報」になっているのであろうか。中立性に関して疑念をもたれることにならないようにも、国民の税負担にだけ頼ればいいのではないか、など思う。

きっと、それだけではマズイなんらかの理由もあって、現行のカタチを取っているのであろうけれど・・



と、書いて、NHKの「よくある質問集」に目が留まった。
http://www.nhk.or.jp/faq-corner/1nhk/01/01-01-02.html

そこに「公共放送とは何か」という問いに対して、「電波は国民の共有財産であるということからすると、広い意味では民放も公共性があるということになりますが、一般的には営利を目的として行う放送を民間放送、国家の強い管理下で行う放送を国営放送ということができます。これらに対して、公共放送とは営利を目的とせず、国家の統制からも自立して、公共の福祉のために行う放送といえるでしょう。 / NHKは、政府から独立して 受信料によって運営され、公共の福祉と文化の向上に寄与することを目的に設立された公共放送事業体であり、今後とも公共放送としての責任と自覚を持って、その役割を果たしていきます。」

と、あるのだが、どうだろう?

以上の内容からいくと、「政府から独立し」た立場を守って、「政府広報」の疑念を持たれるような振る舞いをしえようハズがないわけだが、事実上は、以下のような指摘が昨今いくらでもある。

際立つ「政府広報化」~NHK 政治報道~ 小滝一志(放送を語る会事務局長)
http://www.geocities.jp/hoso_katarukai/150306masukomi.pdf


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