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「渡部昇一は篤いクリスチャン」?(松崎 之貞著『評伝 渡部昇一』から) [スピリチュアルな話題]

『評伝 渡部昇一』の最終章最後のパラグラフは「渡部昇一は篤いクリスチャンであった。」と始まる。

しかし、書籍中、渡部さんが「篤いクリスチャン」であったことを示す記述は多くはない。


「知の巨人」の人間学 -評伝 渡部昇一

「知の巨人」の人間学 -評伝 渡部昇一

  • 作者: 松崎 之貞
  • 出版社/メーカー: ビジネス社
  • 発売日: 2017/10/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



「カトリックへの改宗」において、上智大の哲学教授で神父でもあったボッシュから洗礼をほどこされたことが記されている。仏教からカトリックへの改宗の決断となったのが、パスカルの『瞑想録』中にある「神が存在するか否か」をめぐる「賭の精神」(ラフュマ版の断章418)に出会っての衝撃であったという。

その部分を引用すると・・・

じっさい、「神は存在する」に賭けて、神がいたら大いなる悦びを得るが、神が存在しなくてもそれだけの話である。逆に、「神は存在しない」に賭けて、神がいなかったら、やはりそれまでの話だが、もし神が存在したなら・・・そのギャンブラーは神からどれほどの怒りを買うことだろう。そうであれば、ためらうことなく「神は存在する」のほうに賭けるべきだというのがパスカルの意見であった。 / 若き渡部昇一はこのくだりを読み、そしてパスカルが二度までも神の奇蹟を体験し、回心したことを知ってキリスト教への改宗を考えはじめた。・・中略・・『パンセ』の「賭けの精神」とパスカルの二度におよぶ奇蹟体験は一種のスプリングボードとなった。青年・渡部はしばらく迷った挙句、カトリックの洗礼を受けた。霊名は神学者トマス・アクィナスにちなんだ「トマス」であった。p40-42


また、「きちんと洗礼を受けたカトリック男性」渡部昇一わかき日の印象を奥さま(渡部夫人)が語っての記述。

主人のことは母がとても気に入ったんです。教師をしていた母の教え子の方の紹介でしたし、きちんと洗礼を受けたカトリックの男性というのは当時だって珍しかったから。ええ、うちもカトリックなんです。それに、カトリックは離婚ができないでしょう。一度嫁に出せば一生安心じゃありませんか(笑)・・中略・・デートの日にちを決めたら絶対に変更しない。遅刻しない。それから、機嫌がいい日と悪い日がないんです。それはいいことだなと思いました。
(「追悼『知の巨人』渡部昇一」(WAC)に寄せた「30回目のお見合い結婚」)




そして、最終章「エピローグ」、2017年5月30日の渡部昇一追悼ミサの記述となる。

上智大で長く渡部の同僚としてすごしてきた司祭のピーター・ミルワードがミサを司り・・・

「山形県の鶴岡市に生まれたワタナベ先生は田舎者でした。ストラッドフォードのシェイクスピアも、ナザレのイエスも、いい人はみな田舎者です。心の田舎者です。さいわいなるかな、心の田舎者よ」と説いた。p268,9

(ちなみに、弔辞に立ったのは石原慎太郎、参列者のなかには麻生太郎などの姿が見られ、「献花がはじまったとき駆けつけたのが首相・安倍晋三と防衛大臣の稲田朋美であった」と記されている。)


宗教(カトリック)に直接言及しているのは、以上がすべてであるように思う。洗礼を受けて、死に至るまで、離婚することなく、立派に家族を養い治め、子どもたちを社会に送り出したこと、教育者・文化人として明るい人柄で慕われたこと、それ自体りっぱな宗教の実践といえる。

ただしかし・・である。次のイエス・キリストの「山上の垂訓」にある有名な言葉が思い浮かぶ。

その言葉は、イエス・キリストを「主」と呼ぶ者、自分はクリスチャンであると称する者らに、常に自己吟味を促す言葉となっている。


「わたしに向かって,『主よ,主よ』と言う者がみな天の王国に入るのではなく,天におられるわたしの父のご意志を行なう者が入るのです。 その日には,多くの者がわたしに向かって,『主よ,主よ,わたしたちはあなたの名において預言し,あなたの名において悪霊たちを追い出し,あなたの名において強力な業を数多く成し遂げなかったでしょうか』と言うでしょう。 しかしその時,わたしは彼らにはっきり言います。わたしは決してあなた方を知らない,不法を働く者たちよ,わたしから離れ去れ,と。」 (マタイ7:21~23)

この場合の「天におられるわたしの父のご意志」とは、イエス・キリストが地上で行った活動であり、命じたことを指している。それは、今もクリスチャンの担うべきつとめである。

その時からイエスは伝道を開始して,「あなた方は悔い改めなさい。天の王国は近づいたからです」と言いはじめられた。(マタイ4:17)

すると,イエスは近づいて来て,彼らにこう話された。「わたしは天と地におけるすべての権威を与えられています。 それゆえ,行って,すべての国の人々を弟子とし,父と子と聖霊との名において彼らにバプテスマを施し, わたしがあなた方に命令した事柄すべてを守り行なうように教えなさい」(マタイ28:18-20)

そして,王国のこの良いたよりは,あらゆる国民に対する証しのために,人の住む全地で宣べ伝えられるでしょう。それから終わりが来るのです。 (マタイ24:14)


「篤いクリスチャン」であるかどうか、あったかどうかは、聖書の言葉で計られねばならない。

これは、クリスチャンを自称する者すべてにとって、たいへん身の引き締まる言葉である。


オンライン聖書(新世界訳)
https://www.jw.org/ja/%E5%87%BA%E7%89%88%E7%89%A9/%E8%81%96%E6%9B%B8/bi12/%E5%90%84%E6%9B%B8/

口語訳聖書
http://bible.salterrae.net/kougo/html/

文語訳
http://jcl.ibibles.net/

舊新約聖書―文語訳クロス装ハードカバー JL63

舊新約聖書―文語訳クロス装ハードカバー JL63

  • 作者: 日本聖書協会
  • 出版社/メーカー: 日本聖書協会
  • 発売日: 1993/11/01
  • メディア: 大型本




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《 評伝 渡部昇一 「知の巨人」の人間学 》松崎之貞著 を読んで [本・書評]


「知の巨人」の人間学 -評伝 渡部昇一

「知の巨人」の人間学 -評伝 渡部昇一

  • 作者: 松崎 之貞
  • 出版社/メーカー: ビジネス社
  • 発売日: 2017/10/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



上記書籍を読んだ。

へんなたとえだが、読んでの印象は、以下のようなものだ。

株式相場の動きがまったく予想できず、皆が皆、こぞって市場から逃げを打ち、「売れ」「売れ」「売れ」という時に、皆が捨てた株を拾って「買い」に走るには、たいへんな勇気がいる。それを余裕をもって行うには、株式市場とそれをとりまく環境への該博な知識・情報、それに自分の拾った株が必ず上がるという希望が必要だ。

「評伝」にみる渡部さんの生き方をみていくと、まさに、ソレがデキタ人、と感じる。しかも余裕をもって、である。

インテリと称する人々がこぞって皆、「左」に傾いて論じているときに、その逆を行く。時には、ほかに誰も論じていないことを、ひとり唱える。それで、「保守」だの「右翼」だの言われ、批判・非難もされるが時間の経過とともに、渡部さんの唱えた「異論」の確からしいことが明らかになっていく。

「異論を唱える」根拠は、一種のカンといっていい。だがそれは、動物的なカンではなく、総合的な知識・教養から来るものだ。その背後には処世上の自・他の経験も大きな位置を占める。だから、青臭いだけの話にならない。論議に血が通う。表紙・袖にも記されている「互いにかけ離れた二項をスパークさせ、意想外の論を展開する閃き(セレンディピティ)・・」も、関係しているように思う。

当該書籍には、渡部さんの「論争」史の要約や唱えた論議のバックグラウンドが記されている。また、その生い立ち、思想形成のメンター(師)となった人々も紹介されている。渡部さんとたいへん身近に接してきた著者ならではの逸話も紹介され、たいへん人間味のある渡部像を得ることもできる。これからその著作を読もうという方にとっては、よい読書案内ともなっている。

「知の巨人」と称され尊敬されてきた人物は数多いが、渡部さんは当代の(和漢だけでなく、洋にも通じた)安岡正篤といっていいのではないか、(岡崎久彦氏は安岡を「昭和の碩学」と呼んだが)そのように思う。

渡部さんに倣って、右や左といった立場を超えて、さらに次元の高い論議を言挙げできるようになりたいものである。そのためには、気の遠くなるような血の通った教養が必要であるが、本書は、そのような動機付けを与えてくれる本でもある。

目次:「知の巨人」の人間学 -評伝 渡部昇一 // 松崎之貞著
http://kankyodou.blog.so-net.ne.jp/2017-12-27



教養のすすめ

教養のすすめ

  • 作者: 岡崎 久彦
  • 出版社/メーカー: 青春出版社
  • 発売日: 2005/06/22
  • メディア: 単行本




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『夫・車谷長吉』 高橋順子著 文藝春秋 [本・書評]


夫・車谷長吉

夫・車谷長吉

  • 作者: 高橋 順子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2017/05/12
  • メディア: 単行本



車谷長吉の作品をいちど読んだことがある。間もなく店を閉めるというデパートの書籍売り場でのことだ。『 赤目四十八瀧心中未遂 』の書き出しを見て、これはたいした才能だと思った。

すごい作品には、その世界に引きずり込む力がある。冒頭から立ちこめ醸しだされるモノがあって逆らえないほどになる。

それほどのモノを感じたが、それきりでよした。そして、それ以来、一作も読んでいない。それでも車谷長吉の名は忘れずにいた。のちに、NHK教育テレビの白洲正子の追悼番組かなにかで、女性歌人の某と一緒に出ているのを見て当人を知る。坊主頭の板前のような男だった。

その男について書いた本が、上記書籍だ。作者は妻・高橋順子。大岡信と一緒に日本の詩人を代表するかのように海外に出かける人だ。東大の仏文をでている。

東大出の現代詩人と泥臭い小説家の組み合わせは不思議である。読みはじめて、思いに浮かんだイメージは「掃き溜めに鶴」。もちろん、車谷がハキダメで、妻の高橋さんがツルだ。

その異類婚姻譚ともいうべき作品が本書である。高嶺の花に憧れているなら、あきらめる前に一度よんでおくといい。蓮の花も、掃き溜めのドロに落ちてくることもありうることを知ることができる。

思うに、高橋さんが居なければ、 『塩壷の匙 』も『赤目・・』も上梓できなかったのではないか。構想のままで終わってしまうということもあったのではないか。ちょうど、森敦が名伯楽として多くを文壇に送り出しながら、自らはながらく書けずにいたのを、のちに養女となった森富子の助けで『月山』を産み出せたのとおなじようにである。

ある時、長吉は妻の順子さんに憎まれ口をたたく。「わたしは生命と引き換えに小説を書いている。あなたの書いている書評なんかは三日の生命だ。頭のいい人が上手にまとめてる。それだけだ」。

実際、長吉は「生命と引き換えに小説を書いてい」た。むかし話しの『鶴女房』が自分の羽をむしって、機をおるように。その現場、本来であれば覗いてはいけないモノが、長吉の「狂気」であり、「脅迫神経症」であったにちがいない。

覗き見られた鶴女房は、夫の元を去るが、長吉はずっと妻の元に留まる。妻もまた、「この世のみちづれ」として夫の世話を焼く。

長吉の印象はキタナイ。まるで。黒澤映画『醉いどれ天使』の最後のような最期を遂げる。生イカをノドに詰まらせて死ぬ。妻はその最期を見届ける。

「掃き溜めに鶴」。掃き溜めもなければ、鶴もさまにならず絵にもならない。そのように、長吉と順子さんは、写真フィルムのネガとポジのような関係を結ぶ。それはときどき逆転もする。「この世のみちづれ」はそれぞれ、そのようにして直木賞を川端康成賞を読売文学賞を三好達治賞を受賞していく。

その織り成す絵柄をみるのが、本書の醍醐味といえるかもしれない。


「どくとるマンボウ」こと北杜夫氏の躁鬱病
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-04-30

「酔いどれ天使:黒澤明
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-02-11


高橋順子詩集 (現代詩文庫)

高橋順子詩集 (現代詩文庫)

  • 作者: 高橋 順子
  • 出版社/メーカー: 思潮社
  • 発売日: 2001/04
  • メディア: 単行本



森敦との対話

森敦との対話

  • 作者: 森 富子
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2004/08
  • メディア: 単行本



酔いどれ天使[東宝DVD名作セレクション]

酔いどれ天使[東宝DVD名作セレクション]

  • 出版社/メーカー: 東宝
  • メディア: DVD Audio




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ボサノバの名歌手にほれぼれ [アート・美術関連]

『イパネマの娘』など、ボサノバは嫌いではない。

だが、日本で一時期はやったボサノバは、日本ならではの湿気をふくんで変容し、好きではナイ。

ところが、最近『ユーチューブ』で見つけた女性歌手にほれぼれしている。ブラジルの風、陽光と熱気を感じる。

Rose Max というのが、その名。

『アマゾン』で、CDをさがしたが、ボサノバを収録したものは無い。

世界レベルの超1級の歌手だと思うのだが・・・


以下は、『ユーチューブ』のサイト

ご興味のある方は、どうぞ・・・

GIRL FROM IPANEMA
https://www.youtube.com/watch?v=FB1Ma4-fLhI

BOSSA NOVA MEDLEY
https://www.youtube.com/watch?v=QxUIcRiQvDU




Bossa Nova: The Cool Sound From Brazil Box set,

Bossa Nova: The Cool Sound From Brazil Box set,

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: DOCUMENTS
  • 発売日: 2014/10/14
  • メディア: CD




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ハルマフジ 礼儀 日本文化 双葉山 [ニュース・社会]

ハルマフジの事件についてであるが、当方はハルマフジにたいへん同情的である。もちろん暴行自体は非とするしかないのだが、ついつい手が出てしまったことについて思うところがあるのである。

最近の若い者の行状をみるときに(と、書いて、自分もそんなことをいう年齢になったかと思うが)、見るに堪えないことがある。一度など書店の棚の前に立ち書籍を見ているその前に割り込まれたことがある。会釈をするでもなく手で挨拶するでもない。棚との間はからだ一つ分ほどである。思わず罵声を浴びせたことがある。公共の場で罵声を浴びせれば「罵倒罪」になりかねないが、つい声が出てしまった。大学生風の女子であった。わびるでも反省するでもなく立ち去った。それでも、反撃されずに済んだだけまだマシかもしれない。

集団生活のなかで、礼儀を学ぶよう助けられる。意図して教えまた学ぶというのでなく、集団そのもののもつ規範意識が個人を規制する。小学3年の頃だと思う。放課後、暗くなったので帰ろうとしたとき、二つ三つ年上の者に声をかけた。「さいな」といった。方言でさようならの意だが、決して丁寧な言い方ではない。そして言葉そのものもそうだが、片手を後ろ手に振って「さいな」と軽く言ったことが、相手の気分をいたく害したらしい。呼び止められて「なんだ、さいなって」ということになった。暴行は受けなかったが、気をつけなければいけないナと思った。ニワトリはツツキ合いのなかで集団の中で序列が決まるというが、それだナとずっと後になって思った。

ハルマフジは、モンゴル人力士のなかで白鵬もふくめ最年長だと聞く。まだモンゴル人力士会のメンバーが数少ない頃からのひとりで、相撲社会の力士集団の規範のなかで「かわいがられて」番付を上げてきた。あとから来るモンゴル力士以上の風当たりを当然うけたであろうし、相撲界ならではのきびしい序列を「かわいがり」をとおして存分に学んだはずである。

だいたい自分がヤラレタことが他を顧みる際の基準になる。先輩力士から説教されている時に、態度が悪いと殴られたこともあったにちがいない。であれば、どうして自分が後輩にして悪いことがあろう。そうハルマフジが考えてもおかしくはない。それが、相撲社会でこれまで当然のことだったのであれば、なおさらだ。

話しがアチコチするが、作家保坂正康さんの学校時代の思い出を最近読んだ。その新聞記事を紛失してしまい、そのまま引用できないのだが、兵隊帰りの普段は温厚な先生が、なにかの機会に切れてしまったのを見たことを記していた。それは、単に呶鳴った、殴ったなどというものではなく、(当方の読んだ印象では)「半殺し」にちかいものではなかったかと感じた。

これは当方の見たことだが、小学生のころの恩師にニューギニア帰りの先生がいた。観光で行ったのではない。戦争で出向いた。アメリカの捕虜になった経験も話してくれた。あだ名はジャングルといった。たいへん自由を感じさせる先生で、杓子定規なところがなかった。教室でネコを飼育するのを生徒に許していた。ところが一度、豹変したことがある。他の教室の生徒が入ってきて、勝手なふるまいを始めたとき、決してそれまで見せたことのない反応をした。「キサマ(貴様)ー」と叫んで、その生徒の胸倉をつかんで教室から放りだしてしまった。普段の様子からはまったく想像できない姿だけに驚いた覚えがある。

保坂さんのそして自分の見た先生の「豹変」は、ベトナム帰りの兵隊が寝ているところを体に触れられ、戦地でのことがフラッシュバックして危うく家族を絞め殺してしまいそうになった経験などともつながるように思う。

ハルマフジも、タカノイワの礼儀を失した態度に、「豹変」してしまったのだろうように思う。なにしろ、相手は貴乃花の弟子である。こんどの一件での、貴乃花巡業部長の相撲協会執行部に対する態度から推して、弟子もその傾向を受け継いでいるのではないかと思う。であれば、先輩ハルマフジの説教を真摯に受け止めない態度に「豹変」しても仕方のないことではないかと思ったりもするのである。

事の全容はわからないが、違和感をおぼえる事件である。その違和感をほかにどこかで感じたように思う。ことしか去年か、どこかの修行僧が残業代を自分の帰属する寺に請求する訴訟を起こしたような話しがあったと思う。修行僧が、寺の仕事を行うのはフツウ無償で行うに決まっている。無償であるからこそ尊いという見方が社会通念だったと思う。残業代を支払うようにというのが、寺の外からの要請であるならまだしも、帰属する内側からの、しかも修行僧自身からの請求であることに驚いたのだが、それとも通底するように思う。一言で言うなら、日本の文化、帰属集団のもつ通念規範といったものが、崩れているのを見ている感じといえるかもしれない。

ボウズの修行が無償であるのは当然で、相撲取りが「暴力をふるう」のは当然である。突いたり、投げたり、倒したり、張ったり、みんなスポーツの名を借りた「暴力」である。暴力をふるうのが、当然の社会で「暴力」がふるわれて犯罪とされてしまう。それが、土俵の上であれば問題なかったのであろうか。土俵の外であったのが、問題の最大の原因か。プロレスのデスマッチで、からだ中キズだらけになり「何針ぬった」と騒いでも傷害罪が云々されたことは聞かないから、やはり、そうなのであろう。

ひろく考えれば、相撲界という土俵の中の問題を、外部(警察)に通報したことが、いちばん問題をこじらせる元であったと思えなくもない。


ここで、いま脈絡なく思い出したことなのだが・・・貴乃花も白鵬も尊敬するという双葉山のことだ。

双葉山は、ちゃんこ番の力士に胸を貸して退けなかったという話しを聞いたことがある。イワシのつみれ団子なぞを作った手で、かかってくるのを双葉山は許したという。もっとも、「おめえ臭えな」と言いつつ受けたというような話だった。なんであれ後輩力士が強くなるのを願っていたことを示すエピソードにちがいない。

また、鶴見俊輔さんが、双葉山のことを話していたことも思い出す。戦争状態になったアメリカから「交換船」で日本に帰ってきた動機についての話ししていたとき、双葉山の言葉を鶴見さんは、突然もちだした。〈「くに」というのは、「国家」のことではない、双葉山が「くにもん(国者)来い」というときの「くに」だよ〉と言っていた。双葉山は、所属する部屋を超えての「国者」(同郷の者)たちとの懇親会をひらくなどしていたのだろうか。ちょうどモンゴルの力士会のように・・・。

双葉山のエピソードが、本日のブログ記事全体とどう繋がるのか書いた本人も分からないのだが・・・

以上これまで。


追記:保坂正康さんの記事は『毎日新聞』11月27日号 学校と私 〔戦争の影背負った「先生」〕によるもの。「つづく」部分に全文掲載

横綱の品格 (ベースボール・マガジン社新書)

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  • 作者: 双葉山
  • 出版社/メーカー: ベースボールマガジン社
  • 発売日: 2008/01
  • メディア: 新書



双葉山定次―相撲求道録 (人間の記録 (95))

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  • 作者: 双葉山 定次
  • 出版社/メーカー: 日本図書センター
  • 発売日: 1999/02/25
  • メディア: 単行本


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中原中也賞詩人アーサー・ビナードの心配 [言葉*ことば*コトバ]

「滞日27年」の詩人・作家アーサー・ビナードの記事を以下に全文引用する。

ガイジンが日本人と日本語の行方を心配している。

三島由紀夫が言った謎の言葉「緑色の蛇」を思い出した。

三島由紀夫は「テロリスト」か
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-01-14

「八犬伝」」のエッセンスを画像にすると・・・
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2012-11-19


(以下、引用)

滞日27年、詩人アーサー・ビナード氏の「直感」 「日本語は消滅に向かっている」
毎日新聞2017年11月29日 東京夕刊

英語優位の愚民政策 知らずにだまされ チチンプイプイ

先日、トランプ米大統領が来日した。日本人以上に日本語と格闘してきた米国詩人、アーサー・ビナードさん(50)は何を感じたのか。滞日27年の経験から、今はっきりこう言える。「日本人は間違いなく変わってきた。僕の目から見れば悪い方へ」。どんなふうに?【藤原章生】

広島市の自宅からちょくちょく上京するが、東京都内は自転車で回る。自宅の留守番電話に取材依頼の伝言を残すと、しばらくして公衆電話から応答があった。「今、東京を自転車で移動中なんです」。携帯電話を持ったことがない。不便では?と聞くと、「僕なりの抵抗、拒否運動なんです。米国人もそうだけど、日本人は生まれた時から広告を浴びせられている。昨日久しぶりに電車に乗ったら、気持ち悪くて。今は中(なか)づりだけでなく、画面で広告を流し、僕が一切興味のない、買いたくもない物を見せられる」。ここで言う「広告」とは宣伝だけではなく、わかりやすくまとめ上げられた「ニュース」も含んでいる。

ビナードさんは理屈より直感を大切にする。日本との縁もそうだ。ひょんなことからイタリア語とインドのタミル語を現地で学んだ末、米国の大学で英文学の卒論を書いていた時、たまたま漢字を目にした。22歳。「強いウイルスが体内に入り込んだような衝撃」を受け、すぐに百科事典で中国語と日本語を見比べた。中国語は石畳のようにびっしりした印象だったが、日本語は「クネクネ道」のようで、そのごちゃごちゃ感に引き込まれた。卒業式も待たずに来日し、以来、詩歌、落語などあらゆる日本語を人並み外れた努力で吸収し、詩やエッセーで数々の文学賞を受けてきた。

そんな「直感の人」は今の日本をどう見るのか。例えば最近のトランプ米大統領の来日劇。

「そもそも来日に意味があるかを冷静に考えた方がいい。トランプ大統領がハワイから米軍の横田基地に降り立ち、銀座でステーキを食べ、ゴルフをしたことに意味なんてあるのか」

安倍晋三首相とトランプ大統領の親しげな映像が流れたが、「パフォーマンスに意味はない。大事なのは、日本政府は買えと言ったものを武器でも何でも買ってくれるとトランプ政権が受けとめたこと。見返りのように、トランプが去った後、今度は米軍と自衛隊が合同演習をして『北朝鮮をけん制』と報じていたけど、けん制できたかなんてわからないよ。それを『けん制』と言い切るのは広告でしょ。僕らは思考停止のまま、そんな結論をのみ込み導かれていく」。

どこへ。「日本はやはり属国なんだ」という達観へ?

大好きな宮沢賢治の詩など美しい日本語がいつまでも残ってほしいと願うビナードさんにとって一番の気がかりは日本語の衰退だ。「言語の延命には二つの条件がある。民族のアイデンティティー、平たく言えば自国に根づく心と、その言語による経済活動です。でも日本ではいずれも弱まっており、日本語は消滅に向かっている」とみる。

経済が日本語をどう衰えさせるのか。「来日以来、経済を語る言葉が劇的に英語、カタカナばかりになった。『先物』くらいは残っているけど」

デリバティブといった用語だけでなく、日常会話でアウトソーシングやインバウンド、デフォルトといった言葉を当たり前のように私たちは使う。経済だからいいかと思っているが、「米国の先住民の言葉が絶滅に向かったのは、貨幣から時間の表記、契約まで何もかも英語を強いられたから。中身や衝撃度がわかっていないのにTPP(環太平洋パートナーシップ協定)という言葉だけが独り歩きし、わかった気分になっているうちに、チチンプイプイとだまされる」。日本語が追いやられるだけでなく、人が自分の言葉で考えなくなるという危惧だ。

でも日本と植民地の先住民とは違うのでは。そう応じるとビナードさんはこう言った。「日本は属国のままで、米国から独立しているとは思えないから」

安倍政権に対する日本人の反応にも属国らしさが表れているという。「安保法制などで国会を軽んじ、内閣で何でも進めようとする安倍さんに国民がさほど抵抗しないのは、みな日本が米国から独立していないと思っているからですよ。安倍さんはチェーン店の店長みたいな人だから言っても仕方ない、言うなら本社、アメリカだと思っているんです。プーチン(露大統領)らが日本の外交にあまり興味がないのも、日本を独立国家だと思ってないからでしょ。いい政治をしてたとは思えないけど、僕が来日した頃は、例えば米通商代表部の代表だったミッキー・カンターとやり合った橋本龍太郎みたいに、独立はあり得ると考えていた人がまだいた。今は皆無じゃないかな」

日本語延命のもう一つの条件、民族のアイデンティティーもずいぶん衰えたとみている。10年ほど前、ビナードさんはある文字を見て、はっとした。「和のえほん」「和テイスト」。自分が日本に来た1990年代、普段使われる「和」といえば和の精神、調和が先に来たが、いつの間にか「日本」という国そのものを指すことが多くなった。ここは日本なのに、なぜあえて「和」と銘打たねばならないのか。日本人は自分たちの文化を「よそ者の目」で見始めたのでは。そんな仮説を立てると、いろんな事が納得できたという。

着物ブームは一見、グローバリズムへの反動、伝統の見直しに映るが、あくまでもエキゾチシズム(異国趣味)であり、コスプレに近い感覚。外国人が見て喜ぶ東洋趣味に近い感覚になっている、と。「一方でハロウィーンが定着し、政府は家畜番号みたいなマイナンバーという言葉を喜んで使う。この前、区役所で、ホワッツ・ユア・マイナンバー(あなたの私の番号は何番?)って英語で聞かれて、本当に吐きそうになったよ」

そして、文部科学省による小学校の英語教育。「英語を学ぶのはいい。でも僕が見るに、日本語は英語より劣っているという印象を子供たちに無意識に植えつけている気がする。文科省の英語教育は中高を見ればわかる通り悲惨だから、二流の英語人が育っていく。日本語力が弱まり、きちっとした言葉を持たない民があふれる。そんな愚民政策に対する議論がもっとあっていいのに、本当に少ない。このままでは『飛んで火に入る日本語の虫』だよ」

そのジョークは今ひとつだが、要は、自分たちの国を自分たちで好きなようにつくろうという真の意味での独立を日本人は諦めているのではないかということだ。「じゃあ、どうすればいいのか。そう言うと、みな足し算で考えるでしょ。安倍さんじゃないけど、対案を出せと。でも引き算でいい。政治宣伝から普通の広告まで、垂れ流される映像、情報を拒否し、スマホも持たない運動を僕は広げたい」。そして静かに考えようと。

https://mainichi.jp/articles/20171129/dde/012/040/002000c?fm=mnm

■人物略歴
Arthur Binard
1967年、米ミシガン州生まれ。詩集「釣り上げては」で中原中也賞、「日本語ぽこりぽこり」で講談社エッセイ賞。近著「知らなかった、ぼくらの戦争」(小学館)が評価され、10月に坪内逍遥大賞奨励賞。

「緑色の蛇」アメリカ・ドルと戦争
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2008-03-22-1


五衰の人―三島由紀夫私記 (文春文庫)

五衰の人―三島由紀夫私記 (文春文庫)

  • 作者: 徳岡 孝夫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1999/11
  • メディア: 文庫




共通テーマ:日記・雑感

森健「社会に広がる無力感の正体」と芥川龍之介「ぼんやりとした不安」の正体 [政治・雑感なぞ]

『毎日新聞(11・28・p11)時論フォーラムに森健氏が《〔衆院選後の光景〕社会に広がる無力感の正体》と題して書いている。

森氏の記事は次のように始まる。

ぼんやりとした無力感。総選挙後の日々にそんな空気を感じているのは筆者だけだろうか。

その冒頭を読んで、「ぼんやりした不安」を理由に自殺した芥川龍之介を思い出した。その言葉は、『或旧友へ送る手記』に記されてある。

或旧友へ送る手記
(青空文庫に収録されたもの)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/20_14619.html


森氏は、その記事に「森友・加計で明暗」「それぞれに新疑惑」「居心地の悪い疑問」の見出しを付けている。

最後の見出し「居心地の悪い疑問」の冒頭は・・・

いずれの問題についても安倍首相はまともに答えていない。首相は総選挙当日も「丁寧に説明していく」と従来の紋切り型表現で答えていた。だが、所信表明演説では両問題への言及はなく「丁寧な説明」という言葉もなくなった。 / こうした居心地の悪い疑問が解明されないこと、首相が疑惑に答えないことが、政治に対する無力感につながっている。そう考えるのは無理があるだろうか。

そのように記した後に森氏は、「首相に近いとされる元TBSのジャーナリストが強姦容疑で逮捕状まで出されていたのに執行されなかった」ナゼ?、さらには、「選挙期間中から株式市場に年金資金と思われるような大きな資金が投じられて株価が上が」ったナゼ? など「首相周辺に対する疑問がいくつも湧いてくる」ことを記して次のように記事を結ぶ。

だが、こうした疑問に答えないことで無力感を植え付ける。それが政権の狙いなのだとすれば、その戦略は見事に当たっている。ただし、政治のあり方として、それでよいのだろうか。そう問う気力さえ奪われそうになっている。

つまり、森氏のいう「ぼんやりした無力感の正体」とは、煎じつめれば、国民の当然いだく疑問に「首相が答えない」ことであり、それはアタリマエのことをアタリマエに「問う気力さえ奪う」たぐいのモノとなっている。

総理 (幻冬舎文庫)

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  • 作者: 山口 敬之
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2017/04/11
  • メディア: 文庫



ちなみに、『ヤフー知恵袋』に〈芥川龍之介の「ぼんやりした不安」の正体はなんでしょうか? 〉という質問が投稿されている。そこで、質問者は、次のように質問を補足する。〈永久に答えが見つからないことへの苛立ちとあきらめに実生活上の不安(義兄の借金、不安定な精神状態など)が重なった ものでしょうか? 〉
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11114573696

『知恵袋』投稿者のいうように、疑問への答えが見つからないこと、永久に見つからないように思えることは、たいへんな重荷となるにちがいない。その重荷は「不安」となり「無力感」となって、担うものを押し殺す。


本日の『毎日新聞』に、NPO法人自殺対策支援センターライフリンク代表清水康之氏が(「座間殺害事件 わたしは思う」に)寄稿している。その記事には

過去10年の統計では、日本の29歳以下の若者は1日平均で約10人が自殺している。近年、15~34歳の死因の1位が「自殺」という国は、主要先進7カ国で日本だけだ。 / 多くの若者は自己肯定感が低く、社会に期待を失っている。国の昨年の調査でも「過去1年以内に本気で自殺を考えたことがある」と回答した割合が最も高かったのは20代だった。・・

と、ある。

自殺者3万人を割ったといような喜ばしく思えるニュースも聞くが、統計情報が操作されているかもしれない。自殺を決行して即死したものだけが「自殺」で、数日かけて亡くなったものは「病死」「事故死」などというふうに取り扱われているかもしれない。(そうであると森氏は断定はしてはいないが)「選挙期間中から株式市場に年金資金と思われるような大きな資金が投じられて株価が上が」ったのと同じようにである。

人の命も株価程度のように扱われる社会では、自殺者も増えるわけである。


本日の『毎日新聞』には、芥川龍之介の話題が出ていた。

『韓国で(ハングル版の)芥川全集完結』の記事(p30)だ。

韓国で、芥川が受け入れられていることには、韓国国民の25%程度がクリスチャンで、「『奉教人の死』『西方の人』など、エゴイズムを超えた真の愛や罪の葛藤などを描くキリシタンものに感動する読者が多い」からと分析されている。

そして、その最後の段落には、

芥川研究で知られ、今回の全集刊行作業にアドバイスを続けてきた関口安義・都留文科大名誉教授は「芥川は従来よく言われた青白い敗北の文学ではなく、検閲下でも現実を見つめ続け、時代を開こうとした闘いの文学だ。全集完結は芥川の国際性の証しで、日韓交流に貢献できる」と喜んでいる。

と、ある。

「現実を見つめ続け、時代を開こうとした闘」う文学者であっても、「ぼんやりとした不安」は勝ち目のない強固な敵だったということになるだろう。

大秀才芥川龍之介をさえ圧し殺した無力感が毒ガスのように拡大している日本、これからも多くの貴重な命が奪われていくにちがいない。


「自殺社会」から「生き心地の良い社会」へ (講談社文庫)

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  • 作者: 清水 康之
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/03/12
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つなみ―被災地の子どもたちの作文集 完全版

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  • 作者: 森 健
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/06/01
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特派員 芥川龍之介―中国でなにを視たのか

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  • 作者: 関口 安義
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞社
  • 発売日: 1997/01/01
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芥川龍之介の歴史認識

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  • 作者: 関口 安義
  • 出版社/メーカー: 新日本出版社
  • 発売日: 2004/10/01
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柄谷行人「憲法9条の存在意義」(『毎日新聞11・27から) [政治・雑感なぞ]

『毎日新聞』11・27・オピニオン欄に、柄谷行人氏の「憲法9条の存在意義」と題する談話が出ている。

日本人の「無意識」にふれている。歴史への言及もある。同じテーマを語るにも、もっている情報量(「教養」と言い換えていいかもしれない)に幅と深さがアルのとナイのとでは、結論がおなじでもオモシロミが違う。

《ルーツは「徳川の平和」》という副題もついているが、以下に引用してみる。
***********

日本の歴史の中に9条を生み出す土台があったのでしょうか。

長い戦国時代の後、戦争を否定する徳川幕府が生まれ、国内だけでなく、東アジア一帯の平和が実現されました。「徳川の平和」と呼ばれています。武士は帯刀しましたが、刀は身分を表す象徴であり、武器ではなかったのです。徳川の文化こそが9条の精神を先取りした「先行形態」です。ところが、明治維新後に日本は徴兵制を始め、朝鮮半島を植民地化し、中国を侵略しました。9条が根ざしているのは、明治維新以後、日本人がやってきたことに対する無意識の悔恨です。

付言すれば、憲法1条のルーツも徳川時代に始まっています。徳川家康は天皇を丁寧に扱いました。天皇を否定したら、他の大名が天皇を担いで反乱を起こすに決まっていたからです。徳川は天皇を祭り上げて、政治から隔離した上で徳川幕府体制の中に位置付けました。それは戦後憲法における「象徴天皇」の先行形態だと言えます。

9条が国際社会で果たしている役割は何でしょうか。

9条にある「戦争放棄」は単なる放棄ではなく、国際社会に向けられた「贈与」と呼ぶべきものだと思います。贈与された方はどうするか。例えば、どこかの国が無防備の日本に攻め込んだり脅迫したりするなら、国際社会で糾弾されるでしょう。贈与によって、日本は無力になるわけではありません。それによって、国際世論を勝ち取ります。贈与の力は軍事力や経済力を超えるものです。

北朝鮮情勢が緊迫する中、そうした考え方は「現実離れしている」と反論されそうです。

現実には、自衛隊を持っている日本は9条を「実行」していません。だから、北朝鮮にも大きな脅威を与えています。しかし、9条を実行すれば状況は違ってきます。具体的に言えば、日本が国連総会で「9条を実行する」と表明することです。それは、第二次世界大戦の戦勝国が牛耳ってきた国連を変え、ドイツの哲学者、カント(1724~1804)が提唱した「世界共和国」*の方向に国連を向かわせることにもなると思います。

******引用ここまで*****

他に柄谷氏への質問としては、以下の3つがあげられている。

自民党は衆院選で、「9条への自衛隊明記」など憲法改正4項目を公的に揚げて勝利しました。今後、憲法改正が進むと見ますか。

なぜ、国民投票で改憲が否定されると思われるのですか。

現行憲法の1条と9条の関わりをどうみますか。

以下は、談話中にある「世界共和国」についての脚注部分。

*世界共和国(カントが自著「永遠平和のために」で提唱した世界秩序構想。永遠平和を実現する方策として①共和制国家の樹立と維持②自由な諸国家による「平和連合」の制度化③「世界共和国」の形成ーを挙げた。理念上は世界共和国が望ましいが、暴力や権力による強制なしには実現することが困難なため、「消極的な代替物」として諸国家連合が提示されている。構想は国際連合の創設に影響を与えた。

****引用ここまで****



しばらく前、元外務省主任分析官:佐藤優は、柄谷行人氏を「偏差値秀才とは質的に異なる優れた知性」と評し、以下のように述べた。

****以下引用****

現在、日本と世界は既成の思考や手段で解決できない深刻な危機に直面している。偏差値秀才とは異なる、物事の本質をえぐる洞察力が必要とされている。

日本人では柄谷行人氏が、資本=ネーション(民族)=ステート(国家)が一体となった近代がもたらす危機の深刻さを正確につかみ、適切な言葉で語っている。柄谷氏は、〈近年の世界各地の「チェンジ」は、資本=ネーション=ステートが壊れたどころか、そのメカニズムがうまく機能しているこをを証明しているにすぎない。(中略)人々はその中をぐるぐるまわっているだけなのに、歴史的に前進していると錯覚しているのである。〉(柄谷行人「世界史の構造」岩波書点)と述べる。

*****引用ここまで*****

作家佐藤優氏の菅首相観
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2010-07-22


「偏差値秀才とは質的に異なる優れた知性」を身につけるために、何ができるだろう。

巨人の肩に乗せてもらうしかないか・・・

メタモルフォーゼを遂げるために
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-04-05


世界史の構造 (岩波現代文庫)

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  • 作者: 柄谷 行人
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  • 発売日: 2015/01/16
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憲法の無意識 (岩波新書)

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  • 作者: 柄谷 行人
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2016/04/21
  • メディア: 新書




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籠池=鈴木宗男=佐藤優 [ニュース・社会]

森友学園の籠池氏の勾留が続いている。

国際的な人権団体からNOと指摘されている「代用監獄」に入れられたままでいる。

保釈申請も退けられたという。

「森友学園」籠池夫妻 保釈認めず 大阪地裁
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171123/k10011232871000.html

籠池夫妻の長期勾留=「臭いものにはフタ」?
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-11-12


それで、「ツイッター」への投稿状況を見たら、次の上杉隆氏の談話が紹介されていた。

【上杉隆】森友学園疑惑で籠池泰典氏を4カ月拘留で保釈しない理由とは?驚愕事実を暴露!【政治・経済・外交コメンテーター考察委員会】
『ユーチューブ』
https://www.youtube.com/watch?v=fJZB5mDTyYQ&feature=youtu.be


以下の動画では、籠池氏の件について、映画『それでもボクはやってない』の周防正行監督も「明らかに不当な勾留だと思います」と言っている。

森友学園 籠池夫妻 長期勾留 人質司法 取調べ 周防正行
https://www.youtube.com/watch?v=kD-nhN3DF-4


さらに、上の動画との関係で知ったのが、以下の動画。

鈴木宗男氏と佐藤優氏が講師となり、聴衆からの質問に答えている。

籠池氏も含め3人に共通するのは、みな収監経験者であることだ。

最近話題のハルマフジ暴行の件など取り上げている。鈴木氏も偽り訴えられた「2週間ケガ」についての話などオモシロイ。そこで語られる司法・行政についての話しから、日本というシステムについて知ることができる。

そのシステムの体験者・犠牲者でないとわからない痛みも伝わってくる。

冗談でなく、おなじ日本のシステムに住まいしている以上、「明日はわが身」かもしれない。


2017年11月16日東京・永田町、新党大地主催・東京大地塾
https://www.youtube.com/watch?v=KYD_trUm8JE


それでもボクはやってない スペシャル・エディション(2枚組) [DVD]

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裁判所の正体:法服を着た役人たち

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  • 作者: 瀬木 比呂志
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/05/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




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「雑文書き」2000回目の更新

なんでカネにもならないことを延々としているのだろうと思う。

水木しげるさんの幼少時についてのテレビ・ドラマがあった。「のんのんばあとオレ」だ。その中で、少年がひとりで居るところに、妖怪あずき洗いが現れる。そして、人間は不可解だと言う。頼まれもせずカネにもならないことに力を入れる人間のオロカサを指摘する。少年がマンガを描いていることもソレだと言う。

のんのんばあとオレ

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  • 出版社/メーカー: NHKエンタープライズ
  • 発売日: 2017
  • メディア: DVD



今回で当該ブログの更新回数が2000回になった。もう10年以上になる。よく続けてきたものだと思う。

あずき洗いの言う「人間の不可解」は、別な言葉に置き換えるなら「人間の業(ごう)」とも言えそうだ。それが、社会にとってワルイものでないならば、ある個人は自分の「業」に従えばいいのだろう。

社会的にワルイものではない「業」が、その人物の生活を支えるものとなるとき、その人物の「業」は、その人物にとっての本当の「職業」となりうるのだろう。頼まれもしないカネにもならないことを延々と自分の「業」にしたがって生きる。それが社会的な価値を創出し、結果として当人の懐を潤おすものとなるなら、それはケッコウなことである。

きっと水木しげるさんにとって、漫画家は、まさにそういう意味での「職業」だったように思う。本当に一生現役の漫画家で生きた。

水木しげる 現役引退?
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-05-10

ところが、コチラは、「職業」までいかない。ただの雑文書きである。雑多な感想をネット上に撒き散らしているだけである。もうイイカゲンにやめようかとも思うが、きっとそう思うのは本当の「業」に至っていないからだろう。書くことを「職業」にできない所以でもある。

8000m峰14座を日本人で唯一成し遂げた登山家:竹内洋岳氏にならって「プロ」宣言をするといいのかもしれない。そうすれば「雑文書き」を卒業できるのかもしれない。


「どくとるマンボウ」こと北杜夫氏の躁鬱病
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-04-30

竹内洋岳・講演(NHKラジオ『わたしの挑戦』から)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2017-08-09


だからこそ、自分にフェアでなければならない。 プロ登山家・竹内洋岳のルール (幻冬舎文庫)

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  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2016/06/10
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