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小沢一郎:検察に勝って、国民に負ける? [ニュース・社会]

強制起訴は不当であるとの小沢一郎さんの申し立てが退けられ、いよいよ裁判がはじまるらしい。

そのことには、さほど驚かないのだが、先日、ヤワラちゃんの引退会見に小沢さんが同伴していたのにはオドロイタ。

ヤワラちゃんが、政界を引退しようというなら分からなくもないが、スポーツ選手としての立場の引退表明の場に小沢さんがいるのは、非常に場違いで筋違いな印象を受けた。

ヤワラちゃんの、さわやかとされる印象のかげに入って、そのさわやかさにあやかろうとしたのだろうか。


小沢さんは、敬愛する田中角栄・金丸信らが検察にヤラレテ、検察の怖さを十分承知していたはずだ。それで、法的に、言い逃れる道筋をきちんと整えておけば、仮に検察に追求されたとしても、自分はかならず勝てると踏んで、これまでアレコレしてきたのだろう。そして、実質的に、その作戦は功を奏してきたのだが、残念なことに、検察審査会という新しい制度に足をすくわれるカタチになったということなのだろう。


小沢さんの印象を言ってみろと言われたなら、当方にとって、「ウサンクサイ」の一言になる。そのウサンクササというのは、たぶん、表面をトリツクロッテ実際の中身が見えないところから来るように思う。

「ウサンクサイ」を、別な言葉で言えば、「虫が好かない」ということになる。

「虫が好かない」の虫とは何かといえば、無意識と言っていいだろう。

表面的に取り繕って、きれいにアレコレ整えているように一見、見えても、無意識・潜在意識の方が、小沢さんの見えない中身に反応してしまうのだろう。


小沢さんは、法的な面で、表面的には(言いかえるなら、意識のレベルからすれば)、モンダイ無いようにふるまってきたが、多くの人の無意識のレベルにおいては反発を買ってきたということになるのではないだろうか。

検察は、成文化された法律にのっとってモノゴトを扱う。国民の意識の機能を代表するものが検察と言っていいように思う。それに対して、検察審査会のシロウトからなる集団は、国民一般の無意識を代表するものとなっているように思う。

小沢さんは、結局のところ、検察に勝って、国民一般に負けたということになる(のだろう)。


だが、しかし、強制起訴を不当とする小沢さんの、不服の申し立てにも一理あるようにも思う。

直感的で雑莫な感想ではあるのだが、先だって自殺した三浦和義のことを思い出すのだ。日本の国内法で無罪とされたものが、サイパンで拘束され、アメリカに連行されて、裁かれることになった。そのことを、日本政府は、許してしまった。小沢さんの場合も、検察が不起訴としたものを、シロウト集団があらためて裁くということで、カタチとしては、三浦和義の件とたいへん似ているように思えるのだ。

三浦の場合もそのように感じたが、果たして本当にいいのだろうかと、当方は思うのである。

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2008-10-12

http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/04/post_558.html

決まりきったひどい結論であることは承知だが、人が人を裁くというのは、ほんとうにムズカシイことだと思う。


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