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アイルトン・セナの認知能力(中島悟氏談話から) [スポーツなぞ]

当方、知的能力はもちろんだが、身体能力の向上にも関心がある。その関係でこれまで高岡英夫、野口三千三、斎藤孝らの著作に親しんできた。

究極の身体 (講談社+α文庫)

究極の身体 (講談社+α文庫)

  • 作者: 高岡 英夫
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2009/08/20
  • メディア: 文庫



昨日だったか、中島悟がアイルトン・セナについて語った記事を読んだ。中島悟は日本人初のF1ドライバーだ。今では、中嶋一貴の父親と言った方が、はやいにちがいない。

などと言うと、いかにもセガレ一貴を知っているようだが、つい最近、悟氏のセガレであると知って、「血は争えない」と感じ入ったしだいだ。

その父親サラブレッド悟氏が、アイルトン・セナについて書いているのを読んだ。セナが、身体能力というより認知能力に優れている様子を知ることができた。

以前、俳優三船敏郎の動きについて書かれていたのを読んで驚いたが、同様の驚きをおぼえた。

黒澤明の「三船敏郎」評から(その「動き」について)
https://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-08-16


アイルトン・セナ 神ががりの予選ラップinモナコ オンボード映像
https://www.youtube.com/watch?v=jAv_dMdBLGU

F1 1987 - Monaco Grand Prix (Full Race)
https://www.youtube.com/watch?v=S8EFFnHKnBo

以下、『中嶋悟氏が語るセナの「秘密」』から引用
http://news.livedoor.com/article/detail/8796728/

************

セナは運転がうまかったですが、何か特別なドライビングをしているのかといえば、決してそうではありません。僕の運転の仕方とも変わりありません。ただ、僕が1秒間で5つしかマシンの操作をできないとしたら、彼は同じ時間で8つぐらいの操作ができる。言い換えると、僕にとっての1秒はセナにとって2秒ぐらいに感じているんじゃないか、ということです。

きっと彼の目には、物事の動きが現実よりもすごくゆったりと見えていたと思います。そうじゃないと、ガードレールに囲まれた狭いモナコの市街地コースをあんなに速いタイムで走ることなどできるわけがありません。理屈が合わないんです。実際にモナコを走ると、次から次へとブラインドコーナーが迫ってきて、それに対応するだけで精いっぱいです。でも、きっとセナは周りがよく見えていて、僕が想像もつかないところまでちゃんと絵を描けているんです。だから、見えない壁の向こうにものすごいスピードで突っ込んでいくことができるのだと思います。

普通の自動車の運転と、レーシングカーを走らせることは大きく異なります。レーシングカーを運転する時には"時間を削ること"が求められるのです。そのためには、前もって行動するしかないのです。

よく「レーサーは反射神経がよいので速く走れるんじゃないですか」と言われますが、そうじゃないんです。反射神経は僕もセナもそんなに変わりませんし、F1のレースではパッと目の前の状況を見て、それに反応するのではとても間に合いません。

たとえば、F1ドライバーはモナコGPが開催される市街地コースのトンネルを280キロ以上のスピードで駆け抜けていきます。トンネルを抜けてパッと視界が明るくなり、次のコーナーの入り口が見えます。でもコーナーが見えたあとに反応しても遅いんです。コンマ数秒で壁にゴンッとぶつかって終わりです。見えてから反応するのではなく、レーシングカーの運転では自分で時間をつくっていくんです。

モナコのような市街地コースでは、コーナーの先がまったく見えません。見えないけれども、次に起こることを予想して仕掛けていくのです。「コーナーの先は見えないけれども、クルマがこういう動きをしているので、このままで走って行けばカーブをうまくクリアして、壁の10センチ横を通ることができる」とかね。そうやって実際に目に見える前に反応して時間をつくっていくことで、タイムを削り取ることができるのです。

とはいえ、モナコはでひとつのコーナーをクリアしても、次から次へとコーナーが連続していきます。僕からすれば四六時中綱渡りしているようなものでした(笑)。だから何度も言いますが、セナの目にはよっぽど周りがのんびり見えていたんじゃないかと思うのです。

きっと他のスポーツでも、セナのようにスーパースターと言われる人たちは、同じような感覚を持ち合わせているのだと想像します。視野が広く、他の選手には見えないものが見えている。さらに言えば、目だけじゃなく、頭の回転や記憶力などもうまくリンクさせながら機能しているのだと思います。

「ゾーン」の脳波!?
https://diamond.jp/articles/-/156502?page=2


身体感覚を取り戻す 腰・ハラ文化の再生 (NHKブックス)

身体感覚を取り戻す 腰・ハラ文化の再生 (NHKブックス)

  • 作者: 斎藤 孝
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2000/08/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




共通テーマ:スポーツ

ようやく見えてきた「怪物」の正体


フォッサマグナ 日本列島を分断する巨大地溝の正体 (ブルーバックス)

フォッサマグナ 日本列島を分断する巨大地溝の正体 (ブルーバックス)

  • 作者: 藤岡 換太郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/08/22
  • メディア: 新書



『フォッサマグナ』を読み始めた。講談社ブルーバックスの一冊である。

フォッサマグナは、「日本列島を人間の身体にたとえるなら、背骨のど真ん中」のように重要なモノであるので、すでに十分理解されていると思っていたが、そうではないという。書籍裏表紙には「ようやく見えてきた『怪物』の正体」とある。

どんな「怪物」かというと、「ヌエ(鵺)」のようなものだという。ヌエとは、『平家物語』に登場する「顔が猿で胴体が狸、手足が虎で尻尾は蛇」というとらえどころのない怪物である。

『まえがき』で著者は、ヌエの正体に迫るナゾ解きを「無謀な冒険」にたとえ、「非才の自分が・・」と謙遜する。また、『あとがき』でも、「とんでもない怪物」を退治した「源頼政になれたかどうかは怪しい」とふたたびヌエをもちだす。

まだ、はじめの方を読み出したばかりだが、分かりやすくオモシロイ。


「怪物」で思い出したのは、ここのところ読んでいた『魔女・怪物・天変地異 近代的精神はどこから生まれたか(筑摩選書)』。そこでは、むかしの偉い方たち(『博物誌』の著者プリニウスやアウグスティヌスなど)が、好奇心に発動されて知識を得ようとするものの、伝聞や想像力の影響によって、モノをしっかり捉えることができないばかりか、その真の姿からほど遠い怪物にしてしまったり、そのようなモノがあると思い込んだりした様子を知ることができた。真実の姿をありのままに捉えるというのは、なかなか難しいもののようである。真実を見ているようで、実は見ていないこともおおいにありうる。うっかりすると、身近に暮らすあの人この人を「怪物」(女性なら「魔女」)にしているかもしれない。その後に来るのが、怪物退治や魔女狩りとなってはオソロシイ。


魔女・怪物・天変地異 (筑摩選書)

魔女・怪物・天変地異 (筑摩選書)

  • 作者: 黒川 正剛
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2018/08/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



以下は、『魔女・怪物・天変地異 近代的精神はどこから生まれたか(筑摩選書)』の(「好奇心観の変化」と「近代的精神の成立」)から抜粋引用。

**********

さて、「好奇心観の変化」を促した17世紀に起こったもうひとつの出来事は、「驚異の時代の終焉」である。16世紀において、怪物・奇形の誕生、地震、彗星の飛来、血の雨をはじめとする驚異は神の怒りや警告を示すものとして受容されることが一般的であった。ことに宗教改革が勃発し、宗教戦争で新旧両派が血で血を洗う世の中になると、新旧両派のそれぞれの思惑から驚異が利用されたのであった。しかし、時代を経るにしたがって、「自然の驚異」が前面にせり出してくることになる。驚異は神の怒りというよりはむしろ、自然の豊饒さのしるしとして受け取られていくのだ。このような態度が濃厚に見られるのがベイコンであった。ベイコンは『ノウム・オルガヌム』(第2巻29)で次のように述べている。将来の自然哲学者に対する助言である。

編集物、もしくは特別の自然誌が、すべての怪物と自然の驚異的な誕生について作成されなければならない。要するに、自然において新しく珍しく普通でないあらゆるものについてである。これは信用の価値あるものにするために、厳密な選択によって行われるべきである。

このベイコンの言葉からは、怪物のような異常なものからこそ、自然が理解できるのだという発想を読み取ることができるだろう。怪物の研究が、自然科学研究の重要な対象とみなされているわけである。だが怪物は、17世紀までに地震や彗星など他の驚異との結びつきを解消していくことになる。怪物の問題は、比較解剖学と発生学という医学の領域で扱われることになるのだ。むろん、この過程は緩慢な動きであった。認識論と科学史の総合を目指したフランスの科学哲学者ジョルジュ・カンギレムはこう述べている。

まさしく19世紀になって、奇形についての科学的説明と、それに付随して怪物的なものの縮小が成し遂げられる。奇形学は、比較解剖学と、後成説の採用によって改革された発生学とが遭遇する地点で誕生する。(「奇形と怪物的なもの」『生命の認識』)

17世紀以降のヨーロッパ社会で顕在化し始めた近代合理主義的な科学と思潮は、まだ中性的な特徴を残しながらも、魔女狩りと驚異の時代を徐々に終焉に向かわせた。その思潮を下支えしたものこそ、17世紀の好奇心の変貌後に顕在化した「賞賛されるべき男の好奇心」、すなわち、ひとつの「近代的精神」だったのである。

驚異の領域に含まれていた彗星や隕石の飛来は天文学、地震は地学という個別の専門的学問領域でやがて研究されることになるだろう。もちろん、博物学という総合的学問領域が当分のあいだヨーロッパの知の領域を支配することになる。これらの学問も17世紀に顕在化した「賞賛されるべき男の好奇心」のもとで展開されていくことになるが、その実像の探究はまた別の機会に譲らねばならない。p234-236



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前田慶次と立花宗茂 〈日本史・あの人の意外な「第二の人生」(PHP文庫)から〉 [歴史雑感なぞ]


日本史・あの人の意外な「第二の人生」 (PHP文庫)

日本史・あの人の意外な「第二の人生」 (PHP文庫)

  • 作者: 「誰も知らない歴史」研究会
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2018/08/03
  • メディア: 文庫



上記イメージ書籍には90人ほどの「第二の人生」が取り上げられている。そのうち、これまで当方のまったく見聞きしてこなかった人物のふたりが前田慶次と立花宗茂。前田慶次には〈五十過ぎで武名を上げた「傾奇者」、生涯を賭ける主君や友と生きる〉、立花宗茂には〈改易二十年後に取り戻した領地!浪人生活を支えた家臣との厚い絆〉と表題がついている。伝説めいた部分が多いようだが、なかなかどうして魅力的な人物たちである。

以下は、その抜粋。

慶次は「東の関ヶ原」と呼ばれる慶長出羽合戦(1600)に(直江)兼続とともに参戦。最上義光の領地に攻め込み、長谷堂城を取り囲んだ。「長谷堂城の戦い」と呼ばれるこの合戦で、慶次は見事な武勇を見せた。 / この戦いの最中、兼続に「関ヶ原で石田三成が敗れた」との報がもたらされた。戦意喪失した兼続は自害しようとしたが、慶次がこれを阻止。「一軍の将が、このように気弱でどうする」といましめ、みずからが長谷堂城からの撤退戦の殿(しんがり・最後方の部隊)を買って出たという。 / 慶次は寡兵で追撃する最上勢と戦った。朱槍を振るって追いすがる軍勢を押しとどめ、兼続らを無事に撤退させたという。この撤退戦での奮戦と敵を翻弄する戦術とで、さらに武名を上げたとの話もある。・・略・・ / 関ヶ原の戦いで破れた上杉家は、120万石から米沢30万石へと大幅に減封されている。このとき、慶次にはまたも仕官の話が多数寄せられたという。撤退戦でさらに武名を轟かせた傾奇者を、高待遇で迎えたいと考えた武将が多かったのだ。 / しかし、「主君は景勝しかいない」と確信していた慶次はこれをすべて断り、景勝や兼続とともに米沢へと向かった。米沢では兼続とともに和歌を詠んだり、文学を楽しんだりと、風流で悠々自適な生活を送ったという。(p60.61)〉。


〈見かねた東の最強武将・本多忠勝の口利きにより、ようやく江戸城で幕府の仕事にありついたのは、宗茂三十八の頃、その後、徳川秀忠の御伽衆に就任し、東北に領地を与えられて大名に復帰している。 / 1620(元和6)、改易からおよそ二十年過ぎ、五十代半ばになっていた宗茂に新たな転機が訪れる。徳川から「もう逆らうこともあるまい」と判断され、柳川など旧領地を返してもらったのだ。西軍大名で旧領を返してもらった人間は宗茂ただひとりなのだから、いかに信頼されていたのかがわかる。 / 領地を取り戻し、家臣たちを呼び戻し始めると屋敷が狭くなったが、「殿、改築して広くしましょう」という家臣に、「いや、狭いままでいいよ。広くしたらお前たちに顔を合わせることが減って疎遠になる。それは嫌だ」と返したという(p129、130)。〉

どうも、当方が、魅力を感じているのは、ふたりともに、『殿(しんがり)』を進んでつとめることができるほどの武人であると同時に、文学にも通じた風流人だったからのようである。


前田慶次と歩く戦国の旅 (歴史新書y)

前田慶次と歩く戦国の旅 (歴史新書y)

  • 作者: 今福 匡
  • 出版社/メーカー: 洋泉社
  • 発売日: 2014/12/05
  • メディア: 新書



新説 前田慶次

新説 前田慶次

  • 作者: 外川 淳
  • 出版社/メーカー: 新人物往来社
  • 発売日: 2009/07/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



立花宗茂 (人物叢書)

立花宗茂 (人物叢書)

  • 作者: 中野 等
  • 出版社/メーカー: 吉川弘文館
  • 発売日: 2000/12/01
  • メディア: 単行本



立花宗茂―将軍相伴衆としての後半生― (宮帯茶人ブックレット)

立花宗茂―将軍相伴衆としての後半生― (宮帯茶人ブックレット)

  • 作者: 岡 宏憲
  • 出版社/メーカー: 宮帯出版社
  • 発売日: 2018/01/16
  • メディア: 単行本



歴史街道 2008年 03月号 [雑誌]

歴史街道 2008年 03月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2008/02/06
  • メディア: 雑誌




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羊は声を聞き分ける (『牛たちの知られざる生活』ロザムンド・ヤング著 から) [本・書評]


牛たちの知られざる生活

牛たちの知られざる生活

  • 作者: ロザムンド・ヤング
  • 出版社/メーカー: アダチプレス
  • 発売日: 2018/07/31
  • メディア: 単行本



上記イメージ書籍は、動物をあつかった肩のこらない本で、主にウシ、ほかにブタやニワトリ、ヒツジなど家畜のことが記されている。しかし、読んでいくと、「家畜」などと呼んでいいものかという気になってくる。悪口雑言として「畜生」という言葉が用いられもするが、放牧された環境のなかで社会生活をおくる彼・彼女たちの暮らしぶりをみると、人間と変わらぬ感情をもち個性をもって生きていることに、敬意さえ呼び起こされる。

以下に引用するのは、「羊」について記された部分。それは、聖書中の言葉を想起させる。ヨハネの福音書10章にある、羊が羊飼いの声を聞き分けて、その後に従うという記述である。

****以下引用*****

羊は愚かだとか鈍感だとか言われることが多いが、断じてそんなことはない。ジョージ・ヘンダーソンは、著書の『ファーミング・ラダー(農場経営入門)』のなかで、こんな鋭い指摘をしている。「通説とは違い、羊は農場で飼われている動物のなかでも、とびきり知的な生き物だ」

わたしはかつて孤児になった子羊を譲り受けたことがある。母親のミルクがじゅうぶん出なかったため、生まれた二頭のうち一頭が、初乳を飲んですぐの生後二時間ほどでここに連れてこられたのだ。わたしは子羊をエレンと名づけた。エレンを連れてきた農場の主人は、特徴のあるしわがれ声をしていた。六週間後、彼がふたたびうちの農場を訪ねてきたとき、エレンはその声を覚えていて、彼に駆け寄って出迎えたのだ。それから何年かして、わたしがうっかり膝をぶつけて痛さに跳びはねていると、エレンは食事を放りだして、心配そうにわたしに駆け寄ってきた。そして、わたしが(ほんとうはまだ痛かったが)もう痛くないからだいじょうぶだと言ってきかせるまで、食事に戻ろうとはしなかった。(p32)


記憶が正確で長期にわたるのは、羊も同じだ。羊が少なくとも五十人の人間を識別できるというのは、いまでは一般に認められた事実であるようだ。わたしの経験では、羊は出会った人間をすべて記憶している。羊が人間を見分ける上で決め手になるのは声だが、見た目や歩き方や身長も判断材料にしているように思う。(p102)

*****引用ここまで*****

著者は、イギリスで牧場(Kite's Nest Farm)を営んでいる女性。初版は2003年。昨年再販され、たちまち話題になり、タイムズ紙などイギリス各紙で2017年ベスト・ブックに選ばれた、と『訳者あとがき』にある。

10年以上の時を経て、日の目を見ることになった理由として、翻訳した石崎比呂美さんは次のように記している。

****以下引用(ひとつの段落を分割)****

いまの時代に注目されるようになった理由はどこにあるのでしょうか。

ひとつには、本書が、経済重視、効率重視の風潮に疑問を投げかけていることがあるかもしれません。工場的な農場で飼育される「牛」を、「人間」もしくは「労働者」と置き換えれば、身につまされる人も多いかもしれません。

もうひとつの理由には、動物でも人間でも、ひとりひとりをじっくり見ることで見えてくるものがあるという著者のまなざしがあげられます。

レッテルを貼ってひとくくりにするのではなく、それぞれの個性と多様性を認めることが、本書で描かれるカイツ・ネスト・ファームのような生き生きとした社会を作る、そんな気がしてなりません。

****引用ここまで****


ドリトル先生ものがたり 全13冊セット 美装ケース入り (岩波少年文庫)

ドリトル先生ものがたり 全13冊セット 美装ケース入り (岩波少年文庫)

  • 作者: ヒュー ロフティング
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2000/11/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




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ニューロ光(NURO 光)は、どうもいけません

光回線をずっと利用してきた。ここ4年は「auひかり」を利用した。いろいろなキャンペーンがあって月々お安く利用している方たちがいるにもかかわらず、「auひかり」長期契約者の負担は減らない。長期割のようなものもあるが、たいしてお安くならない。

当初の2年ほどは、キャンペーン価額でお安く利用させてもらったので、それはそれで割り切って利用し続ける方もいるだろうが、ちょうど解約月でもあったので、契約を見直すことにした。

その対象として、ワイマックス2にするか、ニューロ光にするかということになった。UQワイマックスで提供しているワイマックス2のお試しを利用してみたところ、けっこうスピードが速い。ユーチューブも十分視聴可能である。しかし、充電が面倒であること、複数の機材(パソコン、スマホ)を利用するとスピードが遅くなるなどするので、お試しだけにする。

その2週間ほどのお試し期間中に、ニューロ光の3ヶ月ワンコイン体験を契約して今、利用している。ところが、2ギガのスピードを期待したのだが、まったくダメ。auひかりのほうが、ずっと安定していて、しかも速かった。ニューロ光を利用してみてはじめて、ベストエフォートの意味がよく分かった。混雑する時間帯は規定の回線スピード(2ギガ)を保証できないというのは本当で、午後5時から7時くらいにかけては、ずっとスピードが遅くなる。ネットサーフィンをしていて、なかなか次の画面が出てこない。サーフィンどころではない。そのままフリーズしてしまうこともある。auひかりで、そんなことは無かった。

「ワンコイン体験キャンペーン」のページ
https://www.nuro.jp/hikari/campaign/onecoin/?SmRcid=lis_lis_gg_bd001KANTO_all_MCRY_tid0004LP&gclid=CjwKCAjwo_HdBRBjEiwAiPPXpCujcZi8Dct13MCgHHCBNjtCnEIxUdROV7gu67e9bVLFibWtydTS4xoC21sQAvD_BwE

auひかり契約よりも月額で1000円ほど安く、月々4700円で済む(ひかり電話ナシの場合)ということであったので、回線スピードが2ギガに達しないまでも、auひかり以上のスピードが出ているのであれば、体験期間終了後もそのまま契約を延長して、利用するつもりでいたが、スピードよりなにより回線の安定性に問題があるので、体験期間のみで解約する。

実際のところ、これは体験してみなければ分からなかった。うっかり月々2980円で契約しなくて良かったと思っている。そちらのキャンペーンで契約していたら、解約するこもできず、ダメな回線にイライラしながら向こう3年我慢しなければならなかった。まして、今、当方がワンコイン体験キャンペーンを契約したときよりも、提供されているもう一つのキャンペーンは1000円お安くなっている。2980円で契約した直後に1000円も安くされた日にはやりきれないところだった。しかし、2980円であれ1980円であれ、ソチラのキャンペーンで契約しなくて良かったと思っている。ワンコイン・キャンペーンであれば、3ヶ月中に解約するのであれば、違約金も回線撤去費用も一切かからない。

月額「1980円キャンペーン」のページ
https://www.nuro.jp/hikari/campaign/2980/

ヤメタばかりのauひかりであるが、プロバイダーに連絡したところ、既に解約したのであれば、再びauひかり回線に戻すにあたって、「新規」契約として受けつけてくれるということだ。つまり、キャンペーン価格を適用してくれるという。

おかげで、ニューロをワンコインで利用した後、auひかりにすることになった。だいぶ経済的に助かる。また、ストレスなく回線を利用できるのは、これまで利用してきて分かっているので、ホッとしている。


ソネットauひかり 公式キャンペーンのページ
https://www.so-net.ne.jp/access/hikari/au/


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『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』村上春樹インタビュー集

『ブックオフ』に行っても最近はなにも掘り出しモノがない。セドリの連中がスマホ片手に買いあさるので、残りモノもない有り様だ。

それでも、たまに、読んでみたいと思う本もある。

昨日は、村上春樹の本をみつけた。前々から読んでみたく思いながら、読まずにいた本だ。

と、いっても小説ではない。小説は読む気にならない。いちど「中国行きの・・・」を読んで、ちっともオモシロくなかったので、その後遺症である。要するに、「縁」がなかった、ということですナ。

もっぱら当方の興味は、村上春樹とユング心理学との親和性に基づくものだ。

見つけたのは、『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』。
村上春樹インタビュー集 1997-2009 


夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/09/29
  • メディア: ペーパーバック



値札は200円となっていた。買って帰り、値札をはがしたら、その下に108円の値札が付いていた。

なにかダマサレタような気がしている。夢でも見ているのだろうか・・・

けっこう厚い本である。これは、風呂で読むことにした。


村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

  • 作者: 河合 隼雄
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1998/12/25
  • メディア: 文庫




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人間は「情報のカタマリ」、つまり「本」みたいなモノ [本・書評]

図書館の除籍本をもらった。読書感想文の書きかたについての本だ。

中学生を対象にしたもので、書き方だけでなく、本との出会い方も示されている。


読むことは生きること―読書感想文の書き方 中学生向き

読むことは生きること―読書感想文の書き方 中学生向き

  • 作者: 紺野 順子
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2000/05
  • メディア: 単行本



本との出会いについて、次のように記されている。

〈私たちは、毎日の暮らしのなかで多くの人と出会い、おたがいに影響しあいながら生きている。さりげない出会いもあれば、なかには、一生の方向を決めてしまうほど、大きな意味をもつ人との出会いもある。本との出会いも、またこうした人との出会いに似ている。なんとなく手にし、忘れ去っていく本との出会いもあるが、人の生涯を決めてしまうほどの「一冊の本」との出会いもある。 / それほど決定的なものでないにしても、すぐれた読書感想文を書くためには、書くに値するすぐれた本との出会いが必要だろう。つまらない人とつまらない時間を共にしても、なんの「感動」も残りはしない。つまらない本を読んでも、読書感想文を書こうという気持ちにはならないだろう。感想文を書くには、「感動」する本との出会いが、まずなければならない。(p24)〉


〈それでは、自分ならではの一冊に出会うためには、どうしたらいいのだろう。その一番いい方法は、ともかく、たくさんの本を読むことだ。読まなければ何もはじまらない。たくさん読むことは、たくさんの出会いのチャンスを作ることになる。 / なんだ、そんなことかと思うかもしれないが、すばらしい人との出会いも、家に引きこもっていて、人と会おうとしなければ、絶対におこり得ない。本に積極的に近づくことなしに、本との出会いはない。(p28)〉


以上のところを読んで、一冊の本を思い出した。徳岡 孝夫著『五衰の人』だ。


五衰の人―三島由紀夫私記 (文春文庫)

五衰の人―三島由紀夫私記 (文春文庫)

  • 作者: 徳岡 孝夫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1999/11
  • メディア: 文庫



そこで徳岡は、ジャーナリストとして自分が接した人物のなかでも三島はとりわけ面白い人物であったと(読みかじったことを思い出したまま記すので、表現は正確ではないが)記していた。それを読んで、やはり面白い本を書く人間は、面白いものなのだ、と思ったのを覚えている。

また、安部公房のことも想起した。ドナルド・キーン博士によると、安部はきわめつけ面白い人物であったそうだが(これも、テレビで見た談話のなかでの発言で、聞きかじったもの)、その安部が、人間を、「情報のカタマリ」と評していたのを思い出す。

人間は、皆、「情報のカタマリ」であり、それなりに面白いはずなのである。そのオモシロさが分かるほどまでに、胸襟を開いて話すことが難しい時代になった。たいへん残念である。


追記:いま、NHKの「あの人に会いたい」という番組をユーチューブ(https://www.youtube.com/watch?v=7vJF19xQDDI)で確認したら、「情報のカタマリ」ではなく、「無限の情報」と(5分38秒)言っていた。それでも、無限の情報のカタマリが人間だと言っても、安部から怒られることはないように思う。

安部公房伝(あべねり著)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2011-06-06


安部公房伝

安部公房伝

  • 作者: 安部 ねり
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/03/01
  • メディア: 単行本




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森友問題、安倍首相の“監督”責任が問われる [政治・雑感なぞ]

話がまわりくどくなるが、お許しいただきたい。

むかしグロリア・インターナショナルという会社の百科事典があった。その表示はなかったように思うが、実質上は『アメリカーナ百科事典』であったろうと思う。英文である。

叔父の友人がアメリカ留学の費用の足しにしたいというので、人助けと思って3万円で購入したと親が言っていた。50年も前の話である。のちのち当方に読ませるつもりであったらしい。小学生の頃だから、当然ながら読めない。ぱらぱらめくって、写真を見る程度である。

それでも、驚いたことがあった。大統領の項目をみると、必ずある特徴があった。なにかというと、大統領本人だけでなく、夫人の写真も掲載されていたことだ。それも、該当項目の幾ページもあるなかに、夫人の写真が出ている、というのではなく、「リンカーン」の項目を見るなら、その冒頭に、大統領と夫人が二人並んで、掲載されている。二人で一緒にではなく、それぞれが同じ大きさの楕円の枠に入れられている。正面を向いた上半身が、カメオのブローチのような枠に入って、横にふたつ並んでいた。それは他の大統領の項目を見ても、同じだった。

アメリカとはこういうものなんだ・・と、へんに納得した覚えがある。

ずっと後になって、聖書を学び始めて、「夫婦は一体」という考えがあることを知った。妻は、夫を「補うもの」であり、「助け手」であるという表現もある。人間の最初の夫婦はアダムとエバであると聖書にはあるが、アダムが自分の妻に出会ったときの記述には 「これこそついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉、これは“女”と呼ばれよう。男から取られたのだから」という詩的表現の後、次のような説明的記述がつづく 「それゆえに、男はその父と母を離れて自分の妻に固く付き、“ふたりは一体”となるのである(創世記2:18、24)」。


たいへん話が迂遠になったが、森友学園モンダイで安倍首相夫人の果たした役割のことを考える。事の真偽は、よくわからない。よくわからないが、公私の問題や政治・宗教的中立の問題を問われるなどして、夫の政治生命をも奪いかねないキワドイところに顔を出していたということ自体が、そもそもモンダイなのではないかと思う。フランスのル・モンド誌は、森友学園を、「日本で最初で唯一の神道小学校」と紹介しているという話である。そして、ご自身は、一国の内閣総理大臣(特別職・国家公務員)夫人、ファーストレディーである。

「書く」ということ・・村上春樹 チャンドラー、松本清張 吉川英次、アラン、ヴェイユ、スタンダール
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-03-18


たいへんわかりやすく、他に説明などいらないと思うので、あえて比較してみたいと思うが、美智子妃殿下・皇后であれば、同じ行動を取ったであろうか・・。言うまでもないように思う。

(そもそも立場がチガウとお叱りを受けるかもしれないが、夫をもち、夫同様に社会的影響力があるという点では一緒であると思う)。


今、『ファースト・レディ』を(ウィキペディアで)調べたらオモシロイことが出ていた。アメリカの大統領夫人たちについて次のようにあった。(以下、オレンジ色文字は『ウィキペディア』からの引用)。

では「世界最強の男」といわれるアメリカ大統領の夫人はどうなのかというと、その一貫して控えめな姿勢は意外なほどで、政治に容喙するようなファーストレディはこれまでほとんど存在しなかった。

「控えめな姿勢」は、聖書的な背景・教養から出ているように当方は思う。なぜなら、聖書では、 「すべての男の頭はキリストであり、女の頭は男であり・・(コリント第一11:3)」とあって、家族のなかで指導的立場にあるべきは男性・夫であることが示されている。

そして、『ウィキペディア』のそれに続く部分が、さらにオモシロイ。なぜか、というと、最近読んだ『国際法』に関する本のなかで、下記大統領は、「人類を劣化させ、国際法を破壊し」「人類を野蛮な中世に回帰させた」大統領として紹介されていたからだ。ウッドロウ・ウィルソン大統領のことである。

唯一の例外がウッドロウ・ウィルソン大統領夫人のイーディスである。第一次世界大戦の戦後処理や国際連盟の設立などに奔走していたウィルソン大統領は、1919年9月25日に過労で倒れ、さらに10月2日には脳梗塞を発症した。この結果、ウィルソン大統領には左半身不随や左側視野欠損、言語症などの障害が残ってしまい、実質的な執務不能状態に陥った。しかし大統領府は大統領の執務不能という事態を秘匿し、副大統領や議会関係者を一切ホワイトハウスに近づけさせず、以後長期にわたってイーディスがすべての国政を決裁した[8]。こうした事実が明らかになったのは実にウィルソンの死後になってからのことで、これが後の大統領権限継承順位を明文化した憲法修正第25条制定への伏線となった

『国際法で読み解く世界史の真実(PHP新書)』の中で、「ウィルソンの悪事については『嘘だらけの日米近現代史』(当方未読)という本で取り上げているとも記されていた。その数々の「悪事」の背後には、「政治に容喙する」妻イーディスの影響があったのかもしれない。


話を元に戻す。

男性(夫)の“家族の中で”の責任について先に記したが、ある男性が“クリスチャンのグループの中で”指導的な役割を与えられるためには、資格を満たしている必要があることが聖書中に示されてある。その一つが自分の家族に対するものだ。次のようにある。 「監督は、とがめられるところのない人で、・・・自分の家の者をりっぱに治め、まじめさを尽くして子供を従わせている人であるべきです。(実際、自分の家の者を治めることも知らない人であれば、どのようにして神の会衆:クリスチャンのグループを世話するのでしょうか。)テモテ第一3:2、4、5

と、ある。そこで、最後に質問を提起したい・・

安倍首相は、果たして、自分の家の者(昭恵夫人)を「りっぱに治め」、「従わせ」、監督していたのだろうか?


国際法で読み解く世界史の真実 (PHP新書)

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政権中枢「佐川、よろしくな」、国民「佐川、バラキになってみろ」 [政治・雑感なぞ]

森友文書・改ざん問題で、麻生氏のはなしを聞いていて“感じた”ことを書く。

「佐川」「佐川」という雰囲気が、まるで子飼いの部下や家僕に対する印象だ。それだけ、緊密な関係にあったということを表しているように思う。

「おい佐川、うまいことならんか」

「やるだけやってみます」

という会話があったような感じである。

これまでずっと、国民からのブーイングのなかで、佐川理財局長の野党対応は、官僚の模範のように言われていた。その内容の虚実がどうあれ、政権を守るという点で、大したものだという論調だったと思う。

それが、ここにきて、改ざんが露見するや、トカゲのシッポあつかいになった。呼び捨てである。

「佐川、あとはイイヨウニする。証人喚問受けてくれ。またよろしくな」

「はい。あとのことはよろしくお願いします」

というやりとりがあったようにも思う。

それにしても、死人が出ている。自殺者が2名でている。良心がフツウに機能する人物であれば、改ざんを強要されたこと、それを実行したことはたいへん辛いことであったに違いない。この世には、平気でウソをつける人間がいるが、多くはフツウの良心をもって生きようとしている。

しかし、自分のために死人が出ても、ウソをつきとおせる人間もこの世にはいるのである。そうした人間が政権の中枢にいたりする。中枢どころかド真ん中に居座っていたりする。恐ろしいことである。

当方にとっては、もはや茶番も茶番、ヘソが茶をわかすほどである。あほらしくてコメントのしようもない。これだけ、隠蔽・改ざんがあったということは、それが多いほどに何を隠そうとしたか明瞭ではないか。隠したのは、それが事実だから隠したに決まっている。隠蔽・改ざんがソンタクによるものであるにしても、誰かが忖度し、指示したわけである。それが、「佐川」までで止まることがあるだろうか。その上がナイということがあるだろうか。もっと、上からの指示があったハズと考えるのがフツウだろう。

むかし「バラキの告白」という映画があった。マフィアの暗部とともに政権の暗部も照らし出されるという話しだったように思う。その法廷での証言が話題になったが、今日においても、公の政治の場がまるでマフィア同然であることが分かったなら、それはこの世の真実が明らかになったということになるのだろう。この世は、良心、良識、善意でなど動いていない。

【岡山発・森友事件】父親は遺体と会うのに2日待たせられた 警察は自殺者宅を長時間捜索
http://tanakaryusaku.jp/

バラキ
1972年12月9日(土)公開  チャールズ・ブロンソン主演
https://movie.walkerplus.com/mv12298/

ジョゼフ・ヴァラキ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%A9%E3%82%AD

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籠池夫妻の勾留はまだ続いているのだろうか・・・ [政治・雑感なぞ]

茶番である。

森友問題・関連文書の件で騒いでいるようだが、事の本質はと言えば、政権維持のためなら隠蔽・改竄なんでもアリの体質がいよいよ明らかになったということではないか。これまでも病的体質が示されてきたが、「病膏肓に入った」ということだろう。

町村信孝「秘密保全」PT座長のオトボケ・ビデオ
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-10-08-2

NHKニュースでは文書の「書き換え」と報じている。印象を操作しているのだろう。政権から圧力を受けてのことだろうか。それともソンタクか。免許の書き換え・更新とイメージがダブル。悪いものを正したかの感がある。野党議員や公文書の専門家ははっきり「カイザン」と指摘しているにもかかわらず・・・。

それにしても、籠池夫妻の勾留はまだ続いているのだろうか・・・

森友関連では自殺者も出ている。「死人に口なし」である。籠池夫妻は自殺もしそうにない。さりとて殺すわけにもいかない。この二口をどうするか。それで、勾留を延々と続けているのだろう・・・

と、疑われても仕方あるまい。

籠池=鈴木宗男=佐藤優
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-11-24-1


裁判所の正体:法服を着た役人たち

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